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僕の婚約者がやり過ぎたので婚約破棄したいけどその前に彼女の周りを堕とそうと思います  作者: 豆啓太


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 嫌な予感ほど、当たってしまうものだ。


 出来れば杞憂であってほしかったのだけどと、死に物狂いで孤児院までの道を走り抜ける。僕のすぐ後ろでは、強大な蛇の胴体に獅子のような頭を持つバニップが追いかけてきていた。

「あの魔物、湿地帯にしか生息してないんじゃ…!?」

「私に聞かれても、学がないからわかりませんぜ! 確かに滅多に見ない奴ですが、捕まったらやばいって事だけはわかります!」

 あんなのとにかく逃げるしかないと、モーゼスがひたすらに走れと急かしてきていた。沼地に潜み人を襲う魔物であり、討伐には相当な危険が伴う。だがここ十年くらい、あの魔物が出たなんて話は聞かないし、ましてやワイバーンが居たのに更に他の魔物まで出るとは驚きだ。


 渓谷の道を抜け、少し開けた場所へと辿り着いた。そうして目的地である孤児院が目視出来たところで、突然あのバニップが独特の鳴き声を上げて襲ってきたわけである。

 ワイバーンに襲われてさらにこれでは、新兵が混乱するのは当たり前だ。何人かは恐怖のあまり逃げ出したのだが、それを狙っていたかのように別の個体が大口を開けて噛みついていたのだ。一匹見掛けるだけでも珍しいバニップなのに、それが二匹ともなれば僕達に太刀打ちする術はない。

 いくらモーゼスやコルラードが強いとはいえ、僕という足手まといを護りながら戦うのは不利過ぎる。信頼出来る騎士が他にいればいいが、残っていたのは新兵なのでそれすら出来ないわけで。

 ちなみに馬は、バニップの鳴き声を聞いて泡を吹いて地面へ倒れたから、乗ることはもう出来ない。山道を駆け上るのに息が切れるが、泣き言は言えない状況だ。


 僕達はとにかく、孤児院へと走った。孤児院はこんな山奥には不釣り合いなほど、重厚な石造りで出来ている建物で、ちょっとした砦のようになっていたのだ。あそこなら、凶悪な魔物を迎え撃てる筈だと、そうモーゼスが言った。孤児院は精霊の祠の信徒が開いたというから、あそこに行けば多少人手がある筈である。


 そう思っていたのだけど、孤児院に近づくにつれてその考えが甘かったというのがわかった。


「……黒い影、あれはホロウゴーストか!?」


 孤児院の周りを取り巻くように、黒いフード付きマントを身につけた者達が佇んでいる。しかしその顔は見ることが叶わず、真っ黒な空洞があるだけだ。コルラードが叫んだのは、致し方ないだろう。

 廃れた墓場や戦場で放置された死体などから生まれると言われていて、ちょっと前の帝国で大量発生していたそうだけど、僕の国では滅多に見掛ける事はなくなっている。

 たまに朽ちた山村で見掛けられ、退治する為に光魔法を得意とする騎士や魔法士が駆り出されるくらいだ。

しかしながら、ああいった魔物に効果がある光魔法を扱うには適性というものがあって、大抵の人間は初歩の回復魔法くらいしか使えない。

 ホロウゴーストはその恐ろしげな姿と、地の底から響く様な叫び声で、人間を恐慌状態に誘う。そうして動けなくなっている人間が、他の魔物に喰われる様を見ているというけど、バニップに追われているこの状況でそれは、最悪の組み合わせ過ぎた。


 これはもはや打つ手なしかと思った瞬間、辺り一面を眩い光が包んだ。


「レオさん、こっちです!!」


 聞こえてきたのは、覚えのあるリリーディアの声。

 それに導かれるように、僕達は開かれた扉の中へと駆け込んだ。最後の一人が走り込むと同時に、開かれていた扉が音を立てて閉まる。間髪いれず扉に杭を差し込み、さらには近くにあった椅子や棚などで簡易のバリケードを作り上げた。

