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朝の来ない夜に抱かれて  作者: 南条仁
最終部:運命に抗う、ただ一つの方法
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最終章:もう1度だけ囁いて

【SIDE:白銀紫苑】


 “約束したの、私を守ってくれるって”。

 逆らえない運命を前に私は抗う事を諦めそうになっていた。

 彼と交わしたこの約束だけを信じていた。

 実姉に裏切られ、私の未来を潰されたことを知る。

 だけど、私にはそれ以上に美咲姉さんの境遇を知ってしまったから。

 彼女が私のために、と考えていた婚約話は……本当は誰のためのモノなのか。

 姉を嫌いだと言うのは簡単で、そこに込められた真意を理解するのは難しくて。

 困惑しかない婚約だけど、今になって理解できた。

 美咲姉さんは私の事を嫌いで、無理に結婚させようとしたわけじゃないんだ。

 本当に自分なりに考えて、それを実行していただけ。

 私達、姉妹には致命的にかけていたものがある。

 それはお互いを理解しあう事だったのかもしれない。

 私は姉の身体の悩みを知らずにいた。

 美咲姉さんは私がどれだけ海斗を愛してるのかを知らない。

 だから、そこに大きなズレが起きてしまう。

 私達を包み込んだ闇は、お互いのこれまでの関係すらも見えなくしていた。

 本当はすぐ手を伸ばせば、手を取り合い、相互理解を深める事もできるのに。

 その闇はもうすぐ晴れる、なぜなら、海斗という希望の輝きが私を照らすから。

 大好きな男の子が約束を果たすために、私の目の前に現れたんだ。





 執務室にやってきた海斗に私は抱きついた。

 傷だらけの彼に触れているだけで私は安心する。

 こんなにも傷を作ってしまったのは辛いけど、それだけの覚悟を持ってくれたことはとても嬉しくて、涙が出そうになる。

 予想外な事と言えば光里さんの行動だった。

 海斗としていた約束があるらしくて、私に想像もしてない事を言う。


「紫苑さん。これまで厳しい立場に立たせて苦しめてきた。ごめんな。本当は僕がしなきゃいけない事はあったのに。……もう、キミは自由だ、木村さんと共に生きるといい。僕達の婚約関係は……解消しよう」


 自由と婚約解消、その言葉が欲しかったの。

 もうこれで私を縛るものは何一つない。

 白銀家からの解放、私は海斗の顔を見上げると彼は微笑んでいた。


「本当にいいの、私は彼と幸せになれるの?」


 だけど、美咲姉さんの声に高揚する私の気持ちは薄れた。


「何を言ってるの、光里?貴方、私を裏切るつもりなの!?」


 彼女の信頼していた光里さんがこんな事を言い出すとは思ってなかった。

 美咲姉さんの必死な言葉と形相から察する。


「……光里さん、本当に?」

「ああ。僕とキミはもう婚約者ではないよ……。美咲、僕は紫苑さんとは結婚するつもりはない。木村さんが彼女にはふさわしいと思うから」


 そこには昔の彼がいた。

 幼馴染のお兄さん、優しくて頼りになる人。


「だ、ダメよ、貴方は紫苑と結婚しなきゃダメッ!私を……白銀家を裏切るのね、倉敷光里!こんな真似をして倉敷の家がどうなるのか、分かってるの?」


 狂っていた歯車の歯が止まろうとしている。

 ただひとり、その歯車に取り残されようとする女性を置いて。

 美咲姉さんが光里さんの襟元を掴んで間近で叫んだ。


「光里、貴方は私の味方でしょう?何を言ってるのよ!」

「……終わりにしよう、美咲。もう、紫苑さんを苦しめるのはやめるんだ。彼女には彼女を大事に思ってくれる人間がいる。キミは妹の幸せすら壊すつもりかい?そんなキミを僕は見たくないんだ」

「貴方には失望したわ。倉敷を潰したくない、そのために幼い頃から私に近づいていたんでしょう。貴方の役目は白銀家の当主である私の監視……気づいていないと思った?私の機嫌を損ねたらそれで役目はお終い、それでも裏切るつもり?」


