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奈落・改

 龍人とは、けっして竜族の下位種ではない。

 大型の肉食獣は食料を調達するのが難しい。

 大型になればなるほど、小回りが効かず、スピードも遅く、持久力も下がる。

 ゆえに狩りの成功率は下がる。

 それにもかかわらず必要な獲物の量は大量になっていく。

 大きな体では燃費が悪すぎるのだ。

 生きること、種の維持だけを考えれば、猫や犬などの小動物、せいぜい人間くらいの大きさが最適なのである。

 そしてある天敵の存在が竜族を危機に陥れていた。

 竜族の天敵。それは地上の半分を支配する人間種である。

 脆弱。オークにすら劣る腕力、人狼に劣る素早さ、竜族に劣る知性。

 だが、こと環境適用に勝り、持久力が高い。バランスにおいては最強の種族だった。

 数の暴力で竜族が危機に瀕する中、竜族の一部は、魔術で自らの体を改造することを考えた。

 彼らに対抗するために龍人の祖は、戦闘力を落とさずに人間と同じ大きさ、同じ器用な手足、同じ声帯器官、同じ繁殖力を持つことを選んだ。

 それが龍人である。

 そして【龍王】であるガイラギこそ伝説の邪竜の血を引く最強の龍人なのだ。

 龍人の誇りにかけてチビに負けるわけにはいかない。


 サイクスは素早く一歩を踏み出す。

 サイクスは刀を抜かなかった。

 記憶の中のガイラギは、勇者の剣や上位の魔術でしか傷つけられない。

 それは記憶の数年前である今でも同じだろう。

 だとしたら、気をこめた拳の方がまだマシだ。

 体重移動、そして背筋。

 鬼ぐるみを粉砕して鍛えた握力の拳がガイラギを襲う。

 ガイラギは微動だにしなかった。

 そのままサイクスの拳がガイラギの顔を撃ち抜いた。


「合格だ。ドチビ」


 ガイラギが、にやあっと意地の悪い笑みを浮かべた。

 サイクスの拳は、ガイラギは少し頭を揺らしただけだった。


(まずいッ!)


 次の瞬間、サイクスの腕がつかまれた。

 ふわっとサイクスの体が宙に浮く。


(片手で持ち上げた……だと!)


「死ぬなよッ! ドチビ!」


 ガイラギの掌底がサイクスの腹を撃ち抜いた。

 同時にガイラギが手を離すと、大風に舞う木の葉のようにサイクスは飛ばされた。

 それだけではない。

 サイクスは地面に叩きつけられる。

 乾いた土が大きく舞い上がった。

 さらにガイラギは手を広げる。


「ファイアランス」


 ボオッと音がした。

 ガイラギの手から炎の槍が発射される。

 炎の槍はサイクスを直撃。

 着弾とともに爆発した。


「まだ終わらねえぞ! ファイアランス!」


 ガイラギの後方にいくつも炎の槍が出現する。

 槍は一斉にサイクスへ飛んいき、爆発した。

 炎、炎、炎。

 轟音と衝撃がサイクスを何度も打ちのめす。


「ああん? くたばりやがったか。いいパンチ持ってやがると思ったら、もう終わりか。……チッ、だから人間種は嫌なんだよ。遊びにもならねえ」


 するとクスクスと骸が笑う。


「ガイラギくん。よく見なさい。まだ終わってないよ」


「ああんッ?」


 爆発の中心に緑色の光が見えた。


「あ、あの野郎! 精霊魔法の使い手か!」


 サイクスは緑色の光の中にいた。

 サイクスは精霊魔法で防御バリアを張っていたのだ。

 サイクスは半蔵に何度も殺されかけた。

 そのたびに生き返ってきたのだ。

 不意の爆発や、とどめの一撃など慣れっこなのだ。

 サイクスは起き上がる。

 ガイラギの一撃は、まだいつものスパーリングレベルのものだ。

 この程度で死ぬはずがない。


「……おい、嘘だろ。本当に人間種なのか?」


「ガイラギくん。疲れたら代わってね」


「爺さんはすっこんでろ! なんだテメエ、なんでテメエがエルフの魔術を使えるんだよ!」


「見て盗んだ」


 そう言うと、「ペッ」とサイクスは血を吐き出した。

 口の中を切っただけだ。

 臓器が破裂した感じはしない。

 まだ戦える。

 戦いの結末はもうわかった。

 サイクスは静かに言った。


「終わらせる」


「ああんッ?」


 うなじがゾクッとし、ガイラギはブルッと震えた。

 負けるはずはない。

 力、装甲、攻撃の威力。

 何一つ劣るところはない。

 なのになぜか目の前のガキは圧倒的な殺気を放っていた。


(この野郎。勝つつもりだ!)


