修行……そしてヤンデレ
※注意 今回はヤンデレ表現などがあります
【気】
正確な定義はない。
曰く、人間の生命力を力に変換する技術。
曰く、呼吸法で外から力を取り込んでいる技術。
曰く、これこそが武の奥義。究極の力。
と、答える人によって答えが違うのが【気】である。
ゆえに忍者の使う気の定義は、魔法以外の【なにか】である。
正しい呼吸法で【気】を練り増幅する。
そして体で【気】を制御し、作用させる技術である。
【気】の一撃は鋼を曲げ、【気】を纏った体は宙を飛び、【気】は自身に向かってきた刃を破壊する。
魔術による増幅や身体操作ではなく、あくまで鍛え上げた体による技術である。
サイクスは、忍者の武術と【気】の操作を半蔵から伝授されることになった。
村。
サイクスは井戸から一度村に帰り、父親に事態を報告。
父親も魔王軍の動向を探ることに同意した。
そして夜。
忍びの里に行くと、サラシにふんどし姿という半蔵が出迎えた。
「ふむ、このウジ虫野郎、ではなく、領主の息子よ。修行をしてやろう」
「父。本音が漏れている」
雫もいる。
「まずは気功の訓練だ。本当だったら初回は手取り足取り教えるところだが、お前の場合は時間がない。だから実戦の中で教えよう。さあ、かかってこい!」
「父。事故に見せかけて殺す気が透けて見えてる」
「ここで死ぬなら、魔王など倒せぬ! 俺も素手だ。さあ、かかってこい!」
半蔵はツッコミを無視して、バシッと半蔵は胸を叩く。
「わかりました師匠! うおおおおおおおおッ!」
サイクスはバカ正直に殴りかかる。
「ばかばっかり……」
雫は呆れた声を出した。
それは当たり前だった。
半蔵とはルーンブレードを使って、なんとか初撃で死ぬことはない。
というほどに実力が離れていた。
だが恐怖というブレーキが壊れたサイクスはバカ真面目に素手で半蔵に挑む。
なんの加護もつけていない拳で半蔵に殴りかかったのだ。
「甘いわ!」
サイクスが到達する前に、半蔵は三発も四発も拳を繰り出す。
「げふッ!」
サイクスは、ゴミのように宙に放り出された。
だが半蔵は、サイクスが空中に浮いても追撃をやめない。
「秘拳、鳳凰12連撃ぃッ!」
世紀末ドリブル状態で殴り続ける。
「ふおおおおおおおぉッ! 爆砕破陣撃いッ! ホアタァッ! 」
空中で超必殺技。
なぜか爆発が起こり、サイクスがさらに高く大空へ打ち上げられた。
そしてフィニッシュ。
「死ねいッ! 冥界風神脚」
宙に飛び蹴り落とす。
サイクスは地面に向かい一直線に飛んでいく。
ドカンと爆発音がし、粉塵が舞い上がった。
粉塵が地面に舞い降りる。
サイクスは地面にめり込みピクピクと痙攣していた。
「ふむ、これが気の力だ! わかったな。では明日はこの続き。雫、治療をしてあげなさい」
「父。教える気ない。ただ痛めつけただけ」
「違うぞ雫。大人にはいろいろあるんだ」
「そんな薄汚い大人になりたくない」
言いたいことを言って、雫はボロ雑巾になったサイクスの治療に取りかかる。
「今から気功で治療する。少し痛いけど我慢して」
そう言うと雫はサイクスを脱がせ、秘孔と呼ばれるツボを押していく。
押していくと雫は気づいた。
全身の気功を司るツボ。
チャクラと呼ばれる場所全てに打撃が加えられていることに。
「父。気の強制開放をしたの?」
「ああ、長老の命令だ。嫌々、ホントに死ぬほど嫌だけどやってやったわ! 死ぬほど苦しいが我慢しろ。血の小便が出るけどな! ぐあーっはっはっは!」
半蔵が高笑いした。
だが雫は首をふるふると横に振る。
目のハイライトも消えていた。
「父。心臓止まった……」
「ぐがッ! ちょっと待って。クソ、思ったより耐久力がなかった。蘇生法をしろ!」
「ダメ、生き返らない。父のばか!」
「ふざけんなクソガキ! 雫、代われ! オラオラオラ!」
その後、気功による強制的な心臓マッサージなど半蔵の必死の救命措置により、サイクスは死から強制的に生へと戻された。
その日から数日、雫は半蔵と口を聞かなかったのである。
◇◇◇
フラフラとしながら、サイクスは朝を迎えた。
サイクスの父は井戸のことを知っていた。
知っていやがった。
だが怒ることはできない。
話を聞いていなかったのはサイクスなのだ。
それに怒っている暇はない。
サイクスには忍者としての使命があった。
歴史の改編を最小限にするという崇高な使命があるのだ。
だからアリスとの平穏な毎日を送らねばならない。
サイクスは気合を入れた。
「がんばるぞー! ぼくは使命を果たす」
「やっほー、サイクス」
「ぜったいにしめい……」
窓から雫が入って来た。
当然のようにベッドの横に座る。
「お菓子あるー?」
