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僕の婚約者がやり過ぎたので婚約破棄したいけどその前に彼女の周りを堕とそうと思います  作者: 豆啓太


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 ひたり、ひたりと歩くジャンカルロの姿は、異様過ぎるほど不気味だった。体の周りには火の玉が浮いており、その一つ一つが恐ろしいまでの魔力が凝縮されて造られている。

「ああどうして、こんな所にレオナルドがいるのかしら。リリーディアがいるから、何かイベントでも…。でも私、ちゃんとイベント全ルート見たし周回もやったから記憶してるものこんなのしらないあああたらしいしんるーとできゃらめいくできるってききいいいたあがががああ……っ」

 口から泡を吹き出し、目玉がぐるりと上を向いた。その様は完全に狂人のそれである。


 ゆらりとジャンカルロの手が何もない空間を薙ぐ。その動きに合わせて、火の玉が大きく密度を増しながら飛んで来た。ぎりぎりで避けたが、何故かジャンカルロの狙いは僕らしく、避けた場所へと次々に撃ち込んでくる。

「レオさん!」

 リリーディアが叫び、僕の前に風の壁が出現する。以前よりも大幅にリリーディアの魔法の威力が上がっていて、風の壁は容易に火の玉を防いだ。二度と焼かれるのは嫌ですからと、リリーディアは風と氷の二系統を同時に使っているようだ。この短期間でここまで急成長するとは、凄まじい才能の持ち主である。ともかく、リリーディアが防いでくれたので、僕は剣でジャンカルロに斬り掛かった。

 けれど剣の刃はジャンカルロに届く寸前で、ぴくりとも動かなくなる。見えない壁のようなものに阻まれて、斬ることが出来ないのだ。ジャンカルロの後ろからコルラードが槍を持って突進するが、同じように途中で止まってしまっている。ぐるりとジャンカルロの目が回ったかと思うと、両手を広げ体ごと回転する。瞬間、爆風で吹き飛ばされた。

「だ、大丈夫ですか、レオさん!? ……きゃぁ…っ!!」

 飛ばされた僕の方へ駆け寄ろうとしたリリーディアだったけど、ジャンカルロの標的がそちらに移ったようで、炎の玉が彼女へと降り注ぐ。近くにいた兵が盾を構えて庇うが、それだけでは防ぎきれない。だがほんの僅かな時間が稼げたからか、リリーディアは再び風の壁を張り、炎を何とか防いでいるようだ。だがこのままでは拙いので、今度は氷の塊を魔法で作り上げジャンカルロに向かって放出する。だが纏う炎の前に、あっさりと消えてしまった。

 僕の魔法ではどうにもならないかと、もう一度剣を構えて向かっていく。どうやらジャンカルロは、僕とリリーディアにやたらとご執心のようなのだ。僕が側へと行けば、彼の興味はこちらに向いた。

 炎の塊が今度はこちらに放たれる。思った通りだと、僕は風の壁を展開した。ちゃんと時間を掛けて魔力を練れば、防ぐ壁を造るくらいは出来る。もっともこれを連続で行えとなれば、不可能だけど。しかしジャンカルロを覆う見えない壁のようなものをどうにかしなければ、こっちばかりが消耗するだけだ。

 どうすべきか考え倦ねていると、唐突に石のような物が投げ込まれた。途端、体中の魔力が吸い取られる感覚に陥る。石は一つではなく、幾つも投げ込まれ、それらはジャンカルロを目掛けているようだった。

「こりゃ魔力封じの…」

 モーゼスが気付き、近くにいたリリーディアを抱えて後退する。確かこれは、魔力量が多ければ多いほど効果を発揮する魔法道具で、自身の魔力のおおよそ六割程度を封じ込める。それが幾つも投げ込まれたとなれば、確実にジャンカルロを狙って行ったという事か。


 それはつまり。


「何とか間に合ったようだね」


 騎士団を引き連れ、ジェラルドが現れる。彼らに気付いたのか、ジャンカルロは奇声をあげて炎を放つが、魔力不足からか威力がかなり落ちたものしか発動しない。ジェラルドの剣で斬りつけられ、痛みから少しだけ正気に戻ったようで、意味不明の言葉ではなくちゃんとした単語を話し始めた。もっともやはり支離滅裂であるのだけど。

