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合同演習は一年目の生徒と二年目の生徒で行う。といっても二年目の生徒で参加するのは、教導の講義を取っている者だけだけど。僕もアンナも同じ講義を取っているので、必然的に参加になるのだ。そしてリリーディアもだ。
リリーディアはこれまでの必修科目を一切出ていないので、教師直々にこれは出るようにと言われ、監督付で強制参加になっている。本人はまあ仕方ないし先生にも迷惑かけてますよねぇと、わりと大きく構えている。リリーディア曰く、カルロさん達との魔法練習をすれば、大概のことはすべて堪えられますと言い切っていた。魔法の練習の他に精神の鍛錬も行うとは、なかなか凄いね。
グループに分かれて、森の中を探索しゴールを目指す内容なのだけど、所々にチェックポイントがあり、そこで教師達と模擬戦などを行う事になっている。魔物は出ることのないようになっているけれど、時たま出現するので油断は禁物だ。なにより教導する生徒にとっては、入学して学園になれてきた浮ついた生徒を引き連れて森の中を歩かなければならないので、結構苦労するそうだ。教導する二年目の生徒は二人組をつくり、6~7人程度の一年目の生徒を引き連れる事になる。
運が良いのか意図的なのか、僕はアンナと二人組になり、引き連れる生徒の中にはアルバーノがいた。リリーディアは別のグループになったようだが、監督の教師も一緒なので一人置いて行かれるなんて事はなさそうだ。
アルバーノの他にはあまり面識のない生徒ばかりだけど、簡単な自己紹介の後でさっそく森に入る。口数も少なく真面目な生徒ばかりだったからか、特に問題らしい問題もおきず、教師のいるチェックポイントにたどり着いた。
「おかしいですね、チェックポイントで他のグループの生徒同士が会わないように、順番を変えて回っている筈なのに」
アンナの言葉に僕も頷く。そこには別のグループの生徒達がいて、リリーディアの姿が見えた。話し掛けたらもっと孤立しそうなので、彼女の監督として付いてきている教師の方に話し掛ける。
「何かあったのですか?」
「……模擬戦の教師が少し負傷してしまい、代理の教師を待っている所だ。ただ空いている教師がいれば良いが、講義を行っている者も多いのでな。…少しここで待機していてほしい」
負傷とは何事だろうとみれば、蹲っている教師は特に怪我をしている様子はない。けれどガタガタと体を震わせて、視線も定まっていないようにも見える。完全に恐慌状態に入ってしまっているようだ。
アンナがリリーディアや他の生徒に話を聞いてきたらしく、どうやら僕達より前にジャンカルロ達のグループがやってきたそうだ。それでジャンカルロが手加減抜きの魔法を使ったらしく、そこで蹲っている教師が大怪我を負ったらしい。怪我は負わせたジャンカルロが治したそうだけど、教師は完全に精神をやられてしまっている。しかも大怪我を負って呻いていた教師にむかって、理論より僕の魔法の方が実戦で役に立つじゃないですかとか言い捨てていったそうだ。
元々、蹲っている教師は戦い方の基本というよりは、魔法の基本を教えているので、実戦経験はほぼないだろう。模擬戦とはいえ、初歩的な注意事項などを教える役目だったというのに、とんでもない被害を受けたわけだ。聞けば、初歩的な説明を役に立たないとばかりに、ジャンカルロが話を聞いていないような様子だったため、この教師がいつもよりしつこく説明をし続けたそうだ。そこに嫌味まじりで、魔法が使えても実戦では役に立たないと言われたらしく、腹を立てたジャンカルロが模擬戦でしでかしたとの事。
これは、力を手にした子供がやりがちな、新しい玩具を振り回すかのような行為だ。
『ヒヒヒ、俺たちの世界には魔法なんてなかったからな。それこそ、空想の世界の産物だった。だからこそ、手に入れると使いたくなる。そして努力して身に付けた物じゃないから、使う事に躊躇いなんてないのさ。人間、楽して手に入れた力ってのは、倫理観なんて簡単に飛び越えて振り回すもんだぜ』
乗っ取られる前のジャンカルロは確かに強力な魔法を好んで練習してはいたが、こういった危険性はまだ少なかった。ちょっと注意したくらいでここまでしでかすなんて、まさに実戦じゃ役に立たない。魔法が強力な分、なおたちが悪い。
「……酷い事を…」
アルバーノの顔が青ざめている。ジャンカルロとあまり会話はなかったものの、アルバーノは幼い頃からずっと一緒に暮らしていたのだから、変わってしまった彼に恐怖を抱くのは当たり前の事か。
