-02
学園に入学するまでに、やれるだけ手は打った。
バルバード領で洪水があった時駆けつけた結果、攻略キャラのルキノと顔見知りになれて、商会とのやり取りも行われるようになった。ますます大公領は栄え、王家に利益をもたらす存在となることが出来たわ。王様の覚えも良いし、婚約破棄されても即処刑とならないでしょう、多分。
レオナルドとは悪くもなく良くもない関係のまま。
むしろジェラルドとの方が仲良くなってしまった。そして幼馴染みという存在となった、カルロにアルバーノにジャンカルロ。ちょっと私の周りが賑やかだけど、これで主人公がやって来て、シナリオの強制力なんてものがあっても負けないわと意気込んだ。
レオナルドの方が年上なので一年早く入学しているけど、真面目にやっているみたいで、これといって悪い噂は聞かない。私は緊張しながら入学式に臨んだ。だって私と同じ学年にヒロインが入学するのよ。名前は自由に変更できたけど、固定だとリリーディアだったかしら。
スチル絵には目が描かれてはいない事が多かったけど、蜂蜜色の長い髪に可愛いと攻略キャラから称された容姿の持ち主。男爵の隠し子だった為、貴族らしくない考えの持ち主で、入学式から色々と常識外れな行動をやらかす存在。
まさか実際にそんな子いないわよねと思っていたけど、さすがヒロイン。入寮の時から騒動を起こしていたわけで。
外出届もなしに校門から出ていこうとしたとか。家名を聞いて回るのはマナー違反だというのに、生徒に聞いて回ったとか。あとは制服の着方が分からないから着せて欲しいと言い出したとか。もう入学式前でお腹いっぱいになるほどに。
入学式でちらりと見掛けたけど、制服を着崩してだらしない格好だった。髪もボサボサで、あれでは普通の生徒はドン引きするわね。
もしかしてあのヒロイン、私と同じゲームの記憶があるのかしら。それでシナリオ通りにしようとして空回り状態とか。あり得そうで怖いわ。ゲームじゃなくてここは現実なんだから、ゲーム通りの行動してもあんな風になるわけないのに。
久しぶりに学園でレオナルドを見掛けたので声を掛ける。入学式にヒロインと出会うイベントがあるけど、まさかとは思うけど遭遇してないわよね。ちょっと不安になって聞いてみると、公務で帝国に行っていたから入学式前後はそもそも学園にいなかったと言われてしまった。なら大丈夫かなんて思っていると、騎士としての鍛錬をしているカルロの側に、ヒロインの姿を見掛けてしまった。
カルロからこの子と知り合いだなんて話は聞いたことないし、それにカルロにはブリジットという健気な婚約者もいるわけで。ここでヒロインが二人の仲を邪魔しても困るから、鍛錬場に入れないようにする魔法を掛けた。本来、こういう魔法は他人に掛けるものじゃないけど、ごく弱いものだから勉強さえサボってなければ自分で解ける筈。まあ授業を一つも受けてないと有名なこの子には無理かも知れないけど、カルロの邪魔にしかならないから良いわよね。
カルロとどういう関係なのか聞いたら、もごもごとハッキリしないし。まあ記憶があるにしろ、ゲームでの攻略キャラだから知り合いですとは流石に言えないか。それを言い出したら、完全に狂人扱いだもの。
授業も受けず学園内を徘徊する彼女の噂は持ちきりで、ここまで攻略キャラに執着しているとしたら何だか怖いわ。
こんな子に惹かれるわけもないだろうと思っていたその日、なぜだかヒロインはレオナルドと出会ってしまった。私が廊下を歩いていると、ヒロインが来て魔法をといてほしいと詰め寄ってきたのだ。何でこんな危険人物の魔法をとかなきゃいけないのと思いつつ、礼儀やマナーがなってない事を言えば、今にも泣きそうな顔をする。泣いたところでここでは通用しない事を言おうとしたら、ちょうど通りかかったレオナルドに向かって走っていったのだ。
レオナルドと一緒に歩いていた女子生徒は驚いた顔をしていたが、少し話をするとヒロインを連れてどこかに行ってしまう。レオナルドが女子生徒に連れて行くように指示しているように見えたので、まさかとは思うけどと話し掛けた。
だって入学式で出会ってないわよね、貴方達。
するとあっさりと知り合いだよとレオナルドは言い放ち、さらにはヒロインが泣いた騒ぎで駆けつけたカルロまで、知り合いだと言ったのだ。一体いつの間にと驚き、どうして教えてくれなかったのとカルロに詰め寄ったけど、逆になんで教えなきゃいけないのだと言われてしまった。まあそうなのだけど、でも幼馴染みとしては変な女の子に引っかかってほしくないというか、せっかくブリジットという婚約者もいるのだから、よくある婚約破棄のお話のようになって欲しくない一心で、カルロに忠告する。
けれどカルロは、まるで余計な事だと言わんばかりの態度だった。
これは、拙いわ。