 ガイラギは本能が知らせる危険信号にゾクゾクとした。


「いいぜ来いよ! 楽しもうぜッ!」


 ガイラギは飛びかかった。

 豪拳を振るう。

 龍人の武術は単純だ。

 防御など弱者の思想、真の武術とは攻撃。

 殴れ、つかめ、殴れ、殴れ、殴れ。

 間合いが開いたら魔法攻撃。

 間合いを詰めて殴る。

 攻撃を受けたら同時に攻撃。

 攻撃こそが強者の証。

 攻撃こそ龍人なのだ。

 ガイラギの拳がサイクスの顔をとらえる。


「ふんッ!」


 サイクスは斜めに半歩踏みだし回避する。

 攻撃はサイクスにギリギリ当たらず宙を切る。

 サイクスの頭巾が切れ顔が顕わになった。


「へッ! お嬢ちゃん、かわいい顔してんな!」


 挑発をしながらガイラギは大振りのフックをサイクスに放った。

 そう、大振り。

 ガイラギは、まだサイクスをなめきっていたのだ。

 それをサイクスは痛いほどわかっていた。

 なぜなら、サイクスの拳はガイラギには届かない。

 殺すことはできない。

 まだ八部衆を滅する拳はサイクスにはないのだ。


「奈落!」


 だからサイクスは、ガイラギが大振りするのを待っていた。

 ガイラギが小さな存在だと侮っているうちに全力を叩き込む!