「痛いいたいたいっ! いやだいやだいやだいえにかえりたいだれかたすけて……!」

 ジャンカルロの目が、僕を見据える。ああ、嫌な予感がすると思うと共に、ジャンカルロは身に炎を纏って僕へと突進してきた。まるで助けを求めるように、縋るようにだ。

 一緒に燃える気はないので、僕はジャンカルロに向かって先ほどヘルゲから借りた火笛を突きつけた。

 火種はジャンカルロ自身。燃える人間に突き立てたからか、火笛は本来の機能を果たせず、火薬が内側から暴発し、筒の先端すべてを吹き飛ばした。


 至近距離でそれを受け止めたジャンカルロも、もちろん体が吹き飛んだわけだ。


 ドッと音を立てて、ジャンカルロの体が地面へと崩れ落ちる。声もなく、ただその代わりに血だけが流れ落ちた。あれほど残虐な行為をしていた人物の最期としては、呆気ないものだった。





 建物の外に出ると、毛布やら布などを体にまきつけている少女達がいた。その側で所在なさげに佇むヘルゲの姿も。

 僕が声を掛けると、ヘルゲは頭を掻きながらあっさり終わりましたねと言った。

「通気口を出たら、すでにあの強そうな騎士様達がいたんですよ」

「ジェラルド兄様を慕ってる騎士達だね。こんな場所まで着いてきてくれるんだから、羨ましい限りだよ」

 魔力封じの魔法道具を用意して持ってきている事といい、僕と違ってあちこちに伝手があり信頼されているのは素直に凄いと思う。

「いやしかし、素早い動きでしたよ。…あのゴツい馬車の中には、シルケが拘束されてました。ここに来る途中、戦って捕まえたそうで。目隠しに口枷、両手両足を拘束して首輪まで、中々に厳重ですね」

 なるほど、だから魔物がこの辺りから居なくなっていたのか。あれだけの数と戦わなくて済んで良かったとホッとする。しかしシルケをどこで見つけたにしても、魔族相手に戦えるジェラルド兄様とその騎士達の実力は凄まじいものを感じる。

「一応、魔力が暴走しないようにする処置だからね。あれがあるから、一部の人からは酷いと非難されるんだけど」

「どんなに酷い事でも、扱いきれないんじゃ仕方ありませんね」

 しかしヘルゲは、シルケの事を気に入っていたのではないのだろうか。それを言えば、そうですよとあっさりと認めた。ならあの扱いに怒らないのか不思議になる。

「ああいう力があるから、変なことに利用されるわけですよ。いっそのこと、なんの後ろ盾も力もなくなっちまえば、静かに暮らせると思いませんか」

 性格と見た目は好みなんですよと、ヘルゲが言う。まあ考えておくよと言えば、ヘルゲは火笛代の分くらいは心にとめてもらえればと笑っている。僕もつられて笑い、二人でまったく酷い目に遭ったと頷きあった。


 ジャンカルロの研究施設からは、孤児院の子供達も含め大量の死体が出た。大半は犯罪者だというが、放置するわけにもいかないので、穴を掘ってそこで一気に燃やすことになった。一歩間違えれば自分もあそこで燃やされていたかもしれないと、僕と一緒に来ていた新兵や騎士達は青ざめている。あの重傷だった騎士は、再び僕にお礼を言ってきていた。モーゼスとコルラードは最後まで僕を良く護ってくれたねと、ジェラルド兄様からお礼を言われて恐縮しまくっていた。

 助けに来てくれたジェラルドはテキパキと色々と指示を出して、捕まっていた少女達を後から来た別の馬車に乗せている。誘導が終わり、僕達も山脈を降りようと動き出したところで、ジェラルドが僕の側へとやってきた。

「レオナルド、無事で良かったよ」

「兄様、…助けてくれてありがとうございます」

「いや、今回の一件は大公家の怠慢が招いた事だ。……テレシア様が関わっているのだろう」

「テレシア様が、…なぜ!?」

「ジャンカルロの研究に興味を惹かれたのか、ある程度の便宜と、私の邪魔を彼女はしてきた。それだけではなく、内密に調べたら彼女が大公家の税収を少し着服して好きに使っているのも見つけてしまってね。多少なら目こぼしもするが、今回は無理だ。ましてや、私にお前を亡き者にして王になれなど、国家叛逆罪の大罪めいた事を勧めてくるのだから、始末におえない」