間違いなく、シナリオの強制力じゃないかしら。だって、だってよ。あんなヒロイン、いえゲームの主人公として見ているなら目を瞑るけど、いま貴族である私からみたらどうしようもないあの生徒と付き合ったりしたら、カルロの未来は無いようなものじゃないかしら。いえカルロだけじゃないわ。レオナルドだって、いまは知り合いだと言っているけど、ヒロインには興味を持っているようにも思えるし。
最近、カルロとレオナルドの仲が良いような気がしてたけど、まさか悪い方向に引っ張られるなんて。
やっぱり私は処刑ルートから逃げられないの。
一瞬絶望しかけたけど、いいえまだこれからよと思い直す。アルバーノとジャンカルロは私の味方だし、なによりそうジャンカルロが私と同じ世界からきた女の子になったのだもの。成り代わりというやつね。
どういう理屈で私やジャンカルロのような元日本人がこの世界にやってくるかわからないけれど。心強い味方である事は間違いない。
同じゲームをやっていて話も合うし、本当にジャンカルロと友人になれて良かった。ジャンカルロの中身は女の子だから、どうしても男の振りをするのは疲れてしまうそうで、そして同学年の貴族の子息とは話が合わない事が悩みらしい。私も同じだったけれど、さすがに学園に来てまで誰とも交流しないのは問題なので、お茶会を開いて友人を作ることにした。横の繋がりは大事だもの。
日本で食べていたお菓子に近いものならなんとか作れるから、それらを披露すれば女子生徒からレシピを教えて欲しいと殺到された。この世界のお菓子って砂糖をやたらと使った甘ったるいものか、素材の味そのもののまったく味のないものの両極端で、正直美味しくない。ジャンカルロも同意見だったから、私の味覚の問題だけじゃないだろう。
それに学園での食事はどうしても肉類が多くて辛い。魚料理もあるけれど、日本で食べ慣れた調理方法じゃないから、慣れない。本当に慣れない。学園生活は主に寮での食堂でごはんを食べると聞き、絶対に無理だと思ったので、寮部屋に調理用の魔法道具を備え付けた。火事が心配と言われたので、部屋に放火対策用の魔法を掛けて納得してもらった。
その為、私は自炊するようになったわけで、趣味程度のお菓子作りの腕も上がったわけだ。女の子は甘いものが大好きだものね、お茶会で私の手作りのお菓子を披露するのが毎回のお楽しみになりつつある。そんな好評のお茶会で特に仲良くなったのが、つり目が特徴的なカリーナ・ティルゲルと小柄で小動物のようなロッテ・プロッティ。
二人ともまだ婚約者がいないそうで、相手がいるのはどんな感じか憧れているようだった。可愛い少女の夢を打ち砕くのもどうかと思ったけど、婚約者がいるのってそこまで良い事じゃない。特に私のように、処刑ルートが待っている身としてはね。
なのでちょっとレオナルドの愚痴を言ったら、二人ともとても同情してくれた。ジャンカルロが私に同情して、あんなにも尽くしてるのにヒロインを追いかけているんだと憤っていたから、余計に二人とも私を護ると意気込み始めた。私ってそんなに頼りなく見えるのかしら。
ともかく、レオナルドの好きにさせておいたら、本当にヒロインとくっついて処刑となりかねないから、お祖母さまに相談した。お祖母さまは、王様の叔母に当たる人だから、直接レオナルドの父親である王に忠告してくれるそうだ。やっぱりお祖母さまが居るというのは、とても心強いわ。むしろお祖母さまチートって感じよね。
それからすぐに、私の開くお茶会にレオナルドが顔を出すようになった。王に何かしら言われて来ているのがバレバレで、カリーナとロッテがレオナルドから私を守るように立ちはだかってくれたので、相手をしなくて済んだ。一応婚約者だし、ヒロインを追いかけてるのはちょっと許せそうになかったから、もしこれで本当にレオナルドが心を入れ替えて私の所に来るのならば、考えてあげようと思っていたのだけど。
レオナルドがヒロインに髪飾りのプレゼントを贈ったという噂を聞いた。
私に今までのお詫びだと言うことで、ナルチーゾの花の髪留めを貰っていたけれど。もしやそれは、ヒロインへのプレゼントと買うついでだったわけね。馬鹿にされたものね、この私がと、怒りがこみ上げてくる。
その怒りを発散させる事ができたのが、合同演習でだった。
合同演習の時、私達以外の班は手間取っているらしく、何故かスタート地点へ生徒が集まっていて、そしてそこにヘルハウンドの群れが襲いかかっていくのが見えた。貴族としての覚悟が足りないのか、実戦不足なのか、生徒達は散り散りに逃げ惑っている。その中にヒロインと共にいるレオナルドの姿を見つけ、思わず炎の魔法を放っていた。
ちょっと威力が大きかったかもしれないけど、少しくらい痛い思いをすれば良いのよという気持ちと共に、ジャンカルロもヘルハウンドを一掃する為に広範囲の魔法を放った。
