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僕の婚約者がやり過ぎたので婚約破棄したいけどその前に彼女の周りを堕とそうと思います  作者: 豆啓太


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 宰相の正体が判明したり、お家騒動に巻き込まれそうになったりしたけど、帝国に三日ほど滞在して帰途についた。魔法道具を使った最新の馬車を貸し与えてくれたので、王太子のゴットハルトと共に乗り込んだ。ゴットハルトは帝国によくいる端整だけど厳つい顔立ちに大柄な体つき、黒髪に緑色の目をした若者だった。いや十七歳なので若者なのだけど、見た目はまさに歴戦の軍人というもので、威圧感が凄い。

 けれど話してみると繊細で大人しく、魔法道具の製作をしているのが好きという内気な青年である。皇太子に指名されたのは、この先帝国は魔法道具製作の技術で他国に進出して行きたいと考えているので、知識もある自分が代表になるのが良いと言われたからだそうだ。それ正直に言わない方がと言ったら、ゴットハルトはそうなんですかと感心したように頷いている。気の良い青年だ。

 ゴットハルトは警備の都合上、身元を隠して留学生とだけになっている。何人か若く見える護衛が生徒として付いているようだけど、ゴットハルトが老けて見えるので問題ないようだ。

 講義は何を取るのか聞いてみたら、ゴットハルトの場合は一年から二年の遊学なので、特に決めてないとの事だった。ヴァンフリートが不穏分子を一掃させたら戻り、王太子として周りに発表するそうだ。その間離れていて良いのだろうかとも思ったけど、ヴァンフリートが血生臭いのは我で終わりにするとの事だ。

 そしてどうあっても、僕の父と構えたくないらしい。宰相の件もあるし、父様は色々とやっているようである。


 屋敷に閉じ込められた護衛や従者は、皇帝に話をした後すぐに解放され、手違いがあったと謝罪された。納得はしていないようだけど、ただちょっと皇族が人違いをしたようだと伝えたので、それ以上は何もない。護衛にも、ごく普通に日程は終了したと伝えるようにと言ったので、大丈夫だろう。まあ父の耳に入っても、何があるわけでもないし。




 そんなわけで、二週間掛かる旅程を一週間ほどで帰ってくることができ、久々に学園へ戻った。

 僕が帰ってきた事を知ったアンナが会いに来てくれたので、昼食を共にした。予定より早かったので、二年目の僕らはまだオリエンテーションの期間なので授業らしい授業はない。取る講義は決めていたので、問題なく申請できた。

「ずいぶんお久しぶりですね、レオさん」

「アンナの顔を見るとホッとするよ。僕がいない間、何かあったかい?」

「私達の学年ではとくになにも。…新入生にルチアーナさんがいましたけど、なにやら新入生の女子生徒を集めて大規模なお茶会をやっているみたいです。交流目的だそうで」

 それはずいぶんと積極的だね。というか、ルチアーナにも僕が帰ってきたという連絡が行ってるはずだけど、会いに来ることはない。僕から顔を見せに行くべきかなとアンナに言えば、ご自由にと微笑まれた。

「なんだかルチアーナさんの周りに女子生徒が集まっておいでで、一部でお姉様と呼ばれているくらい人気だそうです。今まで同年代のご友人を作らなかったのに、何か心変わりでもあったのでしょうか」

「さあ、でも学園で色々頑張ると意気込んでたから、それじゃないかな」

 そうならもっと早いうちから頑張ったら良いのにと、アンナはため息をはく。その通りだけど、やる気になったのなら見守るべきじゃないかな、一応。学園に入ると家名などは名乗らない事になっているが、ルチアーナは隠す気もないのか、大公領でしか手に入らないお茶やお菓子を持参して交流会を開いているので、彼女が大公家の令嬢で次期王妃だと知れ渡っている。それは悪い事ではないけど、いらぬ諍いを招くかもしれないな。その諍いを治められるのなら良いけど、ルチアーナに出来るのだろうか。

