砦
オークの砦近くの森の中。
半蔵はブツブツと文句を言っている。
「面倒くせえ……なんで俺がオークみたいな雑魚と戦わなきゃならんのだ」
ちなみに魔王軍の大多数を占めるのはオークやゴブリンである。
人間よりも体は頑丈、その身体能力は平均的成人男性を上回る。
頭蓋骨に穴を開けたくらいで死ぬことはない。
下位の魔物としては知能も高く、人間で言えば10代中頃くらいの知能を持つ。
武術や戦術は稚拙そのものだが、やたらと数が多く、その数の暴力はあなどれない。
けっして【雑魚】ではない。
「じゃあ行くぞ、はいはい。通りますよー!」
半蔵は森から飛び出す。
オークは木製の杭で壁を作っていた。
ちゃんと泥を塗った本格的なものである。
巨人やオーガによる投石や火刑であっても、完全に破壊するには時間がかかるだろう。
成長したアリスたちなら、魔法を撃ち込めば壊せるだろうが、それは例外中の例外である。
だが……。
「ほォッアタァッ!」
それは蹴りだった。
半蔵の蹴りで杭がへし折れる。
「……父。私たち忍者。ぜんぜん忍んでない」
後ろから着いてきた雫がツッコミを入れる。
「雫ちゃん……人間には向き不向きというのがあるんだよ。なぜ里最強のパパが頭領になれないと思う? 潜入ができないからだよ」
忍者失格である。
そして、もう一人。弟子であるサイクスが言った。
「師匠。こいつで砦破壊しますねー♪」
サイクスは折れた杭をひょいっと拾うと……。
明らかに自分の体よりも大きい杭をひょいっと拾うと、振りかぶって、ぶん投げた。
「秘技! どれでも手裏剣!」
「サイクス。それ手裏剣じゃない」
手裏剣と言うよりも、ミサイルと表現すべきものが平屋の砦を襲う。
杭のミサイルがベきりと音を立てて砦に突き刺さり、間を置いてめきめきと音を立てて崩れた。
中から涙目になったオークが出てくる。
「さてやるぞ、月狼」
「はい師匠」
脳筋師弟は砦に攻め込んだ。
そこの頃、砦のオークたちはパニックを起こしていた。
いきなりの屋根の崩落。
押しつぶされたオークたちは「へへへッ……みんなのために犠牲になる俺……かっこいい……」とつぶやいていた。
まだ余裕がある。
「なぜだ! これはダークエルフ嫁派の陰謀なのか!」
「もう終わりだー! エルフ義妹に【お兄ちゃん】って言われて見たかったー!」
「のじゃろり姫に【この豚】って蔑まれてみたかったー!」
オタク系サークル所属の男子のような妄想を口にしながらオークたちは逃げ回る。
次の瞬間、崩落した屋根から黒い衣装に身を包んだ子どもが降ってくる。
サイクスである。
サイクスは叫んだ。
必殺技をするときは、大きく技名を叫ぶのが漢としての作法なのである。
「秘技! 自分手裏剣!」
黒い男は回転しながら突っ込んできた。
絶対にそれは手裏剣ではない。
「えぶ! くっころ!」
「ら、らめえええええええッ! くっころー!」
「くっころおおおおおおおッ!」
オークたちは、はじき飛ばされていく。
あまりに大きな力は虐待にしか見えない。
死屍累々。
オークたちは白目をむいて倒れていた。
なぜか着ていた服も破れていたが、けっしてサービスではない。
「ふむ、終わったようだな。どうだ雫……これが忍。漢ってやつだ!」
半蔵が親指を立てる。
だが雫は顔を真っ赤にしていた。
「サイクスまで変態になっちゃったー! 父のばかー!」
それから雫は半蔵と三日ほど口をきかなかった。
こうして村と忍びの里はオーク捕虜、貴重な労働力をゲットしたのである。
だが……これが大きくシナリオを変化させるきっかけになるのだ。
◇◇◇
森から遠く。
魔王領。
【学舎】と呼ばれる場所。
ここは魔王軍八部衆である魔術師【骸】の支配地域である。
骸は王ではない。
骸の支配地域の民は種族も雑多。
ただ魔道士と、魔道士を補助するものの集まりだった。
そこで骸は学長。
つまり全ての魔道士の師ということになっている。
骸の城たる学舎の最上階。
学長室に骸はいた。
白い髪に白いヒゲをたずさえたダークエルフの老人。
それが骸だった。
骸は書類に目を通しながらお茶を飲んでいた。
「魔王の代替わり……これは困った」
魔界に名を馳せる八部衆。
彼らには守るものがあった。
