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僕の婚約者がやり過ぎたので婚約破棄したいけどその前に彼女の周りを堕とそうと思います  作者: 豆啓太


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 新しい人脈を広げているアンナと顔を合わさないまま、僕の学園生活は三年目へと突入した。まあ再びオリエンテーションの期間になったので、公務が増えた僕の場合、ほとんど学園に居ないことが多くなったわけだ。授業がないこの期間に視察がてら周辺に顔見せ程度に行く事も多くなり、婚約者であるルチアーナの実家のある大公領へ向かうことになった。もちろんルチアーナも一緒である。

 婚約者同士なので同じ馬車に乗ってはいるものの、会話らしい会話はない。何故かといえば、ルチアーナは馬車に乗り込んで早々に書類を出して何やらまとめだし、何故か同じ馬車に乗っている侍女が手伝っている状況だからだ。王族が乗る馬車だから、三人くらい乗った所で十分なスペースがある。なので書類仕事をしていようとも何の問題もないのだけど、一応婚約者がいるのに会話をする気が皆無というのは頂けない。

『なあ、レオナルド。その女、なんだか変な感じがするぞ』

 いつも通り、カラは僕の肩に小さな影の姿になって乗っている。そんなカラが変だといったのは、ルチアーナの侍女であるシルケだ。青白い透き通るような肌に、白銀の髪に赤と金の瞳。そしてやや尖った耳。特徴からして魔族の血縁だろうけど、確証はない。じっと見つめていると、視線に気付いたのかシルケが居心地悪そうに体を竦めた。それに気付いたルチアーナが、女性をじろじろと見るのは失礼よと窘めてくる。君の態度は僕に対して失礼じゃないのかなと思いつつも、シルケの事を聞いてみた。

「彼女の事を紹介してほしくてね。…ちょっと気になったのだけど、シルケは魔族の血縁者かい?」

「さあ、わからないわ。でも彼女は私の家族同然なの。変な侮辱などは遠慮願いたいわ」

 そういう事を言ってるんじゃなくてと、僕は僅かに眉を寄せた。それをどう受け取ったのか、可愛いシルケをあまり見ないでちょうだいと、ぴしゃりと撥ね付けてくる。素性の分からない者を侍女として一番側におくのか、未来の王妃が。

 少し頭が痛くなって来たところで、カラが思い出したと声をあげた。

『ヒヒヒ、あの女の知識にチラっとだけあったからな、思い出すのが遅くなったぜ。シルケっていう女、ゲームの登場人物だぜ』

 ヒロインである女の子が学園で恋愛する物語じゃなかったのかと疑問に思った。だって魔族が住んでいるのは海を渡った西の大陸の端だし、彼らはあまり自身の国から出てこない。細々と交易はあれど、それくらいだ。僕達が住む大陸までやってくる物好きがいたら、それこそ噂の的である。

『ゲームじゃ大公もろとも失脚だ。その原因の一つに、魔族と手を組んでの暗殺未遂疑惑ってのがあるんだ。ゲームの記述にゃ出てこないが、その後で出てきた小説で裏で大公領を牛耳って居たのがシルケって女魔族だそうだ。まあゲームと小説は別物だからなぁ。俺様が食った女はあまりそれが好きじゃなかったみたいで、知識で少し知っている程度だったぜ』

 ゲームとその小説の関係性はちょっとわからないけど、ともかくシルケは僕と同じというわけか。けど、裏で牛耳っている女魔族がどうして、こうもルチアーナに服従しているのだろうか。魔族は魔力が総じて高く、僕達ただの人間などより魔法に長けている。寿命も僕達より長いとされていて、そして基本的な筋力すら彼らは強い。ただしその代わり、子供が生まれにくく育ちにくいのだそうだ。

 見たところシルケは僕より年下のような見目である。そうなると、魔族が大事に育てている子供を捨てる筈なんてないし、もし親が不遇な事故で亡くなった場合、即座に魔族の国に連絡する事になっているのだ。普通の人間より強大な魔力を持つ彼らは、その力を暴走させて死ぬ事もあるらしい。そしてその被害は目も当てられない。だからこそ彼らは自国に引きこもっているわけで、外に出る魔族はどこに居るかとか身元がきちんとしているのだ。

