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04

 御者が学園に到着したことを知らせてきた。

 すでにカラは僕の肩に乗る小さな影になっていて、いつものヒヒヒという笑い声をあげ、楽しそうにしている。


『さあ行こうじゃないか。楽しいゲームの始まりだ』


 カラの言葉に頷くと、僕は馬車から降りた。門から先はすべて自分でしなければならない。家名は基本的に名乗らないので、僕の事を知っている人間はほぼいない。

 身の回りの物を入れたトランクを一つ持って、僕は寮へと進む。入学式は一週間後で、今日から前日までの間に来れば入寮はいつでも良い。だからこそ、朝一で王宮を出て寮へとやってきた。

 カラとはいつも一緒なので、王宮で過ごそうが寮の一室で過ごそうが変わらないのだから。


 広い敷地内には、寮と校舎とがある。座学だけでなく実践的な事も教えるので、敷地内には森や小高い丘もある。もちろん不審者が入って来れないように周りは塀で囲まれているし、いざという時には立てこもって防衛が可能な設備もあった。

 魔法は庶民でも扱えるけれど、貴族のようにちゃんと学んだりはしない。それは庶民の間で使うのは生活に基づいたものが多く、貴族の場合だと領地防衛の為に戦争に出る事を想定しての魔法を扱うからだ。

 授業内容に薬草学などがあるのは、もしもの場合に自力で山の中を生き抜ける為にであり、魔法だけに頼らず臨機応変に対応出来るようにとの事だ。

 とはいっても僕の住むこの国で戦争は何十年も起きてない。隣国とは、僕の母が嫁いできたので関係は良好だ。

 領地防衛といっても、悪さをする魔物がたまに出たりするので、その討伐に出る程度である。

 僕の場合は王太子なので、成人前とその後に数回、魔物討伐の遠征をするくらいだろう。もちろんベテランの騎士が補佐についてだ。

 そうしてわざわざ他国へ侵略する事もないので、サバイバル知識が本当に役立つのかわからないけれども。知らないと知っているじゃ大きな違いなので、ちゃんと勉強をするつもりだ。


 王国内の貴族の子供なら必ず入学するこの学園だけれど、子供全員が入るわけでもない。貴族仕様なので入学金から授業料まで、とてもお金が掛かるのだ。

 なので長男や長女、もしくは将来的に家を継がなくとも優秀か、手に職を付けたい者などが率先して選ばれる。何人も子供がいる家で全員ここを卒業させたとなると、それは財力があると見なされて、家に箔がつく。

 ここに通えない貴族の子供は、庶民に交じって全寮制じゃない学校に通っていて、それはそれで気が楽で楽しそうだなと思った。王宮からあまり出たことのない僕にとって、そういう場所には憧れがある。

 機会があれば街に出掛けてみたいけど。僕の場合、気軽に行ける立場でもないし、そういう事に手を貸してくれそうな友達が出来たら良いな。


 寮の部屋はベッドに勉強机。衣装棚と壁に小さな本棚が備え付けてあり、簡素なものだった。装飾品に拘る事もないので、そのままトランクをベッドの上にのせて、荷物を整理する事にする。

 少しの着替えとお気に入りの本数冊。学園では制服があるので、服の心配はない。学園の授業の一環でダンスパーティなんてものがあるらしいけど、その時は王宮が用意だろう。僕はなんの心配もする必要がない。

 あとはカラの好きなお菓子がある程度。

 色とりどりのお菓子の入った瓶を棚に置くけど、これだけではあっという間になくなってしまいそうだ。王宮から届けてもらおうにも、お菓子だけ持ってこいというのもなんだかなぁと思うし。


『知っているか、人間は同性同士で愛し合うのはいけない事だと思ってるんだぜ。そこにはなんの生産性もないからな。でもなぁ、それこそが美徳で悪徳で何よりも気持ち良いものなのに』


 トランクの中身を整頓していると、窓の外を見ていたらしいカラが言った。いきなりなんだと視線を向ければ、そこには騎士団長の息子で将来有望と言われる、カルロ・トフォリが居た。

