正しい王国にするために
あるところに、1つのこじんまりとした王国がありました。
そこに住んでいる王子のアルタは、この国の王である父のことをとても尊敬していました。
王様は、この国を正しい国にしようとして日々努力しています。
犯罪を嫌い、犯罪自体が起こらない国を作ろうとしていました。
あるとき王様は、1人の犯罪者を見つけました。
その人は、お店から商品を万引きしていたのです。
王様はたいそう怒り、万引きした商品を買わせた上で、僕は万引きしました、と書かれた看板を持って一晩中王国の門の前に立っているよう命じました。さらに、その者のその店での買い物を一切禁じました。
またあるとき、王様は、集団で女性を部屋に連れ込もうとしている者たちを発見しました。
またも王様はお怒りになり、私は犯罪者です、と書いた看板を持って1日中広場に立たせた後、服を着ることを禁じました。
また、発見したのが夜だったため、女性が夜に外出することを禁じました。
またまたあるとき、王様は、お店から走り去っていく少年を見つけました。
少年は、食い逃げをしたのでした。
王様はまたもやお怒りになり、少年を捕まえると、1日間は食べ物を口にせず、店で働いて金を返すよう命じました。また、少年がその店で飲食をすることも禁じました。
このような対策をする王様に、民たちは不満の声を上げます。
やりすぎではないのか、彼はまだ子供だぞ、など、様々な苦情が伝えられますが、王様は一切聞き入れませんでした。
アルタは、王様が全て合っていると思い、なんてわがままな民たちだ、父はこの国のことを思って行動しているのになんて勝手なんだ、と怒っていました。
そんな王様やアルタを見て、王妃である母は、不安を感じていました。
「あなた、さすがにこれはやりすぎではありませんか。これでは民たちにストレスがかかってしまいます。それに、アルタへの教育も厳しすぎやしませんか。子供は、もう少しのびのび育てるべきです。もっと、民たちとも交流させるべきです。」
王妃は王様に訴えかけましたが、王様は聞く気がありません。
その様子を見て、アルタも王妃に不満を抱いていました。
父の言うことが全て正しいのに、なぜ母は父に不満を持っているんだ、なんてわがままな女性なんだ、と常々思っていました。
それから幾年かが経ちました。
アルタは20歳になりました。
王様が、アルタにその座を譲ります。
アルタは誇らしい気持ちでいっぱいでした。
「アルタよ、お前は俺よりもきっと素晴らしい王になるであろう。母はうるさく言うかもしれないが、そんなことは気にするな。お前の嫁、王妃様もお前の味方になるはずだ。」
父はそう言って、王様の証である指輪を手渡しました。
その後ろで、新しい王妃様がにっこりと微笑んでいます。
民たちは、今度こそ素晴らしい国にしてくれる、窮屈な王様でなくなってうれしい、など勝手なことを次々口にします。
アルタは、父にはやり遂げられなかったことをきっとやり遂げてみせよう、と心に誓いました。
アルタは、まず、お店の商品を全て、ショーウィンドウの中へ入れることを義務化しました。
鍵をかけてしまえば、万引きが起こらないと思ったからです。
しばらくは、それで上手くいきました。
ですが、ガラスを割って盗んでしまう人が現れました。
そこで、お店の商品は全てレジの中に入れてしまうことを義務化しました。
次に、女性を守るために、女性の外出を一切禁じ、そういう気を起こさせるような本や雑誌、ビデオやお店を一切禁じました。
こちらも、しばらくは上手くいったのですが、女性の家に上がり込む者や、そういう本などを密輸する者が現れました。
そこで、女性と男性の住むスペースを完全に分け、真ん中に壁を作ってしまいました。
また、外部から何かを輸入する場合は、一度お城でチェックするようになりました。
そして、食い逃げなどが起こらないように、外で食事をする場合は、お店の外でお金を支払ってからでないと食べられないようにしました。
これもしばらくすると、集団のうち何人かしか支払わずにお店に入り、他の客の食べ物を勝手に食べてしまう者が現れました。
そこで、1人ずつでしか飲食のお店には入れないようにしました。
これらのことを決めてから、王国での犯罪は一気に減りました。
ですが、アルタの父が王様をしていたときよりも、不満の声が多く上がりました。
「どれもこれも、国を想ってのことだ。何がそんなに気に入らないんだ。」
アルタは民たちにそう問いかけましたが、常に言っている、やりすぎだ、あんまりだ、としか返事が返って来ません。
アルタの母も、アルタに言います。
「アルタ、あなたのお父さんのときよりも、さらにやりすぎているわ。これでは民たちが可哀想。」
