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 王宮でちょっとした出会いはあったものの、学園生活は至って平穏だ。今日はアンナと一緒の薬草学の講義の日で、一緒に受ける生徒は静かで居心地が良い。アンナと課題について話していると、何か意を決したような顔のラニエロが声を掛けてきた。

 どうやら先日出した手紙の件のようで、彼はとても感謝してくれた。それは良かったと、僕は笑顔を返す。


「君のアンナをお借りしているんだから、それくらいはね。何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれて良いよ。騎士になるための鍛錬頑張ってね。ああ、そうそう、カルロ・トフォリは知っているかい? そうだよ騎士団長の息子の。うんうん、彼にも君のことを伝えておくから」


 アンナの方をちらりと見れば、無表情のままであったけど、ラニエロは気にすることなく何度も礼を言って去って行った。そうしていなくなったあとで、アンナがぽつりと無料より高い物はないのですねと言った。うん、分かってるねさすが。

「でもね、やっぱり人生には希望が必要だよ」

「……ちょっとだけ上げて絶望にたたき落とすの間違いでは」

「どうなるかなんて僕にはわからないよ」


 種を蒔いても芽が出ない事だってあるだろうし。

『可愛いレオナルド、あそこでブリジットが目を見開いてるぜ。ヒヒヒ、驚きからそのうち怒りに変わるかもな』

 女の恨みは怖い怖い。カラが言うには、女性はただの一度の侮辱を一生忘れはしないそうだ。ブリジットは大人しくなったとはいえ、アンナに話し掛けてくるわけでもなく、遠巻きにしているだけ。アンナからも話し掛ける事はない。

「ブリジットさんはどうするのかな」

「タッシナーリ伯爵家の次女のクレメンティーナ様から、週末にお茶会のお誘いがありましたよ。ブリジットさんが来るかはしりませんが、次女さんは協力してくれるようです。まあ会ってないのでどこまで信用できるかは、不明ですが」

「お茶会は貴婦人の窘みだから、まあ楽しんでくるといいよ」

「ええそうします。美しいご婦人だそうなので、目の保養にはなるでしょうし」

 タッシナーリ伯爵家はアンナにお任せしよう。そういえばと、アンナはこの前行った菓子店の事を話し出す。


「店主の名前はエルマ。バルバード領の街で夫と宿屋を開いていたそうです。手伝っていたのが娘のリリーディア。年は十五歳になります。街で評判の美人親子が居る宿だったそうですよ。夫は数年前の洪水で店とともに流され死に、職を求めて王都に母子でやってきたそうです」

「よくわかったね」

「あの店を開いている周辺の住人は、バルバード領から移住してきた者達だそうで。リリーディアにこれからも贔屓にしたいと言うと、周りの人も喜んで色々と教えて下さいました」

 バルバード領での洪水の所為で住むところを追われたからと、領主から金を貰い王都の土地を譲って貰ったそうだ。あの一帯はバルバード侯爵が別宅を建てる為に購入していた土地で、それを移住する者にほぼ無料で渡した。なるほど、そんな事をすれば確かに、次男が学園に入学する金なんて用意出来るわけがない。

 領地の立て直しにも金が掛かるし、ならばあそこの住人はバルバード領に帰らないのだろうか。

「それが不思議な事でして。領主様からそのまま王都に住んでいてほしいと言われたとの事です。次男のルキノが様子を見に来るので、あそこの人達は王様よりバルバード領主様々ですね」

 感謝しきりでしたとアンナは言う。まあ税金の取り立てにしかこない王都よりは、直接助けてくれる領主の方がいいに決まっている。

「エルマの店も、彼女の腕を見込んだルキノが出資したそうです。当初はリリーディアに気があるからじゃなんて噂があったそうですが、いまはまったく。……これは偶然かわかりませんけど、リリーディアとエルマの体型がああなったのはここ一年だそうです。ルキノが食べる物を二人に与えていて、それを喜んで食べているからだと」

