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森越え1

 サイクスの本名は、ジョージ・サイクスである。

 だが、村の男性のほぼ全員がジョンまたはジョージである。

 他の男衆は【木苺を作っているジョン】とか【丘に住んでるジョン】とかと、雑に呼ばれている。

 ゆえに領主の息子であるサイクスは、サイクス家のジョージ、略してサイクスになる。

 だから幼なじみであるアリスはジョージ・サイクスを【サイクス】と呼んでいる。

 ジョージ・サイクスはサイクスなのである。


 そのサイクスは、父ジョンの書斎を漁っていた。

 できれば地図が欲しい。

 前回はアリスへの精霊の加護により道が示された。

 だがサイクスだけでは、辿り着くことはできないだろう。

 森の深部には、強力な魔物が待ち構えている。

 今行くのは自殺行為だ。

 だがサイクスは知っている。

 森に潜む魔物の生態、攻撃パターン、弱点を。

 行くしかない。

 それ以外の選択肢はない。


「ジョージ。なにをしている?」


 声がした。

 それは懐かしい父の声だった。

 父は不機嫌だった。

 息子が書斎で遊んでいると思ったのだろう。


「父上……」


 サイクスはそれを言うのが精一杯だった。

 また父に会えたのだ。

 だが父はサイクスの胸の内はわからない。

 とがめるつもりだった。


「書斎で遊ぶなと言っただろう!」


「父上。聞いてください」


「また言い訳か。男なら言い訳などするなと何度言ったら」


「父上! 魔族がやって来ます!」


「……なんの話だ?」


 父、ジョンの動きが止まった。

 またウソをつくのかと呆れてもいたのかもしれない。


「森に住む忍者です。一年後に彼らを殺すために魔王軍がやって来ます。ぼくは忍者と対策を練るつもりです」


「な、なぜ忍者のことを?」


 やはりサイクスの父は忍者のことを知っていた。

 今ならわかる。

 領主の一族では、しかるべきときに明かされる秘密だったのだろう。


「父上、私は五年後から魂だけが飛ばされてきたジョージです」


「お前は、なにを言っている? そ、それに、魔王軍など、この十年動きはない」


「今から一ヶ月後に八部衆の一人、【北天】エスターが現魔王メシュメルを決闘で殺害し、王国との戦争に発展します」


 このときはまだ、エスターは魔王ではない。

 魔人族の長だった。

 だが穏健派だったエスターはある日豹変。

 穏健派の筆頭格であった魔王メシュメルを殺害し、魔王に即位。

 すぐに人間界を蹂躙するのだ。

 それを聞いたジョンは凍り付いた。

 領主だけは魔王や幹部の名前を知っていたのだろう。

 村人では知らない知識だ。


「お前は……どこでそれを知った?」


「父上、ぼくは未来から来たのです。一年後にこの村も焼かれるでしょう。もう猶予はありません。私は森を越え、忍者の里に行きます」


「お、お前は、ど、どうするつもりなんだ?」


「忍者の助力をお願いいたします。そして私も忍者になります! 父上、地図をお貸しください!」


 そう言うと父親は視線を動かした。

 サイクスはそれを見た。


「そこですね!」


 サイクスは父親の見た場所を開ける。

 地図はすぐに見つかった。

 サイクスはそれを手に部屋を出る。


「お、おい。サイクス!」


「父上! 生きていたらまた会いましょう!」


 サイクスはそう言うと自分の部屋に行く。

 サイクスの父はサイクスへ大声を出す。


「いや待て! 秘密の近道が!」


 だがその声は届かない。

 サイクスは聞いていなかった。

 サイクスの父はため息をついた。


「まあ……いいか……。森には見回りが巡回しているしな」


 そう、ファンタジーの基本は情報集めなのだ。

 遠回りすることが決定したサイクスは、部屋に入ると槍と弓矢を手に取る。

 なんら魔術的加護を附加されていない、ごく普通のものだ。

 サイクスは息を吐く。

 魔物の恐ろしさは、嫌と言うほど知っている。

 だが倒さねばならない。

 引き出しを開けナイフも取る。

 自殺行為だ。

 だが手はある。

 サイクスは馬術着を着る。

 革鎧はあるが、森の深部にいる魔物には意味はない。

 かと言ってプレートメイルを着こんで動く体力はない。

 軽くした方がまだマシだ。

 着替えるとサイクスは家を飛び出した。


「サイクス、どうしたの?」


 アリスがサイクスを見つけて声をかけた。

 本当に心配しているようだったが、サイクスは気にしない。

 拳を突き出した。


「アリス。ちょっと村を救ってくる!」


 そう言うとサイクスは走り出した。

 アリスは走り去るサイクスを背に。


「なんだか最近のサイクスって変……もしかして……女」


 とつぶやいた。

 その目には仄暗い炎が宿っていた……が、サイクスはそれを知らない。

 二周目が始まってまだ数時間。

 これがフラグの山だったのである。




    ◇◇◇




 サイクスは森に入った。

 鬱蒼とした森は薄暗い。

 まだ人間の領域の近くだ。

 危険な魔物は少ない。……はずだ。

 だが大人であっても、

 森を進むと殺気がサイクスを襲った。

 幽霊だったと言えども、勇者のパーティの後ろをずっとついていった身。

 殺気を感じることくらいはできるようになっていた。

 サイクスは槍を構える。


(バーディがこう構えていた)


