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機械都市アパラタス  作者: 綾
第一章 偵察
1/3

ゲートの先にあるもの

 機械都市アパラタスの状況報告を命じる。


 私、笠原結は昨日の晩に命令を受けました。

 私は管理棟から外へ出たことがないので、少し不安です。でも機械都市アパラタスの管理人、要様の指示なので断れるはずがありません。


機械都市はこの惑星に6つあるだろうと言われている大陸のうちの1つです。名前が都市ですが、1つの国です。名前の通り機械に精通した国で、その中でも最も最先端を行くのが管理棟と呼ばれる地区です。管理都市アパラタスの中央に位置する管理棟の最奥地である中央管理塔で、この都市を統べるのが管理人である要様です。機械都市は5つの土地に分けられており、各土地の支配人である上級義務官は米の生産量から、産まれた赤ん坊の数、海の波の状態、天気など様々な情報を毎日管理棟へと提出します。その情報を管理人は整理し、土地に異常がないかを把握し、問題があれば修正するのが仕事です。


 管理棟での私の仕事は管理棟中央の、管理人が住まう中央管理塔をお掃除したり、要様のお世話をすることなのですが、今はその仕事を妹の茜に任せています。要様は優しいので心配は……少しありました。妹の茜は普段からだらけているので、私がいなかったらサボって仕事をしないかもしれません。あとで要様に聞いてみるとします。


『そろそろ着くので支度をしてください』


 車のナビを通じて、要様から指示が来ました。それにしても車って思ってる以上に速度が出るのですね。管理棟から出たことのない私には無用の産物でしたから。フルオート運転のこの車は、常に揺れがないように、不可解な加速がないように演算回路が高速で思考しています。そのおかげで私は車酔いというのをしなくて済んでいます。


 今回の私の仕事はアパラタスの全土の視察です。機械都市の土地の一つであるゼーテに異常が見られたことでした。なので、全土の視察は名目上です。最終目標はゼーテに関する情報を集めること。そして可能であれば原因の究明を行います。要様は、他にも下地がなんとか言っていましたが、私には良くわかりませんでした。


 土地と関わりがないーーというよりあまり干渉することがないように管理棟から土地へ行くにはウルヌスから入る以外にありません。

 なので、必然的に最初の視察は管理棟に唯一通じているウルヌスなります。


 音もなく車が管理棟とウルヌスを隔てるゲートの前で止まりました。管理棟を囲む海も白い靄の中に見えなくなっていて、そこに海があるのかも怪しくなるほどの濃霧です。潮風を感じることが唯一海を近くに感じさせます。後ろを振り向くと、霧が完全に来た道を隠していました。一人で帰れと言われたら泣いてしもうかもしれません。私の知る世界の全てである、あの巨大な管理棟ですら先に存在を感じ取れないのですから。


「ここはウルヌスとアパラタスを繋ぐゲートだ。何用で参った?」


 ゲートの左右に立つ二人の門番兵は、右がアパラタス、左がウルヌスの兵士なようです。要様から、アパラタスの門番には話を通してあるとのことなので、私はウルヌスの門番へ向かって目的を告げました。


「管理人、要様の代理で視察に来ました。滞りなく土地が管理されているか見させていただきます」


 要様から預かった書簡をウルヌスの兵に渡し、確認が終えるのを待ちます。ウルヌスの兵が中身を確認し、幾つか作業をしたあとに通行の許可をいただきました。


 ゲートの前で上を見上げると、こちらも霧で全貌が隠されていました。まるで、この目の前の鉄の門が浮遊しているかのように感じられます。管理棟からは、このゲートに阻まれて先が見えませんでした。14年間ここで暮らしていた私にとっては、この向こう側にきちんと地面が続いているのか疑わしくあります。これを越えることになるなんて夢にも思いませんでした。楽しみではありますが、私にとっての世界はこの海に囲まれた管理棟だけでしたので少し不安です。