「偉い人から勧められたら、断れないよね」

 ですねとアンナが言う。もっとリリーディアと親しくなってきますと、アンナが意気込んだ。

「あれこの前と反応が違う」

「……レオさんの言うとおり、彼女とっても愛らしかったです。一緒にいてとっても楽しくて、レオさんと居るときとはまた別の胸のときめきを感じました!」

 それは良かったねとアンナに言えば、頬を染めてもじもじとしている。なんにせよアンナが嬉しそうだと僕も嬉しくなるなぁと笑顔になった。







 学園生活は特に変わったこともなく、気乗りのしない週末の遠乗りの日がやってきた。


 気が重いというか退屈だと思っていると、カルロの姿があった。


「あれ、今日はどうしたの? 護衛はカルロじゃないと思ったけど」


「父に無理を言って一緒に行かせてもらえないかとお願いしました。自分ならルチアーナ様とも交友があるので、もしもの時に諫める事もできますから」


 周りの人の目があるからか、カルロの口調は硬い。僕も敢えて直せとはいわないで、ありがとうと笑顔を向けた。うんうん、カルロは本当に素直で良い。予想通り、来てくれて本当に助かるよ。

「もしお体に不調がある場合は言って下さい。自分はこれでも回復魔法が得意です。痛みの緩和くらいなら、お助けできますから」

 カルロの妹のジルダが大怪我をした時、彼は回復魔法を必死に習った。騎士を目指す今でも回復魔法をひたすら鍛錬しているので、その腕は相当なものだろう。それは心強いと言えば、カルロはただ静かに頷いた。

 そうしているうちに、ジェラルド兄様とルチアーナが連れ立ってやってくる。献身的な婚約者ならせめて、義兄と一緒に来るのは止めた方がいいよ、ルチアーナ。まあ多分、途中で会って話しているうちにここに着いたのだろうけど。

「今日は我が儘を言ってごめんなさい、レオナルドにどうしても会いたくってジェラルド兄様に無理を言ってしまったの」

「いやいいよ、僕もルチアーナやジェラルド兄様に会いたかったし」

 笑みを返すと、ルチアーナも笑い返してくる。いつも通りだけど、カルロの姿を見つけて驚いたようだった。

「学園で良くしてくれるんだ」

「まあ、そうなの? カルロ、レオナルドと仲良くなったのね」


 ルチアーナに話し掛けられて、カルロは少し迷った後でそうですと肯定する。その答えにさらに驚いたようで、声をあげていた。ゲームの中では、僕の友達は特にいない。カルロとアルバーノが顔見知りくらいで一応話はする程度だ。


 でもこの世界は違う。


 これは良い傾向ねとルチアーナは言っているけど、僕にはもっとずっと前からカラがずっと一番で、カラとそれ以外という区別しかない。今だってアンナと親しくしていて可愛らしいと思うけど、もしカラとその他を選ばなければならないとしたら、迷いなくカラを選ぶ。


 まあカラは僕にしか見えないから、ルチアーナからしてみれば、僕はゲームと同じ、他に何も興味を持てない王子様にしか見えないのだろうけど。


 遠乗りに行くといっても、王族の僕らの場合、王宮が所有している土地まで行って馬に乗る事になる。これがジェラルド兄様とだけなら、もう少し自由になるのだけど、今回はルチアーナがいる。未来の王妃であり、大公の娘だから扱いは丁重になるのだ。この国は周辺国と戦争をしておらず比較的友好が保たれていて、王宮内で表向きは不穏な気配もないので警戒しすぎかもしれないけど、僕の命を狙う人は居ないことはないからね。

 王宮が所有する土地は、基本的に立ち入り禁止。柵がある程度だけど、こんな日は宮廷魔法士が、魔法で侵入者がいないか警戒している。もちろん騎士団も組んで、巡回任務に就いているのだ。カルロの父はそちらの指揮に回ったのだろうな。

 馬車に乗って王宮所有の土地へ向かう間、ルチアーナは近いのだからそこまで馬で行きたかったとか話していた。それでも良かったのだけど、大公家が力をつけすぎてるので、もしルチアーナに何かあったら一体何が起こることやら。不自由さは自業自得の面もあるけど、それをジェラルド兄様がやんわりと説明している。

