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練習用 縛り小説  作者: GU
2/4

①その夜Aは寝室で本を読んでいた。

高校での催しで、彼は推薦図書を紹介するスピーチを行うことになったからだった。

Aが紹介する本の名は、「嫌われる勇気」という名前だった。

学校の本棚に紹介されていたものを手に取ってみたところ、内容が深くAはすっかり本を読みふけってしまっていた。

「今日はこの辺にしておこうかな」

時計の針は12時を回っており、Aは就寝の準備を始めた。

本にしおりを挟んで、明日も続きを読めるようにしておく。

それから歯を磨き布団を敷いて、電気を消してAは横になった。

布団の中でAはスピーチ当日のことを考えた。

本番は一週間後に控えている。大勢の前で話す経験は浅かったので、Aの胃は委縮した。

「でもいい機会だ。優勝させてもらおうかな」

スピーチはともかく、Aが選んだ本の内容には絶対の自信があった。

あとは自分がどのくらい観客に本の魅力を伝えられるか、に掛かっている。

「明日は構成を考えないとな。帰ったらすぐに始めないと」

Aは明日に向けて、目をつむって深い眠りに落ちていった。

②翌朝、目が覚めてからAは軽く食事を済ませると、家を出た。

家から高校まで二十分ほどかけて歩く。

歩いて高校まで来ると、脇道に大きなオブジェクトとその横で作業をしているジャージ姿の男子生徒が見えた。

「おはよう。調子はどうだ、隆。」

Aは隆という男子生徒に声をかけた。

Aに気が付いた隆も挨拶を返してきた。

「やあA。まだまだ時間がかかりそうだよ。文化祭まで間に合うかなぁ」

タオル片手に汗を拭く隆の顔には疲労が見えた。

  きっと正門が開いたのと同じ時間に学校へ来たのだろう。

  「オブジェクトよくできてるなぁ。さすが未来の一流彫刻師だ」

  「ありがとう。結構自信あるんだよ」

  「うん。でも頑張りすぎるなよ」

  Aは隆の道具の片付けを手伝って、一緒に校舎へ向かっていった。

  昼休みになると隆は再びオブジェクトの制作に行き、Aはスピーチの用意をしていた。

  自分が言いたいことは何か、その為の根拠は。自分の本に対する感想を織り交ぜながら、魅力的なスピーチにするための構成を立てていく。

③授業が終わったら、寄り道せずそのまま家に帰って構成の続きを練る。

しかし、Aにはどのようにしたら本を簡潔に説明できるのか分からず、とにかく時間が過ぎていった。

机についてもいい案は出ず、本をもう一通り読んでもシンプルに纏まらない。

「5分で終わらせなきゃいけないのに、このままじゃ困るな」

物事は何を増やすかよりも、何を減らすかの方が重要だと言うが、まったくその通りの状況だった。

「そういえば、隆もオブジェクトをシンプルにするのに苦労してる、って言ってたような」

Aは隆に連絡をした。隆からの返事はすぐに来た。

そしてこれから会う約束をした。

隆も自主制作の方に手間取っているようで、気分転換をしたいということだった。

「じゃあ10時に学校前で待ち合わせだ」

隆にそう伝えて、Aは会う準備を始めた。

夕食を済ませ、両親に隆と会うことを伝えると、Aは家を出て学校へ向かった。

学校に着くと、すでに隆が待っていた。

「やあ。Aも詰まってるのか。お疲れさま」

隆はこっちに気が付くと、スマホをしまってこちらへ来た。

④「発表準備なかなかうまくいってないみたいだね」

 「ああ。うまく纏まらない」

  Aは少し恥ずかしくなって、苦笑した。

「歩きながら話そう。そっちの方が涼しいし、気持ちよく話せる」

隆はそう言って、大通りの方へ歩いていった。Aも彼の後を追っていく。

「何を作ればいいのか、時々分からなくなっちゃうんだよね。」

隆が言った。

「何をって何だよ? 自主製作でもオブジェクトを作ってるんじゃないのか」