門番の合図でゲートが左右に開き始めました。思ったより静かで、きちんと整備されているようです。


 ゲートの先を見るとそこにウルヌスの姿はなく、トンネルがずっと地下へと続いていました。どうやらまだ到着ではないみたいです。残念ながらここから先車は使えないらしいので徒歩です。。私はばれないように小さく溜め息を吐いて、要様から貰った銀のネックレスがあることを確かめてから、薄暗がりへと足を進めました。





トンネルに入ってからどれくらい経つでしょうか。終わりの分からない道のりは、少し疲労を感じさせます。暗闇を一定間隔に並んだランプが照らします。ランプからは離れていても熱を感じました。おそらくわざと光への変換効率を低くしているのでしょう。その熱のお陰で寒く感じることはありませんでした。何度目かの曲がり角の先は行き止まりで、梯子がのびていました。


「これ、登らなきゃ駄目だよね……」


私の今の服装は、藍色のロングスカートと上着が一体となった修道女を思わせるもので、要様に仕立てていただいたものなのです。なのであまり汚したくないのですが(高そうですしボソ)、進まないことには仕事も果たせないので、極力梯子に服が触れないようにしながら進みました。


カツンカツンと音を立てながら進んでいくうちに、梯子が汚れていないことに気づきました。おそらく、さほど使われてこなかったのでしょう。登りきったあとに服を見ても汚れはなさそうでひと安心です。


少し歩いた先に出口が見えてきました。ゲートのような、隔てるような印象はなく、少し豪華な雰囲気です。灰色が占める空間の中に、赤色がとてもよく映えるドアです。


「要様でよろしいでしょうか?」


「え?」


赤いドアの横に立つ執事に尋ねられました。要様はこちらには来ていないはずなのですが……。


辺りを見渡すけれども当然お姿は見当たらず、どうやら執事は私を見ていることに気づきました。


「ええっと、私ですか?」


「左様でございます」


「と、とんでもないです!私は要様ではありません!名前は笠原結と申しましてあのえっと」


要様と間違えられるなんて恐れ多いです。それだけで神罰が与えられそうです!


「……要様はこちらには来られません。代理として私、笠原結が行くとお伝えされていると思うのですが、えっと、その……」


ピシッと、微動だにせず立ち続ける執事が間違ったことをしていると思えず、私が何か聞き違えていた気がしてきました。思わずペンダントを握りしめようとしたとき、もう我慢が出来ないといった様子で、執事が笑みを洩らしました。


「大丈夫ですよ、笠原結様。貴方が代わりとしてお越しになることは伝え聞いております。ですが、危険が全て排除されている管理棟と違ってこちらでは物騒なこともありますので、念にはと思い、試させていただきました。無礼をお許しください」


そう言って謝罪と見事な礼を執事はしました。


「い、いえ。驚いただけですから。でも出来ればもうやらないでもらえると……心臓に悪いです」


「ほっほっ。ええ、もうしませんとも。しかし、もっと堅い人物を選ばれるかと思ったのですが」


そういって執事は私を見てひとりでに頷いたあとに続けました。


「とても素直な方を代理として選ぶとは。私たちの管理人は、崇高な方なのですね。こちらもより、真摯に応えねばなりますまい」


紳士は一礼し、ドアノブに手をかけ、開いた。


「ようこそ、ウルヌスへ。歓迎いたします。管理人代理、笠原結様」





『とても素直な方を代理として選ぶとは。私たちの管理人は、崇高な方なのですね。こちらもより、真摯に応えねばなりますまい』


「こんな小娘を寄越しやがって、なめてるのか」というのが普通の感想だと思う。しかしこの執事は私の考えに瞬時に辿り着いた。それは主の思慮を先読みする能力が昇華したものであるのか、または先読みせねば生きて行けないような環境に身を置いているのか。現段階では情報が余りにも少ない。いずれ、明らかになるだろう。


