偵察隊
「ああ、そうそう。忘れてた。もうすぐオークが来るから迎撃な」
アリスの【ピクニック百本受け身】を見事成し遂げて、極限まで疲れ切ったサイクスへ向かって、半蔵がとんでもないことを言った。
「師匠……マジですか?」
「ああ。軽い偵察みたいだな。お前ちょっと倒してこい」
ヤンキーのお使いみたいになっている。
「……わかりました」
少し納得いかない。
「おう、頼んだ」
「サイクスが行くなら私も行く」
ここで一緒にいた雫が同伴を申し出る。
「パパは駆け落ちなんて許しません!」
「父、脳みそ腐ったの?」
「厳しい父親。夜の森での逢い引き。妊娠。出産。孫を預けっぱなしで、ある日蒸発する娘。家庭崩壊の予感……」
ガクガクと半蔵が震える。
「話にならない。サイクス行こう」
雫は半蔵を無視して、サイクスの手を引っ張りながら外に出る。
「娘が不良になったー!」
半蔵は絶望のあまり頭を抱えた。
「半蔵。いいかの?」
声がする。
奥から現れたのは里の長老たちだった。
「サイクスの仕上がりはどうかね?」
途端に半蔵は真面目な顔になった。
「里でかなうものは一握りでしょうな。ありゃ化けもんです」
「そうか。八部衆には届きそうかの?」
「無理でしょうな。今は……」
「雫をサイクスの嫁にする計画はどうなった?」
「てめえ、ぶっ殺すぞジジイ! ……って言いたい所ですが、順調ですよ。ありゃぁ、不思議なほど雫と相性がいい。二、三年もすれば堕ちるでしょう」
「そうか。才のあるものを取り込むのが我らの生き方。貴様の胸の内はよくわかるが、これも里のため。わかるな?」
「俺のしごきから逃げ出さなかったんだ。もうあきらめてますよ。あーあ……弱いうちに殺しときゃよかった」
そんな不穏な会話をしているとは知らず、一方のサイクスたちも似たような話をしていた。
「サイクス。アリスはどう?」
「愛が……重い……。最近では彼女面を通り越して、嫁面をするように……」
アリスは結婚を匂わせている。
いや確定されたものとしている。
アリスの中では、すでにサイクスは夫だった。
サイクスはアリスと結婚した記憶はない。
つき合ってすらいないはずだ。
なのにアリスはすでに嫁気分だ。
ことあるごとにマーキングをし、自分の所有物であることをアピールするのだ。
「ここでの修行もいつかバレるんじゃないかと……」
きっと、バレたら刺されるだろう。
なお、理由はわからない。
そんなサイクスに雫は言った。
「いい、サイクス。刺されたら気で出血を止めて。ナイフの突きは倒れるまで何度も続く。死ぬ気でよけて」
「刺されるの前提かよ!」
「サイクス……いいやつだった……」
「すでに死んでるだと!」
「雫のとこに、このまま婿入りしようかな……」
「……そういう冗談よくない」
いつもの軽口のはずだった。
だが雫の声のトーンがいつもと違う。
しかも、なぜかサイクスから顔を背けている。
「そういう冗談はよくない」
大事なことなので二回。
「悪かった」
お互いただの軽口なのはわかっているので、サイクスもそう言うしかない。
しばらく無言で歩くと気配がする。
サイクスたちは木の陰に隠れ、様子をうかがう。
豚のような生き物が二足歩行をしている。
それはオークだった。
気配は三つ。
威力偵察と言うほどの規模ではない。
「本当にオークだね。まさか偵察に来てるとは」
「サイクスは村にいるから知らなかっただけ。私たちはレガイアスが来るまで何度もオークと戦っていた。でもさすがに八部衆が直接来るなんて予想もしてなかっただけ」
「前回はどうしてたの?」
「オークは見かけたら即抹殺」
怖い。
「君らなんで忍者なのに超好戦的なの? ねえ、尋問とかしないの?」
「それ褒めてる?」
「褒めてない!」
サイクスは雫にそう言うと、闇夜に紛れて音もなくオークへ近寄る。
オークはサイクスの存在に気づかず独り言をつぶやいていた。
「あーあ、エルフとすごいことしてえな」
「憤、破ッ!」
オークの後頭部にサイクスの当て身がめり込む。
「くっころッ!」
オークが小さく悲鳴を上げた。
人間だったら頸椎が半分ほどちぎれていただろう。
だがサイクスにとっては当て身のつもりである。
オークでなければ死んでいた。
「ふう、雫。縛り上げて。全員つかまえて里に連れて行くから」
雫は捕縛縄を取り出してオークを縛り上げる。
首にくっきりと残る手刀の跡……といよりクレーターを見て雫はツッコミを入れる。
「……ギリギリ死んでない。なんという雑な仕事」
「いいの!」
そう言うとサイクスは、またもや闇夜に隠れる。
