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僕の婚約者がやり過ぎたので婚約破棄したいけどその前に彼女の周りを堕とそうと思います  作者: 豆啓太


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 ルキノ・バルバードが言うには、フートヘルム殿下が懇意にしている医師をバルバード領に招いているので、是非紹介したいとの事だった。

 ルチアーナにアルバーノの魔法道具について、本当に大丈夫か調べて欲しいと何度もお願いをしていたので、それならもっと専門的知識のある者を呼んだ方が良いとなったのだそうだ。それで帝国の技師や医師の方が、サントリクィド国の者より高度な魔法道具を扱っているので、そういった者達ならアルバーノの不調の原因がわかるかもしれないとの事だった。

 ピエトロは素直に感謝し、ルキノに言われるがまま、自身の屋敷の一部を開放してバルバード領の者を受け入れる事にした。それが、そもそもの間違いである事も気付かずにだ。


「屋敷の一部といっても、庭にある別宅です。妻が生きていた頃、療養に使っていた屋敷で、木々で囲まれているので本邸の方からは見えません。子供達の声に煩わされないようにと、そういった造りになっています。そこで、何が行われていたのかなど、考えもしませんでした。アルバーノの体を診てくれる準備をしているのかと…」


「なるほど、いつの間にか自分の屋敷が、危険な思想の持ち主達の集い場になっていたと。父様にいくら言い訳しようとも、知らなかったじゃ済まされないね」


 僕の言葉に宰相のピエトロは項垂れる。結局、ルキノは医者や技師などはいつまでも連れてこず、アルバーノの体調は悪くなっていく。他に伝手もなく、ルキノでは埒があかないとルチアーナに訊ねたが、彼女は何も知らなかった。いや、ルキノに相談はしたそうだが、医者を呼ぶと言っていた言葉をそのまま信じていただけだった。帝国の医師も忙しいから中々こちらに出てこれないという、ルキノの話を鵜呑みにしていて、アルバーノの体は大丈夫かしらと心配までしていた。

 もう王にどう思われようと、自分の命が奪われようとも、アルバーノを帝国に送ろうと、そうピエトロは考えた。だからこそのアルバーノの留学であり、提出書類に魔法道具が付けられているので診察をと記してあったのだそうだ。

 最後の頼みの綱も駄目になったとなって、ピエトロの顔には生気がない。


「宰相、本当にアルバーノが大事なんだね」


 もちろんですと、ピエトロはよどみなくはっきりと答えた。ここまで聞けば、宰相は息子想いの良い父親で、アルバーノとはちょっとしたすれ違いからお互い仲違いをしてしまったと、勘違いしてしまいそうになる。


 でも、ピエトロの言葉は本当で、そして嘘でもある。


 今更良い父親ぶったところで、アルバーノは信じないだろう。いま僕にした話をそのままアルバーノに言ったところで、きっと彼の心は晴れない。これは悲劇を通り越して喜劇だねと、僕は思わず肩を震わして笑った。もちろんカラも一緒に聞いていたので、声をあげて笑っている。

 笑ってすっきりすると、呆然としているピエトロの顔を見て言った。


「大事ならなんで、屋敷に帰らないんだ、ピエトロ・ロドリ。お前の屋敷の庭には、西と東に一棟ずつ別宅があるなぁ。一つは妻がいた場所、もう一つはお前専用の……、性欲発散場というべきか? そこで何をしていたか言うべきか、ピエトロ。いや、成人男性で妻に先立たれた可哀想な夫なら、仕方のない事だ。でもなぁ、幼い子供をほっておくだなんて、最低じゃないか」


 アルバーノは言っていたのだ、父親はあまり屋敷に帰ってこないと。でもおかしいな、父様はピエトロに家族を与えたので、いくら仕事があるとはいえ、必ず家に帰していたのだ。泊まりがけの仕事など殆どない。

 それなのにも関わらず、宰相は家にいない。

 そしてもう一つ。アンナの父の商売仲間がピエトロと懇意にしていて、そこから娼婦などを一晩買っていたという事。別にその商売仲間が口を割ったわけじゃない、信用は大事だからね。ただその店から目立たない馬車で、宰相の屋敷に夜遅く出入りしている事があったからわかった事だった。商売仲間の扱う娼婦は、帝国の血をひく者が多く、見目もそちら寄りだ。ピエトロの元妻とは正反対の見た目の者達を、好んで買っていた事になる。


