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忍の里

 忍者。

 冷静沈着で、鉄の意志を持ち、極限まで鍛えた技を駆使して戦う戦闘集団。

 というイメージすら世間には広まっていない。

 それほどまでにレアな存在が忍者なのである。


「ほれ食え」


 半蔵はテーブルに豚肉フライの卵とじを米に乗せた……いわゆるカツ丼を置いた。

 サイクスは小首を傾げる。


「これはなんですか?」


「おう、尋問するときには、これを食わせるのが礼儀だ」


「はあ……それではいただきます」


 サイクスは出されたスプーンでカツ丼を食べ始める。


(出されたものを疑いもせずに食べるか。こりゃ間者ってことはねえな)


 そもそも、ルーンブレードを使える人材は貴重だ。間者にするわけがない。

 半蔵は頬杖をついた。

 もうわけがわからない。

 とりあえず村へ使者は出したが、いくらなんでも領主の息子ということはないだろう。

 悪意はなさそうだが、目的が全くわからない。

 すると木の引き戸が乱暴に開かれた。


小頭(こがしら)! 村に出した使いが戻ってまいりました!」


「あらま、ずいぶん早いんですねえ」


 サイクスが無邪気な顔で言う。


「ああ、村の枯れ井戸に秘密の通路が……って、俺はなにを言ってるんだ!」


 どうにも調子が狂う。

 サイクスからは悪意を感じないので、つい警戒を怠ってしまうのだ。

 半蔵はあえてサイクスを無視することにした。


「それで村はなんだって? まさか領主の息子って事は……」


「確認が取れました。領主の息子で間違いないそうです」


「……」


 半蔵はサイクスを見る。

 そして震える手で指をさす。


「小頭、おっしゃりたいことはわかります」


 空気を読まないサイクスは、しゃきーんとする。


「いやそうじゃねえよ! お前さんがおかしいって話だからな」


「おかしくはありません! ぼくは真剣です!」


 しゃきーん。


「ぐあああああああッ! そうじゃなくて精霊魔法を使えるのがおかしいだろと!」


 おかしいことに気づかないのがおかしい。

 当たり前のことなのだが、サイクスは気づかなかった。


「がんばりました!」


「ちげーよ! そうじゃねえよ! お前はなにを企んでやがるんだって聞いてるの!」


「魔王が攻めてきます!」


 しゃきーん。


「……」


 噛み合わない。全く噛み合わない。

 半蔵は疲れた。

 ツッコミどころが多すぎる。

 なのに本人はいたって真面目だ。

 冷静で論理的な間者である半蔵には、論理を度外視したサイクスは理解できなかった。

 すると取調室の戸が開いた。


「邪魔をするぞ半蔵」


 数人の従者を連れて中に入ってきたのは里の長老たちだった。

 普段は小頭である半蔵に実務は任せている。

 口出しは珍しい。

 つまりそれほど重要な事が起きたのだ。

 シワだらけの老人。

 里の長老の一人、クロガネが半蔵に言った。


「巫女の託宣が降りた。そのものを連れて来なさい。くれぐれも丁重にな」


「……なにが起きたんです」


 半蔵はようやく事態が飲み込めてきた。

 この異常な力を持つ若者。

 その言葉は正しいのでは?


「とにかく連れてこい。雫に会わせるぞ」


 雫。

 半蔵の娘だ。

 別の所に行っていて、魔王軍の襲撃から生き残る。

 復讐を誓い、アリスのパーティに合流。

 パーティ内でもオフェンスもディフェンスもこなす人材だ。

 そして……もう一つ。重要な技術、いや特技を持っている。


「あいわかった。では行こうか。領主の息子どの」


 サイクスは半蔵に連れられ部屋を移動する。

 逃げないように腰に縄をつけられている。

 まだ完全には信用してないのだろう。

 広間はすぐ近くにあった。

 長老たちの従者が引き戸を開ける。

 中に入ると、巫女の服を来た雫がいた。


(巫女……。そんな話は聞いたことがない)


