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チョコバナナ、かった


 その夏、わたしと先輩は付き合ったばかりだった。先輩は優しくて格好良くてとっても素敵な、わたしにはもったいない彼氏だった。

 先輩のことは全部好きだけど、中でも顔が好きだ。チャラい人は嫌いなのにチャラい顔が好きなわたしに先輩はストライクでホームランだった。付き合ってからたくさん優しくしてもらった。先輩は顔に似合わず一途で真面目な人だ。


「わたし先輩の顔、本当好きなんですよね!」


 待ち合わせ場所に着くなりそうのたまったわたしに先輩は嬉しそうに笑って頭を撫でた。


 今日はお祭りに来ていた。先輩は受験生。夏休みは予備校と受験勉強の合間を縫って、頻繁に会ってもらっている。


「あ、ほら、チョコバナナ」


「はい!」


「買って来てあげる。待ってて」


 バナナはわたしの好物だ。果物の中でも一番好き。チョコも好きだから、チョコバナナはそのふたつがあわさった魅惑の食べ物だ。


 自分で買える。しかし先輩はなんとかわたしを甘やかしたいようなので、大人しく待っていることにする。


「お、片桐」


 人混みの中で待っていると中学の同級生の北村が声をかけて来た。


「俺安田と待ち合わせ。片桐は? 一緒に行く?」


「わたし彼氏と来てるの」


 そう答えると目の前の北村がぽかんと口をあけた。


「マジかよ……片桐の癖に! 何? 高校の奴?」


「うん、先輩なの」


 ニヤニヤしながら答える。向こうから先輩がこちらを見たので軽く指差して「あの人」と教える。先輩に手を振った。


「おぉー、なんか遊んでそう……大丈夫?」


「先輩はああいう顔なの」


「いやでもさぁ、モテそうじゃん」


「だからなんなの」


 なんだかやたらと突っかかるなあ。北村は眉根を寄せて先輩を見ている。


「だってなんか……片桐らしくない」


「わたしらしいって何、どんな人」


「え、わかんねえけど、全然似合ってない。なんかもっと……」


 とん、と背中に感触を感じて首を上げると先輩がチョコバナナ片手に戻って来た。さりげなく肩を抱くあたり、ちょっと焼き餅をやいている。


「先輩、これ中学の同級生です」


 北村が不貞腐れたような顔で「あ、ども……」と挨拶をする。


「……モテそうですね」じっとりとした声音で先輩にそう言う。まだ言うか。


「いや、全然モテないよ」


 先輩はさらっと返して「行こうぜ」とわたしの背中を押したのでその場を離れる。

 ちょっとテンション下がってしまった。盛大に祝えとは言わないけれど、水差すようなこと言わなくていいのに。


 境内の裏に腰掛ける。


「なんか言われた?」


「え、」


「そんな顔してるから」


 そう言われて、似合ってないと言われたことをぽつぽつ話した。先輩は黙って考える。なんで北村があんなこと言ったのか、わたしも考えた。


「友達として、心配した……のかな」


「いや、お前のこと好きだったんだろ」


「そう……なんですかね。でも……中学の時はべつに……」


 やたらとからかわれてはいたけれど、そんな感じじゃなかった。卒業式だって「じゃあなー」みたいな軽いノリだった。


「人のもんになってから気付くこともあるんだろ……」


 それはなかなか悲しい。

 渡されたチョコバナナをひとくちかじる。

 甘くて、柔らかいバナナの優しい味が口に広がる。チョコレートの味は何故だかあまりしない。でも見た目が可愛いから良し。ちょっと元気出て来た。


「美味しい?」


「はい!」


 先輩にマイクを向けるようにするとかぷりとかじった。


「初めて食ったけど……」


「え、そうなんですか」


「俺、チョコはチョコ、バナナはバナナで、別に食えばいいと思ってたんだけど」


「はぁ」


「でも、意外と合ってる。そんなこともある」


 先輩が上手いこと言った。でもチョコの味なんて、そんなにしないのに。嬉しい。


 それから口の周りにほんの少しだけついたチョコをお互いの指で拭い合って笑った。





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