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奥義

 あれから2カ月が経過した。

 骸は旅立つことになった。

 魔王が代わり、新たな時代がやってきた。

 遺言は記した。

 死後に揉めることはないだろう。

 これでもう自由だ。

 骸は学舎を後にする。

 高弟たちが骸の背中にいつまでも頭を垂れていた。

 そんな骸に声をかけるものがいた。


「よう、爺さん。俺も連れてけよ」


 10代中頃の少年。

 だが頭からは角が生え、どことなく蛇やトカゲを思わせる顔だった。

 龍王ガイラギ。

 八部衆最年少にして、常に戦いを求めるバトル野郎である。


「ふむ、君には面白くはないぞ」


「なに言ってやがんだ。新しい魔王の命令だ。八部衆は二人一組で動けってさ。たぶん俺たちが裏切らないように、お互いを監視させるつもりだ」


 カラカラとガイラギは笑う。


「どうせならゲートキーパーくんの方が気が楽だったのだが」


「おいおい爺さん、ボケたのか? 俺には魔法はほとんど効かねえ。ゲートキーパーの野郎よりもアンタの監視(・・・・・・)にはうってつけだろ?」


「疑われているのは私なのかい?」


「当たり前だろが。今まで文句一つ言ったことのない大幹部が、新しい魔王が就任した途端に隠居しやがった。誰が見ても反逆の意思ありだろ?」


「偶然なのだがな。原因は体調不良……まあいいだろう。君もついて来なさい。ふふふ、新しい生徒ができたようだ」


「あのな。俺は監視! わかる?」


「まあまあ。ほら、ガイラギくん。乗馬はできるかね?」


「子ども扱いすんな! 乗馬くらいできるわ!」


「私から見ればみんな子どもだよ。さあ、行こう」


 のんびりと骸は馬を歩かせる。

 馬はトトトトトトと、軽快に歩く。


「馬を疲れさせてはいけないよ。ゆっくり行った方が早く着く」


「だからあ、爺さん!」


 ガイラギはイライラとして歯ぎしりをした。

 本来ならあり得ない時期と、あり得ない組み合わせだった。

 だがそれこそが運命が変った証拠。

 今まで誰も見たことのないルートに突入したのである。

 そしてそれが漢たちの血と汗と涙。それに拳の物語の始まりであった。




    ◇◇◇




 襲撃の際に全滅した忍者たち。

 だが彼らは、けっして無能ではなかった。

 魔王軍の襲撃があるとわかれば。

 情報収集の方向性さえわかれば、彼らは有能だった。

【北天】エスターが魔王に即位すると、彼らは大陸全土に散らばっている忍の隠れ里と連絡を取った。

 魔王軍の部族をまとめる八人の長、八部衆の二人、【龍王】ガイラギと【学院長】骸が護衛もつけずに人間の領土を目指しているという情報がもたらされたのだ。

 だがこの情報を受けて、サイクスと雫は混乱した。

 ゼラン村と里を襲撃をするのは半年後。

 襲撃者は【獣王】レガイアスのはずだ。

 そのつもりで二人は調整していたのだ。

 勇者の剣がない現在では、ガイラギを倒す手段は存在しない。

 さらに骸の存在が問題だった。

 骸は八部衆でも一番厄介な相手だ。

 この世界でも最強クラスの魔道士にして、手段を選ばない狡猾な男だ。

 龍人であるガイラギに比べれば、肉体は(もろ)く弱点も多い。

 だが一対一での戦闘にこだわるガイラギよりも戦略の幅は大きい。

 人質、火計、毒、暗殺。どんに卑怯であろうとも勝つためには手段を選ばない。

 なにをしてくるか予想もつかない。

 実際に戦った雫は特に苦手意識があるだろう。


「無理……骸だけは無理……。アリスからサイクスを奪うくらい無理」


 雫がつぶやいた。

 覚醒もしてないアリスと骸が同じ難易度である。

 骸は雫を犠牲にして勝てた相手、戦い方、攻略法はわかっている。

 だが今は覚醒したアリスはまだいない。

 どうしても困難である。


「ぼくもガイラギには、まだ(・・)勝てる気がしないよ」


 サイクスもつぶやいた。

 相手は勇者の剣がなければ傷一つつけられない化け物である。

 勝てという方が無理である。

 サイクスは対ガイラギへの攻略法は考えてある。

 だがその手が通じるという保証はどこにもない。

 ガイラギが人間と同じ体の構造であることを祈るばかりである。


「おかしい……。なぜここまでシナリオが狂った……サイクスを忍者にしたせいなの?」


 雫もサイクスも獣王レガイアス対策のみに絞っていたのだ。

 だが来るものはしかたがない。


「雫……来ちゃったものはしかたがない。やろう!」


「骸がなんぼのもんじゃー!」


 もう二人はやけになって吠える。

 するとそこに半蔵がやって来る。

 半蔵は吠える二人の頭を叩いてまわる。

 雫はぺしり。

 サイクスはどごん!