 低い声で語る彼女、その瞳には何も映らない。

 光里さんの役目、そんなのは形だけで、本当に姉さんを支えてくれたはず。

 その叫びはまるで捨てないでと鳴く猫のようにか細く聞こえた。


「……裏切ると、思うならそれでもいいよ。僕は紫苑さん達を守る立場に変わりはない。僕の意思で決めたことだ。倉敷の家を潰すと白銀家の当主である美咲が決めたのなら、それは仕方のない。……僕はキミの元から去るだけさ」


 光里さんが私たちを守る事と引き換えに彼は多くのモノを失う。

 私は彼に尋ねた。

 どうしてそこまでするのかが気になるから。


「光里さん、本当にいいの?こんなことをして、姉さんを……」

「紫苑さん。キミは幸せになるべきなんだ。僕にはたったひとりの好きな女性すら幸せにできなかった。これはけじめでもある、本当ならあの時に僕は美咲と決別しなくちゃいけなかったのに……」


 彼の言うあの時は美咲姉さんと恋人関係を解消した時の事。

 自分の役目以上に姉を大切に思い、愛していたんだ。


「そう……私を裏切るのなら、もう貴方に用はないわ。私の前から去りなさい」

「……美咲、僕がキミのもとから消えれば気がすむのか?」

「ええ。貴方がいなくなれば、倉敷家は潰れ、この婚約も意味がなくなるわ。紫苑ちゃん、貴方も自由よ。その代わり……白銀家は終わるけどね。よかったじゃない、もう誰も縛られない。この家にも、しきたりにも、運命にさえも……」


 姉の自虐的に告げた言葉にこれまでの全てが崩れていく。

 光里さんがゆっくりと掴んでいた姉さんの手を襟元から離す。

 美咲姉さんは唇を噛み締めるだけで何も言わない。

 感情的になっている自分を後悔しているのかもしれない。

 私がどう口を挟めばいいか分からずにいると、それまで黙っていた海斗がようやく言葉を発する。


「……美咲さん。俺はこの件に関しては部外者だ。紫苑さえ取り返せれば、あんまり口出しするつもりはないんだけど。アンタ、自分勝手すぎないか?」

「海斗さん。これは貴方に関係ないわ。私と光里の……白銀家の問題よ」

「その関係ない事に俺は巻き込まれて翻弄されたわけだ。紫苑を好きになり、彼女と引き離したのは貴方だろう。そして、今回の事も……」


 海斗は私の頭をぎゅっと自分に引き寄せて抱きしめる。

 

「俺は紫苑を愛してる。だから、彼女を苦しめているアンタを許せない。だけど、そこにいる倉敷さんは違うはずだろ?大方の話は板倉って奴から聞いた。アンタの身体のことも、必死に親の代わりにこの白銀家を守ろうとしている事も」

「だから何?私は結局、何一つ、守れなかったわ……」

「アンタにとって守るって何なんだ?美咲さん、紫苑を大事に思ってるならどうして彼女の意思を確認してやらない?押し付けて、束縛して、それがアンタの守るって意味か?俺には美咲さんが紫苑を苦しめているだけにしか思えない」


 私の事を大事にしてくれるのは姉さんじゃなくて海斗だけ。

 その温もりを感じるたびに私は幸せを得られるから。

 冷たい瞳で姉さんは海斗を睨み付ける。


「私なりの事をしたつもりよ。考えた結果。海斗さん、貴方はただの学生でしょ。これから紫苑を幸せにしてやれる保障はどこにあるの?」

「確かに仕事や学歴、権力や地位が大切なのは分かるさ。けれど、それだけじゃ本当の意味で幸せになんてなれない。白銀家、家が大事ななら本当に守るのはそこに暮らす人間じゃないのか?人間っていうのは気持ちが大事なんだろ!」

