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僕の婚約者がやり過ぎたので婚約破棄したいけどその前に彼女の周りを堕とそうと思います  作者: 豆啓太


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 バルバード領へ向かう馬車の中で、カラと二人久々にゆっくりと過ごす。美しい女の姿を型どり、その柔らかな胸に抱き込まれたまま目を瞑る。

「随分と短く切ったな、レオナルド。まるでヒヨコみたいだな、ヒヒヒ」

 細い指先が生え際を擽った。火傷は治ったけど、まったく酷いものだ。母譲りの髪の毛がこうも駄目になるとはね。頭の後ろで緩く纏めるくらいの長さだったのに、いまはもう短くなってしまったので、首元が涼しい。ジャンカルロもルチアーナも酷いことをするものだ。多分だけど、あそこに僕らがいたのは気付いていたかもしれないね。

 巻き込まれて大怪我をしても治せばいい、そのくらいの考えで魔法を撃ったような気がする。傷は治ったって、生きたまま焼かれる恐怖と痛みは、治るものじゃないのに。力がある分、暴走すると困るな、本当に。

「魔法が使えてうれしくてつい、なんてのは分からなくもないけど。まさか痛いっていう感覚までないのかい、カラの世界は」

「ヒヒヒ、まさか。痛覚遮断なんてものは、まだ庶民の間には普及してないなぁ。そのうち出るかも知れないが」

「刺されたら痛い、焼かれたら苦しいなんて、世界が変わっても分かりそうなものなのに」

「世界が変わったから、分からなくなったんだ、レオナルド」

 世界と世界を飛び越えて、この世界の人間の体を奪う。本人にその自覚はなくとも、いままで生きてきた人格はタマシイとして押し出され、新たな人格がタマシイとして入り込む。そうなると、人間の体は箍が外れるのだそうだ。人間の脳は総ての力を発揮しているわけではないが、人格が増えるにあたり、脳の動きも活発になる。そのため、魔法や体術、もしくは記憶力などが人間離れし、以前はあった筈の人間らしさが消えてしまうのだと、カラは言う。

 そんな話は難しいし、聞いても理解は出来そうにない。部位の名称は知ってても、脳の動きだとか人格だとかタマシイだとか、さっぱりだ。まあとにかく、別の世界から来た人間は、人としての箍が外れてとてつもなく強いと覚えておけば良いだろう。しかも本人はそれに気付いておらず、いたって正常だとしか思っていないのだとか。まったく質が悪い。

「ルチアーナはいままで、それほど酷い事なんてしてなかったけど。同郷のジャンカルロが来たから、理性的な部分が一気になくなったわけかな」

「だろうなぁ。お互い、影響しあってああなったのだろう。ヒヒヒ、お前がアルバーノを初めてお茶に誘ったときは、静かなものだっただろう。そしてあれから、お前はジャンカルロに何かをしたわけでもないのに、酷い嫌われようだ。とくに、リリーディアと喋っていた時は、睨み付けていたぞ」

 ジャンカルロは早めになんとかしたいけど、下手に動けばこの国を消し飛ばしそうだよ、厄介な事に。腫れ物扱いをするしかないな、今のところ。

「まあ僕は、男爵令嬢を取り合っていた情けない男だから。今度はちゃんとした身分の、伯爵令嬢とお友達になる事にするよ」

 身分が下過ぎるものと噂になるのはいけないことなら、身分があがって伯爵令嬢なら問題ないだろう。だってアンナとも友達で公妾だしね。父親が宰相なら、文句のつけようがないさ。後妻の連れ子だったとしても、彼女は正式に引き取られるのだから。

「ヒヒヒ、男爵はなかなか美味かったぞ、レオナルド。酒が染みこんでいて、ちょうど良い味わいだ」

「それは良かった」

 酒に酔って倒れた男爵は、長年の不摂生が祟って内臓が弱りきっていた。どうせ長くないし、カラが食べたいというからどうぞと僕は言ったのだ。ただすぐ死んでしまっても困るとカラに言えば、じゃあ半分だけ食べると言っていた。本来ある筈のタマシイが半分なくなれば、人間は長く生きられないのだそうだ。ただでさえ弱っているのにそれだと、数日から数週間で死んでしまうとの事。

