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僕の婚約者がやり過ぎたので婚約破棄したいけどその前に彼女の周りを堕とそうと思います  作者: 豆啓太


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 王宮にある僕の部屋は、完全なプライベート空間なので、唐突に誰かが入ってくるという事はない。なので安心して、僕は目の前で困惑している黒髪黒目の少女に話し掛けた。

「それで、君の名前はなんといったかな」

「え、えっと、…私」

 聞き取りにくい発音だったけれど、まあいいや。少女が言うには、名前と家名が逆なのだそうで、なるほど僕の国からずっと東にある大きな大陸の端の住人に似ているなと思った。

 たしか彼らも似たような見た目で、名前などがそうだったと記憶している。違う世界だけど、そういう所は似ているのだろうか。興味深いけど、僕は東の果てにまで出向く事はないし、旅をする商人でも招いて話でも聞くくらいだから、突き詰めなくてもいいか。

 少女にお茶を勧めると、おずおずと口に含んでいた。まったく、心を狂わせる毒を飲まされていたというのに、警戒心というものはないのだろうか。

 僕の部屋のテーブルには、色とりどりのお菓子とお茶の用意がされていて、少女と向かい合わせで座っている状況だ。

「その、私は一体どうしてここに?」

「僕の友人が君を連れてきたんだよ。今回の事件に巻き込まれた人間だとね。それで、君はどこまで覚えているんだい? 大公領に行ったあたりから、話を聞きたいな」

 促されて、少女はぽつりぽつりと話し始めた。思い出すように話しているので、話が前後したけれど、要約するとこうだ。


 ソナリス大公領で研究しようとしていたのは、人型ゴーレムだった。

 元いた世界で、そういった物を造る魔法を書いた物語があるそうで、魔法が使えるのなら、そして性別を変えるのが不可能ならば、そういった物を造って、それに自分の意識を宿せば良いのではと考えたかららしい。

 自分なら成功出来ると、魔力量が多く難しい魔法も扱えるのだからきっと大丈夫だという意気込みだったそうだ。

 男の振りをするのも疲れてしまったし、ルチアーナは楽しそうに令嬢生活を満喫している。だったら自分も、ジャンカルロの人生ではなく己の道を行こうとしたそうだ。

 人付き合いはあまり得意ではないので、ルチアーナに頼んで人里離れた場所に研究場所を用意してもらい、設備などは自分の魔法で何とかなるだろうと思っていた。

 しかし結局、三日でどうにもならないことを理解して、テレシアに助けを求めたという。なぜテレシアにと聞けば、ルチアーナからジャンカルロの研究に興味を持っているから、困ったことがあれば訊ねると良いと言われていたからだそうだ。

 そこでテレシアに協力を頼んだとき、色々と話し込んだ。ルチアーナの興した美容用品などはジャンカルロも知っていて、元いた世界ではルチアーナより詳しくそういった物を調べていた事から、テレシアは目の色を変えて話に聞き入ったそうだ。

 そうしてなぜ人型ゴーレムをつくるのかという話になったときに、女性の心を持つ男性や、その逆の人間を助けたいと答えた。元いた世界では、色々と手続きが必要だが、そういった理由で性別を変える人々がいたので、自分の考えがこちらの世界では異端過ぎるとは思わなかったという。同じ考え方のルチアーナが居たのも、後押しされた。

 テレシアには、ルチアーナと自分が同じ世界から来た者とは言わず、精霊が授けた知識だと誤魔化した。体を直接斬って治すという方法に興味を惹かれたテレシアは、他にどんな事があるのだと聞いたので、美容整形というものの話をしたという。顔の形を望むように変え、若返りの為に皺やシミを消す、胸の大きさも胴のくびれも思うがままに、そういうものもあると話せば、是非それを研究して欲しいとテレシアが言い出した。

 ゴーレムでなくそちらをと。

 最終的には自分に施すから、自身の体を傷付けてやらなければならないのは嫌だと、理由は濁して医学的な知識がないから無理といって断った。しかし、だ。


「…その後の記憶が、すごく曖昧になったんです。テレシア様が、諦めてくれたのは覚えてるんですけど」

「こういう瓶の飲み物を飲まなかったかい?」

 僕が差し出したのは、とある商会で売っているワインだ。少女はこれ覚えてます、甘くて美味しかったと言っているあたり、間違いないだろう。そこそこの値段のワインだが、とてつもなく渋みがある。間違っても甘くはない飲み物だけど、同じラベルでも値段が倍以上に跳ね上がる物もある。その中身は、商会が特別に調合した一品だ。