 誰だっていつ暴発するかわからない代物を、喜んで国に招き入れる者なんていない。


 それはルチアーナも大公殿下も知っている筈だ。


 僕にシルケの報告なんて来ていない。もしかしたら父様にはしているのかもしれないけど。

 魔族の疑いありとなれば、子供だった場合は申し訳ないけど国で保護し厳重な結界に閉じ込める事になる。子供だけになると、親が死んだかはぐれたなどで、心が不安定な状態だからだ。魔力を放出したまま大泣きされて、町一つが吹き飛んだだとか、笑い話にもならない悲劇である。基本的にないけど、絶対ないなんて事は言えないからこそ、魔族が居るという情報は大事なわけで。


「……シルケのご両親は?」


「だからわからないの。……大公領で人攫いの集団を壊滅させた時、捕まっていた子の一人よ。見つけたときはとても怯えていて、頑丈な鎖に繋がれていたの。行く当てもないから私が引き取ったのよ」

「…はい、ルチアーナ様には感謝しております」

 おどおどとした声色で、シルケが感謝を述べている。従順そうなシルケだが、もし魔族であるなら国に帰さなきゃならない。それをルチアーナに言えば、家族を引き離すっていうのと怒りだした。

「でも魔族が自国にいるのは魔力を暴走させない為もあって」

「シルケはずっと私の側で育ってきたのよ。いまさら魔族の国に行っても、知り合いも家族もいない場所で幸せになれるというの?」

「…私も、ルチアーナ様と離れたく…ない」

 ぎゅうとルチアーナに抱きついて震える姿は加護欲を誘うものだけど、そういう話ではないので僕は困ってしまった。

「でも魔族の子供は魔族の国で育つのが当たり前であり、彼らにとっても重要な事だよ。子供を見つけた場合、連絡が欲しいという彼らの頼みを、家族だからっていって僕達だけが無視するわけにもいかないじゃないか」

「…だったら、私が直接魔族の王様と掛け合います」

 そうよ最初からこうすれば良かったのよと、ルチアーナは意気込み始めた。シルケはうちの子ですって言ってあげるわと、ぎゅうと抱き締めている。シルケはシルケで嬉しそうな顔をしており、ルチアーナにお礼を言っている。いやいやいや、ルチアーナは大公の娘であるけど、外交などはやっていないだろう。そして今のところ、僕の父様と公妾や大臣などがあれやこれやとやっている外交に、唐突に踏み入って良い訳じゃない。

 ましてやほぼ国交のない西の大陸の端の魔族の国。


 国のトップをすり抜けてルチアーナがやる事じゃない。


 魔族の王はその長けた魔法によって、各国の王に子供が見つかった場合の連絡手段、魔法道具を渡している。それを受け取る代わりに、魔族は他国を侵略せず魔法をむやみやたらに使わないと制約を交わしているのだ。それがどれだけ信用出来るものかといえば、百年以上彼らが戦争を仕掛けてきたなんて話が一切ないあたりだろうか。ちなみに魔族はわりと気さくで、西の大陸の端の方になると彼らと人間のハーフなどが多いのも、彼らが侵略戦争をする気がないと思えてしまう要因の一つだろうか。

 西の端に純魔族の国があり、その隣あたりに魔族と人間のハーフの国というか町があり、そして人間の国があるわけだ。どうしてもハーフになると人間より魔力が大きく、しかし魔族よりは劣るからというわけで、真ん中にそういった者達が集まる町が出来たのだそう。しかし魔族は自国からあまり出てこないものの、ハーフや人間が来るのは拒むことがないらしく、その辺りは自由に行き来しているのだという。

 だからもしだ、シルケがハーフだったとしても居場所がないわけじゃないし、むしろ同じ寿命の彼らと過ごした方が、色々と彼女の為のような気もするのだけど。

 僕達の寿命が尽きても、シルケは成人すらしていない年頃だろう。ハーフだったとしても、大して変わらない筈だ。となると、親しい者が死んで不安定になった彼女を誰が止めるのか。ましてやルチアーナは王妃になるのだから、血生臭い話がないわけじゃない地位だというのに。

『ヒヒヒ、面白いじゃないかレオナルド。この女、刷り込みで従順な犬を手に入れたんだ。そう簡単に手放しはしないさ』

 その気持ちは分からなくもない。先ほどから見ていれば、シルケはルチアーナの書類をまとめる手伝いをしているのだが、とても慣れた様子で行っている。使える人材を手放したくないというだけで、国同士の関係が緊張するものになるのは避けたい。ああきっと、もしかしなくとも父様はこの事を知っているのだろう。それでいて、僕がどんな対応をするか様子見というわけかもしれないな。