 バルバード領に着く頃にはお葬式をしているかもね。

「僕も倫理観ってものがなくなってるのかな」

「なんで?」

「カラに平気で人を食べて良いよって言っているから」

 僕の言葉に、カラが笑う。そうして赤い唇が、僕の額に優しく触れた。

「ヒヒヒ、そりゃ当たり前だレオナルド。だってお前は、この俺様が育てたんだぞ。ヒヒヒ、お前の母であり父である俺様が付きっきりで、いままで育てたんだ。倫理観なんて、最初から吹っ飛んでいるに決まってるじゃないか」

 アクマに育てられればそれもそうか。僕には父親も母親もいるけど、ずっと側で成長を見守ってくれていたのはカラなのだから。

「じゃあ僕はカラにとって都合の良い人間?」

「いいや、俺様が側にいるのに理想の人間だ。可愛いレオナルド」

 嬉しいことを言ってもらえたので、僕は上機嫌でカラに抱きついた。小さな子供に戻ったみたいだなと、カラは優しく髪を撫でてくれる。やっぱりカラの事は大好きだと、僕は思った。


「ねえ、僕達が王都に戻る頃には、アルバーノは目を覚ましているかな?」

「いるだろうなぁ、きっと。ヒヒヒ、あの男は堪え性がない。そして現実から目を背ける。間違いなく、アルバーノは目覚めているぜ」

 レオナルドはどう思うんだというカラに、僕も同じだよと返した。

 アルバーノが屋敷に戻ってすぐ、僕はゴットハルトに協力をお願いした。ゴットハルトは皇帝から話を聞いていたらしく、いつでも大丈夫なように準備を整えていてくれたらしい。すぐにアルバーノを診察し、そうして出た結果は、魔法道具に異常なしだった。


 その異常がないことが、一番の問題だったわけだけど。


 ルチアーナの魔法道具は、アルバーノの魔力を心臓の動きを助ける事がないように遮断する術式が含まれていた。他の術式で心臓の動きを助ける作用をしているのだが、そこに本人の魔力を使うようにする術式があった。その所為で、魔力の自然な流れが阻害され、更に大きな魔力が魔法道具に使われている事になってしまっているようだ。

 一見、術式に問題はないが、実際に魔力を通すととてつもない無駄が生じていて、アルバーノの体に負担を掛けている。心臓の動きを補助する魔力が遮断されているため、普通に魔法を使うことが可能になったが、その時に使う魔力が倍以上になった。

 だからこそ、全力でジャンカルロの魔法を防いだせいで、倒れて死にかけた。魔力切れを起こしたが、それでも心臓を動かすのに魔法道具が魔力を吸い上げるからだ。魔法がうまく発動しなかった頃は、その分の魔力が心臓を動かしていたけど、魔法は発動するようになったわけだから、余分な魔力もなくなったわけだ。

 アルバーノの体に埋まっている魔法道具を取り出すにしても、今の状態では出血が激しくなった場合、体がもたない。なので、一時的に外部から魔力を注ぎ込んでしまえば、なんとか持ち直すだろうという医師の診断だった。

 ピエトロはその時、仕事だといってアルバーノから目を背けていたので、僕の方でゴットハルトにお願いをしたのだ。

 外部から魔力を注ぐのは、ピエトロにやってもらう事にしようと。そしてその魔力の譲渡は、ゆっくり時間を掛けて行うようにとだ。

 まあ魔力の供給なんて、結構リスクの高い行為なので、一気に注ぎ込もうものなら死んでしまいかねない。なので時間をかけるのは当たり前なのだけど、僕は毎日一日も欠けることなく、そして一晩中アルバーノの側にいないと魔力を供給できないようにしてもらった。