 これで追ってきていたバニップも、簡単には入ってこれないだろう。

 取りあえずはなんとかなったと、ホッとしてリリーディアの姿を探した。すると、椅子の陰に隠れていたであろうリリーディアが駆け寄ってきて、僕に抱きつく。

「レオさん、無事で良かった!」

 ふわりと鼻腔を甘い匂いが擽った。

 涙目で僕を見て心配したと言う彼女の顔はとても可愛らしいが、しかし未婚の令嬢がこれは頂けない。だが抱きついてきたのなら、多少は受け入れても良いだろう。僕はそのまま、リリーディアに微笑み掛けた。

「さっきの光魔法はリリーディアが?」

「はい、多少なら私も使えますから。レオさん、私…、私とっても怖かったんです。周りは魔物に取り囲まれて、誰も助けが来なくって…。レオさんが来てくれたらって思ってたら、本当に来てくれたから…!」

 レオさんは私の王子様ですと、リリーディアは頬を染めて熱っぽい目で僕を見上げていた。ぎゅうぎゅうと僕に抱きついてくる彼女の体だが、どうにも違和感がある。

 わざと胸を押し当てているようで、僕達の熱い抱擁に、モーゼスは若いですなとニヤニヤしていて、コルラードはなんてはしたないと眉を寄せている。新兵からは羨ましいという視線を向けられているけれど。


「そうかい、それで、君は誰だったかな?」


 満面の笑みで、僕に抱きついている女に微笑んでやれば、何を言っているのですと困惑した表情を浮かべられた。まったく、一度で言ったことは理解してほしいけれど、仕方ないか。僕はもう一度、君は誰だと聞いたんだよと優しく言ってあげた。

「わ、私は、リリーディアで…」

「僕の知ってるリリーディアと違うんだよね、君。本物のリリーディアなら、僕にこんな事は決してしないよ」

 彼女が本当に心から手を伸ばすのは、アンナだけなのだから。

リリーディアはルキノに傷つけられて以来、男という生き物を本能的に恐れている。また傷付けられるのではないかと、とても怯えているのだ。

 それはいくら彼女が痩せて美しくなっても、どんな地位を手に入れても消えない傷になっているのだ。傷付いた心は癒える事なく、ただ痛みを忘れたつもりになってやり過ごしているだけである。

 だからこそリリーディアは、誰もが認めるような令嬢の仮面を被れるようになった。そして一人で立っていられるくらい、強くなろうと足掻いているのだ。


 そう、もしこんな状況になったら、彼女はきっと怯えて隠れなどせず、泥まみれになっても生き残る術をギリギリまで探すだろう。


 まああとそれに、リリーディアの体はもっと柔らかいし、胸はこんなに大きくないし、腰回りと尻の肉付きはもう少し良い方だ。

『ヒヒヒ、それを本人に言ったらその場で王太子撲殺事件なんて起きるぞ、ヒヒヒ』

 絶対に口にはしないので、思うだけにしておこう。別にリリーディアの裸を見たことがあるわけじゃなく、彼女がロドリ家で貴族の娘として最低限覚えなければならない事を詰め込んでいる時、たまたま時間があったのでちょっとだけダンスを一緒に踊った事があるからだ。


 ともかく、僕に抱きついている偽物に、一体何者だと聞いてみたのだけど、もちろん答えてくれるわけもなく。


 顔を険しく歪めた偽物が、僕に向かって手首に隠していた短剣を突き刺してくる。この距離では避けきれないが、僕に剣先が当たる瞬間、バチリと音がしてその場に偽物が倒れ伏した。

「レオナルド様、ご無事ですか!?」

 大慌てでコルラードが駆け寄ってくるので、僕はなんともないよと答えた。床に倒れた偽物を拘束しながら、モーゼスが一体どうしてと訊ねてきたので、僕は懐にしまい込んでいた魔法道具を取りだした。

