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第八章『せめて鞍上にて果てよ!』(7)

(やはり、この男はキツだ……)

 窮地に立たされたタータハクヤを救ったという男は、琴師であったと聞いたが、今のキツは物乞いのような格好で薄汚い画板に絵を描いている。


――胡散臭い奴。


 とは、リョーンは思わなかった。彼の言葉に胸を突くような鋭さがあり、同時に魂を覆うような響きがあったからだ。物乞いの中には占いで生計を立てている者もおり、リョーンには彼がそれに類するようにも見えた。

「貴方の言葉で迷いが晴れた。だが、師父の仇を討とうにも、たった一人で行けば必ず死ぬ。死ぬのが怖くないといえば嘘になるが、命を差し出して仇が討てるなら迷わずそうする。絵にするのなら、今のわたしを描いてくれ……」

 そう言い残し、リョーンは去るつもりであった。だが、どういうわけかキツは画板をしまい、リョーンを呼び止めた。

「東に逃れた百人は一人の小娘に糾合されて本部を逆襲したと聞く。それは誰か?」

 南人居住区に住まう人のほとんどは商人であるから、情報のめぐりが尋常でなく早い。故にリョーンはキツの耳の早さを疑うことをしなかった。

「エトという。わたしの連れだ」

「カエーナは甘くない。今頃は玉砕しているだろう。君が行うべきは、南に隔離された一旅(五百人)をまとめ上げることだ。剣翁の仇討ちともなれば、戦いを拒むものはおるまい」

 耳元で虚しい風が吹いた。キツの中では既に義父は死んでいるのだろう。


――動きたくとも、動けんのだ!


 南方の別働隊を指揮するのは「剣翁の孫達(タータ・ロセ)」の一人でカルカラという五十代の男であるが、彼ならばきっとこういっただろう。王宮近衛兵は剣士団に直接襲い掛かるような真似はしないが、彼らが剣士団を疲弊させるように動いているのはもはや衆知の事実である。とはいえ、王宮近衛兵に剣を向ければ、剣士団は立派な謀反を起こすことになる。

(どうしろというのだ!)

 リョーンはキツを面罵したくなったが、やはり虚しくなり、やめた。すると、キツはまた話し始めた。

「人は、他人と共に喜ぶことも、共に悲しむことも出来ない。だが、共に怒ることは出来る。いや、共に怒っていると思い込むことが出来る。兵卒と怒りを同じくせよ。彩り、欺き、(たぶら)かし、兵卒の心を己一人に向かわせよ。美衣を脱ぎ去り、天に哀哭し、土に慟哭し、兵卒の耳目を塞げ。心に(まこと)を持たぬ者は真に勝利することは無いが、誠をあらわにする者は人の上に立てぬ」

 リョーンがキツの言葉を反芻するうちに、彼は去った。


――怒りを同じくせよ。


 エトはぼろぼろになったクーン剣士団を見かねてついに自ら白竜に乗った。死をも厭わぬ彼女の姿に兵士の多くが再起した。彼女の言葉に偽りがあったとは思えない。すると、エトは誠を示し、剣士たちと怒りを同じくしたことになる。だが、キツは誠をあらわにする者は指揮官になれないという。兵卒を騙しきれとキツは言うのだ。彼はエトが玉砕することまではっきりと予言した。

 エトを助けねばならない。そして、カエーナは必ず殺す。だが、そのための道は絶望的なほどに閉ざされている。

「貴方の誠は何だ?」

 リョーンはキツが去った後、虚しく残った風に訊いた。しかし、誠をあらわにすべきではないというのだから、彼はこの質問に対して沈黙をもって答えるだろう。

(そういえば、アドァも似たようなことを言っていたなぁ)

