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 週末になったので、アンナの屋敷に招待された。アンナの義姉は領地の方の屋敷に行っているらしく不在だったので、まあいろいろとやりやすい。

 今回は護衛がカルロじゃないので、馬車にはアンナと二人きりだ。なので聞かれたくない話も出来るから、アンナに相談事するにはうってつけだった。もう少ししたら、アンナの父が経営する店に遊びに行きたいと伝えてみる。

「今度、僕の友達と遊びに行きたいんだけど」

「そうですね、構いませんよ。でも、なんで二部屋なんです?」

「気が向いたらアンナも来てほしいな」

「まあ考えておきます」

 ああ怖いわと体を守るように腕を回してさすっている。寒いわけじゃないだろうに、アンナはどうしたのだろうね。


 エルマの店に着くと、この前とは違ってあまり人がいなかった。


 どうしたんだろう。アンナも、味は落ちてない筈ですがと首を傾げている。

 店に入ればリリーディアがいたが、なんだか元気がなさそうだ。アンナが声を掛けると、嬉しそうな顔をしたが、すぐに視線を下におろした。一体どうしたのだろう。

「今日は私の学園でのお友達と一緒に来たんです。レオさんっていうんですよ」

「やあ君がリリーディアさんだね。アンナが美味しいお菓子のお店があるっていうから、連れてきてもらったんだ」

 僕が挨拶をすれば、リリーディアの顔が赤く染まった。素直な反応で大変可愛らしい。

「このお店のお菓子は、この辺じゃめずらしいバルバード領の木の実を使ってるのに、お手軽な…」

 値段だといおうとして値札を見たら、前に来たときより倍以上に値上がりしている。この値段ではちょっと高級品だ。しかもおなじ値段を出せば、王都の有名な菓子店でも買えるので、めずらしいが素朴な焼き菓子よりそっちを選ぶだろう。

「あ、あの、……ごめんなさい。急に、仕入れの値段が上がってしまって」

「バルバード領で何かあったのかい?」

「街道に盗賊が出るようになってしまったそうで、輸送料金が上乗せされるようになったんです。……その、お客さんにこんな事話すのはいけないのでしょうけど。でも母が儲けを増やそうとして値上げしたわけじゃないんです」

 誰かにそう言われたのだろう、リリーディアは必死だ。

 盗賊や災害などで値上がりする事はある。この国はそれなりに治安が良い筈だけど、西の国境近くのバルバード領はたまに盗賊が出たりする。その所為で、輸入品やバルバード領の物は価格が変動する。なのでまあこういう事は割とあるのだけど、しかし値段が上がるにしても限度がある。大抵は利益が出るか出ないかくらいのギリギリで抑えて、客が離れないようにするものだけど。

 エルマとリリーディアにはそうできない何かがありそうだね。

「まあバルバード領の物はそんな事もあるだろう。いくつかもらおうかな」

「私も家の者へ買っていこうと思いますので、おすすめを教えて下さい」

 ありがとうございますと、リリーディアは涙目でお礼を言っている。奥に居るエルマもきづいたのか、頭を下げていた。店の外に出てきて見送ってくれまでした。


「バルバード領で盗賊が出るようになったなんて話、本当でしょうか」


 馬車の中でアンナが訝しげな顔をしていた。王宮にそんな話は届いていないけど、自分の領地で起きるそういった事はわざわざ言ったりしない。せいぜい災害が起きたとき、王宮に税金の免除とか金とか人手をもらうためにやってくるくらいだろう。なので知らなくて当たり前ではあるのだけど、この前来た商人はそんな事言ってなかったな。

 盗賊が出たりする場合、大抵近隣の場所で兵士や護衛で食べていた者達が何らかの事情で職を失ったりしてなるので、当然近隣で大きな商売が失敗しただとか、災害だとかが起きた時が多い。

 サントリクィド国の西に位置するのはシレア帝国だ。二十年以上前に政変があって少し荒れたけど、新しく皇帝が即位してあっという間に国内を平定してしまった。それからシレア帝国は平和そのものだ。なのでそういった輩が出る気配もない。バルバード領は数年前に洪水の被害があったが、領主が私財をなげうって領民を助けているため、やっぱりそういう輩はいない。

「エルマの店に卸してる商人ってわかる?」

「おそらくバルバード領の商人でしょう。ただここに来ている馬車が、ルキノ・バルバードのものだけ。……彼が最初は安価で回していたのでしょう、そうして今更ながら値段を上げたのでは」