 なんでもゲームでは幼い頃、妹に不注意で怪我をさせてしまい、それがトラウマで自分は誰も守れないと思い込んでいたそうだ。だから剣の稽古もなげやりで、学園では名ばかり騎士と揶揄されている人物。


 だがこの世界では、ルチアーナに幼い頃出会い、彼女が妹と共に誘拐されかけた時、不審者に立ち向かえたことで自信を取り戻している。

 いまでは率先して鍛錬し、屈強な体に精悍な顔付き、そして物静かな佇まいは女性に人気だ。将来は王妃付きの騎士になる事が夢だとかなんとか。このあたりは公言しておらず、カラが盗み聞きして笑いながら教えてくれた事なのだけれど。


 王妃付きの騎士とは、つまり王妃の愛人になりたいということなのだろうか。

 もしかしたら違うかもしれないけれど。

 この国で王国や王様じゃなく王妃にとは、彼女と特別な関係にあると公言するようなものだ。しかも独身であるならばなおさら。

 カルロが純粋な気持ちだけでそれを言ったとしてたら。

 カルロの父親が聞いたら、殴って閉じ込めてでもその発言を撤回させただろう。何せカルロの父は王立騎士団の団長で、派閥的には王と僕に付いているのだもの。

 それこそ息子のせいで、王から不興をかって職を失いかねない。たしか父様と騎士団長は、学園に通っていた頃の友人だって聞いたけど、息子がやらかせばそんなの関係なくなるわけで。

『剣を貴方に捧げるとかなんとかってのは、純愛に酔ってるのさぁ。肉欲のない愛なんて妄想でしかない。そして、真っ直ぐな奴ほど、折れるときはとても、とても脆くて容易い』

 さあ一人ひとり、あの女の味方を少しずつ削り取ってやろうと、カラは笑っている。


 ルチアーナに力が集まりすぎるのは、いろいろと面倒だし、カラが喜ぶので僕は言われるがまま立ち上がった。

 そうして外にいるカルロの所へと向かう。

 どうやら中庭では、剣の鍛錬を行っているようだ。カルロは僕より一つ年上なので、去年この学園に入学していた。


「やあカルロ。鍛錬お疲れ様。努力家なんだね」


 にこにこと笑って声をかければ、不機嫌そうな表情を隠さないまま鍛錬の手を止めた。


「これは王子、お見苦しいところをお見せしました」


 バカ丁寧に頭を下げるカルロに苦笑しながら、そんな事しなくて良いよとやんわりと止める。

 きっと彼にとって僕は、気にくわない存在なのだろう。自分が守ると決めた少女の婚約者でありながら、武術も勉学も何一つ努力していないように見えるのかもしれない。

 実際僕の実力では、ジェラルドとルチアーナの足下にも及ばない。

『国を統治するのに優秀である必要はない。ヒヒヒ、周りの奴が支えてやれば良いだけのことだぜ。まあこいつの頭には、自分より強い奴にしか従わないってのしかないようだがな』

 そうだろうねと同意しながら、僕はカルロにどうか普通の後輩として接して欲しいとお願いした。

「いえ、王子に対してそんな事は」

「でもこの学園では君が先輩だろう。家名は名乗らないのが通例だから、僕が王子だって知ってる人は少ないもの。普通に名前で、いやレオって呼んでくれて構わない。口調も普通で。…カルロはルチアーナと仲良しで、気軽に喋ってるって聞いたよ」