ですが、アルタは聞く耳を持ちません。
母は、困った顔をして何かを考えているようでした。
しばらくして、町のはずれで男女が話しているところをアルタは発見しました。
「何をしている!」
アルタが怒鳴ると、その場にいた男女が一斉に逃げ出しました。
逃げた先にいたのは、アルタの母でした。
「母さん、一体なぜこんなところに。」
「アルタ、この人たちはみんなカップルなのよ。好きな人に会えないなんて、辛すぎるわ。」
母は、民たちを庇うように後ろに隠し、アルタを説得しようとしています。
ですが、アルタは怒りに震えていました。
「もう、あなたのような人は母ではない。そんなに異性と話がしたいのであれば、この国から出ていくがいい!」
そう言うと、母とその場にいた民たちをみんな追い出してしまいました。
「アルタ、アルタ!このままでは、いつかきっと後悔することになる。だから、もっとよく考えてごらん。どうすれば、本当に民たちのためになるのか、今一度、考え直してごらん。」
母の最後の言葉も、アルタは耳をふさいでほとんど聞いていませんでした。
その後、民たちからは、今まで以上の苦情が押し寄せました。
母は、アルタや父の知らないところで、畑やお店を手伝ったり、話し相手になったり、街の清掃に参加していたりしたそうです。
なぜあの方を追い出してしまったんだ、あの方こそお城にいるべき人だったのに、などの苦情や悲しみがお城に殺到しました。
ですが、アルタはそれも聞き入れませんでした。
その後、お城への苦情を禁止するまで、時間はかかりませんでした。
アルタはその後も、犯罪が起こりそうになると、徹底的に対策をしました。
今では、犯罪の1つもありません。お城への苦情もありません。
しかし、町からは活気が消え、綺麗な青空が広がっているときでも国の中はどんよりと暗い雰囲気に包まれていました。
そんなとき、アルタはある問題に直面しました。
いつまで経っても子供が増えません。
誰も結婚せず、子供を産まないのです。
アルタは民に語りかけました。
「なぜ、子供が増えないんだ。」
それを聞いた民は、アルタに聞きました。
「王様、ではどうすれば子供が増えるのですか?私は子供の作り方を知りません。」
彼は、彼がまだ産まれたばかりの頃にアルタが王様になり、それから一切子供を作ることに関する知識を目にすることがありませんでした。
彼は、この疑問を素直にアルタに聞いているのです。
ですが、アルタも厳しい父の下で育ち、そのような知識が付くような物は身の回りにありませんでした。
王妃は、そのことに普段から不満を持っていたのですが、アルタに言っても、そのたぐいのことに関しては、全く話が通じなかったのです。
「そういえば、王子様はまだお生まれにならないのですか。」
別の民がアルタに聞きます。
アルタはそれに答えました。
「どうすれば王子は産まれるのだ。天から降ってくるものだと思っていたのだが。」
そう言うと、民たちはしーんと静まり返ってしまいました。
アルタは、首を傾げながら城へ戻りました。
その後も、王子が産まれることもなく、国での規制が緩和されることもなかったため、その国で子供が増えることはありませんでした。
人口が減ってきて、アルタが困り始めたときでした。
「あなた、大変です。隣の国が戦争を仕掛けてくるようです。」
王妃が慌ててアルタにそう伝えました。
「そうか、よく知らせてくれた。では、こちらも準備をしよう。」
アルタはそう言い、民たちに語りかけました。
「皆の者。隣の国から戦争を仕掛けられた。これを迎え撃つとしよう。すぐに準備をしてくれ。」
これを聞いた民たちは、全員、困惑するか、鼻で笑いました。
「王様、武器が無いのにどうやって迎え撃つんですか。鎌ですら危険だと、食料は他の国からの輸入に頼りきっているではありませんか。」
そう言われて、アルタははっとしました。
「そういえば、そうだな。俺も、戦い方を知らない。それに、今から武器を調達しても、もう間に合わないだろう。」
民たちは、がっかりした顔の人もいれば、逆に喜んでいる人もいました。
ですが、アルタにはそれらがもう見えていないくらい、落ち込んでいました。
アルタは城に帰り、王妃に話し、父にも話し、3人で泣きながら降参を意味する白旗を作り続けました。
「どこで間違えたのだろう、どこで…」
アルタは、頭の中にふっと母の顔が浮かびましたが、すぐに消えてしまいました。
隣の国はもう、すぐにでも攻めてくることでしょう。
そろそろ無くなるであろう自分の王国を眺めながら、アルタは指輪を握りしめました。
何事も、やりすぎは良くないですね。