「恩があるから買わざるをえない。バルバード領からの商人も限られていて、強力な伝手もないエルマには値上げもどうしようもないって事かな」

「以前リリーディアさんに聞きましたけど、あの辺り一帯はバルバード領主様の土地でして。無料で与えてもらったのですが、建物代は分割して払っているそうです。それが払いきれないと、出て行くしかないと」

 エルマとリリーディアは王都の人間じゃない。バルバードの領民だ。通常、領民が移住地を移る場合、新たに住む場所に届け出なければならない。労働力として人を雇う場合は雇い主が纏めてやるのでその申請は簡単に通るだろうけど、働き口のない人間が移住するには難しい。無職の税収の見込めない人間など抱えるなんて、領地経営に頭を悩ませる領主は誰もが断るだろうね。

 王都は特にそれが厳しいし、夫もなく働き口のない母子は住む場所を失えば行く当てもないだろう。バルバード領に戻ったとしても仕事なんてあるか怪しいし、そもそも女の足でバルバード領まで行くのはなかなか厳しいものもある。最後の希望は王都の娼館などに行くくらいだろうけど、エルマとリリーディアの見目では厳しい物があるだろうね。可愛いのだけど、万人受けするわけでもないし、ああいうのは技術が必要だ。

 ごく普通に生きてきた二人が今更開き直って、性技を学んで駆使して男を手玉に取るなんて、そもそも不可能だろうね。


 なかなかリリーディアに厳しい状況だ。ルキノ・バルバードが意図してこれをやったとしたら、それは問題だ。

 


 



 アンナに頼んでちょっとした事を調べてもらった。その書面を見ていると、後ろからカラがのぞき込んできた。今日は僕と同じくらいの背格好で、学園の制服を着た男の姿になっている。その手には簡単な魔法道具の作り方が載った本と、とある魔法道具の設計図。そして人体解剖図鑑。これらは学園の図書館からちゃんと手続きして借りてきた物だ。


 王宮の一角にある僕の部屋。


 完全にプライベートな場所で、基本的に王族以外の立ち入りは禁止の区域にある。出入り口は一つだけで、そこは衛兵が出入りを厳しくチェックしていて、宰相や騎士団長ですら、入るのを制限されるのだ。

 まあ王城内には秘密の通路なんてものがあるから、実際は違うのだけど。緊急脱出用のものだそうだけど、実際使われたことはあまりない。だいたい僕の部屋から繋がっているのは、城の南にある庭園だ。庭園に逃げたところで、外に出るには正門しかないのだから、どうやって脱出するのか。

 ずっと昔、庭園には離れがあったらしく、この通路はその離れに通う為の逢い引き用のものなんじゃないかとも思ってしまう。まあ今回は多少なりとも役に立つから良いけど。

 庭園を抜けると、ちょうど執務棟と呼ばれる政務官達が居る場所と王宮を繋ぐ渡り廊下があり、そこを通りかかる人物がすぐにわかるのだ。


 見ればそこを肩を落としてあるく人影がある。落ち込んだ様子のアルバーノが、一人歩いていた。

 今日は完成した魔法道具を父である宰相に、見せに来たのだろう。そうしてそれは失敗に終わるのだから、失意のどん底状態というわけか。若干顔色が悪いようだし、隈が出来ているようにも見える。せっかくの綺麗な顔が、可哀想に。


「やあ、アルバーノ。君を探していた所だったんだ。良かった、まだ帰ってなくて」


 僕が話し掛ければ、アルバーノは驚いたようだ。まあ今までは、ルチアーナが僕に話し掛けてくるのにくっついて来て話す、という程度だったからね。僕から気軽に声を掛ける事なんてなかったし、そもそも僕の姿なんてあまり見掛けなかっただろう。

「何かご用ですか、レオナルド様」

 いつもの嫌味な態度も若干なりを潜めている。いやこれは、戸惑っているのかな。

「実は学園の友人に、魔法道具の製作に興味を持っている者がいてね。君の事を話したら、是非とも一度会いたいと言ってきたんだよ」

 アルバーノは眼鏡の縁を持ち上げながら、僕の話とは一体どんなと眉を顰めている。見る人にとっては鼻につく態度だが、まあいまはそんな事はどうでも良い。ともかくアルバーノを誘うべく、僕は言葉を並べた。