 サイクスの気が大きくなる。

 サイクスは大振りのフックの下をくぐり抜ける。

 そしてガイラギの顔に拳を叩きつけた。


「あ……ん……?」


 ガイラギがぐらんと揺れた。


「いい……パンチじゃ……ねえか……」


 奈落の一撃。

 サイクスの最後の一撃。

 ガイラギはノックアウト寸前だが、それでも届かない。


「つ、次は俺の……番」


 だがガイラギの番は来なかった。

 サイクスは今度はツボではなく、自分の前で手を叩いた。

 そして無詠唱で発動できるとある精霊魔性を行使する。

 マジックドレイン。

 暗黒の精霊の力を使い、周囲の魔力を吸い取っていく初級精霊魔法である。

 もともとは魔力の少ないものが、わずかな魔力を周囲から借りる目的で使われるものだ。

 普段のサイクスが使っても効果は薄く、役に立たない魔法のはずだ。

 だがサイクスの工夫はこの先にあった。

 同時に気の尽きる寸前の体でさらに奈落を使う。

 全身の気を全て、僅かに残った気まで放出する。

 その瞬間、サイクスの体に変化が起こった。

 気を使い果たした肉体が、生命の危機を感じ、凄まじい勢いで代替エネルギーである魔力を吸収しはじめる。

 借りるのではなく、周囲の魔力を奪っていく。


「く、ファイアランス!」


 だがガイラギのファイアランスは瞬時にサイクスに吸われてかき消えた。

 気を失ったはずのサイクスが駆ける。


「奈落! 改!」


 気の代わりに魔力で行う奈落。

 それがサイクスの出した答えだった。

 周囲の森羅万象から奪った魔力を身体中に溜め、それを生命エネルギーに変換する。

 貯蔵されたエネルギーはゆうに奈落の10倍を超えていた。


「な、なんと、周囲の魔力が彼に集まって……いや違う。吸い取られていく! 強化系魔法をも超える出力! 素晴らしい!」


 骸が驚愕を顔に貼り付けた。


「な、月狼(サイクス)。てめえぇ、何つう技を作りやがった!」


 半蔵が叫んだ。

 サイクスの姿が消えた。

 次の瞬間、サイクスはガイラギの懐に潜り込んでいた。

 サイクスはガイラギの腹にボディーブローを放つ。

 重く、鋭い拳がガイラギの腹にめり込んだ。


「がッ!」


 ガイラギの体が宙に浮いた。

 そのままサイクスは精霊魔法を唱えた。

 ルーンブレード。いつもの数倍もの大きさのルーンブレードが出現する。

 サイクスは本能のままにガイラギを斬りつける。

 何度も何度も何度も。

 斬るたびに魔力の光がほとばしる。

 並の相手なら肉片の一つも残らないであろう猛攻。

 だが、ルーンブレードはガイラギを斬ることはかなわなかった。

 生まれつき無効に近い魔力耐性を持つガイラギの体には傷一つついていなかった。

 だがサイクスはあきらめなかった。

 今度はルーンブレードを投げつける。

 ルーンブレードはガイラギの体に命中する。

 サイクスは精霊語でルーンブレードに命ずる。


「爆!」


 サイクスが叫ぶとルーンブレードが爆発する。

 ガイラギの体が天に打ち上げられる。

 サイクスはガイラギに合わせ飛び上がった。

 だらりと腕を伸ばしたガイラギに接近する。


「これで終わりだ!」


 サイクスは叫ぶと、全ての魔力を放出する。

 全魔力を集結させた蹴りを頭に放つ。

 ドンッと大砲のような音がした。

 ガイラギは勢いよく落下し、地面に突き刺さった。

 一方的な蹂躙。

 だが、サイクスは、そのまま着地すると悲痛な声で言った。


「やはり……届かなかったか……」


 ガイラギは動かなかった。

 白目をむいて気絶していた。

 だが傷一つついていなかった。

 奈落は龍王には通じなかったのだ。

 そう、サイクスはわかっていた。

 最初の攻撃は全く通じなかった。

 サイクスの攻撃力では、龍王を滅することはできないことをわかっていたのだ。

 だから急所を狙った。


 龍人は人を模した進化を果たした竜族である。

 骨格、筋肉、各種臓器。

 強度こそ桁違いだが、作りは人間と似通っている。

 つまり、急所もほぼ同じ。

 だが内臓などは直接狙っても、そのあまりの強靱さから効果は薄い。

 だからサイクスは脳を狙った。

 奈落の一撃はガイラギのあごを的確に捉えていた。

 その一撃で脳震盪を起こしたガイラギへサイクスは執拗に頭部への攻撃を敢行した。

 奈落・改による攻撃。

 魔法耐性が高いガイラギと言えども、奈落の十倍以上の威力の攻撃が襲った。

 何度も頭を揺らされたガイラギの頭はドロドロになっていた。

 脳震盪。

 世界が何重にも見え、足に力が入らず、バランスを保てない。

 そしてついにはガイラギは意識を失った。

 殺すことはできない。

 だが倒すことはできる。

 それがサイクスの出した答えだった。


「くっ……もう、動けない……」


 サイクスは声を絞り出した。

 サイクスの体を【奈落】と【奈落・改】の反動が襲った。

 全身がブルブルと震え、ヒザが言うことを聞かない。

 奈落の後遺症よりもさらに深刻なものだった。

 そんなサイクスを骸は見ていた。

 骸は震える手で拍手した。


「す、素晴らしい。人の身でここまで正解に近いところまで辿り着くとは……」


 骸はガイラギのところに行く。

 ガイラギは地面に突き刺さり、半分埋まっていた。

 骸は片手で足を引っ張り、穴からガイラギを引っ張り出す。


「ただ残念なのは無駄が多い。この出力なら、本来の力を出すことができれば、ガイラギくんを胴から真っ二つにすることもできただろう。さてさて、治療でもしようか」


 骸はガイラギへ手をかざす。

 無詠唱の治療魔法。

 体質的に魔力抵抗の高すぎるガイラギへの治療だが、骸は器用にこなしていく。

 忍者たちが攻撃態勢を取るが半蔵が手で制止する。


「おい、あんた。今まで見てて、さらには敵の前でその兄ちゃんを治療する。つまりだ、あんたはこのまま穏便に帰る気だな? そうだよな?」


「さあ? どうだろうねえ? さあ、ガイラギくん起きなさい」


 回復魔法を受けたガイラギが目覚める。

 キョロキョロとまわりを見る。


「あッ? なにが起きた?」


「君は負けたんだよ。完膚なきまでにね」


 骸は残酷な現実を突きつけた。

 ガイラギは自分の手を見た。

 頭が痛い。気持ち悪い。

 なんだかドロドロとしている。

 ヒザも小刻みに震えている。

 だんだんと思い出してきた。

 小さなものに、殴られ、飛ばされ、斬られ、そして蹴られたことを。

 ガイラギの顔から血の気が引いていく。


「ま、まだ俺はやれる!」


 ガイラギは無理矢理力を振り絞って立とうとした。

 だが突然、ヒザから力が抜け尻餅をついた。


「ダメだ。完全に君の負けだ。戦場での気絶は死んだのと同じ事。司令官である君が一騎打ちで気絶したのは全軍の敗北を意味する。それをわからないとは言わせないよ。それにそこの彼は最初からノックダウンを狙っていた。誇り高き龍人が、素手の人間の技に翻弄され、ここまで追い詰められて、まさか負けを認めないなんて事が許されると思っているのかね?」