 二人の会話に僕は相槌を打ちながら、早く終わらないかな、今日。二人がいるのでカラと会話もままならないし。つまらないと思っているのが顔に出ていたらしく、ルチアーナがレオナルドは仕方ないわねと笑っている。その笑い方が僕は好きじゃないけど、言ったところでどうしようもないので黙っていよう。


「なあレオナルド、学園はどうなんだ?」


 ジェラルド兄様が話を向けてくる。どうといっても学園生活はとても平穏で楽しいから、特筆して語ることはない。でもそれじゃ駄目だろうしと、薬草学の講義の事を話した。

「とても絵の上手い友人が出来たんだ。薬草学の講義で一緒だったけど、本当にそっくりにスケッチしててね。何でも手先が器用なんだって」

「それは凄いな。その子とはよく一緒に講義を受けているのか?」

「週二回の薬草学で一緒になるくらいかな。ああでも、一年目だと必修の講義が多いから、薬草学以外でも一緒になる機会はあるね。時間が合うときは一緒に食事もしてるよ」

 ずいぶんと仲良くなったじゃないかと、ジェラルドが笑う。そして今度紹介してほしいなと言ってきて、黙って聞いてはいるがルチアーナも興味津々だった。


「それはどうだろう。綺麗なお姉様が好きだから、ジェラルド兄様は無理かもね」


「ははは、そんな冗談を言い合える友人か。学園に入って本当に良かったな」


 アンナは公妾なのでジェラルドとはそのうち会う機会があるだろう。ルチアーナが入学したら嫌でも顔を合わせるけど、アンナの事を認識するかどうか怪しい。ヒロインのリリーディアに警戒しているようだけど、それ以外の僕の傍にいる学園の生徒について、そこまで興味を持っていなそうだ。

 もし僕がアンナという公妾が出来たよなんて言えば、ルチアーナから婚約破棄を申し出るかもしれない。申し出られても、破棄出来ないんだけどね。僕の母が北の隣国のお姫様だったから、続けて王家に他国の血が入るのはちょっと避けたいそうだ。なので僕の次かその次の代くらいにまた、他国のお姫様が嫁いでくるとかあるかもしれないけど、僕の結婚相手は国内の貴族の娘でなくてはならない。


「そういえばルチアーナは、アルバーノやジャンカルロとの勉強会、まだ続けているの?」

「ええ、二人とも魔法がとっても上手くて、私が教えることはもうないのだけど。専門的な知識外の意見がほしいと言ってくるので」

 そこは一応婚約者ありの令嬢なら断ろうよ、ルチアーナ。多分君は、攻略キャラと関わって、本来のストーリーとは別になってしまったから気になって様子を見ているだけかもしれないけど。

「でもルチアーナ。僕っていう婚約者がいるのなら、あまり男性と会うのはどうかと思うよ。変な噂が立ってしまうかもしれない」

「……レオナルド、心配し過ぎよ。二人とは友達で何でもないもの」


 これで僕が、女の子を二人くらい連れて親しくしてても文句は言わないのだろうか。

 ルチアーナはどこか歪だと思う。政略結婚と割り切っているのかと思えば、僕に仕事のパートナー以上の何かを求めていたり、浮気は許さないだの言ってみたり。愛のない結婚するのに他で遊ぶのも駄目って、それはどうなんだろう。この世界の貴族や王族は政略結婚をするけど、その後の恋愛は自由って風潮がある。簡単に言えば、浮気不倫が山ほどだ。結婚は家同士の結び付きを強くするもので、当人同士がその後愛し合うかといえば微妙なのだ。


 父親のソナリス大公だって愛人が何人かいるし、それを知らない訳じゃないだろうけども。その辺がこの世界の貴族にしては潔癖過ぎる。

 ルチアーナだって僕との子を産んだら、その後は愛人をつくっても何も言われないだろう。結婚前に婚約者以外の男性と過ごしているのが問題なのだ。ルチアーナは王妃になるのだから、確実に王家の子を産まなきゃいけない。まあ子供が出来なかったら、降嫁した叔母の子供あたりに王位継承権がいくだろうけども。だからこその忠告や苦言なのだけど、理解しきれていないようなのだ。