 そして宰相は殆どの夜を、娼婦達と別宅で過ごしていた。そう、自分の家族という者達から目を逸らし続けて。


 その結果が、アルバーノの捻くれてしまった心だ。アルバーノはもはや、自分のことを愛してくれるのはもう父親しかいないと、無意識に思い込んでいる。そしてそれが叶わないのだろうとも。まだ諦めたくないという心があるから、なんとか踏みとどまっているけど、ちょっとした一言で崩壊しそうなのだ。


「なんで今更、アルバーノを大事にするんだい? もしかして、自分以外に興味をもったから、それが許せなくって優しくする気になったのかな? 忠実なお人形を作るのが得意なんだね、ピエトロ・ロドリ」


 そんなわけないだろうと怒鳴るが、僕が笑ったままだ。ピエトロは顔を歪ませて、そんな事はないと繰り返している。そんな事があるから、こんな状況になったというのに。


「違う、違う、違う。私はそんな事をしたつもりはない。大事なんだ、本当に大事なんだ。あの子が産まれたとき、心から嬉しかった。自分の血を引く家族が出来たと、本当に嬉しかったんだ…」

「じゃあなぜ、君はアルバーノから目を逸らし続けるんだい?」

「…妻に、妻に悪いと思ったのだ。アルバーノが産まれて嬉しかったのに、愛した妻の具合が悪くなった。彼女が苦しんでいたのに、私は一人浮かれていた……。こんな事は、許されない。私は彼女を愛していたんだ、大事にしたいと思ったのだ。なのにアルバーノの所為で、彼女の命は……」

 別にアルバーノの所為ではないだろうに。もうそう思い込んでしまって、そこからアルバーノを大事にしようとすると、妻への罪の意識に苛まれるというわけか。もし母親が生き返ったのなら、自分たちの子供が放っておかれているこの状況に激怒するだろうに。

 そもそもアルバーノ達の母親は、心臓が悪かった筈だ。出産する事による負担で悪化して、そのとどめがセルジュの出産なのだろう。アルバーノよりセルジュの方が、八つ当たりで恨むとするならあり得るのに、幸か不幸かセルジュは母親似だった。だから父親から愛され、大事にされる。

 アルバーノは父親似であるが故、その父親から目を逸らされ続けた。

「どうしてセルジュの所為って言わないんだ、ピエトロ。いやそれよりも君の所為か。だって体調を崩していた奥さんと、子作りに励むなんてね」

「妻が望んだことだ!」

「断ることも出来た。なのにしなかったのだから、なぜだ? 可愛い妻の頼みなんて、受けるべきじゃなかった。そうすればもう少し長く、生きながらえただろう」

「だが彼女が、…私に家族をくれると…!」

「ならアルバーノは、お前の何だ?」


 絞り出すような声色で、ピエトロは大事なんだと言った。大事な、大事な血を分けた息子なのだと。 


「ならその息子を助けるために、君は今度こそその総てを捧げるかい?」


 少しの沈黙の後、ピエトロは静かに恭順の意を表した。







 王宮から戻って数日、アンナはリリーディアに付きっきりで過ごしている。リリーディアは講義の申し込みをしていなかったので、必修科目の講義のみ出る必要があるけど、本人にはその気がない。というより、基本的知識が足らなすぎるので、講義に出ても理解出来ないそうだ。街の学校はどの程度の教育レベルかは、場所によってバラつきがあるので基準がわからないが、知識はあった方が良い。

 簡単な読み書きが出来るという事なので、リリーディアと相談してアンナが勉強を教える事になった。カルロもリリーディアの事情を知っているので、知らないよりはと鍛錬の合間を見つけて、自身が子供の頃に使っていた本を持ってきて渡していた。

 母親のエルマは無事である事はわかったので、週末になったら男爵の家に結婚のお祝いとして押しかけるという話で纏まった。どうなるかわからないが、リリーディアにとっては母に会えるだけでも嬉しかったらしく、感謝しますと泣いていた。そしてそれまではここで頑張りますと、勉強への意気込みを見せている。きっと何かしてないと不安なのだろう。