「依存性と常習性のとてつもなく強いものでね、本来は薄めて使うんだ。…用途は、まあ色々だけど」

 それを君は原液で大量に飲まされたんだと僕が言えば、少女の顔はみるみる青ざめた。

「思考能力の欠如、幻覚も見えるだろうし、罪悪感も何もかも吹っ飛ぶ。一応、刷り込みという物が最初に出来るから、君はテレシアの望む通りにその美容整形とやらを研究していたみたいだね」

 ただ人型ゴーレムも造りたいという願いか、もしくは女の姿に戻りたいという執念か、それらが混ざり合わさってあんな惨状が出来上がったようだ。酷いものだね、まったく。

「最初の頃はまだ少しは意識があったと思うけど」

「…ええ、たしかに。時々、目が覚めたように意識がもどって、気がつくと両手が真っ赤だったり、女の人が助けてって言っていたりして。でも、なんでこんなことにと考えようとすると、まだ意識が遠のいてを繰り返してました」

 怯えたように少女が己の体を抱き締めて震えている。ちょっとばかり彼女には同情するかな。

 けどまあ、己の知識を権力者に売りに行くという事は、利用される可能性も考えて行かなければいけないのを、身をもって知ったことだろう。少女は見たままの年齢で、元居た世界でも学校に通っていたそうだ。そして物語などを読むのが大好きで、ある日突然異世界に行くなんて話を読んでは色々と空想していたという。ルチアーナも似たような感じだったそうだが、あちらは成人しており年上で、さらにはこの世界でルチアーナとして赤ん坊の頃から育っているそうで、となるとかなりの年齢ではなかろうか。

 肉体に精神が引き摺られて、感情のコントロールが幼い頃出来なかった話を聞いたと少女は言っているが、僕はそれの所為で割をくったわけか。彼女が僕の世話を焼きたがり、失敗して泣いて僕が怒られるという悪循環。表情も取り繕えないから、僕が物語の登場人物であり未来は決まっていると一人悲観して、テレシアへの悪感情を植え付けたわけか。しかも無自覚に。

「ねえ、君はルチアーナとジェラルド兄様はお互い想い合ってるようにみえた?」

「え、…はい。好きとか愛してるとか、そういう言葉はありませんでしたけど、…でもジェラルド様は、ルチアーナ様に会う前はとても嬉しそうでした」

 会った後はと聞けば、言いづらそうにちょっとだけ残念そうに見えたと答えられる。ふむ、僕の反応が見れないから残念そうなのか、それとも。

「まあ二人がどう想い合っていようとも、僕に邪魔する権利はないし、好きにしてくれればいいや」

 驚いた顔の少女が、思わず声をあげていた。そうして、どうしてと問われたので、逆に何をそんなに驚くんだと聞いてしまう。

「だって僕は王族だよ。結婚は自由に出来ないし、もし好きな人が出来たら愛人にすればいい。僕の父様をみてごらんよ、王妃である僕の母様以外に、五人も公妾がいるじゃないか。ジェラルド兄様の母親とは、学園の頃からの恋人同士だよ」

 ちなみに肉体関係がなく能力を買った他の公妾には、彼女達の夫以外に特定のお付き合いしている男性もいるわけで。

 爛れているよね、貴族社会。

 跡取り息子が愛人の種だったりするのは、わりと良くあることだけど、あれの父親は実はあいつじゃなんて問い詰める事はしない。そういうのは、紳士淑女のお遊びをしている方々からすれば、マナー違反なんだって。

 でも爛れている方々もいれば、本当に円満な家庭を築いている貴族の夫婦もいるから、どちらも互いの領分を侵さない。

「ルチアーナだって、僕の子供を産んでくれれば、あとは好きにしていいと思うし。もし彼女が、どうしても僕と性行為が出来ないとなって、ジェラルド兄様も了承してくれるのなら、二人の子を僕の子だっていっても良いのだけど」

「そ、そんなんで!? 王家の血筋が汚されるとか…」

「なんで、ジェラルド兄様も父様の子じゃないか。それに、王族が子供が出来ない時は、近い血筋から養子で貰ってくるんだよ。血筋がどうのなんて、今更だよ。それに、口外しなければ、わりと何でもありさ」