 目が覚めたその後もだ。

 せいぜい一月か二月。眠っているアルバーの側で過ごせばいい。親子だから、一緒のベッドで休んでも、なんの問題もない。

 アルバーノは目覚めるだろうけど、もし添い寝する以上に()()()()()をしでかせば、数日で目が覚めるようにもなっている。

 ゴットハルトが言うには、魔力の供給については帝国でも研究され続けているそうで、近親者の血液やそれに準ずるもの、つまり体液などを相手の体内に送り込めば、魔力も同時に取り込めるらしい。

 ただ血液は拒否反応が出る場合があるとも言っていたけど、他のものは道徳的問題からあまり詳しく研究はされていないが、おおむね被験者に異常はなかったのだそうだ。

 なら構わないと、ゴットハルト率いる医師や技師に頼み、そう取り計らったのだ。

 ピエトロには、魔力を与える為に毎晩アルバーノの側についてやっていて欲しいと伝えた。もちろん魔力の供給が終わるまで、アルバーノは何をしても目を覚さないよ、とも。

 以前、ピエトロが買っていた娼婦について調べた時、帝国寄りの者を好んでいたと知った。最近は女だけじゃなくて男の方もだったそうだ。ピエトロの死んだ妻からかけ離れた人間を選んでいくうちに、段々とそっちの方向になったわけだね。あまり同じ人間を選び続けたりしないせいで、女だけでは足りなくなってしまったようだ。

 毎晩のように行為にふけっていたわけだけど、ピエトロは人肌がとにかく恋しいようだ。帝国では家族がおらず、皇帝についていたけど、それほど身分が高いわけじゃない。裏の汚れ仕事みたいな事をしていたそうで、帝国に残っていても彼の欲する家族とやらは手に入らなかったかもしれないね。だからこそ、妻が死んだあとは、人肌の温もりのみを与えてくれる娼婦などを買い続けていたわけだけど。

 アルバーノの為にもうそれも出来なくなってしまう。自分の腕の中には、眠ったまま目を覚まさない、血を分けた大事な家族だ。

 そして人肌の温もりを与えてくれるかもしれない存在でもある。

 最初は我慢するかもしれないけど、きっと無理だろう。アンナにお願いして、自分の気持ちに素直になれる素敵なワインを、宰相へと毎日のように贈ってもらう事にしたからね。

 本当に肉親の情しかないのなら、間違いなんて起こる筈はない。だから何かが起こったら、それは間違いじゃなくて、本人の真なる欲望というわけだ。

 それにあの男は静かに狂っていると、カラが言っていた。誰にも気付かれず、狂気が少しずつ積み重なっていて、ちょっとしたきっかけで境界を飛び越えてしまうとも。

 いまのピエトロには逃げ道が幾つもあるから、きっと事を起こすだろうね。王都に戻ったときのお楽しみがあるのは、良い事だ




 バルバード領の入り口付近にたどり着くと、街道脇の食堂で休憩する事にした。そこで待ち合わせている人物もいる。

「レオナルド様、…お待ちしておりました」

 硬い口調と態度で声を掛けてきた男は、帝国からもらってきたヘルゲだ。王都へ帰る途中のこのバルバード領で、ちょっと調べてほしい事があるからと、金を渡して下ろしたのだ。そのまま帝国へ逃げ帰るかななんて思っていたけど、ゴットハルト殿下直々に何やら話をしていたので、真面目に職務に励んでいてくれたようだ。