 サイクスだけなぜか音が重い。


「うるせえガキども! 事前情報さえあれば、誰が来ようが俺たちだけでもなんとかなる。すでにサイクスの父親が王国に騎士団の派遣を要請したし、他の里からも応援が来ている。雫とサイクスは託宣通り行動しろ」


 雫は今の周回では自らも巫女の一人として、託宣を行う最高位の巫女の世話係をしている。

 託宣の巫女の指示では、サイクスは他の忍者たちと同じように、骸とガイラギと戦闘することになっている。


「それまでは引き続き、昼は領主の息子、夜は修行だ。わかったな」


「はい!」


 サイクスはいい返事をした。

 だが代わりに雫が顔を曇らせる。


「サイクス……ピクニック百本受け身が待ってるよ」


 サイクスも苦笑いをした。


【ピクニック百本受け身】

 それは魔の技である。

 アリスは毎日のようにサイクスをピクニックに誘った。

 極端に娯楽少ないという事情もある。

 だが、村にはもっとくだらない遊びがたくさんあるのだ。

 木で作った棒にまたがって馬に乗った気分になるとか。

 泥で玉を作って投げ合うとか。

 特に目的もなく虫とか魚を捕まえるとか。

 とにかく子どもは意味のない遊びをするものである。

 だがアリスはピクニックを希望した。

 来る日も来る日も繰り返されるピクニック。


「ねえ。サイクス私のこと好き」


「友だちとして好きだよ」


「うん。絶対に結婚しようね」


「ぼくたちは、まだ結婚を考える年齢じゃ」


 アリスの表情が曇り、目からハイライトが消える。

 そしてループ。


「ねえ。サイクス私のこと好き」


「友だちとして好きだよ」


「うん。絶対に結婚しようね」


「いやだから……」


「ねえ。サイクス私のこと好き」


 無限ループする会話イベント。

 どの選択肢を選んでも結論は同じという抜け出せない迷宮(ラビリンス)

 これが延々と繰り返されるのだ。

 胃が痛い。

 サイクスはすっかりサンドイッチが嫌いになってしまった。


「ああ……忍者の里のご飯は美味しい……。味噌漬けと麦飯最高」


「サイクス、戻ってきて!」


 雫がガクガクとサイクスを揺する。


「ワカッタ。ボク、ピクニックガンバル!」


 サイクスの精神はかなり限界だった。

 何度か死にかけた夜の修行の方が、まだ楽である。

 半蔵は一瞬だけ師匠として励まそうかと考えたが、良い言葉が見つからず用件を言うことにした。

 たぶんそちらの方が、サイクスも喜ぶだろう。


「サイクス。今夜から最終段階に入る。うーむ、なんだ、属に言う【奥義】ってやつだ」


 サイクスの目に光が宿る。


【奥義】


 男の子ならこの響きにときめかないはずがない!