体の傷は治していったけど、心に受けたダメージは目に見えない分、治るかどうかわからない。ジャンカルロの後見人となっている宰相が、きっとこの教師の治療の面倒を見ることになるだろうな。ジャンカルロは果たして、自分がやらかした事を理解するのかどうか。このままいったら、魔法を使えなくする処置をされかねないのに。魔力の流れを破壊して、魔法を使えなくするもので、その反動で手足の動きも阻害されるものだった。なので大体は死刑囚などの凶悪な犯罪者に行われるので、さすがに滅多に行われないのだけど。
しばらくチェックポイントで待機していたけど、他のグループもやってきて、生徒達が立ち往生している状態になってしまった。これではどうしようもないと、リリーディアを監督していた教師が、ここまでたどり着いた生徒達を集めて一旦森の外に出るように指示する。数人が先に進みたいとか言い出したけど、チェックポイントでちゃんと証を貰わないと、ゴールしても意味がない。ので、それを教師がもう一度説明して、森の外へと促した。恐慌状態になっている教師は、救護用の担架に乗せて生徒数人で運び出すことになった。本来は生徒のけが人が出たときに使うのだろうけど、まさかこんな事になるなんてね。
二十人程度の集団になった僕達は、監督の教師の先導で最短ルートで森を抜ける。
時々、担架からか細い悲鳴が聞こえてくるので、歩いている生徒達の顔は青い。以前から嫌味っぽい教師であると評判だったが、さすがにこうも精神が壊れた様を目の当たりにすれば、普通の感覚なら恐怖を感じるだろう。本当に、ジャンカルロはなんてことをしでかしたのだろうか。
森を抜けると、最初のスタート地点の草原に出た。見晴らしの良いその場所は、ちょっとだけ小高い丘になっているので、森を抜けた先にあるゴール地点も見える。ジャンカルロがいるぞと、カラがそちらの方角を指して言った。人影は見えるけど、僕の視力じゃ判別が付かない。ルチアーナの班もいるなと、カラは笑っている。ゴールにたどり着いたのは二組のグループだけのようで、あちらは呑気に喋っているそうだ。
「……なんか、変な声が聞こえる…」
草原にたどり着いて一息ついていた生徒の一人が、ぽつりと呟いた。その声に周りにいた生徒達も耳を澄ませ、僕もまたカラに何か見えるか訊ねる。すると魔物が来るぞと返され、最初に声に気付いた生徒が悲鳴を上げた。森から飛び出してきたのは、ヘルハウンドの群れだ。狼に似た魔物だけど、狼よりも凶暴で、人の肉を好んで食べ、群れで狩りをする狡猾な奴だ。けども、なんでこんな場所に出てきているんだ。
通常は山間の村近くに巣を作って人を襲うのだけど、この場所は常に学園によって定期的に管理されているから、巣が出来る筈がない。なのにどうしてと思っているうちに、生徒達はパニックを起こし散り散りに逃げ始めた。実戦に出たことのある人間などほぼいないだろうし、いたとしても屈強な護衛に守られた状態だろう。こんな突然の事態に対応できる者など、この場には殆どいない。
「ばらばらになって逃げるな! 襲われるぞ」
教師の声が響くが、生徒の悲鳴の所為でかき消される。担架に乗せられていた教師は放り出され、草原に座り込んでしまっていた。それにリリーディアが気付いたらしく、その場から連れだそうと体を支えて歩こうとしていた。彼女一人の力では無理だと、僕も駆け寄り手を貸した。
「魔法は撃つんじゃない! 同士討ちになる」
これだけ混乱していると、誰かが魔法を撃ったりしたらあっという間に同士討ちになって、被害は拡大するだろう。とにかく戦おうなんてせず、逃げた方が良さそうだ。
丘の反対側からは、要請があって呼ばれた教師達が異変に気付いて、ヘルハウンドを倒し始めていた。丘の下まで逃げればなんとかなると、リリーディアと二人、教師を抱えて走っていると、後方からなんだか嫌な空気が首筋を撫でた。
『親玉がくるぞ、レオナルド』
カラの声に、その場にリリーディアごと押し倒す。ぎりぎりの所を巨体のヘルハウンドが飛び越えていき、森から群れのリーダー格が出てきた事が分かった。それはちょうど僕達の前へと回り込んで、進行を阻んでいる。
獣特有のギラギラした目が僕達を見ていて、少しでも隙を見せたら飛びかかって来そうだった。
「これは結構、不味いかもしれない」
「い、いざとなったら、私が盾になりますから」
リリーディアが震える声で、肉の盾になる事を言ってくる。いやいや、その覚悟は生き抜く覚悟の方にしてほしい。攻撃魔法を唱える隙もないから、さてどうするべきか。ヘルハウンドが飛びかかってこようとした、その瞬間。
目の前が赤く染まった。
「……熱っ!?」
リリーディアが悲鳴を上げて、後ろに倒れ込む。僕も爆風で後方に飛ばされて、教師共々地面に叩きつけられた。困惑しながらも体を起こすと、カラがあっちから魔法が飛んできたぞと言った。