『ヒヒヒ、この女がいた国は浮気や不倫はくそったれ。結婚は愛がある者同士でってのが普通で常識だったんだぜ。転生の弊害ってやつだなぁ、自分の常識があるからこの世界が非常識に見える』

 そんなの僕は生まれ育ったのがここなんだから、ルチアーナがいた世界の常識なんてわかるものか。お互い、禁忌に思う事が違うから、わかり合えないのかもね。







「やっと見えてきた! 風が気持ちいい」


 馬車の窓を開けて上機嫌にルチアーナがはしゃいでいた。開けた草原に辿りついたので、いよいよ馬で走る事になる。

 二人の馬術について行けそうにないのだけど、置いて行かれても仕方ないかと、僕は諦めの境地だ。

 行こうと急かすルチアーナにつづいて、用意された馬に跨がる。待ちきれないとばかりにルチアーナが出発し、それをジェラルド兄様が追いかけた。あんまり飛ばすのは無理な僕は、その後ろから距離を開けて着いていく。あの二人と比べられると特に下手くそに見えるので、一緒に馬に乗りたくないんだよね、これだから。


「…レオナルド様!」


 後から追いかけてきたカルロが声を掛けてきた。護衛数人は先行する二人についていったらしく、僕の傍にはいまのところカルロだけだ。そして少し離れた距離に護衛の姿が見える。一人置いて行かれた僕を気にして、カルロが傍に着いてくれるらしい。

「いつもこんな感じなんだよね。練習すれば大丈夫って言われるけど、なかなか」

「いえ、飛ばすだけが楽しみ方じゃありませんから。ゆっくり景色を見ながらでも楽しいですよ」

 カルロからフォローが入るとは、だいぶ良い傾向だ。

 二人はこの先にある湖に向かったようだし、カルロと一緒にゆっくり向かうことにした。

『お前と遠乗りに来たってことは、馬から落ちかけるのは予想してるから、警戒してるかもだぜ。もしかしたら、その為にお前と距離をとったのかもな』

 僕が傍に居ることで起こるかもしれない出来事ってわけか。

 ルチアーナの馬術の腕は僕なんかより上手だし、落ちるなんて思えないんだけど。


 しばらく進んで湖の畔にたどり着くと、馬から下りて水辺で休憩している二人を見つけた。ルチアーナが気付いて手を振っている。軽食を持ってきたらしく、バスケットに色々と詰まっていた。全部ルチアーナの手作りだそうだ。

 焼き菓子を口に入れると、食べたことのある味に驚いた。

「ルチアーナ、これって」

「あ、めずらしいでしょ。バルバード領で採れる木の実を入れて作ってあるの。バルバード家のルキノって知ってるかしら。彼がレシピを教えてくれたのよ。王都にこの焼き菓子を売ってるお店もあるそうよ」

 リリーディアのいる店だ。というかやっぱりルキノはあの店に関わりがあるようだ。

 ルキノの名前を聞いて、カルロが渋い顔をしている。

「あの、ルキノ・バルバードが来年に学園に入学すると聞いたのですが…」

「カルロも聞いたの? そうよ、ルキノも私と同じ学年になるんですって。バルバード領はめずらしい他国の物とか手に入るから、ルキノが入学したら色々と楽しみよね」

 ルチアーナは楽しそうだけど、カルロはますます頭を抱えている。ルキノとは反りが合わないようだ。

「ルチアーナは、バルバード領の息子とも交友があるの?」

「え? え、ええ。ほら、何年か前に洪水があったでしょ。その復興のお手伝いで、知り合って」

 大公領とバルバード領は王都を挟んで正反対の方向にあるのだけど。自ら進んで災害のあった場所に行くなんて、止められたりしなかったのだろうか。

『ヒヒヒ、この女。やっぱり攻略キャラってのに全員なんかしらしてるなぁ。リリーディア母子が王都で店を開いてるのも、間接的に関わってるかもな』

 カラの言葉に僕も同意する。もうちょっと詳しく知りたいけど、ルチアーナが言うわけないし。

 これはまたアンナと一緒にリリーディアの店に行って、仲良くなる必要があるな。今度はちゃんと男の格好のままでね。

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