「ああ、そういうことじゃなくて、何をオブジェクトに込めたいのかってことだよ。」

隆はスランプに陥っているようだった。自分はなぜオブジェクトを作っているのか。オブジェクトを作ることで何ができるのか。そういう哲学的な悩みになっているようだった。

「すごいな。隆はそこまで考えて取り組んでいたのか。」

本気でオブジェクト制作に打ち込む隆はすごいが、Aには彼にかけるアドバイスがすぐ見つからなかった。

「難しいな。俺はそこまで本気になって制作に取り組んだことがないから」

Aは自分が思っていることを率直に隆に伝えることにした。

⑤「本に書いてあったんだけど、今を生きることが重要なんだってよ。」

「それどういう意味?」

隆はキョトンとしている。

「今度、プレゼンで紹介する本なんだけど『嫌われる勇気』っていう名前でね。そこにはこう書かれているんだ」

Aは隆に本の内容を説明した。

見返りを求めないこと。他人と己の問題を意識して行動すること。未来を予測せず、今を集中して生きていくべきだということが主な内容だった。

「隆が誰かに頼ってるってわけじゃないけど、、今隆がやりたいと思うことを考えてみればいいんじゃないかな。」

「それは難しいな。何をやりたいのか悩んでいるわけなんだから。」

「なら考えるんじゃなくて、オブジェクト作成以外の趣味をしたらいいんじゃないか?」

だんだんとAの説明に説得力が帯びてきた。

「とにかく行動して、その間に新しいことを思いつくかもしれないよ」

「そうか。他のことを、ね。」

隆はしばらく考えた後、Aに言った。

「ありがとう。家でゆっくり考えてみるよ。」

隆は吹っ切れたようだった。

「ああ、がんばれよ」

それから二人は大通りを後にし、家へ帰っていった。

⑥二人の作業は峠を越え、順調に進んでいった。

そして学園祭まで3日を切った日にAの作業はほぼ終了した。

Aはスピーチの構成をまとめ、人前で話せるようになっていた。

「隆、俺今日スピーチの練習がしたいんだ。聞いてくれないか?」

隆へ連絡して、スピーチの練習を頼んだ。

しばらくして隆から了承を得た。

「じゃあ放課後、学校の門にきて。折角だからオブジェクトも見せたい。」

隆からの要求に了承し、Aは布団に入って翌日の放課後を待った。

翌朝、学校へ行き、6時間目が終わるとAは約束通り校門へ向かった。

Aが校門に着いた時には、既に隆が待っていた。

「お待たせ。随分早いな」

「先に来て見られると残念だからね。俺がシートを取りたいからさ。」

Aはそんなことしないよ、と苦笑した。

「それより早く見せてくれよ。隆の自信作をさ。」

「ああ、しかと見とけよ。」

隆はオブジェクトを覆っているシートに手をかけて、引っ張った。

中からは石膏で作られた純白のオブジェクトが現れた。

「きれいだな。」

「ありがとう。…でも、それだけかよ」

「俺には芸術なんて分からんよ。でもこれがすごいことは分かる。」

出っ張りや凹凸のない綺麗なオブジェクトだった。

⑦「じゃあ次はAの方を見せてもらおうかな。」

「ああ、準備万端さ」

校舎裏の方へ行き、隆にプレゼンを見てもらう準備をした。

誰かに見られては緊張もするし、折角なら他の人には本番で見てほしかったからだ。

100時間以上費やして準備したプレゼンには、A自身もかなり手ごたえを感じている。

「それじゃあ、A渾身のプレゼン見せてもらおうかな。」

「ああ。覚悟しとけよ。」

Aは隆がオブジェクトに負けないくらいの気迫でプレゼンに臨んだ。

いざやってみても、事前に何度も練習をしておいたため、落ち着いて話せている。

5分以内という制約も、用意しておいた大きめの置時計を見ながらならうまく調整できている。

そして5分が過ぎ、台本を用意せずにAは隆の前でプレゼンをやり切ることができた。

「すごいじゃないか。つっかえることもなかったし、声の強弱もはっきりしていたから説得力があった。」

「本当か。頑張ったかいがあった。」

