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忍者【月狼】

 あれから三ヶ月後。

 筋肉の応酬。

 華麗な技。

 止まる心臓。

 気による救命措置。

 それと覚醒したヤンデレ幼なじみとの日常。

 それがサイクスの日常になった。

 なぜか最後が一番つらい。

 忍者たちの諜報活動によると、サイクスの記憶通り、北天エスターは魔王メシュメルを殺害。新しい魔王に即位した。

 サイクスに残された猶予はわずか。

 サイクスは焦りを胸にしまって稽古に挑む。


「サイクス! 漢とはなんだ!?」


 半蔵の声が響いた。

 夜間。忍びの村。

 半蔵がサイクスに拳を突き出す。


「正義であります!」


 サイクスは答えながら、拳を弧拳ではじくと、はじいたのと同じ手の手の平を突き出した。

 半蔵の体を撃ち抜く掌底突きである。

 適切な体重移動、それに気をこめた掌が半蔵の体に向かう。

 だがサイクスの攻撃は空を切った。

 半蔵はすでにサイクスの背後にいた。


「正義とはなんだ!?」


 半蔵はそう問いかけると、サイクスを羽交い締めにして飛ぶ。


「忍法飯綱落としパーフェクツッ!」


 恐ろしいほどの勢いなのに音が聞こえない。

 彼らが飛んでいった少し後に音が響く。

 音速を超えたのだ。

 気で防御してなければ衝撃波で体がちぎれていたところだ。

(実際、一度ちぎれて治療された)

 だが【飯綱落としパーフェクト】の恐ろしさはそこではない。

 このあと回転しながら落下、そのまま敵を地面に落とすのだ。

 この三ヶ月、地獄の特訓をした体と言えども、【飯綱落としパーフェクト】を喰らえばさすがに死ぬ。

 だからサイクスは空中で気を練ると、丹田から爆発させる。


「うおおおおおおおおおッ!」


 爆発により半蔵の体がサイクスから離れる。

 そのままキリモミしながら二人は落ちていく。


「忍法デッドリー二段ジャンプ」


【忍法】をつければなんでも許されると言わんばかりに、サイクスは叫んだ。

 そのまま空中で方向転換。

 なにもない空間を足場に跳躍する。

 半蔵も少し遅れて同じ技で跳躍する。


「正義とは気合であります!」


 破綻した論理を叫ぶとサイクスは、手からルーンブレードを発生させる。


「分身の術!」


 サイクスの体が四人に分裂する。

 そして四人のサイクスはルーンブレードを振りかぶり半蔵に襲いかかる。


「甘い甘い甘い甘い甘い甘いわー!」


 半蔵は空中で、その全てに超高速で抜き手を入れた。

 だが抜き手を入れられたサイクスはニヤリと笑う。


「火遁の術」


 その途端、四人のサイクスが爆発した。

 そして五人目のサイクスが遙か上空から降ってくる。


「今日こそ一本取ったぞー!」


 と喜んだ瞬間、半蔵がサイクスの背後に現れる。


「甘いわー!」


 半蔵は背後からサイクスに蹴りを入れた。

 サイクスはなにもできずに地面目がけて落下していく。


「ぐ、ここで落下の勢いを殺して……無理ーッ!」


 サイクスは地面に突っ込んだ。

 爆発音、そして粉塵が舞う。

 クレーターができるほどの衝撃。

 普通なら死んでいるだろう。

 だが、もそもそとクレーターからサイクスが這い出してくる。


「死ぬところだった!」


「サイクスは(へんたい)に片足を突っ込んでしまった……。私は悲しい」


 悲しい表情をした雫がやって来た。


「どこか怪我した?」


「中破。欠損なし」


 つまり、【ダメージ半端ないけど折れたりちぎれたりしてないよ】である。


「今のは里のものでも死んでる。(へんたい)すぎる」


「魔王を倒さないといけないからね」


「今のサイクスなら、獣王レガイアス相手にいい勝負ができると思う」


 経験者は語る。


「でもレガイアスやゲートキーパー、それにガイラギは勇者の剣がないと倒すことができない、と」


 魔王軍幹部には八人の王が存在する。

 まずは通り名を冠した四人。


【龍王】ガイラギ

【不死】ゲートキーパー

【獣王】レガイアス

【魔道】(むくろ)


 そしてさらに東西南北の四方の天の名前を冠した最高幹部の四人。


【東天】アスラ

【西天】フェイン

【北天】(エスターが魔王になったため現在空位)

