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 湖の付近を馬に乗って散策していると、ジェラルドが反対側まで行ってみようかと提案してきた。

 湖畔沿いに行ったとして、途中には木々が生えているので、僕としてはあまり行きたくない。それを見抜いたのか、ジェラルドは笑って、こういう所を馬で走るのも練習だぞと言っている。

 やればコツがわかるからとジェラルドは言うけど、それは優秀なジェラルドだからこそであって、僕は違う。まあ頑張れば行けなくはないだろうけど、間違いなく馬に乗って景色を楽しむなんて余裕はなくなるね。

 困った表情を浮かべる僕に、カルロは怪我の所為で返答に困っているとでも思ったのか、何か言うべく口を開いた時だった。ルチアーナの乗った馬の足下を、小さな獣が走り抜けていく。それに驚いたルチアーナが僅かに身を怯ませ捩ると、運が悪い事に近くにあった木の小枝に髪が引っかかった。

 小さな悲鳴を上げて思わず手綱から手を離してしまい、慌てた馬が動いたため、ルチアーナがバランスを崩して落ちかけた。その時一番傍にいたのが僕だ。ルチアーナの馬がこちらに寄ってきた所為で変な風に馬が動いてしまい、落ちかけたルチアーナの体をとっさに手を伸ばして支える。もしそのまま何もしなかったら、ルチアーナは僕の馬に踏まれて大怪我だ。

 馬術に長けているルチアーナはその支えですぐに体勢を立て直す。ホッとした瞬間、今度は僕の馬のすぐそばを、小さい獣が走り抜けた。完全に気を抜いていた所為で、今度は僕の馬が嘶いて大きく前足を上げる。このまま走り出したりしたら森の中にまっしぐら、怯えた馬を僕がいなせるわけもないので確実に転落だ。

 カラには僕の命を物理的に救うような力はない。三つの願いという制約があるからアクマは万能の力で願いを叶えるんだと言っていた。僕の願い事でカラが僕だけのカラになっているから、その万能の力はなくしている。だから僕はこういう場合、馬から落ちて大怪我をするだろう。

 馬が走り出すその瞬間、落ちかけた僕の体が横から強引に引っ張られた。そして僕の体がなくなると、馬はそのまま森の中を駆けていく。

「ご無事ですか、レオナルド様」

「な、なんとか」

 いつの間にか傍にきていたカルロが、僕を抱きかかえている。何か起こるかもしれないと思ったけど、まさか僕にも降り掛かるとはと肩を落とした。


『ヒヒヒ、危なかったなレオナルド。ところで森の向こう側に数人、護衛とは違う人間がいるぜ。奴らが持っているのは小動物が入りそうな籠。そして近くの街にはバルバード家の馬車もある。そこの女も本気で驚いてるようだったし、誰かが何かやったんだろうな』


 ここに来る途中の街で、バルバード家の馬車を見掛けた。まあその街にも、バルバード領から避難した者達が住んでいるから、バルバード家の者がいてもおかしくない。おかしくないけど、偶然てこんなに重なるのかな。

 落ちて怪我をしてもカルロがいてジェラルドがいて、さらにルチアーナが居るのなら最悪死ぬことはないだろうと思っていたのだけど。王太子の命を狙ったにしては偶然の事故を装ってももうちょっと遣りようがあるだろうし。

『なんだか故意にゲームの出来事を再現したかのようだなぁ、ヒヒヒ』

 でもルキノはこの世界のルキノだよね。カラがなんの匂いもしないと言っていたので、中身が転生してきた別世界の住人ではない筈だけど。

『可愛い可愛いレオナルド。お前にわざと怪我をさせようなんて輩は許せないなぁ。ヒヒヒ、犯人を見つけたら俺様が貰っても良いか?』

 僕はどうぞと返事をするかわりに、カラに向かって微笑んだ。ルチアーナやジェラルドに見えないように、カルロの体に身を寄せて。

 カルロは一瞬動揺したのかビクリとしたけど、宥めるように背中を優しくなでられた。

「戻りましょう。レオナルド様もお疲れなようですし、これ以上何かあったら大変です」

 顔を青ざめさせたルチアーナが、ええそうねと頷いている。ジェラルドも同意して、今度は慎重に乗ってきた馬車まで戻っていった。僕はカルロと一緒に馬に乗ったままなので、楽で良い。

