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陰謀への前奏曲

 あれから一週間、サイクスと雫は図書室にこもっていた。

 それをつまらなさそうにガイラギとランが見ている。

 もともと雫は回復魔法や支援魔法を見て盗んだ。

 サイクスも精霊魔法を盗んだ。

 つまり二人とも魔法も使えるのだ。

 ただ正式な指導を受けていないため、理論は壊滅的。

 運動神経と勘で魔法を使っているのだ。

 脳筋ではないサイクスへ、乾いた砂漠へ水を落とすがごとく理論が吸い込まれていく。

 すでに高度な魔法を操る二人には、狭く深い専門書は必要ない。

 広く浅い低学年用の参考書で充分だった。

 理屈と一般的な法則性をある程度理解すればいいのだ。


「なあ、月狼。まだ本読んでのか」


 ガイラギは呆れていた。

 龍人であるガイラギからすれば、魔法など適当に考えれば発動するものだ。

 サイクスや雫のように努力をするなんて考えられない。


「いいから、いいから。外で遊んできてよ」


 サイクスは理論を固めるつもりだ。

 村は守った。

 だけど冒険はまだ終わりではないのだ。

 ガイラギたちとは話し合いができそうだが、他はそうではない。

 強くなる必要があるのだ。


「あの……月狼様。お兄様は……その……強すぎるせいで同じくらいの年のお友だちがいないのです。お友だちに遊んで欲しいのです」


「ら、ラン! おま、なんてこと言うんだよ! 違う! 絶対に違う! 月狼! 絶対に違うからな!」


 必死に否定するガイラギ。

 その顔は真っ赤だった。


「ガイラギ……もしかして寂しがり屋?」


 雫がトドメを刺した。


「ええ。毎日言葉を解しないドラゴンの子どもに話しかけてたお兄様に……まさかお友だちができるなんて……」


「や、やめろ! ラン! 頼むからやめてくれ!」


【よよよよ】とランが泣き崩れる。

 なんだか、とてもかわいそうになってきた。

 サイクスはガイラギの肩を叩く。


「俺が悪かった……釣りにでも行こうか」


「くっそ、俺はそんなつもりじゃあああああああああぁッ!」


 と怒鳴りながらもガイラギは少しうれしそうだった。


「雫も行こうか」


「え~! しかたがないなあ」


「あら、それなら私も行きます」


 こうしてサイクスと雫それにランは釣りに行くことに……。


「話は聞かせてもらったー! 我々も行くぞ!」


 バーンと室内にオークたちが入ってくる。


「あら、お兄様。こんなにお友だちができて」


 ほろり。


「だからやめてえええええええ……」


 ガイラギは授業参観に来た母親が大はしゃぎしたかのようなテンションだった。

 こうしてサイクスたちは釣りに行くことになった。


「なあなあ、月狼。釣りってどうやるんだ?」


 川に着くと、魔法で森ごとイノシシ丸焼き派のガイラギがサイクスに聞いた。


「うん、そこらを掘ってミミズを針につけるんだ」


 サイクスはクナイで地面を掘る。

 ミミズが出てくると針につける。


「うっわ! なにそれキモ! キモ!」


「きゃー! お兄様! なんか蠢いてますわ!」


 お坊ちゃまとお嬢ちゃまは、引いた。

 どうやら釣りなどしたことがないようだ。

 顔も青ざめている。


「……マジで?」


「月狼。これは、本気で釣りをやったことのない顔」


「しかたないなあ。つけてあげるよ」


「おう、すまんな」


「よし電気を川に流して一気に」


「や、やめろ、お前ら! 電気なんか流したら自分に」


「くっころ!」


 こうして一行は釣りを楽しんだ。

 どこまでもゆるい日常がそこにはあった。


 ……だが。


「おい、フェイン! てめえどういうつもりだ!」


 バンッと獣王レガイアスが机を叩いた。

 レイガイアスへ、中性的な顔立ちの男、西天フェインが飄々と答えた。


「なにって、ただの指令ですよ。二百年も君臨した大幹部が死んだのですよ。今のうちに粛正するのは当たり前でしょう? 凝り固まった組織を抜本的に改革することをエスター様は望んでおいでです」


 言っている事は正しかった。

 学舎の兵は、骸の部下。

 骸に忠誠を誓ったものたちだ。

 その結束は固く、骸が死んでも義理の娘であるサラを中心にまとまることが予想された。

 サラの勢力が魔王軍に忠誠を誓うのか? それは未知数である。

 時間をかけ信頼を勝ち取るか。もしくは恐怖で従わせるか。

 忠誠を得る手段は限られる。

 魔王軍は恐怖での支配を望んだ。


「時間がありません。獣王レガイアス、サラを殺しなさい。これは正式な命令です」


「てめえ、サラは俺にとって姪っ子みたいなもんだぞ! ふざけるのもいいかげんにしやがれ!」


「獣王レガイアス。君は断れません。そういう契約でしょう?」


 エスターが言い放つと、レガイアスはごくりと生唾を飲み込んだ。


「てめえ……本気……なのか……」


「本気ですよ。それに今、ガイラギの妹も学舎にいます。一緒に始末してください」


 レガイアスが牙をむいた。

 心底気にくわない。

 こんな侮辱は、はじめてだ。


「この場でてめえを引き裂いてやる!」


 レガイアスはフェインの胸倉をつかんだ。


「できるはずがない。君は魔王軍を裏切ることはできるが、君は民を裏切ることはできない。君ら獣人は生まれながらの兵士です。戦うしか能がない君らは、主君に従うことしか知らない。それ以外の生き方を選ぶことなどできないのですよ。君も民が可愛いなら大人しく従うべきです」


「く……、わかった。やろう」


 レガイアスの目は怒りに満ちていた。

 だがフェインは薄笑いをして言い放つ。


「そうそう、人間に殺されたように偽装してくださいね。そうじゃないとガイラギくんの怒りがこっちに向いてしまう」


 ただの無邪気なバトルジャンキーのガイラギが、なぜ人類の敵に回ったのか?

 必死に正気を保っていた骸が、なぜ狂気に飲まれたのか?

 その答えにサイクスは近づこうとしていた。

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