「ああ。もう本番をしてもいいくらいだったよ。」

Aの作ったプレゼンは出来がよかった。

Aは隆にお礼を言って荷物を纏めた。

そして互いに当日の成功を祈って、帰っていった。

⑧もうやることは何もない。

本番前日の夜、Aは台本に眼を通し、「嫌われる勇気」を読んで明日に備えていた。

練習も何度も行い、感覚だけで上手く説明するレベルまで落とし込んだ。

「もう少し練習するか。コーヒーでも飲んどこう」

Aは自分の部屋を出て、キッチンまでコーヒーを飲みに行った。

キッチンには既に母親がいた。

「発表、うまくいきそう?」

「ああ、バッチリ。優勝間違いなしだよ。」

Aは、冷蔵庫から市販のコーヒーを取り出し、コップに注いだ。

「もう遅い時間よ。コーヒーまだ頑張るの?」

「ああ、なるべく完璧にしておきたくってさ」

時刻は既に12時を回っていた。学校には8時半までに登校しなければならないため、いつもAは日付が変わる前に就寝していた。

「そう。でもほどほどにね。お休み」

「お休み。」

あと二時間は頑張るつもりだった。先日隆が作ったオブジェクトを見せてもらったが、まだあの時は80%の出来だったらしい。

隆は今日の夜に完成させて当日に完成品をお披露目すると言っていた。

「俺も最後の一押しだ。」

  Aは自室に戻って練習の続きを行った。

⑨Aは練習を終えるとすぐ布団に入った。

そしてすぐに意識が遠くなっていった。

不思議と本番に対する緊張は感じていなかった。

翌朝も気持ちよく目覚めて、コーヒーを飲んで、本番に備えた。

「おはよう。もう出かけるの?」

母親が1階に降りてきた。

母親はAに気が付くとそう言った。

Aは既に制服に着替え、玄関で靴を履いていた。

 「学校で練習しておきたいんだ。行ってくる」

 「行ってらっしゃい」

Aは家を出て、学校へ向かった。

校門を過ぎたところには、隆の作ったオブジェクトが建っていた。

「すごいな。ここまでやるなんて」

オブジェクトは数日前より完成度が上がっていた。

残念ながらゆっくり見ている時間はなかったので、すぐに後にする。

 学校に着いてからは、学年集会が始まるまで、教室で練習をしていた。

そうしていると隆が教室へ入ってきた。

「よく頑張るなぁ。今ぐらい休んだらどうなんだよ」

「いやだよ。隆のオブジェクト見せられたら、俺だって手は抜けない」

「へえ。それじゃあ本番楽しみにしてるよ」

学年集会のチャイムが鳴った。あと数時間でAの本番が来る。

「行こうか」

「ああ」

Aは隆と学年集会に向かった。

Aの心は穏やかさと適度な緊張感で満ちていた。

⑩数日後。Aは「嫌われる勇気」を初めて読んだ時のことを思い出していた。

あまり読書したことがなかったAが何気なく図書室で手に取ったところ、ストリー形式で分かりやすく説明されていたことが印象に残っていた。

それを機にAはよく読書をするようになったのだが、「嫌われる勇気」は現在でも時々読み返していた。

いざスピーチをすることを決めた時も、この本以外のことは頭になかった。

この時には数百という数の本を読んだ経験があったのに、だ。

Aのこだわりようはすさまじく、スピーチの準備に取り掛かったのは、出場を決めた1ヶ月前だった。

親友である隆の存在もあり、彼のオブジェクト制作と合わせてAもスピーチに精を出していった。

しかし、Aは人前で話すことに慣れておらず、スピーチをどのように組み立てればいいのか、先の見えない状態だった。

そして大がかりなスピーチの準備をし、本番を終えたAは次のスピーチに向けて本を選んでいた。

催しでのスピーチ大会が好評だったため2回目が行われることになっていたのだ。

「絶対、また良い物を作るんだ。」

Aは本棚を漁って、次のスピーチの準備を着々と進めるのであった。


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