「いやあるわけないって。なんで雫、うちにやって来たの?」
「うん。アリスに顔合わせしとこうかなと」
「歴史を変えちゃマズいんじゃない?」
「襲撃のときに私の顔を知っていた方が、避難するのになにかと都合がいい」
確かにと思い、サイクスは外に出ることにした。
だがタイミングとは神様の嫌がらせなのだ。
その時だった。
「サイクスー。今日も遊びに行こうよー♪」
ノックもせずに入ってきたのはアリスだった。
アリスはピタッと止まる。
そして部屋の中にいる雫を見る。
さらに足の先から頭の先まで見る。
「誰……? その女……?」
「アリス、こちらは……」
「忍村の雫です。よろしく」
雫が挨拶をするとアリスの目からハイライトが消えていた。
なぜか、自分の髪の毛を口で噛んでいた。
その姿にぶるっとサイクスは身震いする。
怖い。
「ど、どうして! サイクスに近づく女どもはみんな排除したはずなのに!」
アリスが叫ぶ。
サイクスはモテない。
それはナヨナヨしているからだと思っていた。
だが違った。
アリスが事前に排除していたのだ。
サイクスは雫を見る。
雫は「ごめん無理」と首を横に振った。
「サイクス。私が間違っていた。アリスは村が滅ぼされたから復讐の旅に出たんだと思ってた。でも本当はサイクスの敵討ちだった。ごめん、サイクス。私はアリスを過小評価していた……と、いうことで私は離脱する。おやつは今度! さらばだー!」
雫は窓から飛び降りる。
「あ、逃げた! ちょっと雫」
サイクスはその場に置いてかれた。
置いてかれたのだ。
そんなサイクスの肩をアリスはつかむ。
ローティーンの少女とは思えない力。
サイクスの肩が万力を使ったかのように締め上げられる。
「サイクス。あの娘になにかもらった?」
確か蘇生された直後に回復薬を飲まされた。
「あ、うん。なにも?」
「ウソね」
ぎりぎりぎり。
アリスの指がサイクスの肩に食い込む。
「あ、アリス。い、痛い」
「さあ、サイクス、ごはん食べよ。体の中からあの娘に汚されたものを取り出さなきゃ。サイクスの体の中を私で満たさなきゃ。満たさなきゃ。満たさなきゃ」
笑顔で繰り返すアリスが怖かった。
だが笑顔のままでアリスはサイクスにサンドイッチを差し出す。
「さあ食べて♪」
それはヘビー級の愛だった。
あまりに重い愛のボディブローによって、サイクスの足がフラフラとする。
(あれ? もしかして、ぼくの日常って危ういバランスで綱渡りしてたんじゃ?)
混乱しながらも、サイクスは正しい結論に突き進んでいた。
「サイクスには私だけがいればいいの。ねえ、サイクス。これからピクニックしよう。ずうっと、ずうっと、二人だけで楽しく過ごそう」
サイクスはサンドイッチを食べる。
緊張で味がわからない。
まるで砂をかんでいるようだった。
むしゃむしゃと咀嚼し、食べ終わる。
するとアリスは途端に上機嫌になった。
「じゃあ、あ・そ・ぼ」
アリスは手を差し出す。
サイクスは震える手でアリスの手を取る。
その後、サイクスは手を繋いで仲良く、一見すると仲良く見えるように連れ回される。
「あのねサイクス……」
いやな予感がする。
「浮気したら。世界を滅ぼしちゃうぞ♪」
本気だ。
サイクスは思った。
アリスにそれを為し得るポテンシャルがあるのも知っていた。
「う・そ。じゃあ遊ぼ」
アリスはその整った顔で笑顔を作った。
(女の子怖い!)
この日、サイクスはなにか大事なものを失った。
それは少年時代という心の残滓だったのかもしれない。
登場人物紹介(5話時点)
サイクス
攻撃力過多の紙装甲。
二周目で最初の臨死体験にして気功の能力を(強制的に)覚醒させ(られ)た。
これにより地雷原つき男坂をダッシュで駆けあがることになる。
バトルもの主人公らしく、まだ隠された能力が眠っている。
とうとう幼なじみのヤバい側面を理解した。
アリス
……ヒロイン?
一途でがんばり屋な女の子。一途で……がんばり屋な……。
勇者ではない【なにか】に覚醒。
「いいえ」の選択肢を選ぶと無限ループするタイプ。
暴力系ではないため現在はまだ無害。
世界を滅ぼすだけのポテンシャルを秘めている。
雫
ちょっとした判断ミスで魔王よりヤバいものを覚醒させた。
一周目ではズッ友級のアリスの友だち。
半蔵
人類としては、かなり上位の強さを持つおっさん。
気功の使い手で里でも規格外の攻撃力を持っている。
下段小パンチ連打でゲージ全部持って行くタイプ。
サイクスの紙装甲を理解してなかったため、殺す寸前まで追い込むうっかり屋さん。
雫が口を聞いてくれなくなったのでやる気が下降気味。
自分がなにを目覚めさせたかはまだ理解してない。
次回、修行の成果。