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さかな・とり天・裏



 お父さんはわたしにいつも「おまえは可愛いから将来は稼ぎのある人と結婚してなるべく楽に暮らせ」と言う。


 お母さんはそれに対して「旧時代的」とか言っている。うちは共働きで、お母さんは平気というけれど、身体が弱いからしょっちゅう辛そうにしている。仲は良いからお互い思うところがあるんだろうけれど、高校二年生のわたしとしては、そんな将来の稼ぎがどうとかよりも好きな人と付き合いたいというのが切実なところだ。


 社会人のお姉ちゃんはわたしから見ても綺麗な人で、お父さんの教えを忠実に守ろうと日々奮闘している。

 が、惚れっぽいので好きになるとその目指す教えはすぐにどこかにいってしまうらしく、お金が無いだけならまだしも、性格的にも難がある相手とばかり付き合っている。酸いも甘いも噛み分けてるらしいけれど、わたしから見ると酸っぱい顔ばかりしているように見える。


 大学生のお兄ちゃんは顔が良いのでモテる。

 でもモテるゆえに股がけしたりする、たぶんかなり酸っぱい物件だ。


 小六のときから家族みんなでよく通っている店があった。そのお店はみんなでお腹いっぱい食べても安くて美味しい。


 お姉ちゃんが最初に気付いた。


「あの中にいる子、あんたと同じ歳くらいじゃない?」


 学区の境目だったので学校にはいない子だったけれど、確かに、クラスの男子と同じくらいに見える。


 それが阿部君だった。


 最初のうちは洗い物をしたりしていたのが、しばらくして来るともう包丁を握っている。見てても器用な手つきで、楽しそうだった。わたしも影響されて、お家で料理をさせてもらったけれど、全然上手くできなかった。

 その子がお手伝いで動いているのを眺めるのは本当に楽しくて。わたしは美味しいご飯のほかに楽しみのあるそのお店が大好きだった。


 だから高校で彼が同じ学校にいることに気づいた時には本当に嬉しかった。


 しかし、クラスはちがったので、まったく話しかけるきっかけもなく、廊下を通るときに眺めたりしていたら一年間は終わった。

 阿部君は他クラスや他学年の人にも知られていて、お店の人として声をかけられたりしていたので、完全にわたしの行動力、社交力不足だった。


 その間、わたしが他の男子と全く縁がなかったといえば嘘になる。よく話しかけられた、それもいわゆるモテるタイプに。


 わたしは気軽に女の子に声をかけてやたらと恋愛方向に発展させたがるちゃらちゃらした男子が苦手だった。

 こっちが引いててもしつこく話しかけて来て、つまらない冗談を言って自分で笑っている。お愛想で笑ったりすると得意げにする。そんな時なんだか負けた気がして悔しい。


 高校二年になって、わたしはめでたく阿部君と同じクラスになれたのに、状況はさほど変わらなかった。わたしのような人見知りだと、向こうから声をかけてくる男子とばかり話すことになる。


 一度、超積極的な男子に家にまで来られてお姉ちゃんに帰してもらったことがある。お姉ちゃんはその人を撃退した後に奥から出て来たわたしにお説教をした。


「和、ちゃんと自分ではっきり断りなよ」


「え、だって……無理だよ。あの人わたしが話すの聞いてないもん。話す隙もないっていうか……」


 顔をしかめて弁解するとお姉ちゃんは溜め息を吐いた。


「和はさ、ほら……たくちゃん、ああいう子と付き合えば?」


「えぇーいやだあ」


 たくちゃんは幼稚園から一緒の幼馴染みで、親が地主なのでお金持ちの子だ。女の子にあまり興味がないのか、人見知りなのか、穏やかでガツガツした感じがしない。わたしも話しやすくて、世間話なんかをしたりはする。でも、たくちゃんにはドキドキしない。お父さんの教えを目指す気にはとてもなれない。


「姉貴。こいつ阿部さんとこの坊主が好きなんだよ。いつもジロジロ見てるじゃん」


「あー、あの子ねー」


 いつのまにか玄関先に出て来ていたお兄ちゃんが口を挟む。お姉ちゃんはうんうんと頷いて、わたしを見た。


「あれはなんていうかさ、仕事のバリバリできる女に押されて結婚するタイプよ。押しに弱くて、自分からはなーんもしない」


「え、えぇ! なんで。阿部君女子とも話すよ」


 お兄ちゃんまで頷いていう。


「そりゃ家が客商売だから人馴れしてるんだろうけどさ、鈍そうだ。男も女もお客さん感覚で特別意識してないだけだろ」


 ショックをうけた。脳内でわたしの決死の告白に気付かず「毎度ありがとう」と微笑む阿部君が浮かんだ。


 それでも、わたしは阿部君がいい。

 このことがあって、逆に気持ちは強固なものへと変化した。阿部君がそういうタイプに落とされるのなら、わたしがそういうタイプになればいい。





 クリスマスイブの日、わたしは阿部君に告白をした。

 直後にクラスメイトが入って来て、返事は聞けなかったけれど、あれ以降少し意識をしてもらえていた気がする。


 夕方家に帰ってお姉ちゃんに報告した。お姉ちゃんは出かける準備をしていた。


「え、あんた馬鹿ね。外でバリバリ仕事してどうすんの。あの子明らかにお店継ぐタイプでしょ。一緒に手伝えた方がいいんじゃない?」


 ほ、ほんとだ……。


「てっ、訂正してくる!」


「俺が出るついでに送ってやるよ」


 お兄ちゃんがバイクのキーを片手に割り込んで来た。彼は冬だというのに胸元が開いていて、キスマークが覗いている。それで次の女に会いに行ける神経がわからない。


「ていうか和、もうちょっとはっきり告白した方がいいぞ。俺なら流してキープして付き合わず弄んで楽しむ物件だぞ」


 さすが、クソ男のいうことは危機感を煽る。


「い、いや、阿部君はそういう人じゃないから!」


 そして、お店を手伝っている阿部君を訪ねた。


 呼び出すとびっくりした様子で何故だかとり天を手に握りしめて出て来て、わたしの後ろにいるお兄ちゃんを見て叫んだ。


「うわ!  駄目だよ! 騙されてる!」



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