 なにせシルケは大公家で結構長い年月暮らしているようだし、連絡が遅れた理由を聞かれて勘繰られたら面倒臭いことこの上ない。黙認するにも、どうしてもそこにはシルケや僕達の寿命というものが関わってくるわけで。


 僕はもはや言葉も出ないので、早く大公領に着かないかなと窓の外の景色を見ることで、問題から目を逸らす事にした。




 大公領は王都とはまた違った賑わいを見せていた。町行く人々は華やかな衣服を身に纏い、それぞれの顔は明るく希望に満ちあふれている。主に女性が、だ。ルチアーナの功績の一つである美容用品の発明や服のデザインに起因しているのだろうけど。一番の原因というか、ここのトップがルチアーナの祖母であるというのもあるんじゃないかと僕は思う。

 テレシアは王族の姫であり、父王から溺愛されて育った。だから結婚する時、大公領を賜ったわけで、夫となったソナリス大公はあまり彼女に強く出れなかった。そしてテレシアは娘しか生まれなかったので、ソナリス大公領は婿を迎えたわけである。それがルチアーナの父であるラウリ・ソナリス大公だ。彼と妻との間には、ルチアーナしか生まれなかった。否、可愛い娘に出産の苦労を掛けさせたくないと、一人しか産ませなかったという噂もあるくらい、テレシアの影響力は強い。

 生まれてきたルチアーナはテレシアと目の色が似ていた事から、溺愛されている。もちろんルチアーナの母であるヴェロニカも可愛がっているから、ラウリ大公の存在感の薄さといったら、虚しさがこみ上げて来そうだ。領主たるトップの家庭がそれなので、なんとなく大公領の女性は強いわけだ。


 テレシアの影響力はいまだ王都でも強い事から、父も無下に出来ずにいる。ちなみにテレシアは僕とルチアーナの婚約に反対だった。何故なら顔合わせをした後で、ルチアーナが僕と婚約したくないと泣きじゃくったからだそうだ。けれども有力な貴族の娘はルチアーナしかいないし、父としてはテレシアの影響力がこれ以上増されても困るから、直系の娘をこちらに取り込もうという算段があったみたいだけど。それでますますテレシアが強く出るんじゃと思わなくもないが、そこは高齢のテレシアが僕達が結婚するまで生きてないだろうとの考えがあったようである。


 全然、テレシアお祖母さまが老衰している様子なんてないのだけど。


 ともかく、大公領で過ごす僕は針の筵みたいなものだ。

 馬車が到着し出迎えてくれたのだが、ルチアーナには何故かシルケがぴったりとくっついて、エスコートの真似事をしていて。尚且つ、テレシアとヴェロニカは久々に帰ってきた娘にかかりきりである。唯一、ラウリ大公だけが僕にお出迎えの声を掛けてくれた。その顔色はどことなく悪いようにも思えて、大丈夫ですかと聞けば、ものすごく恐縮されてしまった。

「殿下、本日は我が領にお越し頂きありがとうございます。…着いて早々ですが、視察をなされるとの事で」

「そうですね。先日お伝えしたとおり、案内をお願いします」

 一応公務で来ているので、ここは真面目に過ごすべきだ。ルチアーナは自身が行っている事業での溜まった書類を片付けるわと意気込み、屋敷の中へと消えていった。着いてくるつもりはまったくないようなので、小さくため息を吐きながらもまあいいかと容認する。これで結婚してもこの態度だったら、かなり拙いと思うのだけど。彼女の中では僕は排除する予定だからこの対応なのだろうか。


 こんな事ならカルロに着いてきてもらえば良かったかな。話し相手くらいにはなるし。でも彼も学園を卒業していよいよ騎士への道に本格的に進み始めた時なので、僕の我が儘で邪魔をするわけにもいかない。数年我慢すれば、立派な騎士が手に入るのだから。


 微妙な空気の中、ラウリ大公と領内を見て回る事になった。大公家の紋章の入った馬車で、綺麗に整備された道を走っていく。街道もそうだけれど、下水もしっかり完備してあって素直に賞賛できる。テレシアの夫である前大公が基礎を造り、治水事業を進めたのがラウリ大公なのだそうだ。