代理で向かわせた結が持つペンダントを通じてこちらにも情報が流れてくる。既に出来上がった価値観では、その人の基準によって見るものを限定されてしまうが、本当に真っ白な結ならば全てを見てくれるだろう。もちろんそのような意図もあるが、私は常に先を見ている。この執事の先読みよりもずっと。これは私が後々動きやすくするための準備という意味が一番大きい。結には悪いが、大いに目立ってもらうことになるだろう。


結がドアの向こう側へと招かれる。そこには先程までの灰色とは似つかわないクリーム色の壁に、赤い絨毯、それらを照らす黄金のシャンデリア。ドアが地下道と不釣り合いだったのは、この建物に合わせたデザインをしていたためだった。


「ようこそ、おいでなさいました……どうなさいました?」


おそらく結が目を奪われていたのだと思う。無理もないことだ。こちらの人間が管理棟をどう思っているの知らないが、基本的に無機質なのだ。照明など蛍光灯で充分だし、絨毯よりもフローリングのほうが掃除が楽だ。しかし、理解は出来るだけで許可はしていない。結には管理棟に関する情報流出は零にしたいと伝えてある。


「いえ、なんでもありません。地下から出たばかりなので、少し眩しかっただけです」


及第点だ。


「私は笠原結と言います。管理人から視察をするように命じられ参りました」


「ご丁寧にありがとうございます。私はこの建物の主である上級義務官、ユーグ=エルドライトと言います。隣はメイド長のリーネ、結殿の隣にいるのが執事のフォーです」


私はペンダントから送られてくる情報を処理しつつ、エルドライト家についての資料をモニターに表示した。


資料によれば、ユーグは32歳だ。土地を管理する者には義務官の位を与えている。その中でも上級義務官は最高位の位だ。ウルヌスはアパラタスの5つの土地の1つであり、4つの地区を持つ。今結がいる建物は、アパラタスの中で唯一管理棟との通路を持つウルヌスのセプテヌス区を治めるエルドライト家の屋敷だ。


ユーグはセプテヌスの前統治者である父が病で亡くなったため、29歳という若い年齢で統治を引き継ぐと同時に上級義務官となった。


基本的に統治者には上級義務官がなるので、ユーグの場合は逆に統治者にならざるを得なかったので、上級義務官の位を与えたられたといった所か。それについての資料も見つけたが、だいたいそのようなことが記してあった。


興味深いことにリーネというメイド長は、他大陸から来たようだ。しかも人と猫のキメラらしい。頭の飾りを取れば、猫耳が生えているのかもしれない。


フォーはエルドライトに代々仕える執事という情報以外特に記載はない。どの程度かは分からないが、武術を少々扱えるらしい。


資料を漁っている間に結は食卓に招かれていた。10人が座れる大きさの長方形のテーブルだ。中央に赤色の宝石が埋め込まれている。


「いつもはもう少し大きいテーブルで、ここで働く者たちと食べるのだが……申し訳ないが今日はこちらで摂らせていただくよ。正直、どのようにもてなせば良いか分からないんだ。代理とは言え、管理人がこちらに来た事例がないので」


「いえ、お気になさらず、食事を用意していただけるだけでも充分です」


料理も管理棟よりも豪華だ。魚がメインの料理が並ぶ。一品一品が異なる魚で、ここでも豪勢さが目立つ。


「それでは、いただこうか」


「はい。いただきます」


手を合わせ、結は箸を手に取る。


「……それは?」


「昔の、地球での習慣らしいです。意味は食材と、作ってくれた人への感謝を伝える儀式です」


刺身を白米と共に頬張る。あまり綺麗な食べ方ではない……そういう指導もすべきだろうか。


「そうか。では、我々も感謝しよう、いただきます」


ユーグとリーネ、フォーの3人も手を合わせた。


「私にも仕事があるので申し訳ないが、笠原殿がこちらに滞在するにあたって伝えておきたいことが幾つかあるのだが、良いだろうか?」


「……んぐ。なんでしょうか?」


「まず、フォーを笠原殿の護衛としてつけさせていただきます。いないとは思いますが、危害を加える輩がいないとも限らないので」


「よろしくお願いします」


フォーが一礼をする。つられて結も返した。


「お金に関しては、笠原殿が使用した分は管理棟が全て支払いするそうなので、問題なさそうですね。宿泊に関しては、セプテヌスに滞在中はこの建物の一室を用意していますので、どうぞお使いください。あとでメイドに案内させます」


