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森越え2

 サイクスが初の戦闘で勝利を得たとき、サイクスを森の中から見つめる目があった。



(ガキがウロウロしてるから、助けてやろうと思ったが……なんだあいつ。本当に人間か?)


 黒い装束を身にまとった男。

 名を半蔵と言う。

 忍者の里の長にして、後に勇者パーティの一員として活躍する忍者【雫】の父親である。

 歴史がそのままならば、最初の襲撃で命を落とすことになっている。

 半蔵はサイクスの戦いに興味をそそられていた。


(あのガキ、槍を持って全速力でぶち当たって行きやがった。北方出身の傭兵の武術か。それにエルフの精霊魔法。人間が使えるなんて聞いたことがねえ。本当に人間か?)


 サイクスは半蔵の視線に気づかず、キョロキョロと辺りを見回した。

 するとナイフを出して、ジャイアントスパイダーの足を器用に切断した。

 村ではジャイアントスパイダーは、お祭りの時に出るごちそうなのだ。

 サイクスは精霊魔法で焚火を作るとジャイアントスパイダーを焼いた。

 ジャイアントスパイダーの身は、蟹とエビの中間の味がする。プリプリとして実に美味しい。

 炎で焼かれたジャイアントスパイダーは、良い火加減だった。

 ちなみにジャイアントスパイダーを食べるのは、ゼラン村の人間くらいである。

 ジャイアントスパイダーはその見た目のグロさから、オークやゴブリンですら跨ぐといわれるゲテモノなのだ。


(……人間だな。あんなゲテモノを食うのはゼラン村の連中しかいねえ)


 サイクスはこぼれそうな笑顔でジャイアントスパイダーを食べていた。

 サイクスにはごちそうでも、忍者の里の人間にはゲテモノである。

 足を一本平らげると、サイクスは満足そうな顔をして森の奥に向かう。


(わからねえ。なにを考えてやがる)


 半蔵はサイクスをどうすべきか考えあぐねていた。

 里に近づくものがいたら追い返すことになっている。

 単純に里の近辺のモンスターは、森の入り口のモンスターと比べて段違いに危険だからだ。

 だが、この子はどうだろう?

 天賦の才能を持つ天才が武者修行……?

 ない。ありえない。


(様子を見るしかねえか)


 さてさて、この半蔵。

 ここで【様子を見る】ことを選んだせいで、サイクスとは不思議な縁で結ばれることになる。

 だがまだ半蔵はそれを知らない。


 さらに2時間ほど歩くと、サイクスはとうとう森の深部の入り口に辿り着いた。

 息も絶え絶え。足はガクガクと震えていた。

 体力は元のままだったのだ。


 半蔵はサイクスの様子を欠伸をしながら見ていた。


(森歩きは得意じゃなさそうだな。バランスの悪い野郎だぜ。いったいどんな育ち方をしやがったんだ? まあいい、門番がやってくるぞ)


 ズシンズシンと、重い音を立てながら何かが近づいてくる。

 それは太い足に、大きな顔。

 丸っこい体だが、威圧的な見た目。

 それは熊だった。

 それもとびきり大きな熊だった。


「さあ、お坊ちゃん。どうしてくれますかね?」


 半蔵は不敵に笑った。




    ◇◇◇




「ウソだろ……」


 サイクスは固まった。

 熊に恐怖したのではない。

 サイクスが固まった原因。

 それは嫌な思い出だった。

 この熊をサイクスは知っていた。

 全身に剣や槍、矢が刺さった熊。

 不死の呪いを受けて死ぬこともできずに滅んだ村を守っていた熊。

 不死の呪いを受けたものを滅ぼすには、勇者の剣が必要だった。

 アリスは泣きながら、熊の生を終わらせたのだ。

 あとでわかった名前は……。

 サイクスは手を広げると前に突き出した。


「きみは門番の武丸だな。不死の呪いがかかっている。人間の言葉もわかるはずだ」


 一瞬、熊が目を丸くした。

 なんで俺の名前を知っているの?

 という顔だった。


(なんだあのガキ。なんで武丸を知ってやがる!)


 半蔵はサイクスへ俄然興味を持つ。

 どうかんがえてもあやしい。

 不審人物なんかじゃない。

 あきらかに危険なやつだ。

 そう半蔵は考えた。


「うがああああああああああッ!」


 武丸はとりあえず威嚇のために吠えた。

 武丸は混乱していた。

 あの子どもは、なぜ自分の名前を知っている?