 何の理由か知らないが、篭城戦が展開される剣士団本部にひょっこりと顔を出したアドァも、剣士団の敗北を予見した。そして、彼もまたリョーンに兵を率いろというのだ。


――最上の将とは初代や西侯のような方を言うのではありません。兵士に愛され、この人は一人では放って置けない。自分達が守らなければいけない。そう思わせる者のことをいうのです。初代やチャム様は確かに優れた武人ですが、彼らは兵の前に立ち、兵たちは後ろをついて行きます。一見、これは理想的な上下関係に見えますが、兵達から自分で考える能力を殺ぐことになります。この人といれば楽だ。必ず勝てる。そう信じているからこそ、一転して敗走時の乱れが大きくなります。怖れられ、敬慕されるだけでは足りません。将に威があり、かつ兵に愛されるという状態が最上なのです。とはいえ、兵達が将を生かすためだけに機能する軍隊というものは、未だかつて出現したためしがありませんが……いや、望南戦争時のドルレル王がそうでしたかな。わたしに言わせてみれば、最良の将とは王のことですよ。西侯もラームも彼に遥かに劣ります。


 アドァの言葉は将の威厳と規律を至上とすクーン剣士団の思想と対極にある。随分とドルレル王を買うアドァにきょとんとしてしまったリョーンは、彼の言っているのが実は君主のあり方であることに気付いた。アドァはドルレル王を褒めたが、どこか皮肉めいて聞こえたことからも、彼が今の世のありかたに不満をぶつけたように思えた。


――勇ましい、やさしいだけが、優れた人のあり方ではない。


 リョーンはふと、キツという人は元豪商か、あるいは貴族であったのかと思った。人を率いる苦悩と悲しみが、一瞬だけ彼の言葉の端から滲み出たように感じたからだ。

(不思議な人だった)

 顔についた刀傷から、元敗残兵のようにも見え、琴師と絵描きと占い師を兼ね、襤褸(ぼろ)をまとって草を枕にする。そういう人に出会ったことのないリョーンには、一段とキツが奇妙に見えた。

 もはや路上にキツの姿は無かった。だが、彼の声だけはリョーンの胸のどこかで深く響いたままである。

 強い風が吹くと、巻き上げられた砂が膝をちりちりと打った。風の形が人影の様に映り、不思議の人がまだそこにいるような錯覚にとらわれた。

 彼の後姿を思い出す内に、はっとした。


――襤褸。


 果たしてあれは襤褸であったのか。土と垢で黒ずんで気付かなかったが、今考えると、あれは確かに麻で出来た衣であった。ということは、キツは喪服を着ていたことになる。

 誰を弔っていたのか、それはリョーンには知る術もなく、はっきりいって興味もない。だが、喪服という言葉が強烈に頭のどこかを打ち、脳裏に閃光の様に浮かんだ情景があった。

 身震いがした。

「ああ、神よ。わたしを愛せよ……」

 なんという傲慢だろう。だが、リョーンの目つきは既に敗者のそれではなくなっていた。

 人として、娘として、赤髪のカルとして――彼女は今、起ったのだ。



 走ってキュロー邸に戻ったリョーンは心配そうに彼女を出迎えたタータハクヤを脇にのけ、リョーンの変容に戸惑う使用人を一喝し、伺いも立てずにキュローの部屋に押し入った。

(この娘は礼を知らぬ!)

 いきなり現れたリョーンに対して、キュローは不快の色を隠さなかったが、彼女を咎めることはなかった。何せ彼は救援を断り、見捨てたはずのエリリスとの面談の最中であったからだ。冷静さを失った剣士団長を外に放り出すわけにもゆかず、閉口していたところだ。

(助かった……)

 不快の表情は、すぐさま安堵のそれへと変わったが、もとより表情の変化に乏しいキュローであるから、リョーンには彼の心境の機微を理解できなかった。

「何やら火急のご様子。いかがなされましたか?」

「キュローさん。折り入って頼みがあります」

 リョーンはその場に跪き、床に額をつけて言った。何事かと驚いたエリリスが彼女を凝視したところで、ようやく部屋内に静けさが戻った。


――どうか、お顔をお上げください。


 とは、キュローは言わない。いくら剣翁の娘とはいえ相手は年端もゆかぬ小娘である。

「我が父、剣翁が死にました」

 すぅ――と、息を呑む音が聞こえた。エリリスは背に杭を打ち込まれたように慄然(りつぜん)となったが、キュローはやわ風を受けたように平然としている。ただ、リョーンの言葉を頭から疑ったり、侮ったりする素振りは見せない。