 今のところ、完璧な貴族のマナーや立ち振る舞いに、同学年の生徒は憧れの目で彼女を見ている。けど、ルチアーナは僕と話している姿を見せておらず、僕もルチアーナに会いに行っていない。先日まで帝国へ行っていたからそれは仕方の無いことだけど。その辺りはちゃんとフォローしてくれるのかな、ルチアーナ。

 昼食を食べ終わった頃、ルチアーナが食堂に入ってきて僕を見つけた。一瞬驚いたようだったけど、側へとやってくる。

「こんにちは、レオナルド様。学園に入学したのに、なかなか会えなくて不安でしたの」

 さらりと丁寧な口調で僕に話し掛けてくる。これを見た一年目の生徒には、僕達は仲睦まじい婚約者とでも見えるのかな。

「やあルチアーナ。それは申し訳ない事をしたね。ちょっと公務が立て込んでいて、学園を離れていたんだよ」

 学園はどうだいと聞けば、講義がいっぱいあってどれも楽しそうとの事。勉強の意欲があって素晴らしいよ、相変わらず。普段通りの砕けた口調に戻ったルチアーナが、恐る恐るといった感じで聞いてきた。

「あのね、レオナルド。ちょっと聞きたいのだけど、入学式の後で誰かに会わなかったかしら?」

「さっきも言った通り、公務で学園を離れていてね。昨日戻ってきたばかりだから、入学式にはいなかったよ」

「えっとそれじゃ、知らない誰かから付きまとわれたり、廊下でいきなり話し掛けられたりとかは、ないかしら」

「講義で一緒になる生徒とかに話し掛けられる事はあっても、付きまとわれるのはないかな。ルチアーナはそんな事あったのかい?」

 僕が聞き返すと、そんなことないわと首を振る。じゃあどうして僕に聞いたのかな、彼女。疑問に思っていると、カラが入学式の後でヒロインと王子が初めて出会うのだと教えてくれた。なるほど、それを心配していたのか。

 リリーディアの行方は知れず、どこで何をしているかわからない。ルチアーナが良かった上手くいったわと小声で呟いている。僕がヒロインと会わなくて良かった、なのだろうけど、上手くいったわとは。ルキノが主導したのかルチアーナが主導したのか謎だけど、二人がリリーディアを学園に来させないようにしたのかな。リリーディアはゲームの世界でヒロインだけど、この世界でヒロインなわけじゃない。


 そして僕が彼女に奪われるのが嫌だというけど、僕に恋をしていない。じゃあ僕は彼女にとって何なのだろう。生き抜く為の踏み台か、それとも便利な駒なのか。


「ジャンカルロやアルバーノは? いつも一緒じゃなかったかな」

 僕の言葉に、ルチアーナがそうなのよと頷いた。ジャンカルロは魔法を研究する講義をとり、アルバーノは魔法道具製作に関する講義をとっているので、ルチアーナは一人になってしまうそうだ。

「それなら今度から、僕達と一緒に食事にするかい?」

「気持ちは嬉しいけれど、自分で作ってるから大丈夫よ」

 昔から自ら料理をしていたルチアーナは、にこにこと笑っている。それは良いけど、寮部屋には台所などないし、学食の調理場は学生立ち入り禁止だ。どこで調理するのか訊ねれば、魔法道具で簡易な調理用炉を持ってきたそうである。大公領での食事の方が慣れているので、学園の食事は食べ慣れないのだそうだ。

「せっかくだから美味しいもの食べたいんだもの。材料もちゃんと持ってきたから、大丈夫なの」

 それは学食の料理を批判してるのだろうか。いや本人はそんな気はないみたいだけど、肉料理が多くてと困り顔だ。アンナはルチアーナが料理を作るという事に驚いたのか、黙ったままだ。

 僕と向かい合わせに座っているのに、ルチアーナはアンナを気にするでもなく会話している。そうして、そろそろジャンカルロの講義が終わるから行くねと去って行ってしまった。手に持ったバスケットには手作りの料理が入っているのだろう。