「別に帝国にいた時と同じ口調でも構わないのに。今回の訪問は、非公式だしね」

「いえ、そういう訳にはいきません。自分はもう、帝国には戻れませんから、レオナルド様に一生お仕えする所存です」

 それは一体どういう風の吹き回しかなと思えば、ヘルゲが困り顔で説明をしてくれた。フートヘルムの所で働いていたのは、単なる持ち回りで割り振られただけだったけど、牢屋の見張り番をすっぽかしたのは間違いないので、今更帝国に戻ってもカサンドラ達に殺される未来しかないのだそうだ。フートヘルムは一般軍人からはあまり評判が良くない。美女や少女などの才能ある者は大事に扱うのだが、ヘルゲ含むその他の軍人は使い捨てのようなものだった。そしてそれにちょっとでも異議を唱えたりすると、カサンドラから制裁という名の暴力を与えられるのだそうだ。下手をすれば死刑もある。異動願いも却下されていた為、ただひたすら何事もないように祈り続ける日々だったそうだ。

 僕達の誘いに乗ったのは、そういった事が続いて自棄になったのもあるらしい。なので、ゴットハルトからフートヘルムの今後について聞いたけど、カサンドラやその他の盲信していた側近達が死ぬまでは、帝国に帰るのは危険だと判断したそうだ。流石に国境を越えてまで、一介の見張り番を殺しに追ってくるとは思えないけど、ヘルゲの身柄は僕預かりになっているので、下手に手出しが出来ない状況でもある。だからこそ、ヘルゲは僕に仕えて、僕の加護から抜け出さないようにするしかない。

 バルバード領にいる時も、王家の紋章入り書状をあげたので、襲われる心配もない高級な宿屋で過ごすことが出来たようだ。生まれて初めて、あんな上等な寝台で寝ましたよとまで言っている。

「それにしてもレオナルド様も思いきったことをしますね」

「何がだい」

「馬車の行者や従者はいても、護衛の姿があまりいないじゃないですか」

「最低限は連れてきているよ。…ねえ、君が牢屋で見た高級娼婦、僕の護衛で実は凄腕の暗殺者だって言ったら、信じるかい?」

 僕の言葉にヘルゲは大きく息を吐いて肩を落とした。ええ信じますともと言っている。

「いま思い返せば、あの女には人間らしい気配なんてこれっぽっちもなかったですからね。夢でも見たんじゃないかって、いまでも思いますよ」

 夢じゃないぞと、カラが笑いながら言っているけど、残念ながらヘルゲには聞こえない。

「それで、頼んだ事は調べてくれたかい?」

「一応は。調べるといっても、領主様の所にいって書状をみせて、もらった書類と地図を突き合わせて見に行ったくらいですけど」

 それで良いのだよと僕が言えば、ヘルゲがどこにも変な所はなかったですよと書類を渡してきた。そこには、洪水前の地図と決壊した川の記録が載っており、被害を受けた街の住人リストが記されていた。リリーディアやエルマの名前もそこにちゃんと書いてある。

 バルバード侯爵は代々真面目に領地経営をしてきたようで、しっかりと住人が管理されている。とても素晴らしい事だ。これなら色々と話を聞きやすい。


 食堂でヘルゲと共に食事を取っていると、外が騒がしくなった。もしかしなくても、来たのかななんて思っていると、カラがバルバード侯爵の旗があるぞと言っている。間違いないなと、騒ぎに気付いてさり気なく僕を守ろうとするヘルゲを手で制して、僕はゆっくりと腰を上げた。

 店の外に出れば、バルバード家の紋章の入った旗を持った騎馬兵が何人もいる。リリーディアの言うとおり、帝国に来たのかと思わんばかりに、むさ苦しい威圧感があるな、バルバード領の兵士は。

 僕の姿に気付いて、慌てて馬から下りてやってくる人物がいた。


「レオナルド様、お出迎え出来ずに申し訳ありません。この度はバルバード領にようこそおいで下さいました」


「いえ、こちらこそ突然の訪問をお許し下さり、ありがとうございます。グラード様」


 屈強な体に彫りの深い顔立ちだが、垂れ目がちな瞳はどこかルキノに似ているようにも見える。茶色い髪を短く切り揃え、精悍な雰囲気が漂うこの人物こそ、ルキノの兄であり次期バルバード領主のグラードだった。

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