【南天】レン


 彼らは魔王領の各地域を治める実質的な王である。

 魔王はその最高位である。

 魔王領最強の証である。


 その中で襲撃に関係するのは通り名を冠する四人。

 その誰もが強敵である。

 ゼラン村襲撃の責任者である【獣王】レガイアスは、斧を持った巨大な獅子の獣人で、その物理的戦闘力は計り知れない。

 アリスが次に出会う【不死】ゲートキーパーは、武丸と同じく不死の呪いを受けていて、勇者の剣でしか息の根を止めることはできない。

【龍王】ガイラギは龍人のため生半可な武器では傷一つつけられない。魔法もほとんど意味をなさない。

 まだ今の状態では確実に勝てるという保証はない。


「骸なら攻撃が通じると……思う」


 雫がつぶやいた。

 魔法使いの骸相手なら攻撃が通じる。

 だが問題は大きい。


「魔法攻撃で近づけないけどね……」


「だね。父と私がサポートに入っても難しいかも」


 骸は本当に難しい相手である。

 なにせ実際に戦った雫が言うのだから、本当にヤバい相手なのである。


「もうちょっと気を極めないと……」


 サイクスが考え込むと、怒鳴り声が聞こえる。


「あー! サイクスてめえ! 俺のかわいい娘とイチャイチャしてんじゃねー!」


 半蔵である。


「父。作戦会議。アドバイスしていた」


「雫ちゃん。それはお父さんのの役目ね。サイクス、今のなにが悪かったか。わかるな?」


「火遁の術をやったあとに、すぐに撤退すればよかったと思います」


「違ーう!」


 半蔵がサイクスを殴る。

 サイクスは飛ばされ木にぶち当たって「げふッ!」と声を出した。

 傍目から見れば荒っぽいが、この師弟、常にこうである。

 案外うまくやっているのだ。


「気合がたりんのだ! 気合だ、気合!」


「父、絶望的に教えるのに向いていない」


「んが、雫ちゃん! ひどい!」


 一番酷い目にあっているのはサイクスである。


「まあいいや、おらぁッ! サイクス、基本やるぞ!」


 木にぶち当たってノックアウトされたはずのサイクスは、すぐに走ってくる。

 人間を超えた回復力である。

 サイクスは指立て伏せの体勢を取る。


「おし、乗るぞ」


 半蔵はサイクスの背に乗る。


「まずはいつも通り、親指を外せ」


 サイクスは親指を持ち上げて、四本の指で体を支える。


「よし、俺が飛ぶから小指から外していけ。いくぞ!」


 半蔵はサイクスの背中で跳躍すると、そのままサイクスを踏みつける。

 サイクスはそれに耐えながら指を外していく。

 最後に両手の人差し指のみになった。


「よし、そのまま倒立」


 半蔵がサイクスから降りる。

 サイクスは呼吸を維持しながらさらに指先に集中する。


「呼吸を維持しろ。指先に集中しろ。絶対に(りき)むな」


 集中しながらも力むなという無理な命令。

 だがサイクスはもうこの程度はこなすようになっていた。

 サイクスは二本の指で倒立をする。

 指先と丹田に気を集中し、呼吸を維持する。


「よし蹴るぞ。丹田で気を練り続けろ。呼吸は絶対に乱すなよ」


 そう言うと半蔵は容赦なくサイクスの腹に蹴りを入れる。

 ドンッという重い音が響く。

 サイクスは、呼吸乱さずひたすら集中した。

 ドン、ドン、ドンッ!

 半蔵は何度も蹴る。

 全力でこそないが、本気。戦闘用の蹴りだ。

 ゴブリンやオークなら一撃で戦闘不能になっただろう。

 だがサイクスはびくともしない。

 雫はそれを見て嫌そうな顔をした。


「父。サイクスは初めてからまだ三ヶ月。少し厳しすぎる」


 それを聞いた半蔵はサイクスを指さす。

 その目は涙目だった。


「雫、悔しいが……ホント、ケツから炎噴き出すくらい悔しいが、こいつね、才能が有り余ってやがるの! 嫌がらせで組んだトレーニングもこなしちゃうの! もうね、本気で育成するしかないでしょ! ……持つものは、持たざるものとは、育成方法が変るのはしかたがないのだよ。サイクス! 次は一本にしろ」


