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 新しく出来たという評判の店へと向かうと、人々で賑わっていた。なんでもめずらしいお菓子を売っていて、まだ若いが腕の良い職人がやっているのだそう。大通りから一本裏道に入った場所にあるのに凄い人気だと、アンナも驚いていた。普通だとこういうふうに賑わうのは滅多にないそうだ。

 お祭りみたいで楽しそうだねと言えば、アンナは微笑みカルロはなんだか目頭を押さえている。カルロはちょっと薬が効き過ぎたのだろうか。


 少しすると集まっていた人の賑わいも収まったので、三人で店へと入った。派手な見た目ではないけど、美味しそうな焼き菓子が並んでいる。

「あの、もう少しすれば新しい物も焼き上がりますよ」

 声を掛けてきたのは、蜂蜜色の髪の少女だった。明るい笑顔が可愛らしい。とてもふくよかで豊満な丸い見た目の彼女が動いているのは、いつまでも見ていたくなる。それをアンナに言ってみると、微笑みだけ返された。

『ヒヒヒ、可愛いレオナルド。お前の美醜のセンスは俺様と同等だからなぁ。まだアンナには早過ぎるんだぜ。そこのカルロもガキ過ぎる』

 そういうものなのか。ああいう大きくて柔らかい体に身を沈めるのは気持ちが良いし、腰を動かす度に揺れる体と絡みつくのは癖になるのに。カラはどんな姿にもなれるから、こういう楽しみ方もあると教えてくれたのだ。カルロやアンナもきっとそのうち、年を取れば体験するだろうから、やっぱり経験なのだろう。

 奥から焼き上がった菓子をもって出てきたのは、少女と同じ蜂蜜色の髪の婦人で、同じような体型だった。少女が母さんと呼んでいたので、この体型は血筋だろう。親子そろって可愛いなあと思った。

「もしよろしかったら味を試してみて下さいな」

 そう言って焼き上がったばかりの菓子を配ってくれる。木の実が入っていてとっても香ばしくて美味しいんですと、少女はうっとりとした顔で言った。カリッとしてついやみつきになるんですと力説する通り、貰ったお菓子は美味しい。アンナもカルロも絶賛している。

「これは良い店を紹介してもらいましたね。値段もお買い得だし」

「売り子の女の子も可愛かったしね」

「え、ええ。愛らしい顔立ちはしていましたけど」

 全面的に同意はできないようだ。カルロを見ると、余計なことは言わないつもりなのか無言である。まあいい、アンナの屋敷に帰ってカラとこのお菓子を食べようと、馬車に向かおうとした時だった。

 歩いているすぐそばを、馬車が駆け抜けていく。カルロが気付いて引き寄せてくれたので、何ともないが。


 店の前で止まった馬車には、バルバード候爵の紋章がついている。バルバード候爵は国の西端、国境を守る一族だ。バルバード領は西に隣接する帝国との行路を管理している上、その付近の治安維持もしているので、屈強な猛者揃いとして有名である。もっとも王都に住む貴族は盗賊貴族と馬鹿にする者がいたりするが。

「やだ、誰かと思ったらカルロ君じゃない。可愛い女の子連れて歩いてるから、つい轢きたくなっちゃった」

「……ルキノ・バルバード」

 カルロが苦々しく名前を口にする。ルキノの名前は僕でも聞いたことがあった。煌びやかな衣類を身に纏い、男ながらに化粧をして、酒に女に賭博など色々と遊び歩いている放蕩息子。女性言葉を喋ってはいるが、激高すると手の付けられない暴れ者になるという。

「ルキちゃんって呼んでくれて構わないって言ったでしょ、カルロ君。それにしても両手に花って、いつのまにルチアーナから鞍替えしたの?」

「……彼女たちは学友だ。街歩きの荷物持ち兼護衛で一緒にいるだけだ。変な勘ぐりはするな」

「それをデートって言うんじゃない。ねえ二人とも、カルロ君狙いってやつ? それとも彼の友人狙いなの? 遊んでみるなら私とかどう?」

 赤く塗った目尻が特徴的だなと思っていると、流し目しているルキノと視線が合ってしまった。そのまま片目を瞑られたので、さり気なくカルロの背に隠れる。

「あら可愛い。リィとはまた別の可愛さがあるわね。良かったら今度、そっちのお友達と一緒に、楽しいことしましょ」

「……間に合ってます」

 アンナの地を這うような声に、ルキノは若干驚いた顔をしたが、すぐにまた笑みを浮かべている。

「怒っちゃいやよ。もういいわよ、リィに慰めてもらうから」

 そう言いながら、ルキノは先ほどまでいたあの店に入っていった。リィとはあの娘さんの事なのだろうか。

 取り残された僕達は、アンナの帰りましょうという言葉で動き出す。なんなのですあの人と、アンナは若干怒っている。何か許せない事でもあったのだろうか。

 カルロはカルロで、苦々しい顔をしていた。

「あんな方、出来ればもう会いたくありません」

「それなら大丈夫だろう。ルキノは学園には通ってないから」

 領地の治安維持が忙しいとの事で、長男以外は入学していない。それならなんで王都にいるのだという話だけど、ルキノが入学する年頃の時、領地で川が氾濫したり魔物が出たりと大変だったらしい。それが落ち着いたらしく、最近ようやく王都に別宅を持ったり王宮に顔見せに来たりと、少しずつバルバード家の者がやってくるようになったそうだ。