「一度限り、致命傷や麻痺毒などを防いでくれる代物さ。初めて魔物退治に参加すると言ったら、親切な隣国の友人がくれてね」

 襲われた瞬間、襲ってきた相手を感電させるという追加効果もある、ゴットハルト特製の魔法道具である。

 ちゃんと作動して良かったよと僕が笑うと、モーゼスはなんとも言えない表情を浮かべていた。まあこういうものはとんでもない高額で取引されたりするので、それをこうも簡単に使ってしまう僕に呆れたかもしれない。でも結果的に、偽物に殺されなくてすんでよかったわけだ。

「…偽物と分かったのなら、その場で突き飛ばせば良いでしょうに」

「人間みたいだったからね、殺されるとは思わなかったよ」

 殺気もなかったし、僕を殺しに来る人は、独特の目と空気を纏っているから、なんとなく見分ける事が出来た。そういう人間は、嫌な匂いがするものなのだ。体臭ではない、染みついた死の匂いというべきものだろうか。だからそんな嫌な感じもしなかったし、彼女が狙ってきたのは僕の顔というか、頬あたりだったから、多分短剣になんらかの毒が付いているのだろう。

 それを指摘すれば、転がった短剣には麻痺毒が塗られていた。しかしながらそれは致死量ではなく、動けなくする程度のものだそうだ。


「これは、僕を人質にするつもりだったのかな」

 なんて卑劣な事をとコルラードが憤っているけど、実際に僕を人質にしても大して利がありそうにも見えない。

モーゼスとコルラードは、騎士団の中での地位は高くはない。言い方は良くないが二人の代わりになる人間はいくらでもいるのだ。

 庶民出のモーゼスが貴族の不興を買ってその復讐か、貴族出のコルラードが派閥争いに巻き込まれたか、しかしどちらもそこまで重要人物ではないから、回りくどい真似をして殺す必要もない二人だ。

 新兵の中にも、そういう重要そうな人物はいない。

 それをそのまま言えば、二人とも青ざめた顔で僕を見ていた。事実だし、命に価値を付けるのも悪い気がするけれど、現状を整理するには大事な事なので仕方ない。新兵ならともかく、二人ともそれなりの戦場を潜ってきたのだから、怒りより先に頭を働かせるだろう。

「…なんというか、王子は恐ろしい方ですな」

「そうかい? 優しげな笑みを浮かべるか弱い王子だよ。二人とも、現状で思い当たる出来事はないんだろう。となると、わざと生かして捕まえようとしているわけだね」

「私の部下達は、まだ生きているのでしょうか」

「多分ね。ワイバーンやバニップの攻撃で怪我はしただろうけど、致命傷ではないだろう。そうなると、彼らはどこに運ばれたのかってなるけど」

 僕をここで人質にとって、他の人間を意のままに移動させるとしたら、向かう場所は近いかもしれない。

 見回りをしていた兵士が戻ってきて報告を受けるが、孤児院の中は人が生活していた形跡はあるが、無人であったそうだ。

 まさかとは思うけど、ゲームにこんなイベントはないよねとカラにこっそり聞いてみたが、ないときっぱりと言い放たれてしまった。僕が三年生のこの時期は、攻略ルートというものに入っていると週に一回くらい会って公務の愚痴を聞くくらいなのだそうだ。その間にヒロインは、小さな学園内でのイベントをこなしていたりするそうだけど。


『……いや、まてよ。可愛いレオナルド、お前の攻略ルートで、最終的にリリーディアと結ばれる為の重大な出来事があるわけだが。お前が魔物討伐に行くんだ』


 そこでリリーディアの訪問していた孤児院に魔物が襲いかかろうとしており、すんでの所を僕が助けるらしい。そしてその時初めて、リリーディアが僕への気持ちを自覚し、晴れて恋人同士になるのだそうだ。


