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さかな・とり天・クリパ



 クリスマス数日前、俺はクラスの女子から話しかけられた。


「阿部、クリスマスパーティーあんたのうちでやってもいい?」


「へ?」


「いやあ、やっぱ二十人以上となると普通の家はみんな駄目でさー。阿部んちでできないかな」


 そのパーティはもともとはみなが食べ物飲み物を持ち寄って適当にどこかの家で行う予定だった。小規模に企画されたそれが別の小規模な同じ企画と融合合体を繰り返し、気がついたらクラスの半数と他クラスの少数を巻き込む会合へと進化してしまったのだ。主催ではないが、一応俺も参加予定だった。確かにもう一般家庭に収まるサイズではないだろう。


「ああ……聞いてみるよ」


「まじ? お願い!」


 スマホをポケットから出して、もう一度確認するようクラスメイトの顔を見る。


「本当にいいんだな? うち魚屋だけど」


「いいよいいよ。助かる!」


 海沿いの街、海沿いの家。うちは干物をメインで売っている。魚屋だ。

 一応中で食べるところもあって、定食屋でもある。店は夜には地元の人が来てお酒を出したりもするので、居酒屋でもある。


 件のパーティはクリスマスイブのお昼にやる。廊下で家に電話して店を開けるのかどうかを聞いた。


「夜からは予約が入ってるから、それまでなら貸切にしていいって」


「マジで?! 助かる!」


 主催と話して買い出しを止めてもらって、飲み物と数種の食べ物はうちで用意することにした。予算を話し合って、いつのまにか半主催側にひっぱりこまれていた。





 当日、十二月二十四日。十一時。

 店は貸すが、料理の類いは自分でなんとかしろと言われてしまったので、早めに準備をしていた。これはもう絶対呑気に楽しめないやつ。好きだからいいけど。呑気じゃない方向で楽しむからいいけど。なんだかんだ、夢中になって包丁をつかって、鍋を覗き込む。


 店の扉が開く音がして、入り口に行くと三芳みよしのどかがいた。


「こ、こんにちは……」


「あれ、まだ早いよ」


「え、あ、と、あの、でも11時からだよね?」


 そういって慌てたように見せてくるスマホにはきちんと『1時から』と書かれていた。


「ごめん……かっ、かんちがいしてた!」


「どうする? 一旦帰る?」


「あ、あー、どうしようかな。ここで待っててもいい?」


「いいよ。俺準備してるから、適当に座ってれば」


 三芳は大人しい子で、普段は集団で話していても、ほかの女子の後ろで控えめに笑っている感じの子だった。


 可愛くて気が強くなくて、ちょっと人見知り。

 そんな彼女は実は、クラスの中心にいる声の大きな女や、お洒落でメイクに長けている女なんかより多方面で満遍なく人気がある。“可愛いけど、この感じなら俺でも相手にしてくれるのでは”と思わせるアイドル的な雰囲気があるのだ。


 そういうタイプの女子が付き合う男は大まかには2パターン。


 ひとつはまぁ、わかりやすく肉食でガツガツした男、女の子が萎縮していても自分からガンガン話しかけて、冗談を言って笑わせる。このタイプの男は嫌がられさえしなければ、最初から異性として意識されているので簡単に付き合ったりもする。


 もうひとつのパターンは妙に男臭さのない、穏やかなやつ。不細工というわけではないがカバみたいな雰囲気で、普段はさほどモテない。しかし警戒心を起こさせにくいのか、意外と女友達が多い。それも男好きとはちがう、ふだん大人しくてあまり男と話さない子ばかりだ。

 こちらのタイプはほとんどは進展ないが、そういった子達とすんなりと関わりを持った後、なんとなく付き合ったりすることがごく稀にある。


 勝手な推測だが、俺が一年生の時なんとなく狭い範囲を観測した限りではその二種類が多かった。だいたいは肉食のガツガツした男の餌食になって本人も変わっていくパターンが多い。

 ちなみに俺は、そのどちらでもない。女子ともほどほどに話すけど、がっつきが足りなくて進展はしない。特別大人しくもなければ弾けてもいない、まぁ普通のやつ。本当は俺みたいなタイプこそ頑張らないと彼女はできないと思う。


