表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

襲撃

 サイクスは鎖かたびらと黒装束を身に纏った。

 その場でくるくると回る。


「うん、ぴったり」


 雫が手を叩いた。

 少し重くなるがそれでも生存の確率は上がる。

 あれから十四日ほどが経ち、とうとうガイラギと骸がこの地に近づいたとの報告が里に届いた。

 とうとう戦いの刻が来た。もう猶予はない。

【奈落】は完成したが、【奈落】と精霊魔法を組み合わせた技は、今だ不完全だった。


「こうなったら、ぶっつけ本番で試すしかない。今日こそ仕上げを……」


 サイクスがそう言うと雫はサイクスに告げた。


「今日は戻って。家族とも最後になるかもしれないから」


 前の周回ではサイクスは襲撃で命を落とした。

 今回も帰って来られるとは限らない。


「あとアリスにも……そうじゃないとパーティに入るのが……怖い」


 サイクスの死の問題には、もう一つのプロジェクトが進行中だった。

 このまま普通にサイクスが生き残って、アリスが勇者として覚醒しないのもまずいのだ。

 サイクスは雫に言われたとおりゼラン村に帰る。

 両親とは、すでに襲撃者が来ることと姿を消すことは話し合っていた。

 アリスのことも襲撃のことも打ち明けた。

 最後の晩餐は終始無言で、ため息ばかりが聞こえるものだった。

 だが食事も終わろうというとき、父が大きくため息をついた。


「これが……今生の別れではない……だろう?」


「魔王エスターを討伐したらアリスに全てを打ち明けます。そしたら帰って来るつもりです」


「そうか。寂しくなるな」


「父上もどうかご無事で」


 たったそれだけの会話だったが、それで充分だった。

 二人の間にはそれ以上の言葉はいらなかった。

 夕食を食べ終わると、アリスがやって来る。

「星を見よう」と言ってわざわざ呼んだのだ。


「サイクス!」


 待ち合わせ場所に行くと、アリスはサイクスに抱きついてくる。

 後ろめたい事があるせいか、サイクスは少し挙動不審になった。


「ど、どうしたの……? かな? えへへへへ」


 アリスは顔を上げる。

 その目からはハイライトが消えていた。

 きっと月明かりで暗いせいに違いない。

 そう思わねばやってられない。


「サイクスが消えてしまうような気がしたの」


(バ、バレてる!)


「ねえ、サイクスはいなくならないよね?」


(お、女の子の勘怖ええええええええええッ!)


「い、イナクナラナイヨ」


「うん。そうだよね。いなくならないよね」


 嘘をついたことで、サイクスの胸がチクリと痛んだ。

 サイクスはアリスの頭をなでる。

 そんなサイクスにアリスは言った。


「あのね。私ね。サイクスのいない世界の夢を見たの。サイクスが殺されちゃって、私が勇者になって戦うの。でもね、でもね。サイクスのいない世界なんて滅んじゃえばいいと思ったんだ」