オークが二匹。
鼻息荒く、なにやら語り合っている。
「なんでエルフの村じゃねえんだよ」
「まったくだぜ。……エルフと恋愛がしてえ!」
「甘酸っぱい青春が送りたい! ツンデレエルフに【お、お前のためじゃないんだからな!】って言われたい!」
「俺はヤンデレエルフが欲しい! 一度刺されたい!」
なんだかアリスのことを言われているようで、とてもウザかった。
だからサイクスは、オークの一匹に当て身をお見舞いする。
「くっころ!」
どさり。
「ど、どうした豚二郎!」
サイクスはオークが振り返った瞬間、ズブリと頭に指を突き刺す。
オークの頭蓋骨など気の前では紙に等しいのだ。
「一歩でも動いたら殺す」
「ら、らめえ、頭蓋骨に指を入れたら、らめえ! 変になっちゃうううううッ!」
「教えろ。誰に頼まれた?」
「んほッ! 言う! 言うから、俺たちの殿様は骸様だ。命令されて偵察に来ただけなんだよおおおおッ!」
「……ゲートキーパーじゃなくて骸だと?」
襲撃をするのは不死の戦士ゲートキーパーのはずだ。
なぜ魔道士の骸がやってくるのだ。
「本当だって! もうなにも知らねえよぉ。俺たち雑兵が詳しいこと知ってるわけねえだろ! んほッ!」
オークは涙目だ。
恐怖でブルブルと震えている。
「これから貴様らは捕虜になる。逆らったら……」
「ど、どうなるんだ、ですか?」
「去勢する」
「ひいいいいいいいいッ! お肉を柔らかくしちゃうのー!」
「サイクス、全員縛り上げた。そっちは武丸の餌つかまえた?」
余計な事を言いながら雫がやって来る。
「餌? 餌? ねえ、食べられちゃうのぼく?」
「逆らったら……わかるな?」
サイクスはニヤリと笑う。
コクコクとオークはうなずいた。
そのままオークを縛り上げ、里に連行する。
オークはガクガクと震えている。
頭蓋骨に穴を開けたというのに元気である。
里に帰ると半蔵が待っていた。
「終わったようだな」
「ええ、死者なし。全員捕縛しました」
「なにも知らんと思うが。まあ、襲撃に備えて落とし穴でも作らせるか。よくやった」
「父。ほめてる?」
「初任務で戦闘訓練を受けたオーク三匹を素手で捕縛。ほめるしかないだろが」
「えっへん」
なぜか雫が胸を張った。
「そういうわけで次の指令だ」
「はい?」
まだ続きがあるらしい。
「オークたちが砦を作ったらしい。ちょっと行って落としてこい」
【ちょっとあんパン買ってこい。あ、金払っといて】と同じような気軽さで半蔵は言った。
「……まじっすか」
漢の道は遠く険しい茨の道である。
サイクスはその道をのぼり……いや地雷原を突っ走るのである。
だがそんな半蔵も巻き込まれることになろうとは……
「父。手本を見せて」
すぐに思い知ることになるのである。
次回、砦落とし。
登場人物紹介
半蔵
上からの命令に逆らえない哀愁漂うサラリーマン。
サイクスに対する全力の嫌がらせはことごとく失敗。
もはや娘が盗まれるのは時間の問題と化してしまった。
「あんパン買って来いよ。お前の金でな」というノリでオークと戦わせる鬼。
犬でも飼おうかと思っている。
オークさん
サイクスの被害者。魔族の一般兵。豚の怪物。
弱点らしい弱点はなく、人間を超える筋力と頭蓋骨に穴が空いても再生する生命力、そして人間に近い知性を持つため、かなりの強敵とされる。
オタサーの男子学生のようなノリの生物。鳴き声は「くっころ」。
魔王領の近くでは普通に人間と貿易をしている。
光る棒を見ると振り回して踊り出す習性がある。
エルフが好きで観賞用として愛でるが、実際に会話をすると溶ける。
オークはレガイアスの配下にも多いが、今回は骸の部下。(骸の配下の方が給料は安いが、労働環境はホワイト)
オークの旗は黄色に黒文字。
女神「ラ・ラメ」を信仰し、約束の地「バハラー」を探している。
月狼
オークの頭蓋骨に指一本で穴を開けるまでに成長。
まだ地雷は踏んでない。(そしてすぐに踏む。具体的には次回踏んで、さらにその次で爆発)
徐々に歴史が狂ってきた件。
アリス
頭の中ではもうすでにサイクスとの嫁。
幸せな家庭を歩むことが規定路線化されている。
ちなみに他のスペックが高い。高すぎる。
美しくて、優しくて、料理でもなんでもできるハイパー嫁だけど、気がついたら旦那が逃げてるタイプ。
サイクスと雫は勘違いしている。刺したりしない。もっと恐ろしいもの。
雫
アリスの最強伝説を間近で見てたためビビる忍者。
サイクスとは友だち。
恋愛に発展するかは不明。
好きな異性のタイプと言われても考えたこともない。