 キュローが沈黙で返したということは、自分の言葉に信を置いたか、あるいは同情を誘ったのか――恐らく後者はあるまいと、リョーンは自らの楽観を戒めた。

「今より喪に服したく、しかし我が家は戦場にあり、喪服をととのえる事も叶いません……」

「わかりました。屋敷の者に用意させます。剣翁先生が逝かれたとあれば、王国全土が悲哀に暮れましょう……」

 キュローの言葉のどこかに冷えがあるのをリョーンは感じ取った。

(こんなにも情の薄い男だったのか……)

 義弟のシェラと比較すると薄ら寒いものすら感じる。だが、商人というものは常に利に対して目を配らなければならず、普通の人間と同じようなところに情をおいたまま成功できるほど、商いの道は甘くない。

「はい、しかしながら剣士団は一同、剣翁ロセの孫も同然です。訃報を聞けば、戦いに赴けぬ者たちは皆、喪に服すことを望むでしょう。わたしの微力ではそれも叶わず、お願いに上がりました」

 今度は確かに、キュローの息を呑む音が聞こえた。ここで叱声(しっせい)がとべば、リョーンの計画は水泡に帰す。だが、どういうわけかキュローはリョーンの肩に手をやり、感情の高ぶりをあらわに声に乗せて言った。

嗚呼(ああ)、家督を継ぐべき子に恵まれなかった剣翁も、娘の孝徳により救われましょう。わかりました。明日までには……いえ、日没までには王都全域が剣翁の魂をしじまの王の元へ送ることでしょう」

 平伏した女から嗚咽(おえつ)がもれた。彼女を見たエリリスにも何か通ずるものがあったのか、ふっと息を吐き、項垂れた。

 リョーンは()いたが、泣いてはいなかった。キュローが心底ロセの死を悼むのなら、仇討ちを口に出さないリョーンを咎めるはずであり、それをしない以上、この男を頼るわけには行かない。

(言うならば面礼腹蔑。これではエリリスが哀れだ……)

 心中でキュローを唾棄したリョーンだが、自分もまたキュローを欺いているのであり、虚しかった。



 さて、キツによって惨敗を予言されたエトがどうなったのか。

 彼女は小さな身体で雄大な白竜に跨り、しかし勇気が威を持ったのか、果敢に剣士団本部に突撃した。だが、エトが剣士団本部にたどり着いた頃にはカエーナはそこにいなかった。

「俺が陣頭に立つまでもない。ロマヌゥで十分だろう」

 カエーナがそういうと、ロマヌゥは大急ぎで二百兵を集め剣士団本部東門に駆けつけた。カエーナ自身は百人隊を率いて南北に逃げた残党を追撃した。

(僕の腕を射抜いた女だ!)

 ロマヌゥは執念深い。彼はエトを目にするや怒気をあらわにし、多数の弓兵を塀の上に立ててエトを射掛けようとした。だが、思わぬところで剣士団兵の反撃にあった。

 もとよりここはクーン剣士団の本拠である。それに、四方に開けた構造から小さな王都ともいえる造りだが、三方を山に囲まれた王都と違って、剣士団本部は防御にはまるで適さない地であることを、誰よりも敗者である彼らが熟知していた。

 百の兵に満たぬ彼らが陣を広げ、一列になって突進してきた時は、ロマヌゥも目を疑ったが、彼の失敗は一兵も中へ通さぬことに固執したために、敵に合わせて陣を広げたことだった。防御の薄い一点を見抜いた副官によって壁が突破されると、後は雪崩式に敵が突入してきた。