結果、ヘルハウンドの群れを倒す事ができたのだけど、教師からお叱りを受けてしまう。レオナルドがいることは分かっていたけど、王族ともなればあれくらい防げてもらわなくちゃとも思う。いくら前線には出ないからといって、何も出来ない王太子なんて、誰も着いてこないんじゃないかしら。
結局、レオナルドは火傷を負って怪我をしたって事で、学園を休んでいた。そしてその間に、ヒロインが退学していったので、私は心の平穏を取り戻したのだった。
ゲームは私が卒業する三年目まで続くけど、いやむしろ卒業パーティでレオナルドが婚約破棄を言い出すから、それまで安心は出来ないといえばそうなんだけど。流石に退学しちゃえばもう、ゲームのシナリオの強制力は効かないと信じたい。
信じたかったのだけど、そんな希望はすぐに打ち砕かれたわけだ。
何故か、男爵家の養女として入学していたヒロインは退学した筈なのに、今度は宰相の養女としてヒロインが再び入学してきたのだ。そして攻略キャラのルキノが、彼女を追いかけ回しているという噂付きで。いままでろくに学園に姿を見せなかったルキノだけど、何故かヒロインに付いて回って口説いているようにも見えた。そんなルキノを振り回しているヒロインは、同じく学園に戻ってきたレオナルドとばかり話しているようだけど。ヒロインって不死身なのかしら。
そうして彼女を観察していて、ふと気付いたことがある。レオナルドとヒロインが一緒にいる時、必ずといって良いほど、一人の女子生徒が一緒なのだ。どこへ行くにもヒロインと一緒で、まさかとは思うけど無理矢理付き合わされているんじゃないかと思ってしまった。
それが確信に変わったのは、王宮に呼ばれたお茶会での事。
ジェラルドが声を掛けてくれて、離宮の中庭で開かれたお茶会に、レオナルドの友人としてヒロインとその子が現れたのだ。もう一人いる男子生徒はあまり見掛けないから、レオナルドが適当に声をかけて連れてきたのだろう。それだけ二人はあまり親しくなさそうに見えて、むしろ女子生徒の方はレオナルドを気遣わしげに見つめていたのに気付いた。
カルロの妹のジルダも呼ばれたのはびっくりしたけれど、以前から王宮の話を聞きたがっていたし、これは良い機会だったのかもしれない。でもお茶会は、ヒロインがあからさまにジェラルドを気にしている様子を見せて、この子はイケメンなら誰でも良いのかしらと頭が痛くなった。レオナルドはレオナルドで、そんなヒロインを止めもしないし。
そんなヒロインをどう思ったのか、夕食の時のジェラルドの態度は素っ気なかった。簡単にあしらわれていて、それでも諦める事なくジェラルドに話し掛ける勇気は凄いと思うけど。ただそんなヒロインを見て、笑みを浮かべている女子生徒に気がついた。
あの子、もしかして記憶があるんじゃないかしら。
そしてヒロインの行動を間近で傍観しているんじゃないかと、つい勘繰ってしまう。ただ何の確証もないので、どうする事も出来ないけれど。もし記憶があるのなら、協力したいと強く思う。
最近、ジャンカルロが部屋に引きこもるようになって、落ち込みがちだし。カルロは騎士見習いとしての鍛錬が忙しいのか、ほとんど会わないし。アルバーノはもうヒロインに懐いているというか、学園にいる時はほとんど一緒にいるようで、話し掛ける機会がない。どんどん私の周りの人間がいなくなる気がして、とても不安だった。
ただ本人に直接聞いてみたけど、何のことか分からないといわんばかりの態度をされてしまって、おかしな人を見るような目で見られてしまう。クリスタ様と懇意にしているようだったから、少なくとも嫌われていないだろうけれど。
なんだろう、どうしようもなく不安が広がる。ヒロインがレオナルドと一緒に居ることが多い所為かしら。でも、大公領で不正はしていないから、取り潰される事はないだろうけれど、でもしかし。
そんな不安がさらに増大したのが、お祖母さまの死だった。
高齢で心臓が弱っていたと言われ、つい最近まで元気だったのにと、堪えきれずに涙を流す。そして不幸は続くもので、魔法の研究をするといって大公領で頑張っていたジャンカルロが、事故死したのだ。
そんな嘘でしょうと叫んでしまったけれど、事実は変わらない。ジェラルドが確認したのだと、暗い顔で教えてくれた。
唐突に人がいなくなり、絶望に突き落とされそうになる。なんで、なんでこんな事に。
少し前からジェラルドが、ソナリス家に養子に入るという事で、公務を手伝うようになっていてくれたお陰で、葬儀の間はずっと付き添っていてくれた。ジェラルドはとても優しく、一緒にいると心が落ち着いた。そうしてようやく冷静になって物事を見てみると、私はふと気付いたのだ。
いまのわたし、ゲームの知識を現実に持ち込んで、目の前が見えていない、よくある痛い目を見るヒロインと同じじゃないかしら、と。




