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朝の来ない夜に抱かれて  作者: 南条仁
最終部:運命に抗う、ただ一つの方法
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第23章:この瞬間を生き抜く

【SIDE:木村海斗】


 “消えることのない想い”。

 何度も、何度も、俺はこの世界に失望してきた。

 だが、それは逆を言えば何度も希望を見出してきたとも言える。

 心を満たしてくれる存在に出会えて。

 愛しき思いを胸に抱いて。

 何も出会わなければ、俺はひとり絶望の道を歩んでいくはずだった。

 それを救済してくれた紫苑を俺は愛している。

 俺は約束したんだ、アイツを守ると……。

 だから、俺はここにいる。

 紫苑を全ての呪縛から解放するために。






 白銀家の屋敷は俺の侵入にすぐに反応し、騒がしくなる。

 警備をしている男が数人、こちらに気づいて近づいてきた。

 すぐに俺を包囲するように囲まれる。

 やれやれ、予想していたが簡単には進ませてくれないか。

 

「貴様、何者だ?ここは白銀家、用のない人間は……」

「ここに白銀紫苑はいるか?紫苑はいるかって聞いてるんだよ」

「紫苑様なら奥の私室におられるが、貴様の名前は?」

「俺は木村海斗、アイツの恋人だよ。彼女に会いに来たんだ」


 男らは俺の顔を凝視すると、無線で誰かと連絡を取る。

 

「……紫苑様に会いたいという男が来ています。はっ、名前は木村と名乗っていますが……え?あ、はい。了解しました」


 これですんなり通してくれたら嬉しいが、そうもいかないようだ。

 穏便には行きそうもない、周囲の奴らの雰囲気で分かる。

 

「話は終わりか?で、俺はどうすればいい?」

「木村という男が来たら拘束するようにと美咲お嬢様からの指示があった。お前を拘束する。大人しくしてもらえるか?」


 彼はそう言うと周囲の連中に合図する。

 相手は白銀家のボディーガード、そこらの雑魚とは違うだろう。

 

「わざわざここまで来て……素直に捕まるとでも思うか?」


 目的は紫苑を助ける事だから、最初からそれは想定していたことだ。

 俺が威圧的に言葉を放つと、ニヤリとその男は笑みを見せる。

 

「抵抗するなら痛めつけてでも拘束せざるを得ないが?覚悟はいいかな」

「かまわないさ。その代わり、こちらも本気だ。ぶちのめされても文句言うなよ」


 俺はふぅと静かに深呼吸する。

 何人相手だろうと構わない。

 俺は昔の感覚を思い出す、高校時代、喧嘩ばかりしていた頃の感覚。

 

「大人しくしてろ、すぐに終わる」

「それはお前らの方だけどな」

「何ッ!?……ぐはっ!?」


 俺はまずそいつから殴り飛ばすと、吹き飛んだ男はうめき声を上げて地面に伏せた。

 すぐに他の男がこちらへ迫る。

 俺は右腕が過去の傷のせいで今でも人を殴れるまでは動かせない。

 だが、左腕だけでずっと喧嘩してきた経験がある。

 身体をそらし、相手の攻撃を避けて、その反動を利用して相手をねじ伏せる。


「ははっ……こんな所で昔の経験が役に立つとはな」


 喧嘩に明け暮れて、捨てたいと思った過去。

 どんな過去にも意味がある、そう言うことか。

 思わず口元に笑みを浮かべてしまう。


「なっ、何だ、こいつ。笑ってる?」

「どうした、お前ら?こないのか?ボディーガードって言っても、素手だとこんなものなんだな。正直、昔、喧嘩してた奴らは卑怯な奴ばかりでこうも正攻法に来られると拍子抜けするよ。お前らじゃ今の俺は止められない」


 自分が過ごしてきた過去という経験。

 その過去があるから人間は強くなれる。

 