 正解の一手とは、状況を断片的に捉えるならば必ずしもひとつではない。だが、状況は連続するものであり、その果てに勝利を掴もうとするものにとって、勝つ為の一手は決して多くない。この理の外から一手を打つ者は、異常なほどに研ぎ澄まされた感性を持つ、いわゆる天才であり、当然ながらエトもロマヌゥもこれには属すべくもない。

 ロマヌゥは伸びきった陣の一箇所を突破されたが、見ようによっては両翼に展開した兵を引き絞るだけで包囲の陣を取ることができる。兵数では明らかにロマヌゥが有利であり、本部の捕虜を見張る三百人も戦闘に参加できないことはない。

 カエーナに預けられた本部を守ることに固執したロマヌゥは、この好機を生かせなかった。だが、彼は幸運でもあった。エトが率いた兵はあまりにも少なく、途中で息切れし、門付近を占拠しただけで攻撃を止めた。

 妙な状況である。

 普通、城門などは一度突破すれば兵が内部になだれ込み、ほとんどの場合勝負が決する。だが、今のエトにはその力がなく、あえて敵を侵入させて包囲するという発想がロマヌゥに欠けているため、崩れた壁を挟んで両者がにらみ合いを行うという構図が出来上がった。

 この状態にやきもきしたのはロマヌゥの方であったが、状況はまだ彼に味方していた。

 エトが勢いでもって結集した剣士団兵は、本来は騎士の様に誇り高い連中である。彼らが敗戦に意気消沈していたのは名門意識に自己がどっぷり使っていたためであって、それから醒めた後は、無能な指揮官を許さぬ険しい顔つきに戻っていた。

 彼らは指揮のいろはも知らぬエトを推戴することを続けたが、名門意識から醒めぬ幾人かは、文官同然であったエリリスの側近が副官の地位にあることに疑問を持ち始めた。エトが人選を誤ったのではない。副官は陣を布くことになれていないエトに代わって、ほとんどの指揮を行った。

 本部の門を抜けなかった責任を追及されたのは、エトではなく副官であった。エトがまだ陣頭で兵を励ましている間に、副官は二十騎を従えて南門の偵察に行っていたのだが、随行した数人の若い剣士が立ち、彼を暗殺した。刺客の一人がエトに副官の死を告げ、どさくさに紛れて後任に就いた。エトは後から事件の詳細を知って顔を蒼くしたが、彼らを罰することも出来なかった。何せわずか百人の兵であり、今は一人が欠けても勝てないという戦をしている。戦後二十年もの間、王都の勝利者であり続けた剣士団の腐敗は勢いだけで押し流せるものではなかったのだ。

(こんな時になっても……何という奴ら。ロセから何を学んだのか!)

 エトは(ほぞ)を噛んだ。

 ほんのわずかではあるが、両翼の指揮系統が乱れた。新たに就いた副官はてきぱきと指示を行い、人事の混乱を起こさなかったが、エトが彼らに信を置かなくなったのが、わずかに伝わった。陣の端にいるものでもエトの顔色を窺えるから、彼女の動揺が全体に伝わるのも早い。

「敵陣が乱れております。南北に兵を放ち、挟撃すれば全滅できます」

 戦術眼の欠片すらないロマヌゥにそう進言したのは、連絡のためにカエーナがよこした百人隊の一人であった。カエーナに従って剣士団を去っただけあって、彼には剣士団兵のような(おご)りはない。この意味ではカエーナ配下の百人隊こそが、ロセの正統を継いだ弟子であるともいえる。

 ロマヌゥにはエトの陣営が混乱しているようには見えなかったが、自分に将才がないことが悲しいほどにわかっている彼は、すぐにこの策を容れた。

 同じ頃、エトの近くでも体勢を立て直すために退却を進言する者がいた。エリリスの側近を斬り殺した現副官その人である。

「百人の兵が砦にこもる倍以上の敵を叩くには、奇襲にて一気呵成に叩くしかありません。それがなされなかった以上、長居は無用です。今は退き、散り散りになった兵を集めるべきです。カエーナは南に向かっておりますから、我らは北に向かいましょう」