「なんでしょう、貴族様にありがちな、無意識で尊大な態度を取る方とはまた違う方向で尊大ですね」

 アンナの言う通りだと、僕は同意する。

 料理に拘るのも服に拘るのも別に良いだろう。注文の多い主人でも、それは料理人の腕を上げさせる試練のようなものだ。だから肉料理が多いとか野菜をもっととか、そんなルチアーナの要望は普通の事なのだ。けども彼女は、料理人に細かく指示し、その通りに作った物を食べたがる。カラ曰く、ここに来る前の世界で食べ慣れていた物を食べたがっているそうで、料理人が作れないから教えたのだそうだ。

 料理を新しく閃いたという苦しい言い訳なのも仕方ないけど、相手は何年も料理を作っている者だ。長年のやり方を否定されたら、まったく新しい味を考えついたのが自分より年若い娘だったら、そして自分が作る物より美味しいと言われてしまったら、心は折れてしまう。

 大公家の料理人がすぐに辞めてしまうから、要望を伝えるのはやめて自分で作ることにしたと、以前ルチアーナは言った。要望が多すぎるのが問題なのかしらとも。

 そうじゃないと言ったことがあるけど、ルチアーナには中々伝わらない。美味しいものを作るのに努力は必要でしょうと、ただそれだけだ。新しい事を取り入れなきゃ腕は上達しないものと言ったこともある。

 その通り、ルチアーナの言っている事は正論だ。

 ただ努力している人間に、努力していないからもっと努力しろと言うのは、どうだろう。貴族のお抱え料理人になるだけでも相当な腕だ。大公家に雇われるには、身元がちゃんとしていて食事のマナーにも詳しく、確かな腕がある者が紹介されてなるのだ。そんな者が努力していないわけがない。努力しない人間なんていないのだから、言葉は選んで行動も選んでやるべきだろうね。


 そう、無自覚に踏み荒らすルチアーナに心を折られた人物が、もう一人。


 青白い顔で所在なげに食堂へやってきたのは、アルバーノだ。アンナに断ってから席を立ち、アルバーノに話し掛けた。

「アルバーノ、顔色が悪そうだけど大丈夫かい?」

「…レオナルド様。いえ、慣れない環境で緊張しているだけです」

 僕が王宮に行くたびに強引にお茶に誘って話していたので、口調はだいぶ嫌味が取れたものになっている。一人なので友人はと聞けば、黙って首を振られた。今はいないのか、今もいないのかはわからないが、アルバーノが一人である事は分かった。

「まあいいや、ちゃんと食事をしないと倒れてしまうよアルバーノ。こっちへおいで」

 アンナがいる席とは別の場所に連れて行くと、アルバーノは少しだけ迷ったようだけど、大人しく座った。僕が手を引いているときは、断っても無駄だということを理解したようである。アルバーノを座らせてアンナに手を振れば、それで理解してくれたのかぺこりと頭を下げて行った。

「何か食べるかい。スープくらいでも飲んだ方がいい」

 食べないと余計衰弱するからねと、アルバーノに言う。するとどうしたことか、ありがとうございますとか細い声でお礼を言ってきた。いままでにない反応だなとアルバーノを見れば、俯いたまま手を握りしめている。

「どうしてレオナルド様は、僕みたいな者に優しくしてくれるんですか?」

 いつになく弱気な声に、アルバーノはだいぶ参っているように見えた。

「別に僕は僕がしたいようにしているだけだよ、アルバーノ」

 アルバーノが欲しい言葉は掛けず、僕は微笑むだけだ。可哀想なアルバーノ、でも僕が君の欲しい言葉を言ったところで、僕は代用品に成り下がってしまうから、決して言わない。