「……悪いが、喧嘩は得意分野だね。元不良をなめるなよっ」


 握り締めた左拳で叩きのめしていく。

 次々にひとり、ふたりと地面へ倒れこんでいった。

 その光景に他の男共は焦りの表情を浮かべていく。


「何なんだ、喧嘩慣れしすぎてる。この男、何者だ?」

「ただ喧嘩が得意な元不良だよ。今は普通の大学生をしてるけどな」


 例え、その瞬間に意味はなくとも後の未来に意味を成す。

 俺はようやく自分の過去を許せる気がした。

 これで本当の意味で前を向いて歩いていける。

 あの経験が紫苑を守るのに役立つのならば無意味じゃない、だから……。


「つ、強い……。くっ、誰か板倉さんを呼んでこい」

「殴り合いの最中によそ見するなよ。……ん、板倉?」


 俺は最後のひとりをぶちのめして、その名を口にする。

 確か、昨日のホテルに俺を案内した男の名前だ。

 そいつがここの責任者というわけか。


「おい、紫苑はどこにいる?素直に答えたら楽にしてやる」


 俺は倒れこんでいる奴を足蹴にして、尋ねた。


「誰が言うものか……ぐっ……」

「あっそ、教えてくれないなら……」

「そこまでだ、部下を放してもらえないか、木村海斗。紫苑お嬢様の居場所を知りたければ私が教えよう。まさか、本当にここに乗り込んでくるとはな」


 これまでの雑魚とは違う殺気に包まれた板倉という男が姿を現した。

 向き合えば分かる、こいつは強い……多分、俺以上に。

 俺は捻じ伏せていたそいつの腕を離す。

 

「ここまで来れた事に正直、感心している。うちの白銀家のボディーガードをその右腕をかばいながら左腕のみでここまで倒すとは。ただの不良にできるとも思えない」


 この男、俺の右腕の事を知ってるのか?


「やんちゃ時代の名残。喧嘩っていう実戦経験がモノを言っただけさ。こいつらは確かに個々の能力はいい。でも、間合いの取り方、行動、実戦経験は足りていない」

「なるほど。それは良い教訓だ。後にその辺の教育もしておこう。だが、その前に……」

「邪魔な俺を排除するってワケか。いいぜ、やってやるよ」


 構えた瞬間に相手は俺の左腕を掴んでいた。

 その握力に腕を叩き折られる錯覚を起こす。

 瞬時に俺はその身体を引いて、板倉から距離を置いた。

 だが、相手が優勢なのは変わらず俺は何度も殴られる。

 痛みには慣れているが、正直、このままで耐えられるとは思えない。

 

「なるほど、動きはいい。だが、やはり、右腕をかばった状態では不利は否めない」

「ちっ、さすがに片腕でアンタの相手はしんどいな」

「……その身体でお前はなぜ、そこまでする。紫苑お嬢様のためか?」

「アンタにも本気で守りたい人間はいるだろう。家族、恋人、友人……人間ってひとりじゃ生きられない。俺はそれを知っているから、自分の世界ぐらいは守りたい」


 この瞬間を生き抜くという意味を俺は知った。

 本気で生きて、世界に向き合って……生きている実感を得ている。


「その覚悟、本物と受け取った。ならば、私も全力で行こう。ここは通さない」

「通してもらうぜ。俺は……紫苑との約束を果たすんだ」


 使命、お互いに引けないものがあるから……。

 繰り返される争いのせいで俺のスタミナも切れかけていた。


「はぁはぁ……久しぶりにこれはキツイぜ」

「もうお終いか?」

「冗談だろ、アンタを倒すまで倒れるわけには行くかよ」


 相手は息切れすらしていない、余裕の表情を見せ付けている。

 直後、板倉の強烈な蹴りが俺を襲う。

 かろうじて咄嗟に左腕で俺はそれを受け止める。

 

「ぐっ!何て力なんだ、受けきれない」


 しかし、そのまま受け流せずに俺はバランスを崩して倒れそうになる。


「その体勢では左腕はつかえまい。これで終わりだ」


 隙を逃さず、板倉が拳を振り上げた。

 俺に逃げる場所はない、ここで終わるのか。


「なんてな。……甘いんだよッ!」


 刹那、俺はふっと上半身を後ろに逸らした。


「何、この体勢で避けた?」


 俺は板倉の攻撃をギリギリで見切った。

 間髪いれずに俺は相手の顎に右腕を突き出す。

 