 そんなわけで、アンナが講義を受けている間、たまたま僕は空いていたので、リリーディアの勉強を見ていた。アンナが制服の着方から髪の整え方まで教えたらしく、今のリリーディアは見た目だけなら美しい貴族の娘に見える。中身はただの町娘なので、勉強も王国の歴史とか憲法とかそういうものより、計算の仕方や書類の書き方などそういった物の方が好きらしい。

「計算がずいぶんと速くなったね」

「はい! 早く計算できればそれだけ値切れますから!」

 もう考え方が商人に近い気がする。アンナが原価がどうとか利率がどうとか、そういう事を嬉々として教えようとしているから、リリーディアの将来は立派な女商人になりそうだ。快活で可愛らしい少女が実は、狡猾な女商人とかなかなか良いな。リリーディアの見た目なら、男を擽って持ち上げるのを覚えれば、いい稼ぎ手になるかも。

「あ、あの、レオさん。聞きたいことがあるんですけど」

「分からない問題でもあった?」

「いいえ、そうじゃなくて。その、お母さんに会いたいのは本当なんですけど、…無理に屋敷に押しかけて、レオさん達のご迷惑になったら…、その私…」

 心配なんですと、リリーディアが俯く。バレージ男爵はあまり素行が良くなく、力ない者には横暴だと聞いたらしい。

「そういえばリリーディア。僕達の身分がどのくらいかって、アンナから聞いたかな?」

「えっと、アンナさんがチェスティ伯爵家の養女で、カルロさんが騎士団長の息子さんだって。レオさんはとっても偉い人の息子って言ってました」

 多分リリーディアは、騎士団長がどれくらい偉いかよく分かってない。うん、偉い人の括りに入ってるけど、その括りはとっても大きくざっくりしているのだろうね。

「具体的に言わなかったんだ、アンナ」

「身分を詳しく聞くのは失礼だって言われて」

「まあ学園の中だけの話なんだけどね。貴族って言っても上から下まで色々だから、それで萎縮したりして勉強の妨げになるのは避けたいんだよ」

 なるほどとリリーディアが頷いている。

「それで僕は、この国の王様の息子だよ。いまのところ、王太子だね」

 首を傾げたまま、リリーディアが固まった。そうして少ししてから、驚きの声をあげる。いまの時間帯だと、ラウンジには結構生徒の数がいるので、リリーディアの声は注目を集める事になった。一年目の生徒はまたあの問題児かという目で見ていて、それ以外は新入生が騒いでいるのかとその程度だ。入学式が終わったくらいの時期は、いくらマナーや礼儀作法を叩き込まれてから入学したとはいえ、やはり同年代と一緒になるからつい楽しくなって騒がしくなりがちなのだ。

「リリーディア、ちょっと声が大きいよ」

「えっと、えっと、すみません。えっとその、本当に?」

「うん、本当に。でも周りの皆には内緒だよ。言いふらしたりするのは、学園内ではいけないことだから」

「も、もちろんです。…あの、不敬で私捕まったりしませんか?」

「別にそれはないって。知らないのに敬えなんて、そんな乱暴な話はないよ」

 ましてや今は式典でちゃんと王太子の格好をしているわけでもないのだから、学園の生徒としかわかる筈がない。リリーディアは絵本に出てくる王子様そっくりなどと、嬉しいことを言ってくれたので、笑顔を向けておいた。顔を赤らめて格好良いと素直に賛辞してくれたので、こういう所は可愛らしいなと思った。

 そうこうしているうちにアンナがやってきて、リリーディアが嬉しそうに話し掛けている。そしてちょっとだけ怒ったように頬を膨らませて、レオさんの事黙ってるなんて酷いと拗ねている。年相応というか、感情を素直に出すリリーディアは、見ていて楽しい。それはアンナも一緒のようで、リリーディアを優しい目で見ていた。


「レオさん、もしよろしかったらリリーディアさんに、私と貴方の事をきちんと話したいのです。許可を頂けませんか?」


 真剣な目で聞いてきたので、構わないよと僕は返した。きょとんとした顔のリリーディアに、アンナは夜に私の部屋でちゃんとお話しますと言った。リリーディアはアンナの様子に何かを感じたのか、素直にはいと頷く。二人の間には、もうしっかりと絆のようなものが生まれているかに見えた。


