孤独を感じるもの
「ん、んー」
カーテンから漏れた朝日が私を目覚めさせます。ベッドの上で両腕を万歳してぐっと力を入れ伸びをしました。これをやるとじんわりと肩から体が楽になります。
ベッドから起き上がり、カーテンを開けます。借りた部屋は最上階の5階で、街を展望出来るわけで。
「これが、街なんですね」
管理棟では大きな建築物しかありませんでしたし、中に住んでいるのは人ではなく機械でしたから、設備の保持のために無機質な印象しかありませんでした。しかし、今目の前に広がる家々はなんていうのでしょうか。
「なんか、暖かいな」
人が住むための家は、温もりを感じさせました。
レンガ作りの家がほとんどで、その赤茶色がより一層そういった印象を与えているのかもしれません。
朝食の場所は、昨日フォーさんに教えてもらいました。昨日と同じ場所ではなく、話にあったここの住人全員で摂る部屋です。自分の部屋で済ませて良いと許可をいただきましたが、私の仕事は視察です。それは土地の情報に関わらず、義務官と区民の関係までもが含まれます。とにかく思い付く限りの全てを視察します。なので、私もここの住人達と一緒に食事を摂らせてもらうことにしました。
カーテンを閉めて、寝間着から藍色の服に着替えます。これが私の正装です。寝間着は昨日、管理棟から生活必需品などその他諸々と一緒に送られてきました。
脱いだものはきちんと畳みます。管理棟では、研究者の人達や管理人の洗濯をこなしていたのでピシッと決めます。
今日からリリィさんが私に着いてくれます。同年代の子がいないので、仲よくしたいです。
ドアを開けると、うさぎ耳が目の前にありました。
「あ、おはようリリィさん。迎えに来てくれたんですか?」
「え、と。その……そうです……」
どうやら緊張しているみたいです。私が管理棟から来たからでしょうか。昨日はそういう様子はなかったと思うのてすが。耳がすごい小刻みに震えています。私より全然大きい胸も……。
「……何歳ですか?」
「じゅ、12……です」
「……私より4つ下」
なのに。
「ずるいです!そんなに胸が大きいなんて!」
「ご、ごめんなさい……!……?」
「でも身長は……耳って身長にはいります?」
「えと、体の一部なので、入る……かと」
「そう、だよねぇ」
がっくし。12歳でどうしてここまで大人な体をしているのか。どこで私は間違ってしまったのでしょうか。
くすり。とリリィが笑った。
「やっと笑ったね!」
え?とリリィが反応する。その意味を理解できないまま頭に入れたといった反応。
「少し表情が固いかなって」
リリィが強張る。誰が見ても明らかな程に。
「あのね、お願いがあるんだけど」
リリィが一歩下がった気がした。気持ち的に。でも。
「友達になって欲しいんだ」
「友、達……?」
「うん。友達っていうのは共に喜び、時には喧嘩をして、一緒に悲しむ、そういう関係なんだ。遠慮のいらない対等な関係……っていうのは知ってはいるんだけど、実は友達いなくてよく分からないんだ。あはは……。だから私の一人目の友達になってくれない?」
リリィは渋るような素振りを見せる。私が少し寂しさを感じると、リリィは話してくれた。
「私は、奴隷だったんです。9歳のときに、商人に捕まってこの大陸で売られました。商品にするための調教として乱暴もされました。でも私は運良く、ユーグ様に買われました。ユーグ様は私を奴隷としてではなく、従業員として雇ってくれて、本当に、感謝出来ないほどです。他の子たちは大抵、ペットとして買われて、飽きられれば殺されるか売られるか、です。」
だから奴隷だった私を友達にすると、あなたの品が落ちます。
労働力としての奴隷ではなく、慰みとしての奴隷であることは、リリィの表情から伝わってきます。
きっとこれが、要様の言っていた"裏"なのでしょう。それもウルヌスどころか、機械都市に限った話ではなくこの星全体の。リリィさんは他大陸出身らしいことからも明らかです。
今何を言ってもリリィの心境は変わらないと思います。変えるにしても、私とリリィの関係はつい昨日に期間限定で偶然的に接点が出来たに過ぎません、余りにも関係が浅すぎます。でもいつかきっと。