 アルバーノが最初に作った魔法道具の事だとかをね。この前、弟のセルジュに会ったときに教えてもらったのだ。彼の誕生日のお祝いに、オルゴールをバラして魔力を込めた石をはめ込み、ちょっとした影絵が出る仕掛けを施した物を作り上げプレゼントしたそうなのだ。作り方自体は、図書館で調べれば書いてあるが、影絵の細工などはアルバーノの手作りである。だからこそ感激したのだと、セルジュは言っていた。

 なかなか弟想いの良い兄じゃないか。

 それらを笑顔で褒め称えれば、アルバーノは困ったようななんとも言えない顔をしている。そうして時間があるのなら、ちょっと話に付き合ってほしいと頼んだ。

「ですが、父様からあまり王宮に長居するのは駄目だと言われています」

「それは大丈夫。宰相にも話してあるから、……ねえ少しだけでも駄目かい?」

 僕がそう言えば、アルバーノはしぶしぶ了承してくれた。

「そうか、ありがとう! アルバーノはとても良い子だね」

 両手を握って感激を伝えると、アルバーノが驚きの声を上げた。そうして戸惑っているアルバーノの手をとったまま、庭園へと向かった。庭園にある東屋は、草花に囲まれて渡り廊下からはちょっとした死角になっている。その東屋の端にある石の柱の一部分を押すと、屈んで潜る程度の高さの扉が現れる。これが僕の部屋へと続く秘密の通路だ。

 王太子の部屋に直結なんて不用心なんて思われるかもしれないけど、通路自体が魔法道具となっていて、王家の者もしくはそれに連なる者以外は入れないようになっている。今回は僕がアルバーノの手を引いているから、二人で通れるわけだけど。

「レオナルド様、ここは一体…!?」

「秘密の通路だよ。…誰にも内緒だからね、アルバーノ」


 そうしてたどり着いた僕の部屋。

 

 テーブルの上には美味しそうなお菓子を用意してある。そして椅子には燃えるような赤い髪に、目元の黒子が印象的な青年が。アルバーノの顔を見ると、大げさな身振りで近づいてきた。

「やあ、君がアルバーノだね。魔法道具について語り合える人が学園にはいなくてね、君の話を聞いてレオナルドに無理を言って連れてきてもらったんだ」

 カラが人好きのする笑顔でアルバーノに話し掛けた。アルバーノの反応をまたずにその手を引いて、椅子に座らせた。

「バルバード領で取れた木の実が入ってるめずらしいお菓子なんだ。アルバーノは食べたことがあるかい?」

 戸惑っていたアルバーノが、僕に話し掛けられてようやく我に返ったようだ。

「父様から王宮で、誘われてもお茶会などには参加するなと。そう、言われてますので」

「それは大丈夫だよ、ここに誘うのにちゃんと宰相の許可をもらっているから。アルバーノはケーキの方が好きかい?」

 もう一度勧めれば、マナーが上手に出来ないからと断ってくる。いつもの嫌味な態度ではなく、何かに怯えているようにも見えた。なるほど、カラが言っていた通りの反応だ。

「お茶を飲むのにマナーもなにもないよ。僕は甘いのが大好きでね、紅茶に山ほどジャムと砂糖を入れてしまうのさ。さすが王宮、良いものがたくさん使えて贅沢だ」

 カラが紅茶にジャムと砂糖を入れ、自分の分の他にもう一つ。アルバーノにそれを勧めた。

「話をすればのども渇くだろう、さあ」

 屈託ない笑顔で勧められ、アルバーノは紅茶のカップを手に取った。飲まないのも悪いと思ったのか、頂きますといって口に含む。

「アルバーノは子供の頃、あのルチアーナ様に魔法道具で命を救ってもらったってきいたけど」

「…はい、心臓が悪かったので、それで…、魔法がうまく使えなかったのです」

 なるほどとカラと僕が頷く。どことなくアルバーノの動きが億劫そうだ。それでもなんとか佇まいをきちんとしようと、努力している姿が見て取れる。

「その魔法道具はどこに? 是非、実物を見たいんだが」

「それは無理です、…すみません」

 せっかくだからと詰め寄るカラに、アルバーノが出来ないんですともう一度言った。

「体の……なかに、……入っている…ので、みせ…られな…い」

 アルバーノの呂律が回らなくなり、その体が大きく傾く。隣に座っていたカラが崩れ落ちる体を抱きとめた。

「……ヒヒヒ、眠ったようだ」

 カラにそのまま抱きかかえられるアルバーノは、見た目も秀麗な観賞品だ。ソファに寝かされ、さて見てみるかとカラが言った。僕の手には、アルバーノの命を救ったという魔法道具の設計図。