 ここに来て、エトの怒りが爆発した。エリリスの白竜を盗んでにわかに指揮官となったエトだが、兵たちは自分を信じて共に戦場に舞い戻った。だがこの男は、指揮官が任命した副官が無能であるといって斬っておきながら、自分が副官位に就くや勝てそうに無いから逃げろと言う。だとすれば斬り殺された元副官の死は何であったのか。

 怒りでわなわなと震えるエトを嘲笑うかのように、新しい副官は言った。

「初代は敗退を恥とはしませんでした。戦では最後に勝つ者が勝つのです」

 彼にしてみれば諭すつもりだったのだろうが、言質をとったような言い方が、エトの中の何かを断ち切った。

 彼女は弓で白竜の尻を叩くと、突き崩された壁を挟んだ向こうにある敵陣に向かって突進した。

 副官はエトの説得が容易いと思ったのだろう。彼は指揮官の許可を得る前に密かに撤退命令を出していた。その中でエトが特攻を仕掛けたのだから、指揮官に続こうとする者と、撤退命令を遂行するものとで寡兵が割れた。そこに、ロマヌゥの放った挟撃の部隊が出現した。

 エトは奮戦したが、捕らわれた。戦死しなかったのは、すぐさまエトを追った十人の兵が命を賭して彼女を守ったからである。エトがロマヌゥの配下によって取り押さえられた頃には、十の死体が彼女の隣にあった。

「犯すな――!」

 腕ずくで地に押さえられたエトに、仲間を殺されて憤る数人が群がるのを見て、ロマヌゥは鞭を鳴らして叫んだ。クーン剣士団やドルレル王に成り代わるという、途方もない目標を持つロマヌゥだが、そのために最も必要なものは民衆の信頼を得ることと、彼らの安全を脅かさないことであることを知っていた。敵兵とはいえ、エトを蹂躙すればその事実に王都の民は蛮族を見るのと同じ眼で、カエーナ剣士団を見るようになるだろう。故に元ゴロツキで編成された部隊も民家を略奪することはなく――カエーナが本部攻略のために破壊した民家は除くとしても――実に整然と任務を遂行していた。これは当然、ロマヌゥの手腕ではなくカエーナの威厳による。禁を犯した者に対する制裁が激しいのはロマヌゥもカエーナも同じだが、威を張るほどに侮られるロマヌゥと違って、カエーナは一声で鼠を殺す恐怖を、自身の登場と共に兵の目に焼き付けた。

 とにかく、ロマヌゥは自分の腕を貫いたエトを憎むこと甚だしかったが、捕えた彼女を傷つける愚を避けた。戦いの最中ならば彼女を殺すことに躊躇(ためら)いはない。だが、捕虜の扱いに関してはロマヌゥも分別を見せた。タータハクヤを捕えた時とは違って、今は王都全体が自分達を凝視していることを、彼は強く意識している。

 エトが捕縛された後に残った剣士団兵は、挟撃により四散するか、捕えられた。再び王都東門に撤退する破目になった副官に続いたのはエトと同じわずか十名だった。彼らはまだ十分に戦えたが、わずか十という数字はこの時点で王都から忘れ去られた。

 烏合の衆と(さげず)んだ相手に、クーン剣士団はついに三敗目を喫し、この報と共に剣翁ロセの死を王都全域が知ることとなった。

 名声では初代団長ラームや西侯アクスに及ばないものの、生ける伝説とまで言われた男の訃報に、戦争を生き抜いた世代と、伝説を聞かされて育った世代とが共に涙を交わした。

 王都が泣いている。

 人々のすすり泣く声が黄昏の街にこだますると、それにあわせて西日が揺らいだ。

 その揺らぐ光の中を粛々と進む(くれない)色を見たとき、人々の頭が上がった。

 剣翁の娘は麻布の喪服を(まと)い、そして――哀哭する戦士たちの前に立った。

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