 どうして不死の呪いのことまで知っているのだ。

 武丸は爪を振りかぶった。

 サイクスはとっさに槍で防御する。

 だが槍はへし折れ、サイクスはふっ飛ばされた。

 地面をゴロゴロと転がり止まった。


「がうううう(あれ? やりすぎちゃった!?)」


 武丸は焦った。

 サイクスから発せられる【気】(この場合においては気合)は常人のものではなかった。

 この程度は受け止めるだろうと思ったのだ。

 サイクスは一度、ゲフッと空気をはき出すとヨロヨロと起き上がる。


「まだだ」


 一人盛り上がるサイクスを前にして、武丸はどうすればいいか困っていた。

 森の深部は危険なため、侵入者は適当にボコって追い返す算段になっている。

 だがサイクスは、今までの侵入者とあまりに違った。

 なぜか武丸の名前も、呪いのことまで知っていたのだ。

 思わず、先ほどから遠くで見ている半蔵の方を向いてしまった。

 そのまま身振り手振りで半蔵に状況を伝える。


(あの~。半蔵さん。殺しちゃいそうなんですけど……やるんすか?)


 半蔵も手を振って合図をする。


(とりあえず続行。殺すなよ)


(え~!)


 武丸もどうしていいかわからない。

 そして異変はすぐに起こった。


「そう……だよね。きみには里を守る使命があるんだよね。ぼくの腕を試しているんだよね?」


 さすがに熊とは会話のできないサイクスは、とんでもなく好意的に武丸の態度を肯定的にとらえた。

 だからサイクスは考えた。

 せめて全力をぶつけよう。と。

 サイクスはエルフ語で叫んだ。


「【出でよ! ルーンブレード!】」


 その途端、サイクスの手から光が飛び出した。

 緑色の光。

 一見すると魔力の剣であるが、その実体はビーム兵器。

 理不尽すぎるほどの切れ味。

 さらに工夫をすれば、爆発させるなど戦略の幅も大きい。

 魔王軍幹部と渡りあえる兵器である。

 さすがの武丸もこれには驚いた。

 人間が使えるはずがない、凶悪な精霊魔法だ。

 不死の呪いを受けた武丸でも、こんなのを喰らったら、数日は地獄の痛みが待っている。

 さすがに食らうわけにはいかない。


「がううううう!(ちょ、半蔵さん! 聞いてないよ! どうすんのこれ?)」


(いや俺も聞いてねえって! こいつホント半端ねえ。冗談だろ。あやしいってレベルじゃねえぞ! とりあえず様子見てくれ)


「がう! がううう! (ちょっと! 痛いのこっちなんだから! それなら半蔵さんがやってよ!)」


 熊と忍者がハンドサインとうなり声で言い争う。

 それを知らないサイクスは続けた。


「ぼくはゼラン村領主ジョンの息子、ジョージ・サイクス! あやしいものじゃない! さあ、正々堂々と勝負だ!」



「嘘つけーッ!」


「うがああああああああああッ!(うそつき!)」




 それは熊と人間による見事なダブルツッコミだった。

 ねえよ!

 熊と半蔵の心の叫びが一つになった。


「お前な! どこの世界に精霊魔法が使えるガキがいるんだ!」


 木から降りた半蔵が、サイクスを指さしながら大股でやって来る。


「え? 忍者。つか、え?」


「つか、これが噂に聞いたルーンブレードかよ! エルフの秘術じゃねえか! 初めて見たぞ! ルーンブレードを使える領主の息子がいるわけねえだろ! 少しはウソに現実味を持たせろよ!」


「やってみたらできたんですって!」


「がうがうがう!(できるわけねえだろ!)」


 熊と忍者に怒られる。

 シュンとしていると、半蔵もようやく声を小さくする。


「あのな……それで、【自称、なぜかエルフの秘術と北方戦士の武術を使うゼラン村の領主の息子さん】がなんの用かな?」


「魔王が変ります。ゼラン村とこの里に危機が迫っているんです!」


 あくまでサイクスは真面目に言った。

 サイクスだけは大真面目だったのだ。

 だが半蔵はなぜかこめかみをピクピクさせた。


「ほう、【なぜか魔王軍に詳しい自称領主の息子さん】は俺たちになにをして欲しいのかなあ?」


 サイクスに嫌味など通じない。


「一年後に魔王軍がやって来ます。どうかご助力を。そしてぼくを忍者として鍛えてください!」


 サイクスは必死に訴えた。

 その目には涙さえ浮かんでいた。

 だが半蔵は……目を薄く開けた。


「はーい、武丸。こいつを牢屋にご招待するぞ~」


「がうがう!(ガッテン承知!)」


「え? ちょっと、あの……なぜ?」


 サイクスは羽交い締めにされ、そのまま忍者の里に運ばれて行く。

 まだ半蔵も武丸も、少年がいずれ最強の忍者と呼ばれるようになるとは、まだこのときは思っていなかった。

登場人物紹介(三話時点)



半蔵


忍者の小頭。

勇者パーティのメンバーである雫の父親。

最初の襲撃で死ぬ運命にある。

サイクスの最大の被害者であり、かつ最大の加害者。



武丸


不死の呪いと獣化の呪いを受けた元人間。

死ぬこともできずに各地を彷徨っていたところを忍者の里に拾われ門番をしている。

一周目では、死を願いながら滅びた里を守り続け、アリスに死という安らぎを与えられるという鬱イベント要員。

二周目では鬱ブレイカーサイクスの登場によりこの有様。

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