トントン、ノックが響いた。


「入っていいぞ」


「失礼致します」


ユーグの許可とともに丁重にドアが開けられる。地下道と同じデザインだ。


「18:00に呼ばれたのですが、何用でしょうか?」


こちらもキメラのようだ。しかし、耳が長いためこちら隠すことが出来ないようで、兎の耳が見えていた。


「こちらはメイドのリリィ。滞在期間中は笠原殿の世話役として側に置いておくので、雑用は任せて構わない。そういうことだけど、頼まれてくれるね?」


「……はい、承りました。笠原様、よろしくお願いします」


もう日も落ち始めたので、視察は明日からということになった。外に出る際はフォーとリリィが案内と護衛も兼ねて着いてくるらしいので、ひとまず安全面は大丈夫そうだ。私の仕事も少しは減りそうで何よりだ。




夜。お風呂に入りった直ぐあとなので、まだ髪が湿っています。お風呂も広くてすごかったです。でもあの広さで一人なのは少し寂しいかな。しかし何故だか、リリィさんに怯えられていた気がします。自分で言うのもあれですが、ほんわかしている方だと思っていたんですけどね。


ウルヌスに来て、一日目が終わりを迎えます。ですがその前に、私にはやることが1つあります。


絶対に肌身離さず持っていろと渡されたペンダント。お風呂にも着けて行きました。そのペンダントを握りしめて念じます。


「……要様」


『ーーご苦労様、調子はどうだ?』


「はい、大丈夫です」


どういう原理なのかは分かりませんが、頭に要様の声が響きます。


『念じるだけでも、こちらに言葉は伝わるんだぞ?』


「でも、声に出した方が伝わるかなと思いまして」


まあいいさ、と要様は少し呆れ気味です。


『今後の予定を話そう。あくまで予定なので状況に応じて変えるし、結も時と場合によっては自分で考えて行動してくれ』


まずセプテヌス区を1週間程視察。と言っても、何事もなければ食べて回るだけになりそうです。そのあとは他の区への視察。一ヶ月後には違う土地へ。およそ半年に渡る旅になる予定です。要様が言うには、最低一週間は過ごさないとその土地の裏が分からないとか。


『特にゼーテに関する情報には気を付けてくれ』


「ゼーテって、管理棟から一番遠い土地ですよね?」


『そうだ。私の1つ前の代のときに、ゼーテが反乱を起こしたらしい。どうにも最近怪しい情報が少し入ってきててな。ゼーテに関して調べることが、今回の目的の一つでもある。もしかしたら、ゼーテのスパイがいるかもしれない。気を付けてくれ』


少しだけ聞いたことがあります。なんでも機械が人を管理するなど、人類への冒涜だと。我々は操られるべきでないと。自らが創作したものを操るのは当然のことであり義務と言っても良い。

しかし結局、ゼーテは破れた。人は機械に勝てなかった。少なくとも戦闘においては人間より機械が優れており、一つ優れているのであれば、他にも人より優れているものがあるという証明となった出来事だと管理棟の研究資料に長々と書いてありました。


『襲撃対策に、爺たちに作らせているものがあるから、その完成まではあまり目立つようなことは避けてくれ。いくら護衛が居ても、人は武器の前では無力だ』


「肝に命じておきます」


『一応気にかけてはおくが、何かあったら呼べ。呼ぶか迷ったときも呼ぶこと。じゃ、安全にな』


要様の気配が消えました。明日は早いので、電気を消してベッドに入ります。そういえば窓を覗けば外の風景が見えたのになと今更ながら思いました。このお屋敷が物珍しいせいで考え付きませんでした。明日起きたら、まずは窓から外を見よう。どんな景色が広がっているのか、思いふけっているうちに意識が睡眠へと誘われていきました。

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