 サイクスは片手を腰に当てる。

 指一本での倒立。

 だが不思議と指は疲れてなかった。


「ふんッ、恐ろしいほどの気のコントロールだ。見ろ雫、呼吸法だけで打撃の痛みを散らして、治療までしてやがる」


 あれだけ蹴られたというのにサイクスは痛みを感じていなかった。


「最後に金的かましてやろうかと思ったけどやめた。無駄だわ」


「父、こすっからい」


「雫ちゃん。それが忍者なのです。サイクス、やめていいぞ」


 サイクスはそのまま足をつけ、ゆっくりと立ち上がる。

 体にはダメージのあとなど残されていなかった。


「たった三ヶ月でこれか。村の連中だったら、同格の相手と組み手ができるようになるって程度だぞ」


「えっへん!」


「なんで雫が胸を張ってるんだよ。サイクス! こいつをやる」


 半蔵がサイクスになにかを投げた。

 サイクスはキャッチし、それをまじまじと見た。

 それは鉄のペンダントだった。

【月狼】と忍者の使う忍文字で彫られている。


月狼(ムーンウルフ)?」


 どういう意味だろうか?


「お前の暗号名(コードネーム)だ。今日からお前は正式に里の者になった。雫をめとるっていう案も出たほどだ……ぶっ殺す」


 サイクスはうれしかった。

 三ヶ月、ひたすら修行に打ち込んだ。

 その成果が出たのだ。

 雫も珍しくニコニコとする。


「サイクスのとこに嫁に行くなら別にかまわない」


「だめえええええ! パパ死んじゃう! ガチガチガチガチ、殺さなきゃ、殺さなきゃ雫が盗られてしまう……」


「父。ヤンデレは、もうおなかいっぱい」


 おずおずとサイクスが手を挙げる。


「あのぉ……ぼくの意見は」


 当事者は置いてけぼりである。


「てんめええええええええッ! 雫が気にくわないってのか、おどりゃあああああああああッ!」


「父、言っている事がメチャクチャ」


 嫁には出したくないが、断られるのもむかつく。

 それが親心なのだ。たぶん。


「っち、まあいい。サイクス、そいつを持っていれば、各地の忍の里もお前に協力してくれる」


 それは魔王軍の脅威が公式に確認されたということだった。

 そしてサイクスはこの里の使者として選ばれたのだ。


「まだ最初の襲撃までは時間がある。これからも励め」


「はい!」


 それはいい返事だった。

 どこまでもやる気のある素晴らしいものだった。

 サイクスは、とうとう地雷原つき男坂の入り口に降り立ったのである。

次回! オークさん(被害者)登場!


登場人物紹介




【魔道】骸


魔王軍最高幹部の一人。

在位は200年前とも言われる古株。

ありとあらゆる魔術を極めたと言われている。

強力だが狂った魔道士。

アリスたちは、彼のためなら命を捨てることもじさない魔道士と亜人の戦士ので編成された軍団に悩まされる。

アリスとの戦いで壮絶な死を遂げる。

雫は骸との最後の戦いで死亡したことになっているが、実は死んだふりをして魔王城の破壊工作を行っていた。

二周目の今なら……。




【龍王】ガイラギ


竜が人の姿に進化した龍人の王。二周目の現在14歳。(ただし長寿種のため年齢よりは精神年齢は幼い)

年若くして龍人の王に即位。獣王レガイアスの後見を受けている。

生まれ持った素質だけで最高幹部になっただけあり、魔法は効果なし、物理攻撃もほぼ無効というチートキャラ。

部下も龍人種という凶悪さ。

アリスの勇者の剣で真っ二つにされる。

一周目では心が腐っていた。

一つ下の妹がいる。




【獣王】レガイアス


38歳。獅子の獣人。

魔王軍の実働部隊を指揮する司令官。軍人のため命令には忠実。

そのため一周目ではゼラン村の襲撃も胸糞悪いと思いつつも仕事として実行した。

サイクスを殺した軍を直接指揮していた。

愚かな男ではないため、自分があくまで軍人であって、魔王の器ではないと理解している。

アリスによって軍団は壊滅。レガイアスも抹殺された。

プライベートでは気のいいオッサン。

オッサンなので冠婚葬祭には小うるさい。

最近体毛が白くなってきたのが悩み。




月狼


13歳。(ただし一周目終了時点で17歳)

サイクスのもう一つの名前。

立派に男坂の地雷原に到達。

気を習得したことで弱点である紙装甲を克服した。




半蔵


娘を弟子に取られそうになっている中年。

嫌がらせを軽々こなしていくサイクスを見て色々あきらめた。

紙装甲をちゃんと直したあたり、指導は本気。




魔王メシュメル


先代魔王。

【北天】エスターに殺害される。

穏健派で内政と経済優先の政策をとっていた。

だが謀反には厳しく、自国民に剣を向けていた。

無能とまでは言えないが賛否両論ある人物。

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