 

 誰が小動物をわざと馬の足下に放したのか。僕とルチアーナの命を狙ったものだったのか。

 命を狙うなら確実じゃないけど、事故死と見せるにはうってつけだ。ただ僕とルチアーナが死んだ場合、得をするのって別に誰も居ないのだよね。降嫁した叔母には息子がいるけど、その子供も成人してもうすぐ赤ん坊が生まれる。ので、もし彼らが王位を得る事になったら、いまある領地を一旦返上してあれやこれやと大仕事だ。領地も豊潤な土地だから手放すのは旨みが少なくなる。王様になったところで贅沢が出来るかといえば、豊潤な土地をもってる領主の方が自由を謳歌できて良いと思えるだろう。降嫁した叔母は王宮での暮らしよりも楽しんでいるようで、権力争いに巻き込まれたくないからと、王位継承権は自分の息子にはいらないとまで言い切っていた人だ。

 そんな叔母に育てられたからか、息子も領地を繁栄させることに手がいっぱいだし、王位を狙うなんてしたらそれこそ一族中から責め立てられるだろう。

 叔母以外に王家の血を引いているとしたら、隣国に嫁いだ父の従姉の娘が今度はこの国の伯爵に嫁いで来て、そこで生まれた息子くらいだろう。大公家にも何人かそんな感じの人物はいるけど、血筋をみると僕以外はどれも似たような感じである。

 王家と縁が薄そうな人物しかいないのに、王として立てる事ができるのか疑問だ。この国の貴族や隣国にとっても、僕が王太子である事が一番楽で面倒が少ないので、変な横入りなんてなさそうなんだけどね。


 じゃあやっぱりあれは、ゲームの内容を知っている誰かが、故意に起こしたことなのだろうか。


 でも誰が。ルチアーナはその知識を利用して、平穏に生き抜こうと色々やらかしているわけだけど、その動機は自身が生きたいが為だ。下手に小細工をしかけるようにも見えないし、出来るとも思えない。

 なら持っているゲームの知識を誰かに話したのだろうか。話したところで信じる者なんているのかが疑問だけど。もしバルバード家にいるのならカラに食べてもらおう。






 遠乗りはなんともいえない空気で終わり、僕は学園生活に戻った。

 アンナはタッシナーリ伯爵家の次女クレメンティーナとのお茶会で有意義に過ごしたらしく、上機嫌だ。クレメンティーナは妖艶な美女に部類される見目で、頭の回転も速いのか話題が尽きなかったそうだ。すでに結婚していて、夫は婿としてタッシナーリ伯爵の仕事を手伝っているとのこと。次代のタッシナーリ伯爵夫人は、全面的にアンナを支持してくれるようである。それはとても良いことだ。

 派閥が多少あるのも構わないし、ルチアーナを支持するのも構わない。その派閥をコントロール出来ないのが問題なのだ。アンナという公妾がいればそこまで暴走する事もないだろう。

「レオさんはどうだったんですか?」

「……馬から落ちかけた」

「あら、それは大変でしたね。そうそう、クレメンティーナ様にエルマさんのお店紹介しておきました。庶民向けではありますけど、評判のお店なので。実際とても美味しいですし。きっと貴族にも人気になるでしょうから、あの店で下手な事はできなくなりますね、ルキノ・バルバードは」

 人の目こそが最大の防壁ってわけか。特に噂好きの貴族の婦女子が入るなら、リリーディアの事を愛称で呼んでいたりなんてしたら、あっという間に町娘に入れあげてるなんて噂が広がるだろうし。本気で好きならまあ放っておくけど、あの店には何かありそうだしね。