 カラの手がアルバーノの体の上で大きく円を描いた。その円の中で、解剖図鑑に載っている絵と同じ内臓が生々しく動いているのが見えた。

「ヒヒヒ、皮と骨を剥げば、人間の中身はみんな同じだな。さて、アルバーノの体のどこにあるのやら」

 ルチアーナが作った魔法道具。それを見るにはどうしてもアルバーノを眠らせる必要があった。カラはいろいろな事を覗き見できるけど、体の中なんて動かなくしてやらないと難しいらしい。

「これじゃないかな、設計図に書いてある見た目っぽいし、図鑑にも書いてないから、こんな所に臓器なんてないみたいだし」

「ヒヒヒ、当たりだ。さすが、可愛いレオナルド」

 アルバーノの右の鎖骨の下あたりに、小さな物体があった。なんだか周りの肉片みたいなものにくっついていて、気持ち悪い見た目だ。

「やっぱりなぁ。この魔法道具、俺様達がいた世界にあった物を参考につくってるな」

「カラの世界にもあるんだ。でも魔法も使わずに、こんな事出来るのって凄いね。まあそれより、ルチアーナがそんな専門的な事知ってるとは驚きだね。カラの世界じゃ普通なの?」

 いいやとカラは首を振る。内部構造なんてそれに関わる技師じゃなきゃ知る事もないだろうし、ルチアーナが前の世界で何をしていたかは知らないが普通じゃわからないそうだ。ただ知識として、心臓が悪い者がこういった機械という魔法道具みたいなものを入れて、命を繋ぐのは知っている事もありうると言った。

「でもなぁ、知ってても詳しくはしらないだろうな。俺様のいた世界でも、その機械は心臓を動かす道具だ。ただ、死んでも心臓は動き続けている代物だがな」

「心臓が動いてたら生きてるよね?」

「ヒヒヒ、それじゃ心臓が動いてる限り人は死なないか、レオナルド。息が出来なかったら? 脳みそが老化してしまったら? 四肢が壊死しても、体が熱を持たなくなっても、意識がなくなっても生きてると思うか? 違うなぁ、その機械は心臓は動かすが他の事は出来ない」

 なるほど、それは死んでいるね。カラの世界は医学も発達しているようだけど、僕の世界とは違って魔法がないのに凄いと思った。カラからすれば、怪我や病気を魔法で治したりする事のあるこの世界の方が驚きらしいけど。異文化ってやつだね、これは。


 ピクピクと絶え間なく動くアルバーノの心臓。それに連動して動く魔法道具。


「これは完全にアルバーノの体に癒着して取れなくなってるな」

「カラでも無理なの?」

 聞けば当たり前だと言われた。治癒魔法なんて馬鹿げた力などあるものかと笑っている。

「可愛いレオナルド、お前だって多少は使えるだろうけど、体を切り裂いてこれを取り出したとして、治せるか?」

 絶対に無理だ、それ。僕も一応治癒魔法は使えるけど、使いこなすのはまた別な事だ。

「心臓の為って事で体にあるけど、これ入ったままで大丈夫なのかな。魔法道具だって年数が経てば劣化するし、修繕も必要なのに」

「ヒヒヒ、もし取ったりしたら、心臓が止まるかもなぁ。魔力の助けで動かしてたんだろ。それを遮断させておいて、もう一度なんて何が起こるかわからねえ」

 可哀想に、八歳の時に魔法道具を体に取り付けてから六年だ。複雑な効果のある魔法道具ほど、修繕は頻繁に行わなければならないのに。

 秘密の通路の出入り口も、一年毎に修繕している。もちろん通路は王族しかしらないから、いまは父がやってるだろうけど。修繕の方法は、魔法道具に王族の血を垂らすと、中に入っている術式が現れる仕組みになっているので、欠けている所やおかしな所を、保管されている術式の原本を見ながら直すのだ。僕も王になったらやるだろう。まあ意味があるのかないのかわからないけど、そういうのは歴史がある所ならどこにでもあるだろうし。

 ともかくそういうふうに、魔法道具というのは、なかなか扱いが難しいものなのだ。下手をすれば、体の中で壊れたりして魔力が暴走したら危険過ぎる。


 ルチアーナは本当に理解して、アルバーノを助けたのだろうかね。

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