とりあえず今は、管理人代理人として接する他はないようです。
朝食をご馳走になり、遂に外に出るときが来ました。
朝窓から見たときはあまり人は居ませんでしたが、どうなっているか楽しみです。
「リリィさん、フォーさん。よろしくお願いします」
「はい。出掛ける前に一つ約束していただきたいのですが」
フォーさんが着ている服は執事用ですが、昨日のような黒色ではなく赤色でした。迷子になったとき目印になるようにという配慮です。
「もし何かトラブルが起きたときは、私を置いてお二人は身を隠してください。……約束ではないですね。申し訳ありません。これは命令です。では行きましょう」
フォーさんが玄関のドアを開きます。部屋のドアよりも、何倍も荘厳なドアが大きく開いていきます。両開き式なのがまた存在感をひきたてます。
リリィさんはメイド服ではなく、白のワンピースを着ています。ユーグさんから休暇を与えられたそうです。なので今日のリリィはメイドリリィではなく、ただのリリィです。私への付き人役も今日はないので、仲よくなるチャンスかもしれません。
外に出て最初に目についたのは巨大な時計塔です。木製で、すごく凸凹してます。
「あの塔は塔、であって塔、じゃないんですよ。私も最初、見たとき驚きました」
近づけば分かりますとリリィは話してくれました。朝よりは幾らか自然に話せている気がします。少しは馴れてくれたかな。
5分ほど歩くと、地面がコンクリートから土へと突然変わりました。そして、ここまで来れば塔の正体に気づくことが出来ました。
「これ、木製じゃなくて木そのものじゃ……」
「そう、なんです。機械都市が出来た初期に植えられた、そうで、ここら辺の建物より、ずっと年寄り、なんです。しかも年々成長していて、時計の高さも、高くなってるんです、よ」
「おじいちゃんどころじゃないんだねえ」
いつか見えなくなってしまうんじゃないでしょうか。それにしても、こんなに、雲まで届きそうなのに管理棟から見えないなんて。ふと、後ろを振り向きます。管理棟がある方角。棟は見えず、確認できるのはゲートだけ。時計塔よりも更に高い、無機質の壁。
「いつか、管理棟からも見えるようになればいいな」
あくまで私がここにいるのは視察のため。視察が終わればまたゲートの中へと帰らなくてはならない。今まであの中に居たのに、言い知れない怖さが込み上げてきました。
「結殿!伏せて!!」
フォーさんの声が耳に入るのに反射して頭を抱えるようにしてしゃがみました。その一瞬後、私の頭部があった場所を何かが駆け抜け……。
バキキ。背後の時計塔の木を穿ちました。実物を見たことはありますが、その威力を見たことはありませんでした。
「……銃」
人を殺めるための道具。
「リリィさんは!?」
リリィさんより先に撃った人間を視界に捉えました。狙いは私らしく、リリィさんには目を向けていません。しかし安堵……は出来ない。狙われているのだ。悲しみよりも、悟りの方が強かった。というよりも悲しむ時間がなかった。死ぬんだ、それだけだ。
次弾は弾が発射されたときに、既にリロード体勢に入る。私が避ける時間は、ない。
「要様、すみませんーー」
銃弾が射出される音。私を生き物の枠から外す音。私は目の前が真っ暗になった。死んだ後は、どうやら宇宙かどこかに放り込まれるらしい。
『大丈夫か?ーー聞こえないのか?ーー結!!』
「ーー!ーー要……さま?」
自分の頭をまさぐる。髪が乱れるが、構わない。私は知りたい、頭部がどうなっているのかを。
『大丈夫だ。お前は傷一つついていない』
「どうして?」
『どうしてって、私が守ったからだ』
私の替わりに弾を受けたのは地面だった。正確には、この星を造っているコンピュータ群とでも言うのか。メーターが点滅を繰り返し、やがて止まった。星を簡単に造れるわけではないのだ。土を適当に丸めただけでは重力は発生しない。ではその重力はどこで生じているのか、と聞かれればコンピュータが生じさせているのである。要様はそのコンピュータの一部を射出させ、弾を受け止めることによって、私を守ってくれた。これは何の機械を制御していたのだろう?