 アンナと今度一緒にリリーディアの店に行く約束をして別れた。


 次の講義まで時間があるから、中庭で暇でも潰そうと歩いて行くと、カルロが素振りしていた。相変わらず熱心だねと、近くの木陰にでも腰掛けようと辺りを見渡す。すると見覚えのある後ろ姿があった。なんだか木の後ろに隠れていて、動きが怪しい。

 今ではすっかり取り巻きを失ったブリジットがそこに居た。ルチアーナの劣化版とアンナに言ったけど、その通りだった。

 ルチアーナは青みがかった髪で、ちょっと癖が強いのかくるくると丸まっている。サイドを編み込んで後ろに流している髪型を好んでいて、ブリジットの髪は藍色で同じ髪型をしているので、顔を見なければまさにルチアーナの色違いなのだ。

 ブリジットは僕に気付いていない。その視線はカルロに向けられていて、熱っぽい。

『ヒヒヒ、あの娘はカルロが好きみたいだなぁ。それもかなり重症な方向で』

 どの辺がと聞けば、カラがブリジットの見た目がそうだろと言った。

『カルロがルチアーナと仲良しこよしってのは有名じゃねえか。忠犬の騎士なんて揶揄される事があるくらいにな。年頃の娘なら、カルロがルチアーナを好きじゃないかって思うだろ。そしてあの娘はカルロが好きだ。なら相手の好みに少しでも近づけた方がいい。そんな所だな』

 相手の好きな姿になったとしても中身は別なんだから意味ないのに。それを言えばカラは乙女の純情を分かってないな王子様と笑った。

 カルロの鍛錬が終わったらしく、汗を袖でぬぐっている。ブリジットが木の陰から声を掛けようか迷っている様子が見える。そして結局何もしないまま、カルロはこちらに気付く事なく行ってしまった。

 重いため息を吐いたブリジットが俯いたまま、くるりとこちらを向く。そしてようやく、僕の存在に気付いたようだ。

 僕の顔を見て驚き、そしてすぐに気まずいような苦しげな表情を浮かべる。

「こ、この前は王太子と知らず大変失礼を致しました」

 おやずいぶん遅くなったけど、一応謝罪してくれるのだね、彼女。今更だけども。

「別に、家名は言わないでやってくのだから、気にしなくてよいよ。周りに僕の事を言いふらしたりはしないでほしいな。それに口調も普段通りで構わないよ」

 同じ講義を受けてるんだしと言えば、ブリジットは訝しげな顔のまま、はいと返した。

「ところでカルロを見てたみたいだけど…」

「お願いします! 何でもしますからここで見たことはあの方には、言わないで下さい!!」

 カルロの名前を出した途端、ブリジットが豹変する。僕に縋りつくほどに必死で、アンナに嫌味を言っていたのなんて嘘のようだ。とりあえず落ち着くように言うと、今度はブリジットの目から涙が溢れてきた。どうやら感情が高ぶり過ぎたみたいで、泣いてしまったようだ。

 仕方なく宥めて詳しく話を聞けば、ぐずぐずと啜りながら話してくれた。

 カルロは騎士団長の息子で本人も騎士を目指しているから、整った顔立ちも相俟って貴族の女子に人気が高い。ただそんな女性にも目もくれず、ひたすら真面目に剣の腕を磨いている。そんな所も素敵なんだと、ブリジットは言った。

 さらに彼の人気を不動のものにしたのは、誘拐されそうになったルチアーナを身を挺して助けた事だという。まさに理想の騎士だと、ブリジットも憧れたそうだ。

 その憧れは段々と強くなり、そしてある日パーティに招待された親に連れられて行ったとき、慣れない場に緊張して転びそうになったブリジットをさり気なく助けてくれて、憧れが恋に変わった。カルロがルチアーナの傍によく居るから、自分もルチアーナを見習えばもしかしたらこちらを振り向いてくれるかもしれない。そんな事を思って、ルチアーナの真似、まあ勉強を頑張るとか貴族らしく振る舞うとか、服装や髪型などを似せてみたそうだ。