「……綺麗事ばかり並べても、意味はないわ。そんなのはただの空想、現実は甘くなんてない。自分の思い通りにいかない人生なんていくらでもあるもの」


 私はハッとする。

 そうだ、今の姉さんのような瞳を私は過去に見たことがある。

 冷たい瞳、過去に絶望し、希望を見失った男の子と同じ目をしていた。


「誰もが自分の望み通りになんて生きられない。俺は高校時代に右腕を暴力事件で負傷して、好きだったテニスができなくなった。自分の全てを奪われた、家族からは見放され、友人たちも俺から距離をとり……そして、俺には何もなくなった」


 いきなり不条理な世界に突き落とされて、戸惑い、悩み続けた過去が海斗にはある。

 冷たい瞳は寂しいという感情の表れで、寂しいと言葉に出せない辛さだった。

 美咲姉さんは呆然としながら、海斗を見つめていた。


「俺はアンタと同じだ。望んだ未来があっても、神様に裏切られて、絶望の世界を突きつけられた。……だけどさ、それは過去なんだ。もう過ぎてしまった事なんだよ。どうしても取り返せない時間。俺は残酷な現実を知ってる、だからあえて言う」


 ひとつ間をおいて彼は美咲姉さんに語る、その胸にある想いを――。

 

「俺は幸せになりたい。どんなに過去が辛くても、これからの未来に希望を見つけていきたい。これから先の未来まで暗闇に沈む必要はない。明るく生きていける可能性もあるなら、それを必死にもがいて選び取る。……アンタは必死でもがいたか?」

「私は諦めたの。だから、その願いを……託して……」

「自分の幸せは自分の手でつかみ取れよ。俺はある人から言われたんだ。本気で生きてみろって!希望を失っても、幸せになりたいならもがき続けるしかない。本気で世界に向き合うってそう言うことだろ。だから、希望の明日を求めるんだろ?」


 苦しんで、辛くて、必死にもがいて手にいれた幸せだからこそ意味がある。

 海斗は……今を本気で生きているんだ。

 大切な日常を守るために、望んだ世界に希望が欲しいから。


「美咲さんは自分の幸せが欲しくないのか?幸せになりたくないのか?そのために、大事なモノを壊してどうするんだ。紫苑を傷つけて、倉敷さんと距離を置いて、それでひとりで生きていく事に何の意味がある?選ぶなら幸せになれる未来をなぜ選べない?」


 選択するのは自分なんだよ、幸せになるのも、辛い道を歩むのも。

 どうするのかは自分次第、諦めたらそれでお終い。

 美咲姉さんはまるで糸の切れた操り人形のように、力なく床に座り込んだ。


「私は、海斗さんみたいに強くないもの。弱いから……力で他人を束縛していくしかできない。だって、私の望んだ幸せは……私の幸せは……」


 言葉にならない声で彼女は光里さんにすがるような視線を向ける。


「幸せって目に見えないから、不安になるんだ。だからこそ、信じるんだろう?自分が好きな相手を、幸せになれる未来を。そこから逃げたら何もはじまらない」

 

 海斗はそういい終えると、光里さんに目配せする。

 光里さんは苦笑すると、姉さんにその想いを伝えた。


「……僕は事実を知っても決して、美咲を捨てたりしなかった。キミと一緒にその身体の悩みを受け止めてやりたかったよ。美咲、僕はキミを愛しているから。僕の傍にいてくれるならそれでいいんだ。それが僕の幸せなんだよ」

「私は貴方を傷つけたくなくて、逃げたの……。光里の愛に応えてあげられないと思ったら……自分が悔しくて、泣きたくなるくらいに辛くて、どうしようもなくて」

「気づいてあげられなくてごめんな。木村さんの言う通り、過去はどうしても変えられない。子供の事だって可能性は残されているなら、僕はその希望を掴みたいよ。これから、先の未来を、僕はキミを幸せにしたい。今でも愛してるんだ、美咲」