「やります! やります! はい! 今すぐやります!」


「はいはい。外出るぞー……雫も来い。一緒にやるぞ」


 雫は首をかしげる。


「父、どうしたの? いつもはサイクスと一緒に稽古すると文句を言うのに」


「巫女の託宣では、俺もサイクスも生きて戻れるとは限らん。これがお父さんが教えられる最後になるかもしれないし、今さら技術の出し惜しみをしても、な」


 半蔵はいつものようにやる気のない態度で答えた。

 だが言葉には一抹の寂しさが宿っていた。

 こうして奥義の伝承が行われることになった。

 いつものように外で稽古は行われる。


「サイクス、初日に気を司るツボ。チャクラに打撃をぶち込んだだろ。それが奥義だ」


「一瞬で……心臓を止める奥義ですね」


 二周目最初の臨死体験である。


「断じて違う。自分でやってみろ」


 サイクスは指に気をこめると、自らの体を突く。

 強く、正確に。チャクラを気で撃ち抜く。

 するとサイクスの体から力がみなぎってくる。


「おーお、わかってるじゃねえか。どうだ?」


「ち、力がみなぎってきます。こ、これが奥義!」


「違うっての。これはまだ前段階だ。そもそも肉体の強化自体は自分手裏剣とかで部分的に使っていただろ。こいつは全身を強化するってだけの違いだ」


「では奥義とは!」


「焦るな! あーあ、出来のいい弟子を持つと苦労するぜ。次はだ、その状態から一気に全ての【気】を使い果たしてみろ」


「はい!? って一気に全て!? 今まで量を気にしたことがないのですが!」


「……普通はあるんだよ。相変わらず無茶な野郎だな。いいからやってみろ。全ての気を一撃にこめる。それがかの拳聖【慈空】の編み出した【奈落】だ」


「……恐ろしく不吉な名前ですが」


「一撃を放ったらしばらく動けねえ。だから奈落に落ちるってな。一説によると【奈落】は未完成の技らしい。だが肉体強化系の技でこれ以上のものはねえ。いいからできるようになりやがれ!」


 そう言うと半蔵はサイクスの尻を軽く蹴飛ばした。

 半蔵からしたら自慢の弟子であるのに。

 どうにも半蔵は不器用な男なのだ。

 サイクスは雫を見る。

 雫はにへらっと笑う。


「あ……雫。その顔は……できるでしょ。奈落できるんでしょ!」


 そう言えば、雫は骸との戦いで奈落を使っていた。


「ふふふ。女の子には常に百の秘密があるもの」


 と、余裕な態度だが、問題は山積みだった。

 雫は奈落を使ったうえで骸に殺害されたのだ。

 奈落を会得してようやく骸と五分の戦いができるというところだろう。

 今回はそこにガイラギまでいるのだ。

 奈落では足りない。


「奈落じゃ……足りない」


 サイクスはつぶやいた。

 雫がにこりとほほ笑んだ。


「そう。でもここに里のものでは使えない精霊魔法の使い手がいる」


「そうか! 奈落を改良した新しい技! ぼくだけの技を編み出せば!」


「オラ! 奈落もできねえのに気が早えぞ! さっさと修行に戻りやがれ!」


 目標は決まった。

 あとは奈落を会得し、さらに奈落を改良するだけだった。

 だがサイクスはまだ知らなかった。

 拳聖【慈空】とは誰なのか。なんのために【奈落】を編み出したのか。

 よく考えれば奈落のネーミングセンスから気づいたかもしれない。

登場人物紹介


月狼サイクス


とうとう歴史を変えてしまった主人公。

物語後半のボスを二人も相手にすることに。

奥義を伝授され、改良を試みるが……。

アリスとの恋愛イベントで精神が限界近くに来ている。





前話で【人間種】と書いていたが、ダークエルフ。

作者があとで設定を変えたため直し忘れていた模様。

バレないようにこっそり修正した。

雫の宿敵。

プライベートでは優しいおじいちゃん。

骸から見ればガイラギは孫みたいなもの。

野宿などが得意。

妙に旅慣れている。




ガイラギ


誰もが恐れる龍人だが、骸には全力で子ども扱いされている。

お坊ちゃん育ちのため、全力で骸に世話を焼かれている。

怒る隙を与えてくれない骸が苦手。





ヘタレ忍者。でも強いからこそ勝てる相手と勝てない相手がわかる。

サイクスが奈落を知らないのは、アリスに出会う前に奈落を改良したため。

ただし現在はレベルが足りず使えない。

レベルアップに必要な経験値が多いタイプ。




半蔵


一級死亡フラグ建築士。

そのフラグ回収スピードは光の速さと言われる。

ちなみに味噌漬けも麦飯も、というか家の料理は半蔵が作っている。




【獣王】レガイアス


本当だったら半年後くらいに軍勢を引き連れてやって来る予定だった。

今回はお休み。




【不死】ゲートキーパー


不死の呪いをかけられた人間。

魔王軍の近衛隊の実質的な責任者。

領地を持っているが帰ることはない。

骸とは古い付き合い。




アリス様


強制イベントと永久ループの使い手。

ある意味最強。

サイクスは果たして生き残れるか?

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