 会う機会はないせいで恋心はどんどん強くなり、学園に入って実際に顔を合わせられるようになったけど、カルロと喋ったのは助けてもらったあの時だけ。

 気軽に話し掛けられるわけもなく、学年も違うから接点もない。

 そして入学早々、僕との揉め事の所為で余計に自分が話し掛けたりしたら迷惑だろうと何も出来ず、けど恋心は抑えきれず遠くから眺めていたのだそうだ。


 すべてを話し終えたブリジットは、肩を落として俯いている。これじゃ何も知らない生徒が見たら、僕が虐めてるみたいじゃないか。


 アンナにくってかかったのも、父親が大公領を馬鹿にするような行動を取ったからだそうだ。タッシナーリ伯爵の面目を潰し、カルロが好きであろうルチアーナのいる大公領にまで迷惑を掛けるなんてと、貴族のプライドと恋心が暴走した結果というわけだ。はた迷惑な。


 カルロも罪作りな男だな。


 まあでもブリジットの気持ちも分からなくもない。そしてカルロには婚約者がいないので、貴族の女子が憧れてもしかしたら私にも機会があるかもなんて、夢見てしまうのも仕方のない事だろう。

 家同士で政略結婚する事も多いが、学園で相手を見つける者も少なからずいる。将来は父親と同じ騎士団長かもしれないカルロなんて、それはそれは。

 カルロが婚約してないのは、騎士団に入るために稽古が忙しいってのと、婚約者がいても構っていられる時間などないからだ。騎士の試験に受かって騎士見習いとなったら、それこそ鍛錬の毎日だ。数日から数週間家になんて帰れないし、騎士になって一人前になるまでは宿舎住まいなのである。

 そんなわけで、若い騎士見習いに恋人がいた場合、ほとんどが別れてしまっている。

 カルロの父もそんな状況を知っているからこそ、騎士として一人前になるまでは、カルロも相手も可哀想だろうという配慮から、婚約話など纏めないのだ。それをブリジットに言えば、それは知ってますと答えた。

「騎士の試験が大変なのも、騎士見習いが忙しいのも知ってます。その、ラニエロが騎士になりたいと言っていて、色々調べていましたから」

 それなら話が早い。

 ただブリジットはそれを聞いてもなお、カルロの事が好きでその気持ちを抑えきれなかったそうだ。


「ねえもし君が、カルロの事が好きでさ。結婚するのがずっと先まで待てるっていうのなら、騎士団長に話をしてもいいよ。別にカルロの相手はこの人って決まってるわけじゃないし、騎士団長もそれとなく相手を探してはいるからさ。ただ本当に君に構えない事が多いし、任務の内容も機密で話せない事も多い。カルロがどこで何をしてるかわからない日々を暮らさなくっちゃいけないんだよ。本当にその覚悟はある?」


 僕の言葉をしっかり考えているブリジット。

 さてどうするかなと思って見ていると、胸の前で手を握りしめて、絞り出すような声で言った。


「……レオナルド様にお願いするなんて厚かましい女だと思います。でも、でも私、カルロ様が好きなのです。いまの私では話し掛ける事もできない。それなら、……それなら私、何年でも我慢します。だから、だからお願いします」


 上手く話が纏まるかわからないけど話すだけ話してみるねと、ブリジットに言った。そうすると今度はありがとうございますと泣き出す。仕方ないのでハンカチを貸して、そのまま寮の部屋に帰る様に言った。


 去って行くブリジットの後ろ姿を見ていると、カラが笑いながら話し掛けてきた。

『可愛いレオナルド。乙女の恋のお手伝いとは、中々だなぁ。ヒヒヒ、大好きなあの方と結ばれてハッピーエンドなんて、幸せじゃないか』

「結ばれるのに手を貸せるけど、その後がハッピーエンドだなんて誰にもわからないよ。まあ僕だって、恋する乙女の涙に弱いんだよ」

 そう言って返せば、カラは黒い影の体を揺らして笑っている。僕もつられて笑顔になった。


 さてさっそく、ブリジットの事をお願いしなきゃね。彼女が確実にカルロの婚約者になれるようにさ。

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