「――右腕だとっ!?」


 動かないはずの右腕が迫る。

 相手の油断が招いた判断ミス。

 板倉の顎に拳が直撃して、彼は低い唸り声を上げて片膝をつく。


「ぐうぅ……」


 さらに筋肉隆々の身体に何度も両腕で攻撃を加えた。

 やがて、この戦いに勝敗が決する。


「なるほど、強い。紫苑お嬢様を守るという意思が生んだ強さか」


 板倉は地面に両膝をついた。

 このダメージではさすがの彼もすぐには動けない。

 

「そんな大層なもんじゃないけどな。負けられないから本気でやった、それだけだ」

「教えろ、木村……その右腕は動かないはず、その情報は確かではなかったのか?」

「前は動かなかったさ。でも、時間が経てばどんなものだって変わるんだ。俺の右腕はようやくリハビリも終えて、神経がまともに動くようになった」


 ただし、まだ人を殴るような行為が出来るほどではない。

 現に今も右腕が痺れて動かせないのは黙っておく。

 だが、人が変わるように状況は常に変化する。

 それが現実という世界なんだと、俺は実感した。


「俺の勝ちだ、紫苑はどこにいる……?」

「……この奥の建物に執務室がある。そこに美咲お嬢様と共にいる」

「そうか。通してもらうぞ」


 板倉が無言で頷いた、他の護衛の奴らも大人しく道を開ける。

 和風建築のいかにも屋敷という建物の中に入ると執務室と書かれた部屋がある。


「ここか、ここに紫苑がいるんだな」


 俺は傷だらけの身体で扉を開く。


「……海斗ッ!本当に海斗なの?」


 俺の姿を見るやいなや俺に抱きついてくる紫苑。


「約束したからな……お前を守るって」

「うんっ……本当に守ってくれたんだ」


 俺は彼女を抱きしめながら、1週間ぶりのその温もりを感じる。

 潤ませた涙目で俺に彼女は言う。

 

「信じてたから、海斗が助けに来てくれるって」

「紫苑がいないと俺はダメなんだ。俺の傍から離れないでくれ」


 本気で守りたいと思う人間、自分がこの世界に生きるその証。

 俺は長い時間をかけてようやく手に入れたんだ。

 紫苑に対して愛しさが込み上げてくる。

 だが、その前に俺達には立ちふさがる相手がいるんだ。


「本当に来たのね、海斗さん。板倉達はどうしたの?」


 こちらを真剣な眼差しで見つめる美咲さんは不機嫌そうに俺にモノを言う。

 前に会った時はこんな感じではなかったが、こちらが本性というわけか。


「もちろん、叩きのめしてきたさ。力で押し通ってきた」

「へぇ。他の奴らは別として、あの板倉を倒したのか?それはすごいね」

「俺は約束を守ったぞ、倉敷さん。次はアンタが約束を守る番だ」

「……キミは本当に面白い。約束だ、僕も覚悟を決めて行動しよう」


 倉敷さんは紫苑の前に立つと穏やかな口調で告げた。


「紫苑さん。これまで厳しい立場に立たせて苦しめてきた。ごめんな。本当は僕がしなきゃいけない事はあったのに。もう、キミは自由だ、木村さんと共に生きるといい」

「何を言ってるの、光里?貴方、私を裏切るつもりなの!?」


 美咲さんが光里さんに向けて強い言葉を叫ぶ。

 

「……光里さん、本当に?」

「僕とキミはもう婚約者ではないよ……。美咲、僕は紫苑さんとは結婚するつもりはない。木村さんが彼女にはふさわしいと思うから」

「だ、ダメよ、貴方は紫苑と結婚しなきゃダメッ!私を……白銀家を裏切るのね、倉敷光里!こんな真似をして倉敷の家がどうなるのか、分かってるの?」


 最後の最後まで気が抜けない、だけど、これで終わる事だけは確信が持てた。

 なぜなら、俺と彼はひとつの約束を交わしていた。

 もしも、俺が紫苑を彼らから助ける事ができれば俺達の関係を認める、と。

 そして、倉敷さん自身も……ある決意を抱くように約束していたから。

 

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