『ヒヒヒ、思い出したぜ。そうだ、私の王子様、そう言ってやがったぜ、ヒロインは』


 ゲームではもっと後だったし、初めて戦いに行って帰ってきた時は別のイベントがあったとカラは言った。

だが何者かが、そうゲームの知識や記憶のある何者かが、故意にそれを引き起こそうとしているのならば、あのリリーディアの偽物の行動が理解出来る。

 ではあれは、あの女のイメージするリリーディア像というわけか。

 ああ、自分の思い込みを押しつける、愚劣な行為を目の当たりにして、僕は久しぶりに嫌悪と憎悪の入り交じった感情を沸き立たせる。

『レオナルド、偽物の様子がおかしいぞ、死にかけだ』

 見れば捕らえていた偽物は気絶していたようだったけど、唐突に目を見開いて体を痙攣させ悲鳴を上げた。口から泡を吹き出し、やっと綺麗な体を手に入れたのにと、歯の根を鳴らしながら罵詈雑言を吐き出した。

 どろりと、偽物の顔が崩れ落ちる。そう、腐った果実のようにだ。

 あまりの惨状に、モーゼスがなんてこったと呆然としている。やがて偽物の顔の肉はすべて崩れ落ち、骨が見えたところで叫び声は止んだ。だがそれは叫ぶ器官がなくなったからで、いまだ生きているのか体がビクビクと動いている。しかし体の方も顔と同じく、どろりと崩れ落ちた。

「レオナルド様?」

 黙り込んでいた僕をどう思ったのか、コルラードが声を掛けてきた。なので僕は口元に笑みを浮かべながら、思い当たる人物がいるとその名を口にする。


「…ジャンカルロ、一月前に王都の学園を休学して、大公領で魔法の研究をするといって消えた人物だが。なるほど、これがあれの研究の成果らしいね」


 性別を変える魔法はない。だから、肉体を別の物に変えるもしくは、新しく作り出す気になったようだ。ならば攫った騎士達は、その実験材料というわけか。ここにはいない孤児院の人々もリリーディアも。

「ここにいる君達は、本当にただ巻き込まれただけだということか。攫われた彼らも」




 見回っていた兵が戻ってこないと報告を受けた。二人一組で行動をさせていたおかげか、一人は無事だった。彼らは下水へ通じる扉を開けた所、水路へと降りる為の階段で、暗闇から唐突に何かが引きずり込んだのだそうだ。

「モーゼス、この辺りにほかに建物はあったかい?」

「建築物はここくらいなものですぜ」

 いや廃墟ならあったはずだと、コルラードが口を開いた。

「私がまだ若い頃、この山脈に別荘を建てたいと言った貴族がいたんです。結局、不便過ぎて建てただけで終わってしまって、手入れもしないから廃墟と化したものが、この近くに。確か、孤児院に寄付をして建てた貴族の縁者だったかと」

 一族そろって何やらこの場所に思い入れがあったようだ。なんでここにという事は置いておいて、だ。

 コルラードの若い頃となれば、まだ下水処理などの魔法道具が簡易化されてないだろうし、近い場所同士なら下水道が繋がっているかもしれない。

 ならば向かうべき場所はそこか。


「緊急連絡用の魔法道具も使えないとなると、元凶をどうにかするしかない。向こうの狙いは僕だけじゃなく、ここにいる全員と考えた方がいいだろうね」


 逃げても魔物に捕まるだけだと僕が言えば、新兵達の顔も青ざめている。下手に逃亡しないだろうな、これで。少なくともこちらにはまだ、モーゼスとコルラードがいるのだ。実力者の近くに居た方がまだ安全だと考えられる思考が残っているのなら、まだなんとかなるだろう。


「退路は断たれた。…だがここで死ぬわけにもいかないから、進むしかない」

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