「そうそうカルロくーん! 私さぁ、来年から学園に入学するからよろしくねぇ!!」


 大声に振り返れば、店先からルキノが手を振っている。それを聞いたカルロは、さらにがくりと肩を落としていた。




「ヒヒヒ、昼間会ったあのルキノ、ゲームの攻略者の一人だぜ。女の知識によると、王都には王宮の内情を調べに来ているそうだ。放蕩息子と見せかけた裏でな。それで、ヒロインとくっつかなきゃ、バルバード家が叛逆するらしい」

 アンナの屋敷で用意された部屋で、カラはいつもの女性の姿になって寛いでいる。バリバリと、昼間買った焼き菓子を口いっぱいに頬張って、機嫌が良い。やっぱり最後に行ったお店のは美味しいとの事だ。

「ルチアーナと付き合いがあったみたいだけど」

「ヒヒヒ、俺様も万能じゃないからなぁ。王宮内とその近辺くらいまでだからな。国境付近で何かやってるかまでは流石に無理だぜ」

「バルバード家が大公領に出入りしてるって話も聞かないしね」

 そう、ルキノ・バルバードだけは情報がない。他二人、攻略キャラとなってる宰相の息子と魔法士見習いは王宮にいるので、カラのおかげでルチアーナが何をしているかわかるのだけど。

「やっぱりそのゲームと変わっちゃってるよね」

「ヒヒヒ、当たり前だ。同じ条件、同じ状況に陥ったって、その場でとる行動が変ってくるのが人間だぜ。記述には数年遅れて学園に入学するってしかないからなぁ。ルキノが何を思ってるかなんて、誰にも分からない」

 赤いドレスの裾が捲れ上がるのも気にせずに、カラはベッドの上に寝そべった。白い太ももが覗いていて、つい目で追ってしまう。

「一つだけヒントがあるとしたら、この菓子の店だな。ゲームと姿形が違うから気付きにくいが、あの娘がヒロインのリリーディアだぜ」

「可愛い子だったね、あの愛らしさなら確かに男性受けするかも。僕はあのままでいいと思うけど、他の人からしたらもう少し痩せたら、でしょ」

「ヒヒヒ、その通り。ゲームの最初じゃ母親が洪水で死んで孤児院で暮らしていたところ、男爵に見つけられ引き取られるってストーリーだがな。あれじゃ男爵も見つけられないぜ」

 アンナにお願いしてみようかな。お菓子とあの子が気に入ったからとでもいえば、また次にお店に行くのもありだ。

「そもそも彼女、ほんとに男爵の隠し子なのかな」

「さてな。ゲームじゃ男爵ってしか記述がないから、どこの誰の子かもわからねえ。ヒヒヒ、もしかしたらどっかの貴族が容姿を気に入って養女にしたのかもなぁ。貴族の息子と結婚させて、家の力を大きくしようだとかそんな所か」

 あり得なくもない話だ。ゲームのヒロインがそれを知っているかはわからないけど。この世界のリリーディアは、母親と二人で菓子屋を開いて暮らしている。可愛らしい容姿と見た目だけど、あれが誰かの思惑で歪められたのだとしたら。さてルチアーナは一体何をしたのだろうね。もしかして太っていれば男は振り向かないとか、そんな事を考えていたりするのだろうか。

 見目で判断する人間だと思われているのかな、僕は。まあカラの見た目はとても綺麗だから、面食いというのかもしれないけどさ。

 じいっとカラを見ていると、口の端についた菓子カスをべろりと舐めて、僕の方に手を伸ばしてきた。

「可愛いレオナルド、明日は王宮に行くんだろ。だったら友人の家に泊まる夜ってのを、楽しもうぜ」

「カラが言うから、まだ着替えてないんだけど」

 昼間アンナにお願いされたので、夕食の後でアンナの望むままドレスを着せ替えられていたのだ。いまも女の子の格好をしたままである。

「そのままだからいいんだ。ヒヒヒ、女の子の格好をした可愛いレオナルドと女の姿で睦み合うのも、倒錯的だろう」

「アンナがくれるというから、ドレスは汚したくないな」

「ヒヒヒ、それじゃ努力しなきゃな、レオナルド」

 柔らかなカラの胸元に抱き込まれ、ドレスの上から腰元を撫で上げられる。手を絡め合いながら、その赤く妖艶な唇に口付けた。








 王宮での顔合わせはつつがなく終了し、緊張した面持ちだったアンナもホッとしたようだった。

 父や宰相からは、アンナと友好関係であるのは良い事だと言われ、これかも末永く続く事をと言われている。これはアンナが公妾になった後も、タッシナーリ伯爵家が応援するという書面に正式にサインしたからである。そして彼らに追従する貴族達もだ。