 三芳は椅子に座ったまま手持ち無沙汰にスマホを出していたけれど、やがてそれをポケットにしまい俺の近くに来て、声をかける。


「阿部君、ほ、包丁つかうの上手いね……すごくいい音」


「まぁ、いつも手伝わされてるからな」


 クリスマスだというのに、目の前の皿には刺身が盛られていた。あとは焼き魚、煮魚。サラダは魚のカルパッチョ。一応主催がケーキは買ってくるらしいが、それ以外は魚まみれだ。うちを会場にしたのだからそこらへんはもう開き直ってご賞味いただきたい。


 三芳は俺の手元をまじまじと見つめてくる。


「すごいね……」


「せっかくだから三芳もなんか手伝う?」


 なんの気なしに言った言葉に三芳が慌てた表情で手のひらをぱっと前に出して反応した。


「実はわたし、料理すっごい苦手で……」


「料理苦手って、俺あんまわかんないんだけど……作りかたの通りにやるだけなのに何をどうやると失敗するんだ?」


「うーん、あのね、昔やろうとした時手を切っちゃって……包丁が苦手で、なんか怖くて、だからすごく遅いし、形もうまく切れないし……」


「へえ……意外だな」


 もしかしたらかなり幼い頃にやろうとして失敗したことで苦手意識がついてしまったのかもしれない。今やれば案外出来そうだけど。

 しかしなんとなく、見た目から勝手に料理好きなイメージをしていた。お菓子とか焼いて配ってそうな感じ。


「意外かな? わ、わたし、将来は料理できる人と結婚するんだ……。その代わり自分は外でバリバリ働いたりする……よてい……なの」


「……意外」


 手元の作業に半分集中しながら話を聞く。

 店側にいたはずの三芳の気配はいつのまにかこちら側に来ていた。


「阿部君、よくお店手伝ってるよね。……わたし、中学の時よく家族で来てたんだよ」


「え、そうなんか」


 思わず顔を上げる。

 知らなかった。厨房は見えるつくりとはいえ俺は会計には出ないので、普段からあまり気にしていない。


「だから本当は、その頃から知ってたんだ」


「そうなんだ」


 手元に視線を戻す。気配がさらに近付いた。


「何作ってるの?」


「とり天」


 しゃべりながら衣の付いた鶏を油に投入する。じゅわっと油に沈む音が好きだ。透明な油がそこだけ泡立つのも好きだ。


「とり天……?」


「鶏の天ぷら。この辺ではあまり見ないけど。俺はこの間食べて、美味かったから今日はそれにした」


「クリスマスだから?」


「て、わけでもないけどさ……魚ばっかだし、一応肉もと思って」


「あぁ、そっかあ」


 ふたりで油の中をじっと見つめた。

 それは見つめているうちにどんどん色を変えて、変化していく。さっきまで素材だったものが料理へとかたちを変えていく。


 こんがりと綺麗な色に揚がったそれをひとつ箸で摘んで持ち上げる。


「食べる?」


「……っ、食べたい」


「からしポン酢で食べて。美味いよ」


 小皿にからしとポン酢を用意して置くと三芳がとり天を箸で持ち上げて小皿に浸す。


「熱いかな」


「熱いと思うよ。気を付けて」


 三芳はそれをじっと、こわごわと見つめていたけれど、えいとばかりに口に入れた。熱いんだろう、空気を口に入れようとするような、はふはふとした感じにそれを噛みちぎって、口の中で味わっている。


「美味しい」


 三芳が本当に嬉しそうな顔で言うから思わずこちらも笑顔になった。


「まぁ、みんなはいわゆる唐揚げの方が好きかもしれないけど、俺はこれ好きだから」


「わたしは唐揚げより、こっちのが……す、すき」


「本当に? 意外だな」


「なんか今日それ、たくさん言われるけど、わたしのイメージそんなにちがう? どんなだったの?」


「……大人しくて、割と料理好きで、結婚したら主婦になる感じ」


 三芳がとり天の残りを食べながら苦笑いして聞く。俺はまた料理に半分意識を戻した。


「今は、まだそっちに近いかも……だけど……」


「あ、それから、とり天より唐揚げとケーキが好き」


「わたし、ケーキ苦手。生クリームがちょっと」


「え、本当に?」


「ま、また意外そうな顔して……!」


「ちょっとイメージが先行してたな」


「もうひとつ、阿部君が驚くこと言おうか」


「なに」


「わたし、今日の時間、一時って、本当は知ってた……」


 顔を上げた時、三芳はものすごい至近距離にいて、顔を赤くして俯いていた。






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