 一周目とは少しシナリオが違ってきているようだ。

 雫は正座をしている。

 前回とは違い、お嬢様という感じがした。

 だが次の瞬間、そのイメージは覆される。


「やっほー、サイクス。久しぶり」


 こういうやつだった。

 サイクスは思った。

 久しぶりである。

 そう久しぶりなのだ。

 雫は儚い幽霊であったサイクスを認識している。

 雫の特技とは幽霊と会話ができることなのだ。

 パーティでは電波な娘と思われているが、サイクスや他の幽霊と会話をしていたのである。

 しかも、である。

 雫はサイクスを認識している。

 前の世界の記憶を持っているのだ。


「……久しぶり。って、ぼくの主観では半日しか経ってないよ」


「私は一年かな」


 そんな会話をした瞬間、半蔵はブチ切れた。


「お父さんは認めません!」


 瞬時にクナイを抜く。


「そうかこの下衆野郎が! てめえ雫を狙ってやがったな! 精霊魔法を覚えてくる努力は認めてやるが、交際は俺を倒してからだ。ああコラァッ!」


 それは壮絶な勘違いだった。

 半蔵の脳内では、すでに【娘のストーカーが精霊魔法を会得してまで言い寄って来た】という自分に都合のいいストーリーが構築されていた。


「落ち着け父。サイクスは友人。幽霊になっても幼なじみを追いかける執念を持っているが、あくまで友だち」


「キシャアアアアアアアッ! きしゃまああああああ!」


 フォローは逆効果だった。

 ストーカー説は固まってしまった。

 半蔵はクナイでサイクスに襲いかかる。

 サイクスは必死になってルーンブレードを唱え、クナイを受け止める。


「てんめええええええ! 受けるなコラァッ!」


「だからぼくと雫はそんな仲じゃ……」


「呼び捨て! 呼び捨てする仲かあああああああッ!」


「父。サイクスは賢者セレナの奥義を盗むほどの才覚。呼び捨てにするくらい尊敬している」


「俺から娘も盗むのかあああああああッ!」


 話がカオスに向かう。

 話が進まないと思ったのか、長老たちは同時にわざとらしく咳をした。


「うおっほん! 半蔵よ。クナイを納めよ」


 さすがの半蔵も長老の言葉でクナイを納める。

 サイクスは「死ぬかと思った」とほっと息を吐いた。


「領主の息子サイクスよ。託宣は降りた。お前に力を貸そう。なにを望む?」


 サイクスは真っ直ぐ長老たちを見据えた。


「一年後に村と里を滅ぼしにやって来るのは、魔王軍八部衆の一人、獣王レガイアスです。やつを倒すには気功。生命の気を乱す必要があります」


 本当だったら勇者の剣さえあれば解決する問題だ。

 だが勇者の剣は間に合わない。

 勇者の選別が始まるのはゼラン村が滅びた後。

 いや、いくつかの国が滅んだ後なのだ。


「と、いうわけじゃ、半蔵。こやつを使い物になるようにしてくれ」


「は? 殺すのではなく?」


 純粋な私怨である。


「腕は動くようにしてあげなさい」


 半蔵はサイクスを見た。

 にやあっと笑う。


「地獄へようこそ。サイクス」


 精一杯の凄味だった。

 だが空気を読まないサイクスには効果がない。


「がんばります!」


「父。くれぐれも殺さないこと。それとサイクスは昼は村に返して。訓練は夜間」


「なぜだ娘よ! それほどまでにこいつのことを……」


「違う。余計なところまでいじると、歴史が変ってアリスが勇者の力に目覚めなくなるかもしれない」


 アリスの覚醒。

 そのトリガーはサイクスの死だ。

 アリスを守ろうとしたサイクスが、獣王レガイアスに殺されることで、勇者の血が目覚める。


「サイクスも。歴史を変えないように昼間はアリスと遊んでて」


「ああ、わかった。雫、今度こそ世界を取り戻そう」


「うん。サイクスがんばろう」


「雫ちゃあああああああんッ! お父さんは認めません!」


 斯くして、サイクスは忍者としての第一歩を踏み出したのである。

 良いことか悪いことかは別として。

次回から修行編。


登場人物紹介



13歳。ヒロイン?

半蔵の娘で勇者パーティのメンバー。

霊感があるためサイクスとは前の周回からの友人。

魔王軍幹部の【骸】と戦い死亡したはずだったが、サイクスのさらに一年前に飛ばされている。

父親やサイクスの死を回避するため託宣の巫女の世話役に潜り込んでいる。

幽霊との会話に加え、前衛とサポート役、さらにはヒーラーとマルチに活躍できる優秀な人材だが、ボス戦では火力が足りないタイプ。

以後、未来を知るものとしてサイクスと行動を共にする。




半蔵


何の因果かサイクスの師匠に。

以後、振り回し振り回される関係に。

弱点:娘。

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