 ガイラギがその場にぺたりと座り込んだ。

 生まれて初めての敗北。

 生まれて初めて喧嘩で負けたのだ。

 ガイラギは自分こそ最強だと思っていた。

 ゲートキーパーやレガイアスよりも腕力に勝り、魔法もほとんど効かない強靱な体。

 負けるはずがない。

 だが、年下の人間。それも素手に気絶させられたのだ。

 ガイラギは心が折れる音が聞こえた。

 口の中が苦くなってくる。

 それがガイラギにとって初めての敗北の味だった。


「でも……そこの君も殺し合いには負けたって思っているよね?」


 サイクスは「くッ」と唇を噛んだ。

 殺すつもりで放った技だった。

 だが命を奪うことはかなわなかった。

 奈落の副作用で動けない。

 これが戦場だったらガイラギの部下たちになぶり殺しにされるだろう。

 勝負には勝ったが、単純な殺し合いでは敗北した。

 さらに言えば、奈落・改が通じるのも今回限りだろう。

 そんなに八部衆は甘い存在ではない。

 ここまで八部衆とは遠い存在なのか。

 サイクスは悔しい思いでいっぱいだった。

 そんなサイクスへガイラギが震える手で指をさした。


「て、てめえ、月狼って言ったな……。もっと強くなりやがれ! 強くなったテメエに勝ってやる」


 ドロー。お互いに負け。

 それがこの勝負の結末だった。

 サイクスもガイラギに拳を突き出す。


「ガイラギ。絶対にアンタを超えてやる!」


 強敵(とも)

 この刻から二人はお互いをそう認識した。

 ここから二人は奇妙な縁で結ばれることになったのだ

 骸はそのままサイクスへ近づいてくる。


「さて、問題はこちらの子だな。見たところ、幾重もの呪いがかけられているようだ。君はなぜそこまで恨まれているのかね?」


 半蔵はその隙を見逃さなかった。


「奈落」


 半蔵はサイクスとは違う。

 どんな卑怯な手でも使うプロである。

 だから隙さえあれば直ちに殺すつもりだった。

 半蔵は全身の気を一気に放出。

 一撃で殺すつもりだった。

 だが奈落は発動しなかった。

 奈落よりも速く、一瞬で間合いを詰めた骸。

 骸は指を一本突き出した。

 半蔵の肩にズブッと指が刺さった。

 半蔵はその途端、気が全身に霧散するのを感じた。


(な、奈落を知っている……奈落は高位の武術家しか知らぬはず)


「奈落か……自らの作り出したものとは言え、全くもって不完全な技だ。こうやって指一本で発動できなくなる」


「自ら作り出した……だと。あ、あんた……まさか……慈空……」


 半蔵がつぶやく。


「私はその名を捨てた負け犬だよ。そこの月狼くんに用がある。終わるまでどうか邪魔をしないで欲しい」


【骸】、希代の魔道士にして、気功を極めた男が静かに言った。

登場人物紹介



ガイラギくん


サイクスの被害者にして、強敵とかいて【とも】な男の子。

ラスボス近くの大幹部なのに、脳震盪という格闘漫画の第一話で倒されるヤンキーみたいな負け方をした。

思考もヤンキーなので、拳で語り合った後はたぶんズッ友。



骸じっちゃま


実は近接もいけるファンキージジイ。

死出の旅の終着点はサイクスだった。

奈落の開発者でサイクスに死亡フラグ点灯中。

そびえ立つ死亡フラグを前に果たしてサイクスは生き残れるか!?



半蔵


レガイアスの目と引き替えに死ぬはずだったダンディ親父。

サイクスの修行が原因でヤバいのを二人呼び込む。

騎士は役立たず、しかも片方のヤバさが度を超えていた。

このイベントを乗り越えて生存することはできるのか!?




騎士たち


かませ。普通に眠らされてしまった。

死ぬことはないが、自分たちの名誉に赤信号が。




月狼サイクス


とうとうガイラギに勝ってしまった。

でも本来なら魔法戦士スタイルのため、魔術耐性のあるガイラギとは相性が悪い。

全力で攻撃してもガイラギに致命傷を与えることはできなかった。

まだレベルが足りない。

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