「昨日、父様に作り上げた魔法道具を持って行ったんです。そうしたら、ルチアーナが作った物がそこにあって、…お前は努力が足りないと…」

 その話をルチアーナにしたら、笑顔でアルバーノももっと頑張ってと言われたのだという。その場に居たかったな、アルバーノの心が折れるときはちょっと見てみたかった。

『ヒヒヒ、心が悲鳴を上げている。ヒヒヒ、極上の絶望の匂い、美味そうな匂いだぜ』

 悪魔はそういったものを好むそうだ。絶望したタマシイはとても美味しいのだそうで、だからあの女やジャンカルロだったもののタマシイを、ゆっくり時間を掛けて味わって食べた。アルバーノは食べさせるわけにはいかないので、代わりにカラにはお菓子でもあげよう。 

「アルバーノは魔法道具の製作の腕を上げたいのかな? それとも宰相に才能を認められたい? それとも」

 僕の問いにアルバーノは顔を上げて凝視してくる。答えはまだ出ないのか、口元が戦慄いていた。

「助けが欲しくなったらいつでも言ってほしいな、アルバーノ。それじゃあね」

 そろそろ次の講義が始まる時間だし、僕がいない方がアルバーノもじっくり考えられるだろう。席を立って、アンナが居るであろう講義の教室へと向かった。講義といっても、内容の説明でそれを聞いてから、この先受講するか決めるためのものだけど。


 講義へ向かう途中、廊下で女子生徒達が集まって噂話をしている。カラには聞こえているので、変な女子生徒が一人入学してきたのだと教えてくれた。貴族の子供は大抵どこかしら変だと思うけど、まったくといって良いほど礼儀作法が出来ない娘で、制服は着ているが着崩しているし、髪型も纏めもせず酷いものらしい。

 豪商の娘のアンナも最低限の礼儀作法をたたき込まれてこの学園に来たから、似たような事情の娘だったとしてもそれはおかしな事だ。むしろ商人から貴族になった家の者であれば、見栄を気にして入学してくる娘や息子に厳しく教え込むものなのだから。

 ルチアーナが何度かその生徒に注意をしたそうだが、いまだに聞き入れられず、その生徒は現在遠巻きにされているらしい。男爵家の恥さらしよとまで言われていて、一体どんな女子生徒なのだろうかと気になった。

 講義を受ける教室で、アンナにその話をしてみると、私も聞いたことがありますと教えてくれた。

「一年目の女子生徒は、ルチアーナさんがいるので、皆彼女を模倣するように礼儀作法にとても気をつかっているのです。私もその問題の生徒は見たことありませんけど、廊下を走ったり学園の外に出ようとしたりと色々やっているそうですよ」

 あとカルロさんのいる鍛錬場に無理矢理入ろうとして摘まみ出されたそうで、その女子生徒は今後一切立ち入り禁止とされた話もあると、アンナが言った。

 少しだけその生徒が引っかかり、アンナに講義が終わったらちょっとその女子生徒を探してみないかと持ちかけた。構いませんけどと、アンナが了承してくれる。女子生徒は講義の申し込みもしておらず、どこに居るかはちょっとわからないらしい。一年目の生徒はなんであんな子がここにいるのかしらと、不満を漏らしている。

 とりあえず学園内を歩いてみるかと、アンナと二人廊下を歩く。するとカラが何かに気付いたのか、僕に話し掛けてきた。


『可愛いレオナルド。あそこで面白い事が起こってるぞ』


 カラが教えてくれた方をみると、ルチアーナと女子生徒が何か話しているようだった。僕が立ち止まったのに気付いて、アンナも立ち止まる。何かあったのでしょうかと、アンナが視線を向けたその時だった。

 ルチアーナと何か話している生徒が、僕達に気付いて駆け寄ってくる。ルチアーナは止めようとしたけれど、生徒の勢いは凄まじかった。


「あ、アンナざんん~~~!!!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔だし、体型も以前より細くなってしまってはいるが。蜂蜜色の長い髪に可愛らしい顔立ちは忘れることはない。


「リリーディアさん!?」


 居なくなっていたリリーディアが、学園の生徒としてそこにいた。

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