 いつもなら温和な顔だが、相当腹に据えかねているらしいジェラルドの顔は険しい。ジャンカルロの討伐は、もうずっと前から進めていたのだが、テレシアの邪魔が入っていたらしく上手くいかなかったらしい。なのでジェラルド兄様自らが、王都での伝手をつかい騎士団を荷物運びだと言って呼び寄せ、ここにやってきたのだそうだ。

「この一件は、私に任せてくれないか? お前としては、納得いかないかもしれないが…。彼女を反逆罪で裁くとなると、テレシアの影響を受け追従する貴族が出てくるだろうから、罪状をもっと彼女の名誉を貶めるような内容にした方が良いと思う。ジャンカルロに手を貸していたのだから、色々と出来るだろうしね」

「兄様にお任せします。僕よりも、…兄様の方がきっと上手く出来るでしょうし。僕では、誰も動いてくれないでしょうし」

 今回は特に力不足を感じたと顔を歪めて俯くと、ジェラルドの手が優しく肩に触れた。だがその声色は、嘲笑を堪えるようなもので、可哀想なレオナルドと囁く。

「なんの力もないというのなら、もっと頑張らなければ駄目だ、レオナルド。だってお前が王になるのだろう。いつまでも私に頼るようなら、いつかお前についてくる家臣など、いなくなってしまうんじゃないか」

 その通りなので、何も言い返せずにいると、ジェラルドはとても上機嫌に、僕に囁き続ける。ああきっと、傍から見れば、大変な目にあった弟を慰めている心優しい兄の姿に見えるかもしれない。

「でもお前は王様だものな。大丈夫だ、今回の事にルチアーナは関係ないだろう。テレシアが一人でやった事として、責任を取らせるさ。まあ実際そうなのだろうが、…ふふふ。私としても可愛らしいジルダとせっかく結婚できたのだから、大公家は潰されないよう上手く立ち回るよ。可哀想なレオナルド、本当に可哀想に」


 やっぱりジェラルド兄様は優秀だ。父様がジェラルドを王にしたいと思うのも、仕方のない事だと思ってしまう。温和で公明正大だといわれているが、ピエトロを宰相にした父様と似たものを感じる。貴族の腹の探り合いさえ、ジェラルド兄様の手に掛かれば簡単な物なのだろう。それでいて、剣も魔法もなんだって出来るとなれば、羨ましい限りだ。悔しいほどに。

 僕の顔を見て満足したのか、ジェラルド兄様は笑って離れていった。大公領ではテレシアがいるからと、僕達をジャンニ領主の館まで送り届けてくれ、王都までの護衛まで頼んでいってくれた。最後の最後まで、ジェラルド兄様は完璧だ。きっとテレシアの事も上手く処理するだろう。僕では出来ないことも、ジェラルド兄様なら出来る筈だ。




 ああ、本当に優秀な兄だ。



 颯爽と去って行くジェラルド兄様の一団を見送っていると、リリーディアが嬉しそうですねと話し掛けてきた。僕はそれに、満面の笑みで頷き返す。

「ふふふ、自慢の兄様だよ。本当に、…本当に色々と優秀で助かる」

 何故かリリーディアは笑顔を固まらせて、話し掛けたのは失敗だったと言わんばかりの表情を浮かべた。まったく、ただの兄自慢なのにどうして怯えるのか、理解出来ないな。

「きっとジェラルド兄様なら、あの煩いテレシアをどうにかしてくれて、大公家にいる面倒な魔族も処理してくれるって思ったんだ。これでもう、僕がルチアーナとどうなろうとも、煩く言ってくる人が居なくて安心だよ。卒業するまであと少しだしね、結婚したらもっと煩くなりそうだったから、本当に良かった」