それは自らの領民である。
魔王が変るという事は、組織運営の戦略の転換点に来ているという事だ。
早急に組織を新しい時代に対応させねばならない。
「……ふう、そろそろ私も引退せねばならないな」
骸はため息をつく。
あとで会議を行い、引退を表明せねばならない。
弟子たちを守るためには必要なことなのだ。
骸の人生にはいろいろなことがあった。
夢をあきらめ、領民のために親のあとを継いで八部衆になった。
心残りがない、とまでは言わないが満足できるものだろう。
あとは弟子たちに委ねるのだ。
ふいに骸は、部屋の隅にあった占の石を見た。
「久しぶりにやってみよう」
骸はエルフ語が書かれた石を数個取ると机の上に落とす。
「待ち人来たる……吉兆? どういう意味だろう?」
占いの結果はよくわからなかった。
占い、未来予知は魔術と言うより特殊技能に当たる。
骸ほどの魔道士でも、1割も的中すれば良い方だろう。
意味などない方が多いのだ。気にしても仕方ない。
骸は黄昏れた。
それは肩の荷を降ろすことを決断した開放感からかもしれない。
だがそれは破られた。
「伝令! 伝令! 骸様にご報告がございます!」
扉を乱暴に開けてやってきたのはオークメイジの男性だった。
服はボロボロ、体は傷だらけだった。
「おや、かわいそうに。今治療をしてあげよう。そこに座りなさい」
骸は伝令の兵に優しく声をかける。
骸にとってはオークも大切な弟子である。
弟子のために力を振るうことは当たり前のことだった。
「む、骸様! そんなとんでもありません! それよりも砦が陥落しました!」
「砦? 辺境の拠点に作ったあれか……それで他の子たちは?」
「そ、それが、たった二人に……たった二人に私を除いた全員が拘束されました……」
「なんだと……」
「あれは……魔術師でもあり得ない術でした。天から屋根を突き破って少年が降ってきたのです」
それは奇妙な話だった。
それは魔術でもないのに、とにかく派手なものだった。
二人の術者によって砦は壊滅したというのだ。
だが骸は、自分の口角が上がっていくのがわかった。
「気か……」
「学長様。今なんと?」
「いや、なんでもない。ヒール」
骸はにこやかな好々爺になると、オークメイジを回復する。
「傷は治したが、まだ体の奥とかにダメージが残っているかもしれない。医務室に行って治療してきなさい。くれぐれも無理してはいかんよ」
「あ、ありがとうございます。では失礼いたします」
オークメイジは尊敬の眼差しで見つめると、ぺこりと頭を下げて行ってしまった。
オークメイジが部屋を出ると骸は口角を上げた。
「そうか。待ち人か。そういうことか!」
骸はローブを脱ぎ捨てる。
骸の体は魔道士とは思えないほど鍛え上げられたものだった。
骸はクローゼットを開ける。
そこに入っていたのは軽鎧。
「これを使うときがとうとうやって来たか……そうか、ようやく……」
骸は歓喜に震えた。
骸は鎧を身につける。
どうやらまだ着ることができるらしい。
骸はこれも運命だと思った。
骸は再びローブに着替えて、机の上のベルを鳴らす。
すると背筋を伸ばした壮年の秘書が部屋に入ってくる。
「骸様。ご用でしょうか?」
「ジャハールくん。すまないが、私は引退しようと思う。遺言を頼みたい」
「……骸様」
「遺言状の作成ができ次第、私は旅に出ようと思う。帰っては来られないだろう。君には長い間迷惑をかけたね」
「光栄にございます」
「止めようなんて思わないでくれ。これは私の長年の夢なのだ」
「御意」
秘書が頭を下げると骸は破顔した。
登場人物紹介
骸
アリスたちが遭遇するのは二年後。
まだこのときは正気のようだ。
歴史が完全に狂ってしまった。
人格者のため部下の忠誠心が高い。
義理の娘がいる。
半蔵
忍べない忍。
規格外の攻撃力でごり押しするスタイル。
サイクスは忍者としては弟子入り先を間違えたが、武闘家としては良い師匠を引いた。
オークメイジ
個体名フジマル。黄色いローブ。
学舎に所属するオークメイジ。
学者としての研究内容は「服だけ溶かすスライム」。
忠誠心は高い。
オークさんたち
のじゃろり姫に踏まれたいナイスガイ!
サイクスの一番の犠牲者。