「ジャンカルロとルチアーナが、こっちに向けて魔法を撃ってくるぞ、レオナルド」
学園の生徒の姿になったカラが、指先で小さな円を描き森の向こうの丘の様子を映し出した。今の一撃はこの魔法か。というか、まだ撃ってくる気か。
「リリーディア、動けるか!?」
僕が叫べば、ヨロヨロと体を起こし、いつの間にか現れたカラの姿を見て驚いている。あれ、こんな人いましたっけなんて言っているけど、説明している暇はない。
「氷の壁を作れ、今すぐに!」
「は、はい!」
僕と教師の周りに、魔力で風を練り上げる。本来ならこれを放って攻撃に使うのだけど、この場で維持して防御に使うしかない。向こうが放ってくるのは炎の塊のようだから、風だけでは熱で僕達は焼かれてしまう。なのでリリーディアに氷の壁を作らせたのだ。
カラは教師の腰に下がっていた短剣を抜くと、僕達の周りの生き残ったヘルハウンドが飛びかかってこないように応戦している。
「あの人もこっちに来ないと、焼けちゃいます!」
「カラなら大丈夫だ! それより集中しないとこっちが消し炭になる……!」
言っているうちに、視界のすべてが赤く燃え上がった。多分、この辺り一面に広域の炎の魔法を放ったのだろう。
あの場所から狙いを定めるのは難しいとしても、これはきつい。氷の壁が溶け、僕もリリーディアも肌がじりじりと焼けて行くのを感じた。リリーディアの顔が苦痛に歪んでいて、その所為で氷の壁を作る魔法に集中できないようだ。それは僕も同じで、しかも熱さで息をする度に喉が焼ける感じがする。
「効果が切れるまであと少しだ、レオナルド」
いつの間にか戻ってきたカラが、僕とリリーディアの側に立っていた。あと少しなんて、果たして持つかどうか。僕の魔法なんてあの二人に比べれば取るに足らないものだし、リリーディアに至っては初心者と変わらない。いや初心者なのに、この状態で氷を維持しているので、天才かもしれないけど。
「……も、もう駄目ですっ」
リリーディアがごめんなさいと言いながら、僕に抱きついてきた。僕もほぼ同時に力が尽きて、その場に倒れ込む。どうやら先ほどの宣言通り、リリーディアが肉の盾になる覚悟で僕に覆い被さってきたようだ。その上からカラが重なり、守ってくれる。
けれども投げ出された手足が焼ける感触がした。
「レオさん! リリーディアさん!!」
遠くからアンナの声が聞こえる。痛む体を無理矢理起こせば、周りは煙に包まれていて、僕とリリーディアは所々が焦げていた。
「…なんとか、生きてる」
「は、はい」
僕は手足の火傷くらいだけど、リリーディアは蜂蜜色の髪の先が焦げてしまっていた。そして僕より火傷を負っている。教師は早々にうずくまっていたからか、背中に火傷を負ってはいるが無事だ。
「あの、さっきの人がいないんですが」
「…ああ、それなら大丈夫。でも、その生徒の事は内緒にしておいてほしいな」
お願いだといえば、リリーディアが頷いた。カラはいつもの影の姿になって、僕の肩に乗っている。無事で良かったなと笑っているが、まあ本当にその通りだ。
「二人とも、無事で良かった…!」
駆け寄ってきたアンナが、涙を流していた。どうやら僕が以前あげた髪飾りのおかげで、煙の中でも居場所がいち早く分かったらしい。僕達の酷い状態を見て、慌てて治癒魔法を掛けてくれた。とはいえ、火傷した部分の肌が引きつって痛い。僕達以外にも、魔法に巻き込まれて怪我を負った生徒がいた。至る所からうめき声と、泣き声が聞こえてきている。
逆に、森の向こう側の丘の生徒達は喝采を上げている。
あちらからは、ジャンカルロとルチアーナが魔法でヘルハウンドの群れを一掃した事しか見えてないのだろう。こちらとは大違いだね、まったく。
「リリーディアさんの髪の毛が…」
「またどうせ伸びるし、それに命があるから、これくらい平気」
しっかりと編み込まれていた髪の毛が焦げていてぼろぼろだ。蜂蜜色の綺麗な髪が勿体ない。リリーディアは気にした様子もないけど、僕の上に覆い被さったから、首の後ろのあたりも火傷をしているようだ。痕に残らないと良いんだけど。
「……おい、どうした? しっかりしろ!」
焦った声が聞こえてきて、思わずそちらに視線を向ける。すると、アルバーノが真っ青な顔で胸の辺りを押さえて蹲っていた。痛む体をおしてアルバーノの所へと行くと、何人かの生徒が側にいた。何があったのかと聞けば、すぐ近くに放たれた炎を遮るように魔法を使い周りの生徒を守ってくれたそうだ。だが炎が消えたあと、咳き込み苦しみだしたらしい。
青白い顔は苦しそうに歪められている。少しして呼吸が落ち着いたのか、大丈夫ですと顔を上げた。これは早めにゴットハルト達に診せた方が良いだろう。いまだ苦しそうなアルバーノの背中をさすりながら、僕は軽く眉を寄せた。