 ジャンカルロの事もそうだ。僕では実力差がありすぎて敵わないけど、ジェラルド兄様ならなんとかしてくれると信じていた。

「……はじめから、これが狙いだったというわけですか。私が孤児院に送られる前に、どうにかしてほしかったのですけど」

「僕だって被害者だよ、リリーディア。まさかあんなに魔物が跋扈していて、さらにはリリーディアまで巻き込まれてるなんて、思ってもみなかったんだよ」

 どうしてだか信じていない顔をするリリーディアに、失礼だなと返した。

「それにしても、リリーディアは勇ましかったね。女の子達に一喝したりして、大丈夫だったかい?」

「同じ町娘だったからわかるんです。ああいう時、泣いて動けなくなるって。でも本当に死ぬって、誰も助けてくれないってなれば、立ち上がる事だって出来るのも。きっと嫌われるでしょうけど、それで良いんですよ」

 死ぬよりはマシだけど、生きている彼女たちの生活を保護するまでは出来ないからと、リリーディアは言う。あの貴族の娘に腹が立ったと言えるのなら、きっと大丈夫だろうとも。

「リリーディアは、随分と貴族らしくなったね」

「そうですか? まあ、毎日着る服の値段と食事の値段、私が生活するのに掛かる金額をアルバーノから聞きなさいって義父様がいいまして。それらはすべて、庶民の税金だと言われれば、身が引き締まります。ええ、ええ、もっと安い物をと言いましたら、お金を使わなくなると破産する店が出てくるとか言われて。ふふふ、アルバーノのあのお人形のような無表情さで延々とお金の流れと税金の関係を聞かされ続ければ、貴族って慕われるだけじゃ駄目って分かりますよ」

 姉弟の仲は良好のようだ。慈善事業のお話をしたら宰相がアルバーノに手伝って貰うようにと言われ、細部までお金の計算をしてくれるそうだ。毎日のようにアルバーノと顔を突き合わせては、書類と格闘しているという。そしてその報告を毎日アルバーノが宰相にしているようで、父子の関係も良好だという。

「今回の孤児院の見学は、実はアルバーノから止められてたんです。もっと近場にしたら良いのではと。でも私、やっぱり一番良い所を見ないとって言い張って、これですから。帰ったらどんなお叱りを受けるか…。いえ、叱られるのは構わないのですけど、協力してくれたアルバーノや義父様に申し訳ないわ」

 深いため息を吐いて、リリーディアは肩をがくりと落とす。今回のことは不可抗力だし、僕からも取りなしておくよと言っても、リリーディアは下を向いたままだ。

 しょうがない、大変な目にあったリリーディアには、ちょっとしたお詫びの品を贈るとしよう。アンナに言えば、素敵な物を見繕ってくれるだろうし。

「アンナの見立てなら間違いないですね」

 良いんですかと、リリーディアは少し上機嫌になったようだ。何か物を貰えるからというよりは、アンナが選んでくれる機会を与えた事を喜んでいるようである。まあ、仲良しなのは良いことだね、特に女性達の場合は。

「リリーディアもやっぱり、ドレスや宝石に興味あるんだね」

「女の子は誰だってそうですよ。ドレスなんて、普通に暮らしてたら結婚する時だって着ることありませんもの」

 領主様の息子の結婚式で見た花嫁衣装は素敵だったと、その時を思い出したのかうっとりとした表情を浮かべている。バルバード領でもやはり、領主一家の結婚式はお祭り騒ぎになるそうだ。

「王都でも似たような感じですか?」

「うん、王族の結婚って公認のお祭りみたいなものだもの。お金がいっぱい動くし」

 宝飾品にドレスに招待客に出す食事に会場にと挙げていけば、夢がなくなりますねとリリーディアの目が遠くなる。莫大な資金を掛けて行うので、経済の活性化に繋げようと政務官とかは頭を抱えながら躍起になっている。王都だって様々な人がやってくるからと商売に精を出すし、町中でパレードを行う事もあるって言っていたから、本当に大騒ぎになるだろうね。

「三日三晩くらい続くんじゃない? 僕の母様の時も似たようなものだったそうだよ」

「花嫁衣装には憧れますがそれは大変ですね」

 アンナと一緒にドレスを着て式が出来れば最高なんですけどねと、リリーディアは夢のような事を言って笑っている。確かにそれは実現出来ないだろうけど、夢を語るのに無理だとかそんな野暮な事は言う必要はない。僕は確かにそれは最高だよねと、リリーディアに微笑み返したのだった。

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[一言] 素敵な作品すぎる!
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