「……要様。大丈夫なんですか?」
襲撃者は突如現れた地面の壁に唖然としていたところをフォーさんが拘束しました。それにより、私の頭の回転も正常になる。このコンピュータは、何か大事なものを任されていたのではないだろうか。
「温度管理のための電力ポッドの一つだ。非常用のものなので問題ない。丁度、地面が土で良かった」
時計塔の巨木のために、ここは舗装されず土だったのが幸いだった。コンクリートだったら、おそらくこのコンピュータ群は地表に突き出ることは出来なかった。この限られた場所だからこそ可能な手段だったのだ。
この地面は巨木のための地面。つまり私は、この巨木に救われたのだ。
「結殿」
「なんでしょう、フォーさん」
「私は彼女をエルドライトへ連れていきます。なので、一旦護衛をドリーに引き継がせます。庇うということに関して彼は一流ですので、ご安心ください、それでは失礼します」
後々聞いた話では、ドリーは人ではなかった。甲殻を持つ生物を人へと昇華させたもの……らしい。銀の甲殻がギラつく、直線が際立つフォルムは、銃弾を弾くことは分からないが、傷をつけるに留めるだろうと思わせた。
その目に、感情は感じ取れなかった。
20のディスプレイが床を照らす。管理棟の中央管理塔の最上階。管理人である要は送られてくる情報を処理していた。その中には結のペンダントからのものもある。
ペンダントは全方位の視覚情報を送ってくる。その中で結の体で遮られた情報は切り捨てる。視覚だけでなく聴覚情報、熱、大気の状態、結が歩くことによって生じる振動etc。人間ならばその情報量の多さに脳が焼ききれるだろう。しかし管理人はこれらを処理するのに脳の3%も費やしていない。直接的に情報を情報として処理するため、処理速度が速いのだ。人間のように目から色が送られ、脳がその色を赤だと識別するような手間はない。赤も情報である。識別する必要はない。赤は赤として最初から認知されている。
ペンダントが取得する情報の中で一番気になるものは執事のフォーだ。彼の行動パターンをペンダントに真似させればその異質さに気付く。彼は物陰、曲がり角の先といった死角に目を向けている。
おそらく彼は、いや間違いなく裏の仕事を行っている。ユーグの管理のもとか、独立しているのかは分からないが。とにかく、そういう行動をとるということは、とらざるを得ないということだ。このセプテヌスには裏が存在している。
そして、ドリー。
感情がなかった。消していたのかもしれないし、消されたのかもしれない、元々なかったとも考えられるが異質だったことは確かだ。
通信が入る。どうやら頼んでいたものの試作品が出来たらしい。正直なところ、本当に必要になるとは思わなかった。二日目にして、この騒動。管理棟に一番近いエルドライト区でこれだ。
「休憩ついでに直接拝見するか」
ディスプレイの明かりが消える同時に、部屋の照明が20%の照度から60%の照度に切り替わる。
私は革製の椅子から立ち上がり、エレベータへと向かう。行き先は地下8階。爺共のラボだ。
エレベータは加速を感じさせずに20秒ほどで目的地へと速度を落とした。
「お前さんが来るとは珍しいの」
「一応私の分身だからな、直接見ておきたかったんだ。あんまり似せてないよな?瓜二つとかだったら張り倒すぞ」
「瓜二つにしたら張り倒してくれるんじゃけ?!」
「お前は黙ってろの」
変態爺のニッチが丸眼鏡の爺エルボーに叩かれた。
爺の相手は疲れる。