「そうだ、レオさん。先ほど、ルチアーナさんに話し掛けられたのですけど」


 なんだかよく分からなくてと、困り顔だ。何があったのか詳しく聞くと、僕達のいるラウンジに向かう途中、廊下でルチアーナ率いる新入生の女生徒達に話し掛けられたのだそうだ。まあ他の女生徒は黙って様子を見ているだけで、話したのはルチアーナだけだったそうだけど。

 ルチアーナいわく、もし虐められているのなら教えて欲しい、家の権力を盾に言うことをきかされているのなら相談して欲しいとの事だった。無理にリリーディアや王太子と付き合わなくても、いつでも私が助けますからと言われたのだそうだ。

「一体何を言っているのかさっぱりで、私が何も言えずにいると、これからお茶会を開くのだけど一緒にどうでしょうと誘われました。もしレオさんやリリーディアさんに怒られたら、無理矢理誘われたと言って構いませんからと。女生徒に囲まれていたので、そのまま連れて行かれそうになったのですけどね」

 運良く同じ講義を受けてわりと親しくしている生徒が通ったので、そちらに用事があるからと切り抜けてきたそうだ。話を聞いた僕も訳がわからず首を傾げてしまう。リリーディアもうーんと唸っていたが、もしかしてと声をあげた。

「私が一人でレオさんと会うのが嫌だから、アンナさんに無理言って一緒に着いてきてもらってると思っているんじゃ?」

 リリーディアいわく、町娘にもそういう子はいるらしく、好きな子と二人っきりになりたいけど噂になるのも嫌だから、大抵仲の良い友達一人を連れて会いに行くのだそうだ。二人っきりじゃないから変な噂立てないでよねという防波堤だが、付き合う友達はたまったものじゃない。リリーディアもまだバルバード領の街にいたとき、何度かそういう目にあったそうだ。

「もうあれって、二人っきりで勝手にやってくれって思っちゃいます。だって、私なんてお邪魔虫なだけで、結局二人の世界作ってるんですもの。でも話を聞いてないと、それはそれで怒られるし」

 思い出したのか、口の先を尖らせて話している。それを聞いて、アンナは眉間に皺を寄せた。

「……私、そういうふうに見えるのでしょうか。というか、リリーディアさんが入学する前から、レオさんとは一緒にいましたし、食堂で二人で食事をしている姿は、結構目撃されていたと思うのですけど」

 婚約者がいるかどうかは、社交界の噂と自己申告なので、たとえいたとしてもお互いが割り切っているのなら、気になる生徒同士で過ごしている者はわりと多い。でも若い男女が二人きりは、間違いが起こりかねないので、せいぜい食堂やラウンジ、あとは授業後に学園内を散歩している程度だけど。寮には魔法が掛けられていて、男子寮には女生徒が、女子寮には男生徒が入れないようになっている。もちろん教師も同じで、緊急の時のみ入室出来るようにしてある。

 寮部屋以外は完全に二人っきりになれる場所もないので、生徒の素性を知っている者がいるのなら、そういう関係になるのかななんて勘繰って噂するのだ。誰だって他人の色恋の話は楽しい。アンナは特に、ラニエロと婚約者同士というのは知られていて、それなのに入学当初から僕と一緒にいるから、他の生徒は何か察しているようだ。

「ルチアーナには僕からちょっと話をしておくよ。アンナは一年の時から親しくしている友人だって」

「……まあそうして下さい。どこを見れば、リリーディアさんが無理矢理私を連れてきているって話になるのでしょうね。家の権力を盾にって、養女とはいえ伯爵家。男爵家にどうこう出来るようなものじゃないし、なにより私の父に至っては貴族様の味方で最大の天敵だというのに」

 ふうとため息をはいたアンナの為に、僕はルチアーナの所に行くことにした。一応、婚約者のした事だし、少しはこちらの事情も話すべきだろう。


『ヒヒヒ、面白い騒動の予感だな、レオナルド。楽しいなぁ、愉快だなぁ』


 本当に、ルチアーナの勘違いはどこまでいくのだろうね。

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[良い点] ここまで読んだ まだ読む。 面白い。面白いんだけど、、 [気になる点] ときどき主語とかが書いてなかったりするんですよね そのせいか、誰の行動なのか分からなかったり、誰の台詞だか分からなか…
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