「うっ……ぁあっ……」


 美咲姉さんの想いが氾濫する、静かに嗚咽を零す。

 泣き出してしまった彼女を光里さんは優しく抱きとめる。


「私もっ……望みたいわ。光里との……幸せが欲しいから……」


 白銀家の当主としての責任は、姉さんにとって重圧でしかなかったんだ。

 両親の死、それに伴う自分への周囲の期待に応えようと必死で。

 さらに、自分の身体の事に負い目を感じて、光里さんも遠ざけてしまった。

 姉さんは自分で自分の未来を閉ざしてしまったんだ。

 でも、これで悪夢は終わり。

 私と同じで……ひとりじゃないって知った時、人は幸せになれるから。

 支えてくれる、守ってくれる相手がいるという事は大きな力になる。

 これで辛い現実は過去へと変わる。

 だから、もういい。

 全てから解放され、泣き続ける美咲姉さんを見ていたら憎しみなんて消えてしまう。

 それは私の傍に絶望を希望に変えてくれる大切な人がいるから。


「海斗が私の未来を切り拓いてくれた」

「その前に俺に希望を信じさせてくれたのは紫苑だから。人間って何だかんだ言っても、ひとりじゃ寂しいんだ。誰かが隣で笑ってくれないとさ」


 私に見せてくれたのは海斗が心の底から笑った顔だった。

 私達の運命を翻弄し続けた悪夢はようやく消え去ったんだ。






 その夜に私は久しぶりに海斗の家に帰る事ができた。

 今日からはここが私の家にもなる。

 白銀家は美咲姉さんと光里さんが残り、守り続けていく。

 自分の弱さを受け止められた姉さんは私に謝罪して、全ては解決した。

 姉妹として私もこれからは役に立って行きたいと思う。


「……んっ……」


 そんな私は今、海斗に本日数度目のキスをしてる最中。

 甘くて、大事な時間を過ごせる幸せ。

 失いかけたからこそ、かけがえのないものだと実感する。

 

「……ありがとう、海斗。今日の事、ううん、これまでのことを含めて」


 同じベッドの上で寄り添いながら私は彼に言う。

 海斗は照れくさそうな笑顔を浮かべて、私に言った。


「俺の方こそ、紫苑には感謝してるんだ。だから、もう俺から離れるなよ?」

「うんっ」


 これからもずっと同じ道を歩んでいける。

 愛しきものを愛しいと思える、この瞬間が私を充実させていく。


「そろそろ、朝だよね?」

「お前と過ごす朝は苦手だ。また俺の傍からいなくなられるとトラウマになるぜ」


 辛いこともたくさんあって、理不尽な世界に嘆いた。

 それでも、私達は幸せになれる希望を見つけた。


「これからはずっと同じ朝を迎えられるよ。もう、私達を邪魔するものは何もないんだから……。そうでしょう?」

「ちょっと窓の外に出てみないか」


 ベッドから起き上がると、彼は私の肩を抱きながらベランダに出る。

 もうすぐ夜明けが近いのか空が青く光り輝いていた。

 暗い夜と明るい朝の入り混じる光景。

 薄暗い青は徐々に赤い空へと変化していく……。

 それはまるで私達と同じ、辛い過去から楽しい未来に変わる姿に見えた。

 

「ねぇ、海斗。私のこと、好き?」

「好きだよ。俺に希望を与えてくれる女だからな」


 愛しさを抱きしめて、私は彼に伝えたい。

 夜明け空の下で、大きな想いと共に。

 

「……私も大好き。海斗が誰よりも好きなんだ」


 私達はこの温もりを噛み締めて言う。

 今、私の中には海斗への想いが駆け巡っている。


「貴方が私の世界を作り上げてくれた。私はもう飛べない蝶々じゃない。どこへでも自由に空を飛べるの」


 空が明るく照らされて朝を迎える。

 長くて真っ暗闇の夜が終わった証拠。

 私達も夜の中にいたけれど、朝はいつだって来るんだから。


「海斗。この朝を忘れないで。私達の夜明けを忘れないでね?」

「約束するよ。……俺達の世界の新しい始まりだから」


 海斗、私を愛してるってもう1度だけ囁いて。

 この幸せを大事にしていきたいの。

 暁の空を蝶々が舞う。

 自由に空を羽ばたいて……たくさんの幸せを見つけるんだ。

 私も見つけよう。

 大切なこの人の傍にいればそれができるんだから――。

 

これで完結です。読了ありがとうございました。

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