 その代わり、僕が愛人を持つのを煩く言わないでほしいけどね。もし本当に二人が想い合って、僕にちゃんと相談してくれれば、そういった道もあったわけだよ。結婚したからといって、無理矢理手にでも関係をもたなきゃいけないわけじゃないもの。

 これが隣国から嫁いできたら話は別だけど、国内からだからいくらでもなんとでもなるわけだ。ちなみにこれは、僕がルチアーナを好きじゃないから提案できる話だけどね。

 もっともジェラルド兄様はジルダと結婚しているし、彼女を大事にするつもりでいるみたいだから、今更ルチアーナがそれを思いついて提案しても、無理だろうけど。それに爛れた貴族社会を嫌悪してるみたいだから、カルロやアルバーノ、ジャンカルロなども愛人だと言われ自分が尻軽だとか噂されるのは堪えられないだろうし、彼女の性格を考えれば無理か、やっぱり。

 実際、本当に僕と彼女の間に子供が生まれて、僕の容姿に似てないと子供は苦労するだろうな。父親は四人のうちのどれかだとか、口さがない貴族に言われまくって。僕以上に性格が捻くれる気がしてならない。

「普通に貴族社会で生きようとするなら、こういう事も呑み込んで行けるようにならないといけないよ。考え方も生き方も、庶民とはまったく違うのだから」

「でも、それじゃ…、自由のない貴方達はかわいそ…」

 可哀想と言いかけた少女の口に、僕は手を当てて塞ぐ。この僕を哀れむ気か、何もこちらの世界のことを知らないくせに。


 いや、違うな。


 僕はこの少女が嫌いだから、哀れまれる事すら腹立たしいんだ。うん、これが別の人なら違った反応をするだろう。つまりは、そういう事だ。

「あまり、そういう事は言わないでほしいな。…いいね」

 微笑んで言えば、少女は青ざめた顔のまま頷いた。わかってくれたのなら良しとしよう。僕は少女から手を離す。こういう王族の結婚は仄暗い事が多いので、余計な事は言わないのが身の為だ。どうせ、後世の歴史書には書かれない一面だしね。


「少し話を戻そうか。…ソナリス大公領のシルケという侍女の事は、覚えているかな」

「は、はい。…魔族の少女、ですよね。テレシア様に脅されて、協力させられてました」

「悪戯がバレたと聞いたけど、彼女一体何をしたんだい?」

 少女は言いづらそうに、だが話す気はあるらしく口を開いた。

「……合同の演習の時、ヘルハウンドが襲ってきたのを覚えてますか?」

「ああ、あれね」

 忘れる事の出来ない苦々しいまでの思い出だ。ジャンカルロとルチアーナの放った魔法で死にかけたのだけど、それはちゃんと自覚しているのかいないのか。まあいまはそれを追及する時でもないので、話の続きを促す。

「あれをやったのがシルケだそうです。彼女としては、ルチアーナ様に意地悪をするレオナルド様とリリーディアを脅かしてやろうくらいの気持ちで、ヘルハウンドを森に潜ませていたみたいですけど」

 だがいくら待っても僕達は森の奥へ来なかった。理由は簡単、ジャンカルロ達が試験官を再起不能にしていたからだ。魔物を操ることは出来ても、ずっと服従させることも出来ないし、ある程度しか命令できない。そしてシルケは、類い希なその能力で転移魔法を駆使して、ヘルハウンドを森に呼んで待機させていたわけだ。僕達が来ないことに焦れて様子を窺いに目を離した時に、ヘルハウンドはシルケの手を離れ勝手に群れで狩りを始めたという。

「何匹かは転移魔法で、元いた所に戻したけれど、間に合わなかった魔物達が生徒に襲いかかったと言ってました」

 それであの大惨事か。何人ものけが人が出た上に、アルバーノが倒れて意識を失った結果に、シルケは一人大変な事をしてしまったと怯えていたそうだ。そして、ルチアーナはシルケがそんな事をしたなど知らないから、アルバーノの事を心配している姿を見て、さらに悩んでいたという。それをテレシアに見つかり問い詰められ話をした事から、ルチアーナにバレたら一緒に居られなくなるから、私が取り計らってあげるから言うことを聞きなさいと、そう脅されていたという。

 何年生きているかわからないけど、魔族であの年頃はまだ子供だというから、テレシアの手に掛かれば簡単に手駒にされてしまったというわけか。

 アルバ山脈で騎士を襲ったのは、僕が魔物退治に失敗して騎士団ごと行方不明になるようにしたかったのだろう。それでジェラルド兄様を王にとテレシアは推す気でいたんだろうな。