 大公家に漏らされるかもしれないが、アンナが公妾になったところで困る貴族はほぼいない。チェスティ家は領地経営で手一杯で王宮で権威を振るう事はないし、そもそもアンナは子供を産めない体である。万が一、僕との子供を産んだとしても、その子はチェスティ伯爵家で引き取られるのだ。アンナの存在はこれまで権威を振るっていた貴族を揺るがしたりしないので、公妾になるのに反対する者はいない。いるとしたならそれは、アンナの父親に面目を潰されたタッシナーリ伯爵くらいだろうけど、最近彼が大きな顔をしているのが他の貴族から良く思われていなかったようで、良い気味だと言われている。

 ルチアーナの派閥をあまり快く思っていない宰相にとって、アンナの存在とタッシナーリ伯爵の書面は何よりの切り札となった。これでルチアーナが王妃になったとき、独占的に権威を振るう事がないよう押さえられる。ルチアーナの支持者であった者が公妾を応援するとはと、派閥の者から裏切り者扱いされるだろうからね。

「ルチアーナ様にはいつ言うんです?」

「最高のタイミングで」

「ではお任せします。私はレオナルド様の事を慕っている雰囲気で居れば良いですか? 大人しく可愛らしい小娘で王子様との悲恋を貫くという事で」

 アンナの言葉に笑いながら頷く。そういえばと、昨日聞きそびれた事をアンナに聞いてみた。

 ルキノ・バルバードに会った時ずいぶんと怒っていたから、気になったのだ。


「あの方ですか。……そうですね、見ていておぞましいからです」


 眉を寄せながら、アンナはルキノの姿を思い出したようで、あの化粧と格好が許せないのですと言った。

「そもそも化粧と煌びやかな格好をすれば放蕩息子に見えるだろっていう、その魂胆が見え隠れしてるのでして。女性言葉を使っているのも、あの態度もすべておぞましい。……実家の家業柄、女性言葉を使い化粧をする男性と接する機会が多かったのですが、あの方のはわざとらしすぎて嘘くさいのです」

 性格に難ありなのかと思ったら、もっと別の理由だった。


 アンナは美しい女性が好きだ。

 そして美しい男性もまあ好きなのだそう。自分の手でもっと美しくさせるのも好きなので、ああしてわざとあの見た目にしているルキノは、美しさというものを冒涜しているように思えてしまうらしい。そして本当に女性の格好になるのが好きな、いいや心が女性の方に失礼だとアンナは怒っている。


「放蕩息子といいますが、それもわざと噂を流しているのでしょう。朝方、父の店を取り仕切る番頭に聞きましたが、あの方は大衆酒場くらいでしか見掛けないとの事でして。もし本当に放蕩息子なら行くような店が建ち並ぶ場所でも、見たこともないそうです」


 貴族の息子は金蔓なのだ。番頭は顔と名前をしっかりと覚えているのが仕事であり、ルキノの化粧は顔立ちを変えるようなものでもないので、見落としたりしないそうだ。

「父のお店に来たら、何をしていたか教えて貰えるようにしておきますね」

 アンナの申し出は助かるので、ありがとうとお礼を言った。ついでに昨日の菓子屋へ何度か足を運んでほしい事をお願いする。すると詳しく聞く事もなく、アンナは良いですよと引き受けてくれた。

「あそこの焼き菓子は本当に美味しかったですし。もしあそこの娘さんがルキノ・バルバードの毒牙に掛かりそうなら、助けたいですから」

 確かにルキノは何かしてそうだものね、あの店に。腕が良いといっても女手一つで店が持てるだろうか。別の仕事をしている夫がいるのか、はたして。

「そういえばレオナルド様。宰相様が今日は息子が勉強会を開いているので気をつけてと言っていましたが、どういう事でしょう?」

「ああ、それは宰相の息子のアルバーノと魔法士見習いのジャンカルロが、魔法の勉強をしてるんだよ。…ルチアーナを招いてね」

 なぜルチアーナがと、アンナは怪訝そうだ。僕も最初は何でだろうと思った。

 やっぱりおかしな事だよねと、僕も肩を落とす。

『この国じゃ非常識な行いでも、あの女の頭の中には死亡フラグを潰すって大義名分があるからなぁ』

 以前フラグって何とカラに聞いたことがあるけど、説明がよくわからなかったので聞き流す事にする。ようは死にたくないから何をしても良いって思ってるという事なのだろう。

 誰だって死にたくないのは当たり前の事なのに。好き勝手にしたら処罰されるのは、法治国家ならわかって当然なのにね。

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