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昔むかし、あるところに一人の王子様がおりました。
王様と王妃様が結婚して、長い時間を経て、やっと誕生した王国の王子様です。
国中の誰からも愛され、喜ばれ、お城で誰よりも幸せに過ごしている王子様。
そう、その筈でした。
一体何が始まりだったのか、幼い王子様にはわかりません。
ある日、母の王妃様が言いました。
もっと王子様を厳しく躾けるべきだと。
もっと勉強を、もっと剣術を、もっと魔法を。
生まれ持った才能におごる事なき立派な王子様になるべきだと。
それは立派な考えで、王妃様の言う事は正しい事です。
ですが幼い王子様には、今まで優しく包んでくれていた世界が、突然痛みしか伴わないものに変わった瞬間でした。
嫌だと泣いても誰も助けてくれず。
無理だと叫んでも誰もやめてくれず。
父親である王様に泣きつけば、お前はいずれ王になるのだから強くあるべきだと言われてしまいます。
母親である王妃様に泣きつけば、そんな事では王になれませんよと言われてしまいます。
王子様に降りかかった厳しい環境は、どうやっても変わりません。
それでも王子様は、王様も王妃様も好きだったので、将来王様になる為になんとか頑張っていました。
けれどある日、聞いてしまうのです。
やっぱりお兄様の方が良い。
お兄様とは、王子様の腹違いのお兄様の事です。
とても優秀で、誰よりも優しくて立派な、王子様も大好きなお兄様。
けれどお兄様は、妾の子なので王様になれないそうです。
だから王子様は、お兄様にも言われたとおり、立派な王様になるべく、頑張っていたというのに。
心ないその言葉で、王子様はとてもとても傷つきました。
そうして王子様は気付いてしまうのです。
王様も王妃様も、王子様の事を見てくれません。愛してくれません。
もしかしたら愛はあったかもしれませんが、幼い王子様が求める愛を、二人はくれませんでした。
お兄様は王子様に優しくしてくれましたが、勉強で良い成績を出せない事に顔を顰めていました。
もしかしたらやっぱり愛はあったかもしれませんが、幼い王子様が求める愛を、腹違いの兄はあげることはできませんでした。
泣きながら部屋に籠もった王子様。
ひとしきり泣いて、ベッドで丸くなっていると、いつの間にか眠ってしまっていました。
目を覚ますと、窓の外は真っ暗で星空すら見えません。
どれくらい眠っていたのでしょう、もう真夜中かもしれません。
泣きはらした目はじんじんと熱を持ち、いったいどんな顔になっているのかと、王子様は鏡を見ました。
鏡を見ると、窓に映った王子様の姿が映っていて、そして窓には鏡に映った王子様の姿が映っていました。
延々と続くそれを目を開いて見つめていると、鏡の中で何かが蠢きます。
一体何だろうと思っていると、不意に側にあった空の水差しに、黒い影が飛び込みました。
飛び込んだ勢いで、半分だけ開いていた水差しのふたが閉まってしまいます。
水差しの中には、小さな黒い丸い物が浮かんでいました。
驚いて動けずにいる王子様に、黒い影が喋りかけます。
影が喋ったことに驚きましたが、世の中には精霊がいますし、魔法だってある世界なので、これもそういうものだろうと王子様は思いました。
オマエノノゾミミッツカナエテヤロウ
影の言っている事は難しくよくわかりませんが、王子様の望みを叶えてくれるようです。
それも簡単に手に入らないものでも、不可能なものでも。
なので王子様は、素直に望みを言いました。