 サイクスの手がピタリと止まった。

 それはサイクスが死んだ前の周回の記憶だった。


「大丈夫。ぼくはずっと君の側にいる」


 嘘だった。

 もうサイクスは側にいることはできない。

 だけど嘘をつくことがサイクスには必要だった。

 アリスは満足げな表情になる。


「うん。ずっと一緒にいようね」


 襲撃前日のことだった。



    ◇◇◇



 ゼラン村はその日、大騒ぎになっていた。

 一週間ほど前に近隣で山火事が発生し、とうとうゼラン村にも避難命令が出たのだ。

 それ自体がフェイクなのだが、村人たちは救護活動に当たっている騎士団を見て、あっさりと信用した。

 サイクス家はゼラン村の領主である。

 とは言っても男爵、子爵、伯爵と言った名家ではなく、その領地は狭い。

 産業も農業主体で特筆すべきものはない。

 ゲテモノのジャイアントスパイダーを喜んで食べる経済状態である。

 地方行政長官の分家筋で、爵位の方も準男爵という貴族っぽい名前だが平民というよくわからない地位にいる。

 要するに実態は地方の地主で、何代か前に戦時資金の寄付をしたから名ばかりの領主になっているのだ。

 そんな村なので、住民の数も数十人。

 避難はあっと言う間に終わった。

 ゼラン村の少ない財産である備蓄庫の食料は、失ったら村が全滅するところだが、それもあらかじめ運び出した。

 そう、目的も相手の戦力も総数もわかっている。

 つまりその対処はいくらでも可能なのだ。

 打ち合わせでは、ギリギリまでガイラギと骸を引きつけてから住民を逃がす。

 あとは騎士団と忍者による総攻撃で二人を撃破する。

 本当に簡単なミッションである。

 襲撃は数カ月早かったが、軍団を引き連れてやってきた獣王レガイアスと比べ今回はたった二人。


「勝てる!」


 と、警備をする騎士団の誰もがそう思った。



 ゼラン村近郊。

 骸とガイラギは草原でキャンプを張っていた。


「じいさん、なんで村の目の前で馬を置いて行きやがるんだ? パーッと行って終わらせりゃあいいだろが」


「ガイラギくん。馬を休ませないと」


「ちょ、じいさん! 帰りも馬のつもりなのか! 空飛んで帰ればいいだろ!」


「ふふふふふ。いいからいいから。それに気が付かないのかな? 村から発せられる気配。あれはただ者じゃないよ」


「チッ、知ってるよ。雑魚(にんげん)どもが群れやがって。あー、イライラするぜ」


 ガイラギはつまらそうに言った。

 ガイラギの求めるものは、死力を尽くす戦い。

 一方的な蹂躙は趣味ではない。

 弱いものいじめはドラゴンとしてのプライドを酷く傷つけられる。

 勝てないとわかっていても勝負を挑む連中は大嫌いだ。


「そうかな? 私が感じた通りなら、村の中には魔王軍の千人長クラスの気が十人はいる。君も楽しめるだろう」


 骸はそう言うと鎧を身につけていく。


「へえ、爺さん。鎧なんか着てどうしたんだ? アンタ、肉弾戦向きじゃねえだろ」


「さあ? どうだろうねえ。すぐにわかるよ」


「まあいいさ。爺さんのことだ。なんか作戦があるんだろ? 期待してるぜ」


「作戦ねえ。ガイラギくん。八部衆にはしがらみが多すぎると思わないか?」


「爺さん、どういう意味だ?」


「私はこの歳まで自由に生きることはできなかった。君も本当の強敵と戦うことができずにいる」


「ああん? 爺さん、難しいこと考えすぎなんじゃねえの? もっと単純に生きて行こうぜ」


 正直言って、ガイラギは骸という男が嫌いだった。

 常にひょうひょうとしてつかみ所がない。

 こういうストレートじゃないやつは大嫌いだ。

 だが骸はガイラギが好きだった。

 こういうやんちゃ(・・・)な子は嫌いじゃない。

 ガイラギはこれから伸びる、未来のある若者だ。

 その才能を育ててやるのも大人の役目だろう。


「そうだね。単純に行こう。ガイラギくん、君の待っていた強敵はあの中にいるよ」


 鎧に身を包んだ骸は、無詠唱で魔術を行使した。

 ごく一般的に使われる催眠魔術だ。

 だが魔道の奥義を究めた骸が行使すれば、その威力、その範囲は膨大なものになる。


「ああん、なんでスリープなんて使うんだ?」


「低級魔術にかかるようなものをあらかじめ排除する。ガイラギくん、弱いものいじめは嫌いだろ? 私も君と同じなんだよ」


「ああ? 爺さんなにを言って」


「私もここに強敵を探しに来たんだよ。人生最後の戦いにふさわしい強敵をね」


 それは凶暴な笑顔だった。

 ガイラギは自らの手が固く握られていることに気づいた。

 それは緊張。

 ガイラギの本能は、目の前の老人が格上の存在と気づいていたのだ。


(おいおい、ワクワクしてきやがったぜ……)