 動きは理解している。

 何十回、いや何百回も見た。

 アリスたちの戦いを注意深く観察した。

 一挙手一投足、戦術から体の運用までを記憶に焼き付けた。

 一見無駄に見えるが、サイクスは膨大な時間を見取り稽古に費やしたのだ。

 鍛錬の積み重ねで作り上げる肉体こそないが、戦い方は学習していた。

 サイクスは感覚を鋭敏にした。

 視覚、嗅覚、聴覚を最大限に使い殺気の主を探した。

 敵の姿は見えない。

 だが方向はわかった。


「いやああああああああああッ!」


 敵の場所がわかると、サイクスは大声を出しながら突撃した。


 実戦で大事なのは、技術でも力でもない。

 先手を取って相手になにもさせずに葬ることだ。

 大声は動物も使う古典的ではあるが、有効な手だ。

 うまくいけば一瞬だけ相手を萎縮させることができる。

 サイクスは全速力で走り、飛ぶ。

 両手でしっかりと槍を持ち、体からぶつかる。

 ドンッという手応えが手に伝わった。

 次の瞬間、殺気の主がわかった。

 ジャイアントスパイダー。

 森に住む、大型の蜘蛛だ。

 通常、冬を迎える前の寒くなった時期に、動きが鈍くなった個体を大人数人で狩るほどの大物だ。


(まずい!)


 サイクスは槍から手を離した。

 虫はヤバい。

 動物よりもしぶとい。

 首を切り落としてもしばらくは動ける。

 サイクスは逃げようとした。

 だが蜘蛛の足が迫っていた。

 サイクスはその場でかがんだ。

 蜘蛛の足が毛先を掠めた。

 蜘蛛は止まらない。

 何本もある足が次々とサイクスに襲いかかる。

 その時だった。


「炎よ!」


 サイクスの口から出たその言葉。

 それはエルフの使う精霊語だった。

 小さな炎の精霊、【火虫】が蜘蛛にまとわりついた。

 次の瞬間、蜘蛛が爆発しながら燃え上がる。

 さすがの蜘蛛も炎には、なすすべはなかった


(ぶっつけ本番だけど、精霊魔法が使えた!)


 精霊魔法。

 エルフの賢者であったセレナの得意魔法だ。

 精霊語はエルフによって秘匿されており、当のエルフたちですらも扱えるのはごく一部だ。

 人間が習得するのは難しい。

 だがサイクスは習得した。

 それには涙ぐましい努力が必要だった。

 エルフの賢者であるセレナは、一見すると「あらあら、まあまあ♪」と、おっとりしているように見える。

 実際、誰にでもおっとりした態度である。

 サイクスはセレナの言葉を解読するのに膨大な時間を費やした。

 精霊魔法ならば幽霊の身であっても、アリスのサポートができるのではないかと考えたのだ。

 そしてある日、サイクスは気づいてしまった。

 セレナは精霊語で罵倒を繰り返していることに。


「はじめまして、勇者アリス。【なんじゃその乳袋は? ああん? エルフが貧乳だからってケンカ売ってんのかコラァッ?】 これは精霊語で【はじめまして】って意味ですわ」


 しかも嘘つきだ。


「あらあら、まあまあ♪ 【おうコラ、ケンカ売ってんのか? ああん? ケンカ売ってんのかこの乳袋!】」


 さらにケンカッ早い。


「あらあら、まあまあ♪ 【このドグサレが! ドタマかち割って脳みそかき出すぞボケェッ! 記念にもませろ!】」


 口汚く、エロイ。

 ……気づかなければどんなに幸せだっただろうか。

 精霊語の法則性に気づいた瞬間、サイクスは女子の暗黒面を垣間見てしまった。

 もう女子がふわふわした砂糖菓子みたいな存在と思っていた、あのころにはもう戻れないのだ。

 少し泣けてきた。

 余計な情報漏洩のおかげで精霊語はマスターできた。

 あとは精霊の加護が得られるかどうかだが、どうやらサイクスに精霊は手を貸してくれるようだ。

 サイクスは自分の手を見つめた。

 自分が幽霊として過ごしたあの日々は無駄ではなかったのだ。

 サイクスは自信を持った。

 やれる。努力すれば自分は戦力になるはずだ。と。

登場人物


サイクス


13歳。

一周目は村の襲撃で死亡。

幽霊としてアリスの前に現れて様々な助言をするキャラだった。

だが二周目に突入し、世界が滅びる運命を変えようと忍者を目指す。

登場人物の中では今のところ比較的まとも。

だけど暴走系男子。

そのうち漢という特殊な生き物に進化する予定。



アリス


13歳。サイクスの幼なじみ。

サイクスの死亡後に勇者の力に覚醒。

魔王エスターをあと一歩の所まで追い込む。

明るくがんばり屋。くじけない系女子だがその本性は……(黙秘)

今はまだ胸はささやかだが、これから成長する。



賢者セレナ


エルフの賢者。

勇者パーティのお姉さんポジション。

ふわふわおっとり系女子……のはずなのだが……。

一枚皮をむけばどす黒い大河が流れている。

特技は精霊語による罵倒。

元々はスラム出身で、下ネタとエロトークを心から愛しているが、立場がそれを許さない。

昼間は意識高い系の食堂で名前がやたら長いくせに量が少ない食事を取るが、夜は変装して汚い縄のれんで悪酔いする安酒かっくらって、干物片手におっさんたちと下ネタトークに花を咲かせる。

気になっているのはアリスの胸。

悪霊退治は得意だが、霊感はない。

誰もわからないと思って何度も精霊語で罵倒をしていたところ、サイクスに精霊語を習得されてしまった。

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