第一部最終話 サイクスの死
数時間後、骸の亡骸を荷車に乗せてガイラギは村を後にすることにした。
龍人としての矜持なのか、それとも心の中でなにかの成長があったのか、素直に負けを認めて。
去り際にガイラギは言った。
「おい、月狼、俺は爺さんよりも強くなる。そしたら決着だ」
「ああ、待ってる」
ガイラギは「へへっ」と笑うと去って行った。
犠牲者は一人もいない。
骸に片手でひねられた半蔵のプライドがズタズタになっただけだ。
これで襲撃の未来は変えた。
だが変えてはいけない未来もある。
それがどんなに非情でも。
月狼として、サイクスは雫、それに半蔵ととともにゼラン村の住民の避難場所へ向かう。
村から少し離れたところに、村人たちがキャンプをしていた。
サイクスも荷車を引いていた。
荷車に積まれたものを見て、村人が悲痛な声を出す。
「どうして……坊ちゃんが」
「おい、サイクス……嘘だろ」
「どうして……」
それはサイクスの遺体だった。
激しく損傷したため体は藁で隠されていて、頭部だけが見えていた。
サイクスの死。
これだけは避けては通れない。
もちろんこれはサイクスの遺体ではない。
サイクスそっくりに作った生き人形に幻覚の魔法を付与したものだ。
幻覚の魔法によって生き人形を見たものは、自分の主観通りのサイクスの姿として映る。
本物よりも本物らしい姿。
サイクス本人ですら気を張っていないと騙されるほどだ。
サイクスは自分の領主である父の前で荷車を止めた。
父は一瞬眉をひそめたが、忍者の装束を着たサイクスを見るや、その目に哀しみを宿した。
きっと気づいていたのだろう。
「ご子息は最後まで勇敢に戦われた」
サイクスはただそれだけを言って踵を返した。
雫と半蔵もサイクスの後を追う。
「嘘……嘘、嘘、嘘、嘘! いやああああああああああああぁッ!」
背中にアリスの悲鳴が浴びせられた。
サイクスが振り返ると、アリスはサイクスの生き人形を抱きしめ人目もはばからず泣き叫んだ。
それは一周目と同じ光景。
サイクスの胸がチクリとした。
「いいの月狼?」
雫がサイクスの袖を引っ張った。
「これでいい。サイクスの死によってアリスは覚醒する。アリスを覚醒させなきゃ世界は滅ぶ。それだけは避けなきゃならない」
「それはいいが……。月狼、これからどうするんだ?」
半蔵が真剣な顔で聞いた。
骸に奥義の伝授をされたサイクスは、里でも無視のできない存在だった。
里としては手元に置いておきたい。
だが同時に半蔵はわかっていた。
サイクスは里に落ち着くような小さな器ではないと。
「アリスの覚醒は二年後。王国で聖剣の選定の儀が行われます。それまで……義理を果たしてこうようと思ってます。魔王領……学舎へ。骸との最後の頼みを果たしに」
「あーあ、言うと思ったぜ。まーったく、無駄に義理堅いやつだな! いいよ、わかったよ! 好きにしろ。ただし……」
半蔵はため息をつく。
「雫を連れていけ。雫、お前の任務は月狼の監視だ。月狼……一応念を押しておく。……雫に手を出したら殺すぞ」
鬼そのものの形相になった半蔵。
だが雫はあくまでおちょくる。
「父、孫ができたら知らせる」
「雫ちゃん!」
その日、サイクスは月狼になった。
ここに一人の漢の犠牲により、不屈の精神を持つ漢が誕生した。
これにより世界の目運は大きく変化することになる。
そして……
「なあ爺さん……あんたが死んじまったのは……俺のせいなのか」
ガイラギは自問自答していた。
傲慢不遜にして、戦いを好む男。
だが、決して男は悪ではなかった。
ただの人間に完膚なきまでに敗北した。
小さくて脆弱。自分に傷一つつけられない弱い生き物。
だが、拳は重く、鋭い。
ぷっつりと意識を切られた。
勝負に対する執念が根本から違っていた。
「なあ爺さん、俺はどうすればいい? どうすればもっと強くなれる? どうすれば……」
ガイラギは自分が世界最強だと信じて疑わなかった。
ただ自由でいたいから魔王にならないだけ。
そう思っていた。
だが実際はどうだ。
自分は八部衆の最長老、この老人の足下にも及ばない。
いや、人間の子どもにすら届かなかった。
本気を出してなかった? なめてかかっていた?
だからどうした?
なにからなにまで自分の間抜けさが招いた事だ。
負けは負けだ。
だがどうすればいい?
月狼に勝つにはどうすればいい?
ガイラギの頭の中は悩みでいっぱいになっていた。
だがなにも思いつかない。そのせいで急に不安になってくる。
ガイラギは気を落ち着けようとした。
自然の音に耳を傾け、深呼吸をする。
すると鞄からカラカラと音がするのに気づいた。
「あん? なんだこれ?」
ガイラギは鞄を開く。
中には本と手紙が入っていた。
筆跡は骸。
あわててガイラギは手紙を開いた。
【ガイラギくん。余計なお節介かもしれないが、私の作ったもう一つの技を君に託そうと思う。未完成だが完成させれば君は究極の防御力を得ることができるだろう。私の後継者である印を入れておいた。余計なお節介かもしれないが、なにかあったら使ってくれ】
鞄をさらに調べると、中にはペンダントが入っていた。
あの月狼と同じものだ。
「なるほどな……。食えねえ爺さんだ。さすが二百年も八部衆に君臨した男ってことか……」
ガイラギはまるで大事なもののように手紙をしまう。
その表情は穏やかなものに変っていた。
「まずは爺さんを【学舎】に連れて行かねえとな……」
ガイラギは指笛を吹く。
「ギャアアアアアア!」
遠くから力強い鳴き声が聞こえる。
羽ばたく音が聞こえ、周囲が暗くなる。
飛んできた物体。それはガイラギの舎弟、飛竜のセラである。
「悪いなセラ。爺さんを運んでくれ」
「ぎゃあッ!」
セラは言われたとおり荷車を背に乗せる。
その間にガイラギは上着を脱ぐ、そして背中の羽を伸ばす。
「月狼、お前と会うのは案外近いうちかもな」
そう言うとガイラギは羽ばたく、セラもガイラギを追って羽ばたく。
こうしてもう一人の漢も生まれたのである。
一周目にはあり得ない変化が、まるで波紋のように広がっていた。
続き書けてません!
月狼
死を偽装して学舎を目指すことになった。
これで歴史の改編は最小限になったはず……だったが。
アリスの枷がサイクスだったのか、サイクスの枷がアリスだったのか。
ガイラギ
苦い敗北と骸の死によって責任について考えるようになった。
今回一番成長したキャラ。
アリス様
サイクスが死んだと思ってショックを受けた。
一周目でサイクスが死んでから幽霊として覚醒するまでにライムラグがあったのだが……。
最強伝説のはじまりはいつか?
雫
全く活躍できなかったヒロイン候補。
これから取り戻せるか!?
半蔵
孫という言葉にショックを受ける悲しき中年。
いろいろあきらめた。