 ガイラギの血がたぎる。


「爺さん! これが終わったら俺と勝負してくれよ!」


「いいよ。これが終わって無事に帰ったらね」


 骸も軽い調子で答える。


「……私は帰って来られないだろうけどね」


 最後に小さい声で骸は言った。

 村に着くと騎士たちが倒れていた。

 魔術に対する抵抗力が低く、それでいて眠気に抗う体力もないものたちである。

 彼らは残念ながら失格である。


「危ないからどかしておこうかな」


 骸が指をパチンと鳴らす。

 すると土が盛り上がり人型を作る。

 ゴーレムをその場で錬成したのだ。


「爺さん……あんたデタラメだな……」


「そうかね? はいはい、君たちは寝ている子を外に出してね」


 ゴーレムたちは命令通り魔法で眠っているものたちを外に運んでいく。

 そして二人は待ちの奥にある領主の館に辿り着く。


「待ち人……来たるか……」


 領主の館の前には、黒装束の集団が待ち構えていた。

 その中の一人、半蔵が頭巾を取る。


「魔王軍八部衆、骸殿とガイラギ殿とお見受けした。拙者は忍村の半蔵。まずは無用な狼藉に及ばなかったことを感謝する。だがここは王国の、人間の領土。これ以上の侵入は宣戦布告とみなして応戦させてもらう!」


 ガイラギはボキボキと拳を鳴らす。

 だが骸は半蔵を見て残念そうに言った。


「……違う。歴戦の兵だが、私の求めたものではない」


「爺さん。じゃあ、コイツ喰っちまっていいんだな?」


 ガイラギが前に出た。

 すると半蔵とガイラギの間に何者かが割って入った。

 皆と同じ黒装束。

 だが体格が一回り小さい。

 一目で子どもだとわかる。


「師匠、()にまかせてください!」


 珍しく、いや初めてサイクスが自分を【俺】と称した。

 今までお坊ちゃん風の態度だったサイクスが、精一杯荒々しく振舞っていたのだ。

 その時、半蔵は師弟の信頼関係から手に取るようにサイクスの意図がわかった。


(あ、この野郎。技の実験をするつもりだな)


 ガイラギは見た目は十五歳程度の少年に見える。

 実際の年齢もその位なのだろう。

 態度や言葉の端端から幼さが垣間見える。

 搦め手を使えば勝利すら可能だろう。

 サイクスなら死ぬことはないはずだ。

 対して骸の方は……底が見えない。

 妥当と言えば妥当な判断である。

 半蔵は叱りつけようとする自分を飲み込んだ。


(あとで絶対にお仕置きしてやる!)


 それだけは誓って半蔵は余裕があるように見せるために腕を組んだ。


「ふん、ガキか。つまんねえな。おい、お前! 土下座したら許してやる」


 半蔵は脇に置き、ガイラギはサイクスを鼻で笑う。


「確かアンタと俺は同じくらいの歳のはずだよな? 高貴な龍人種が人間との戦いを避けようとするとはな!」


 サイクスも言い返した。

 少々ムキになっている。


「やんのかテメェッ!」


「もちろん最初からそのつもりだ」


「そうかよ。俺は龍人種の長、【龍王】ガイラギだ! てめえも名を名乗りな」


「俺は月狼。そこのおっさんの弟子だ」


 サイクスは両手の拳を握り、顔の前に置いた。

 ガイラギは手を開き、両手を自分の顔の前方に、もう片方を丹田の前に置いた。

 サイクスは肩幅に足を開き、半身を取る。

 ガイラギは半身からさらに腰を落とす。

 風が吹く。落ち葉が舞った。

 その一枚が地に着くその瞬間、それは始まった。


「奮ッ!」


(シャ)アアアアアアッ!」


 二人の拳が交差した。

ここからバトルもの展開です。はい。いやホント。



登場人物紹介



月狼サイクス


とうとうギャグパートから抜け出した。

歴史を変更せず全てを終わらす秘策あり。

アリス様のフラグ管理ができない悩める少年。




ファンキー爺さん。

なにか大きな秘密を抱えている模様。

一目で相手の戦闘力がわかる。



ガイラギ


サイクスと戦闘スタイルから違う。

構えはサイクスが現代武術っぽく、ガイラギが古流っぽい。

相性が悪いのか、実は相性がいいのか。



半蔵


暴走列車と化した弟子について行けない悲しい中年。

とりあえず屍は拾ってやろうと思っている。

一緒にいるはずの娘が空気になっている状態に不安を抱える。



アリス様


なぜかラスボス感満載のヒロイン?

サイクスのためなら次元も因果律もなんのその。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