 僕が感心の声をあげると、ラウリ大公は照れたように頭を掻いた。小柄な身丈ではあるが、大きく突き出た腹に不釣り合いな細い足。それがどうにも不格好で、せめて威厳をと思ってか口ひげを生やした姿は少し滑稽でもある。というかテレシアはあからさまに嘲笑しているし、ルチアーナもあまり好んでいないようだ。真面目に仕事に取り組む立派な大公だというのに。

「言われたことをやるくらいしか、私には取り柄がありませんで。……義父様の悲願だったのですよ、整備事業は」

「やり遂げる大公も立派ですよ。これが大公領中ともなれば、途方もない苦労だったでしょう」

「…思い出すと、二度とやりたくない事ばかりですな」

 そう言いながらもラウリ大公は満足げに笑っていた。やり遂げた人物というのは、どこかしら自信というものが満ちあふれている。

「…まあただ、大公領だけですから何とかなったという面もあります。元々ここを治めていた領主が亡くなり、国に一時預けられたという経緯もありますから。そこまで荒れた土地ではなかったのと、大公家の財産で運良くまかなえた結果ですな。……もう少しで借金苦で首が回らなくなる所でした」

「それはそれは…。ではいま、大公領で上がっている収益などをすべてこちらに回してしまっては、大変なのでは」

「……ええ、まあ。そうなんですけれど」

 言いづらそうにラウリ大公が浮かない顔をする。僕に言うという事は、父に相談したいのかもしれない。どうぞ遠慮なく言って下さいと口にすれば、ラウリ大公ががばりと頭を下げた。

「陛下にお願い申し上げます! どうか、多少の利益を我が家に還元させてもらえないでしょうか。事業で支払った金額以外に、他の場所での借金がありまして!!」

 それは王家に提出している書類には書かなかった、秘密の物だろう。僕が無言でラウリ大公を見れば、大汗を流して実はと話し始めた。


「街道整備を行っていた時なのですが、…まあ男が集まれば溜まるものは溜まるわけでして。発散させるにも、我が大公領には酒を出す店はあれど、街角に立つような者はいません。裏ではあるかもしれませんが、表立っては一切ない。その上、連日の作業で疲れている者達を、領地を越えて送り出すわけにもいかず…」


 同じ男として分かるし、作業する者達のやる気を出させる為に、ラウリ大公はとある商人に相談したのだそうだ。その商人が、なんとアンナの父親であるイゴルだった。


「イゴルは事情を話すと、そういった事は書面に記すと色々と不具合があるでしょうからと、後払いで良いのでと娼婦を用立ててくれました。作業員に連日、平等に行き渡るように」


 そのお陰か作業効率が上がり、街道整備は滞りなく終わったのだという。そこでいざ金を払おうとすると、イゴルはそれを断り、代わりに店を出す許可を求めてきた。イゴルには恩が在るし、ラウリ大公としてはそういう店も必要だと思っていたので、構わないと許可を出した。

「大公領の大衆向けだと聞いておりましたので、貴族の馬鹿息子などは行かないと思っていました。そうしたら、わざわざここに親と来て、その目を盗んで入り浸るという輩が出ましてな」

 あとは僕も知っている通り、色々と大事になったわけだ。

「私は、出来ればあきらかに貴族の息子だと分かる者は拒否してほしいとお願いしました。もちろん、それでごねるようならば、私の名を出して構わないと。……それがどこをどう間違ったのか、商売の見直しをしろと命令したとかいう話が広がって…。イゴルはこれではどちらにも旨味がなくなるからと私に詫びて、店を閉めたわけです。ですがまったくないと困るのはこちらですから、大公領の近くに無理を言って別の店を開いてもらいました」

 当人が話す事情とやらを聞くと、本質というものは全然違うなと思った。


「ともかくですね、私は恩あるイゴルの顔に泥を塗ったわけでして。娼婦の派遣代と店を畳ませてしまった迷惑料など、それらを彼に支払う為に、金を借りたわけです。…イゴルも金貸しをやってますから、彼とは無関係の者にお願いしたところ…」

「暴利とも言える金利を要求されたと」

「はい、しかし借りたのは私の意思ですので、返さないわけにもいかず。…娘の事業が上手くいったので、これでなんとかなると思っていた所。収益は総て王家に寄付した方が良いと言い出し、途方に暮れているわけです」


 深く重いため息が、馬車の中に落ちた。

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