 次期大公であり、ルチアーナを嫁にすれば後ろ盾も間違いないとばかりに。


 色々と無理がある気がするけど、その無理を通してきたのがテレシアだから仕方ないか。

 自分のすぐ側に、天才と言える人間が三人、いや四人も存在すればそうもなるかな。

ルチアーナにジェラルド、そしてジャンカルロにシルケ。誰も年若くこれからの世代で、そして自分の可愛い孫の為の手駒となれる才能がある。

 そしてジャンカルロの才能と知識があれば、もっと生きながらえる事も出来るかもしれないと、そして美しくあれるかもしれないと欲が出たか。美しく気高いといわれたテレシアだけど、歳を重ねると歪んでいくものだね。


「……あの、私はこれからどうなるんですか?」


 考え込んでいる僕に、おずおずと少女が声を掛けてきた。何がだいと首を傾げて問えば、少女は家に帰れるのでしょうかと言ってくる。

「元の姿に戻ってるし、…助けてくれたんですよね?」

「僕は神様じゃないから、君を元いた世界に戻す方法は知らないな。知っていたら、体を乗っ取られないように何かしら対策していると思わないかい」

「じゃ、じゃあどうして、私はここにいるんです!?」

 ああ、精神が混濁していたから覚えてないのか。

「火笛が、いや君の世界じゃ銃というのかな。あれが暴発してそれに巻き込まれて、上半身に深刻なダメージを受けて死んだんだよ、ジャンカルロは」

「でも、私はここにいますよ!?」

「そうだね、ここにいるね。苦労したんだってよ、君を正気に戻すのは。散り散りになった心と記憶を寄せ集めて、狂ったタマシイを少しずつ修復したんだって。なんでも、狂ってると不味くて食べられたものじゃないからってんで、頑張ったと言っていたよ」

 食べるって何と、少女が叫ぶ。

「あまり騒がしいのは好きじゃないな。話をしてみたけど、君さ。自分のしでかした事を棚に上げて、僕に助けを求めるなんてちょっと都合が良すぎるんじゃないかな。僕は君に焼き殺されかけたんだけど、忘れちゃったかな」

「…あれは、魔物を倒さなきゃって思って…」


「ヒヒヒ、ちょっと痛い目を見ればいいって、こいつは思ってたみたいだぜ」


 唐突に聞こえてきたカラの声に、少女は怯えている。そんなに怯えて叫ばなくともと、僕は彼女を落ち着けさせる。だってもう、君は悪魔の口の中にいるのだから。

「いやいやいや、家に帰りたいお願い謝るから家に帰してごめんなさい」

 涙と鼻水を流して、少女が僕に手を伸ばしてくる。だんだんと狭まっていく視界に恐怖が募ったのだろう。でも僕は、その手を取ることはない。

「ジャンカルロはさ、本来なら救国の英雄になっていたそうだよ。あの強力な魔法で、大群で押し寄せてくる魔物達を食い止めたんだって。…でも、君の所為でこの世界のジャンカルロは、狂った殺人犯だ。本物は既に食べられちゃってるから、君も悪魔の腹の中できっと会えるさ」

「悪魔? 悪魔ってなに…っ!? やだやだやだ、やめてたすけ……っ!!」

 悲鳴は悪魔の口の中に呑み込まれ、僕の前には赤いドレス姿のカラが座っていた。その顔は満足げで、嬉しそうだった。


「ヒヒヒ、やっぱり同じ世界の人間のタマシイは、味わい深いなぁ。慣れた味というべきか、こっちの世界の人間とはひと味違うんだよな。でもまあ昨日食べたのも中々だったぜ。大物だったからな」

 そうして腹をなでた後で、目の前の菓子類を見て顔を綻ばせる。これ食べて良いのかと聞かれたので、僕はもちろんだと頷いた。だってこのお菓子は、カラの為に用意したものなのだから。

「ああ、美味いなぁ。ヒヒヒ、腹の中でまだ藻掻いてるのが、ちょうど良いスパイスみたいになってるぜ。ヒヒヒ、ああ良いなぁ。消化の途中だから、さっきの小娘が暴れて、昨日の女も藻掻いてやがる」

 カラの真っ赤な舌が蠱惑的に動いて、べろりと菓子で汚れた自身の指を舐めている。


 ソナリス大公領でテレシアが病死したという報せが僕に届いたのは、この翌日の事だった。

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