「悪いが、ニッチにはウルヌス、エルドライト区で直してほしいものがある」
「……なんでそんなとこまで行かなきゃならんけ」
「この惑星のコンピュータ群の一部でもか?」
「け?」
「おい、そりゃどういうことだ?」
「緊急事態でな、コンピュータ群の一部を地表に突出させた。その結果、一部が機能停止になった。直すなら総取替しても構わん」
「行ってくらぁ」
ニッチは機械オタクだ。惑星の一部など、触れる機会はほとんどない。
「資料はいるか?」
「見れば大体わかる。今すぐ行ってくるけ」
「いや、頼んでおいて悪いが、あれの試運転も兼ねたい。明日にしてくれ」
「やる気を折られたけ……これはお預けプレイというやつじゃな!」
「あいつはほっとけ。こっちだ。着いてこいの」
エルボーに案内されて入ったのはラボラトリ17、調節室だ。ここでは作成された爺の発明品の微調整を行う。
「名前は"針<シン>"だ。なかなか良いぞ。お前には劣るがの」
「自分で言うのもなんだが、私より性能が良い機械なんているのか?製作者さん」
「ふん。いるわけねーだろうがの」
エルボーは不適に笑う。
「わしらが人生を捧げたんだ。オンリーワンなんざいらん。ナンバーワンでなければ困る」
「その物言いだと、針はオンリーワンみたいだな」
「その通りだ。はあ、最高の頭脳をこんなくだらない推測に使わせるとは」
針の目の前に立つ。部屋に銀と金の髪がまるで光をはなっているように見えて、エルボーは思わず見惚れる。芸術的な意味で、だ。
「針はその金の髪ですらも武器だ。一本一本関節がある。攻撃特化にしろと言われたからの。超特化にしてやったわ」
エルボーはPCを操作し、要にデータ送る。それを5秒で整理し、全て理解する。
「こいつ、防御出来るのか?」
「出来ない。が、しないだけだ。針には必要ない」
エルボーは続ける。
「最高の攻撃をするためには、最高の硬さが必要だ。頑丈さで言えば要、お前より堅いぞ。そいつは防御せずとも防御してるんだ。欠点を言うとすれば、攻撃以外に脳がない。あと重いせいで初動に若干のロスがある。しかしそれも機械的に見てだがの。人間的には問題ない、むしろ速い」
確かに対人戦に関しては、何人で来ようが秒殺出来るだろう。しかし殺戮マシンでは駄目だ。
「ハードは問題なさそうだ。しかし、ソフト面は何とかならないか?せめて攻撃対象外くらいは設定出来るようにして欲しい」
「分かった。ロージーに伝えておこう」
ロージーはソフトに強い。私の脳も、ほとんどロージーによる物だ。
まだ魂のない針の頬に手を添える。その体に熱はない。私と同じだ。いくら人工皮膚が本物と同等の質感を持っていても中身が金属であればそれは機械だ。人ではない。
通信が入る。結の妹からだ。
『かなめ様どこー?お腹空いたー』
「4階の掃除は終わったのか?」
『あ、かなめ様。うん、あんまし汚れてなかったし』
「汚れてなくても掃除はしてくれ。そういった日々の繰り返しが、清潔へと繋がるんだ。終わったら、ご飯にする」
人間みたいな言葉だ。でも、人ではない。私は、機械だ。
『えー……。わかったよー』
結がしっかりし過ぎていたせいで、妹は少しだらけ気味だったからな。いい機会だし、少し指導しておくか。
静けさが訪れる。針は無言のまま私を見ている。実際には瞳に内蔵されているカメラのレンズに私が映り込んでいるだけだ。その視覚情報はどこにも伝達されていない。
「私は孤独なのか?」
その聴覚情報は、後ろにいる製作者にしか聞こえていなかった。