奥義伝授
骸は呪文を詠唱した。
誰の目にも詠唱中に攻撃すれば有利なのは明らかだった。
だがサイクスは動けなかった。
骸はちゃんと計算をしていたのだ。
動ける最低限の力、奈落を発動するための力だけを残したのだ。
もうサイクスには選択肢は残されてなかった。
「奈落!」
気を操る秘孔を突き、気の供給量を増大させオーバーフローさせる。
まずは奈落。
「クレイランス!」
骸はサイクスの動きに合わせて魔法を発動する。
別の魔法の詠唱をしながらの発動。
無詠唱で紡がれた土の槍がサイクスを襲う。
その威力はサイクスを容易く抹殺できるものだ。
特攻して相討ち狙いの攻撃すらさせてもらえない。
サイクスはクレイランスを破壊するために奈落の力を使うしかなかった。
サイクスは地面を殴り、気を放つ。
放たれた気は、土にこめられた魔力の核を破壊した。
【気】の力による魔術の破壊
比較的小さな力でも魔術を妨害できる。奈落とともにサイクスのとっておきだった。
精霊魔法と気の両方の使い手だからこそ辿り着いた技。
本来なら骸の体に放ち魔術の使うための器官を破壊しようと考えて作った技だった。
「驚いた。よくぞ……独力で真理に辿り着いた」
骸は心の底から驚いていた。
いや感動に打ち震えていた。
「やはり……君こそ……私の後継者に相応しい。さあ、強きものよ! 私の屍を越えていけ! 【世界を飲み込む蛇】!」
骸が魔術を発動する。
それは一周目で世界を滅ぼした魔術。
【世界を飲み込む蛇】
蛇の形を取った魔力の塊がサイクスの前に現れる。
だが思っていたのとは違う。
それは村を丸ごと飲み込むことはできるだろう。
だが世界を滅ぼすほどには見えなかった。
疑問に思ったのも束の間、、魔術がサイクスに襲いかかった。
サイクスは奈落の副作用で飛びかけた状態で、無意識に【奈落・改】を発動した。
まずマジックドレインが発動する。
周囲の魔力を無差別に吸い込むマジックドレインの前に【世界を飲み込む蛇】がボロボロと崩れていく。
だが勢いは止まらない。
「さあ! 月狼くん、魔術を使うのだ!」
サイクスは意識を失う寸前だった。
その刹那思い出したのは、アリスの魔法。
聖属性の雷、【天雷】。
何度も何度も見た。詠唱呪文は暗記していた。
サイクスの口から超高速で詠唱が漏れ出していく。
「天雷」
本来なら雷が敵を滅ぼすはずだった。
だがエラーが起きた。
サイクスを雷が包んだ。
マジックドレインが【世界を飲み込む蛇】と【天雷】を飲み込んだことにサイクスは気づいた。
【奈落・改】など足下にも及ばない力が体からあふれた。
サイクスは一歩踏み込んだ。
踏み込みの力で地面が隆起する。
音が後から追ってきた。
同時にサイクスは拳を突き出す。
それは雷と同じ速さ。人、いや魔王ですらも到達できない速さ。
衝撃波とともに拳が骸を襲った。
パンッ!
骸の脇腹が弾けた。
単純な速度という力。
よけることも、防御することもできない。
まさにそれは奥義と言っても過言ではなかった。
「ふッ……ははははは! 最後の最後で完成させた! 私の最後の技を完成させた!」
脇腹から血を滴らせながら骸は歓喜の声を上げた。
どう見てもそれは致命傷。
死にかけているはず。
だが骸は幸せの絶頂にいた。
永遠に続き重くのしかかる責任。
自分が本当の自分ではないという苦痛。
それが骸の人生だった。
弟子はたくさんいた。
魔術師にも武闘家にも。
だが骸と同じ考えに辿り着くものはいなかった。
だから長く続いたダークエルフとしての生の終わりに、自分の後継者を探していた。
運良く後継者は見つかった。
自分が壊れる前に……運良く。
骸は地面に膝をつけた。
サイクスは最後の力を振り絞り、骸の前まで来るとその場に座り込んだ。
「骸。なぜこんなことを……どうして私に技を伝授したのですか? あなたはまだ戦えるはずだ」
骸はにこりとほほ笑んだ。
「……もう私には時間がなかった。私は狂鬼病なのだ。私が正気でいられるのもあと少しだろう」
狂鬼病。
長寿種特有の病と言われている。
長寿種の終末期に起こる病。
人間の認知症とよく似ているが、人間よりも記憶の欠損と他害が目立つと言われている。
人格者で知られたエルフの魔術師が村一つを滅ぼした例もあるほどだ。
治療は不可能。原因すらわかっていない。
発症から数年も経つと手をつけられなくなる。
なにもかも、自分が何者だったかも忘れて暴れてしまうのだ。
ゆえに発症がわかった時点で、長寿種には自刃してもらう決まりになっている。
サイクスは納得した。
骸が接近戦をできなかった理由。
もうなにも残ってなかったのだ。
全て忘れてしまったのだ。
自分が何者であるかも、武術のことも、なにもかも。
骸は弱くなってしまっていた。
どうしようもなく小さく、弱く、最後に残った記憶を駆使して勇者アリスと戦ったのだ。
骸は懐に手を入れるとペンダントを取り出しサイクスに押しつけた。
「私の後継者の証だ。月狼、君に頼みがある。【学舎】に行き、弟子たちを守って欲しい。人間からも、エスターからも……」
骸は小さく咳をすると血を吐いた。
「俺はただの人間だ。約束はできない……」
「君は頼みを聞いてくれるよ。そういう人間だ。なにせ君は……私の若い頃に……よく似ている」
サイクスは骸の手を握った。
押しかけて無理矢理奥義を伝授した迷惑な男。
だが、なんとなくサイクスは骸という男の本質がわかったような気がした。
「お、おい……爺さん嘘だろ」
ようやく動けるようになったガイラギも駆け寄る。
「ガイラギ……くん。君はもっと王として成長できる……。月狼くんに……学びなさい」
「爺さん! いいから黙って回復魔法を使え!」
「ふふふふふ。……優しい子たちだ」
それが骸の最後の言葉になった。
サイクスは押し黙り、ガイラギは人目もはばからずに号泣した。
いままでサイクスは魔王軍を血の涙もない怪物の集団だと思っていた。
だが……。それは違っていた。
サイクスはペンダントを握りしめながら悩んだ。
登場人物紹介
月狼
押しかけ師匠により奥義を伝授される。
超高出力の技を会得した。
今後は基本を身につけることが要求される。
骸の後継者指名の意味をまだわかっていない。
骸を倒したため、とんでもない経験値が入っている。
ガイラギくん
経験不足で気位が高いせいでサイクスに負けたが、今はまだけっこういいやつ。
完全に未来が分岐した。
以後、なにかをするたびにサイクスと関わる人生が待っている。
骸
押しかけ師匠。
好き勝手に暴れて、サイクスに奥義を伝授して死亡。
前の周と比べれば、幸せで満足のいく最後だった。
サイクスを後継者指名した。
弟子を守ることに関しては本気のため、他にも手を駆使している。