 ルチアーナの名前を出せば、顔が僅かにひきつる。ああだめだよカルロ、もう少し取り繕えるようにならなければ、すぐ誰かに付け入られてしまうじゃないか。


 そう、僕やカラのような輩にさ。


「僕には、年の近い友人がいないから…。ルチアーナほどとは言わなくても少しは仲良くしてほしい。これから先も、顔を合わせる事は多いだろうし。…だめかな?」

 困ったように言えば、カルロはそれならと渋々承知してくれた。その返事に、僕は大げさにホッとした表情を浮かべる。

「よかった、どうもありがとう。…それで、あの、良かったら少し、見学していてもいいかな?」

「別に見ていても楽しいものでは…」

「楽しいよ、凄く」

 カルロは少しの間やりづらそうにしていたが、すぐに鍛錬に集中したのかこちらに意識を向けてこなくなった。

『さすがの腕だなぁ。ヒヒヒ、さてさてこいつはお前のことをあんまり知らないんだよな。あの事件の事も、関わっているのは王様とジェラルドの教師くらいだろう?』

 あとは母様だったあの女、そしてカルロの父親くらいだろう。箝口令が敷かれているから、刑を執行した役人、それも国の執政のトップくらいしかしらない事件。それをこれからカルロに、少しだけ教えてあげよう。そうすればきっと、彼は自分で調べるだろうし。

 素振りが終わったカルロは、大きく息を吐いてこちらを振り向いた。僅かに驚いた顔をしたのは、まだ僕がそこに居たからだろう。

「…退屈ではないの……、いや退屈じゃなかったか?」

「カルロはあんなに動けて凄いね」

「…レオも鍛錬に参加すればいい」

「そうしたいけれど、きっと君の父様にも迷惑になるだろう。…僕だって、出来ればやりたいけどね。…カルロ、どうかルチアーナの事を守ってくれ。お願いだ」

 眉尻を下げたまま微笑む。カルロはどこか納得していないようだったが、それ以上話を続けることもなく別れた。




 誰も居なくなった中庭で、僕はカラに話し掛けた。

「これで良かったのかな?」

『上出来、上出来。ヒヒヒ、これで奴はお前の事が気になって、ほんの少しだけ父に聞くだろうよ。そうしてお前が、鍛錬を怠けている王子じゃなくて加護が必要な存在だって思うだろう』

 カラいわく、カルロが一番やりやすい相手だそう。

 こうやって揺さぶって、ルチアーナからこっちに目を向けさせるのに、うってつけの相手なのだそうだ。

 ルチアーナと幼い頃から知り合いだし、妹とルチアーナは仲が良いと聞く。なので僕がどうこうしても無駄だと思うのだけどとカラに言えば、まだまだだなと笑われた。

『長い付き合いがある相手は信頼がある。けどな、それと共に小さな不満ってのが積み重なってるものだぜ。そして嫌ってた相手の真実で、あいつの心は揺れ動く。ヒヒヒ、揺れが激しいほど、信頼は脆く崩れさるのさ』

 長い付き合いがあるのは僕もカラも同じだ。少しだけ不安になって、僕たちはどうなのと聞いてしまった。するとカラは、いつもの優しい声で大丈夫だと囁く。

『可愛いレオナルド。俺様とお前との間には、決して破れぬ契約がある。たとえ神でもその契約は覆せないんだぜ。ヒヒヒ、可愛いかわいいレオナルド。何があっても俺様はお前を裏切らないし、裏切れないんだぜ』

 悪魔は嘘をつかないと、カラは言う。僕とカラの間にある契約は、決して破られない。だからこそ、僕はカラが大好きで、カラも僕の事が好きなのだ。

 安心してカラに頬をすりよせると、いつもの笑い声をあげて体を揺らしていた。


「それでいいの? あの時の怪我は、カラの作り出した幻覚なんだから、僕の体はなんともないのに」

 あの時の怪我とは、幼い頃に起きたとある事件での怪我の事だ。実際は怪我なんてないけれど、そういうことにしていた方が楽しくなるというカラの言葉に、僕は従う事にしたのだ。

『ヒヒヒ、嘘は言ってないだろ。一人で立てる奴と立てない奴。ちょっとだけ優れている奴は、立てない奴につくものさ。自分の自尊心ってのを満たすために。哀れんで慈悲を掛けるのが、何よりも大好きな生き物なんだぜ』

 カルロはどうなるのか楽しみだなとカラは言う。僕も同じなので、頷いて笑いかけた。

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