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朝の来ない夜に抱かれて  作者: 南条仁
最終部:運命に抗う、ただ一つの方法
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第22章:私の世界を壊して

【SIDE:白銀紫苑】


 “信じているからね、海斗……”。

 私は僅かな願いを込めて海斗に思いを伝えた。

 白銀家が海斗に対して圧力をかけたのは間違いない。

 それでも私のことを嫌いにならないで欲しいから。

 隙を見つけて電話をかけて、思いを伝えた。

 海斗はあれだけの言葉で私を信じてくれたかな?

 ……私は自分の好きな人を信じる事にした。

 今の私に残されたのは彼を信じる気持ちだけから。






 私が白銀家に謹慎されてから1週間以上が経過した。

 海斗に何とか無事の連絡をとれたけど、それもつかの間、私は美咲姉さんに呼ばれた。

 いつもの執務室には美咲姉さんだけでなく、光里さんの姿もある。

 これから行われる話が重いことを雰囲気で私は悟った。

 

「……どうかしら、考えはまとまった?」

「何を言われても私は美咲姉さんの協力はできない。協力してって言われても、姉さんの言い分だと私と光里さんとの間に子供を作れって事でしょ」

「それは端的過ぎ。これからの白銀家を安定させていきたい、そう思っているの」

「だったら、姉さんが光里さんと結婚すればいいじゃない。私なんかよりもよっぽど現実的だわ。私は嫌よ、私が好きなのは海斗だけだもの」


 白銀家のためにっていうのがまず気に入らない。

 家柄を大切にするために全てを犠牲にする事は私には理解できない。

 

「紫苑ちゃん、私にはできないわ。光里と結婚する事もね。彼とは立場が違うもの」


 そこに一切の私情も感情すらも見せない美咲姉さん。

 昔の彼女は光里さんと仲が良くて、恋人になれたこともすごく喜んでいたのに。

 人は権力のためにならここまで変われるの?


「……光里、貴方からも紫苑ちゃんを説得しなさい。そうだ、昨日の件はどうなったの?噂の海斗さんに会ってきたんでしょう?」

「僕は昨日、木村さんに会ってきたよ。紫苑ちゃん、彼は……キミを解放したいと言っていた。手切れ金を提示しても受け取らずに、キミの幸せだけを望む、と」


 昨日の電話ではそんな事、一言も言ってなかった。


「……嘘だわ。海斗はね、意地っ張りで諦めが悪いのよ?知らないでしょ」


 私は信じない、光里さんの言葉が嘘だと私には分かるんだ。


「紫苑さん。キミの方から彼に言ってあげないか。もう、終わりにしたいって」

「言えるわけない。絶対に言うわけがない。私は海斗を愛してるもの。誰よりも好きで、誰よりも大切にしてくれる。少なくとも、私を愛していない光里さんより、私を傷つけてばかりいる美咲姉さんより、彼の方が私は好きよ!」


 私は手を震わせながら、ぎゅっと握り締める。

 この人たちの言葉はどこまでも、自分達のことしか考えていない。

 

「ふたりとも、私の事なんてホントはどうでもいいんだ。白銀家を守るために。それのためなら、姉さんは妹ですら道具扱いするのね」

「……違うわ。私は紫苑ちゃんを幸せにしたいの」

「嘘つき。それなら私をこの家から解放してよ!その方がよっぽど幸せになれるわ」


 執務室にびく怒声、つい感情的に姉さんにモノを言ってしまう。

 こんなにも姉に反抗したのは初めてだった。

 光里さんと姉さんを睨み付けて私はさらに言葉を続けた。

 

「美咲姉さんは私に何を望むのよ?こんなに嫌がらせばかりして……私の幸せの邪魔をしてるじゃない。そんなに私が憎いの?そんなに私が嫌いなの?」

「……両親は亡くなり、お祖父様も先は長くない。私と紫苑ちゃん、やがて、ふたりっきりの姉妹だけになるわ。その時になってからはすべてが遅いの。この白銀家を守るには、ふたりで協力していくしかないのよ。お願い、分かって」

「何度も同じ事を言わないで!白銀家なんて終わってしまえばいいのにっ!」


 何が白銀家だ、何が姉妹だ……私は怒りが溢れていく。

 これまで抑え込んでいた物を止められない。


「私はずっとつらい道を歩まされた。人生の全てを姉さんに狂わされたの。私を助けてくれるふりをして、私を騙していた姉さんの事なんて誰が信じるの」

「白銀家を守るのは白銀家に生きるモノの義務よ。私達は感情よりも成すべき事がある。私たちが自分勝手生きるなんて、初めから許されないの……」

「……姉さんこそ、それが過ちだとなぜ気づかないの?ホントは光里さんと結婚したいくせに。彼からもらった指輪、まだ大事にしてるのを知ってるのよ!白銀家、白銀家って本当に大事なのはそこに生きる私達じゃないの?」


 指輪の話をすると姉さんの顔色は一気に強張りを見せる。

 

「……どうして、そんな事を話すのよ」


 指輪って言うのは彼らが学生時代に婚約した証の指輪、その後にふたりは破局した。

 これは賭け、この話をすれば光里さんも姉さんを疑うだろうから。

 光里さんが姉さんの命令を聞くのは彼女の事を別れた後でもずっと愛している。


「まだ……あれを持っていたのか、美咲?」

「光里、貴方には関係ないことよ」

「いいえ。関係があるから苦しんでるんでしょ?」

「紫苑ちゃん、貴方、まさか……!?」


 最後の切り札のカードを切るときが来た。

 私は自宅謹慎中に調べていた事があった。

 ようやくたどり着いた答え、それは衝撃の真実だった。

 この事を光里さんに告げれば全てが終わる。

 こんな馬鹿げた婚約も、白銀家としての運命も……私が終わらせて見せる。


「やめて、紫苑ちゃん!お願いだからっ!」


 私の口から出る言葉を怖れる彼女。

 立ち上がって必死に私の口をふさごうとしてくる。

 美咲姉さんは顔色を真っ青にさせて、今にも泣きそうだ。


「お願いだから……ぁっ……やめて!」

「嫌よ、もう全てを終わらせましょう。姉さん、貴方こそ白銀家から解放されるべきなの。光里さん、姉さんと別れた時の状況を覚えてる?」

「……今から5年前、大学4年の夏だった。それまで順調だった関係に、一方的に終止符を打たれた。紫苑さん、キミは何を知ってる?」


 愛していた光里さんにすら知らせていない秘密。

 家柄のせいだと別れを切り出した本当の理由。

 私を彼と結婚させるために、こんなにもひどい運命を見せたその身勝手なワケ。


「姉さんが私と光里さんの関係にこだわる理由。それは姉さんが“子供”を簡単に産めない身体だから。だから、私と光里さんが結婚して子供を産み育てる事を望んだの」

「……うっ……ぁあ……」


 足から崩れるように彼女は座り込んでしまう。

 本当は実姉にこんな事を告げたくなんてなかった。

 

「白銀家の主治医から聞いたのよ」


 聞かされたのは驚くべき事実でもあった。

 姉さんは生まれつき身体が病弱だったのは知っていた。

 その影響で二十歳を超えた頃に、子供を簡単に産めない身体だって分かったらしい。

 絶対に産めないというわけでもないけれど、大変な不妊治療はしなくちゃいけない。

 光里さんと別れたのはそれを知られたくなかったから……。

 姉さんは逃げたの、そして、自分の秘密ために私と光里さんの婚約を決めさせた。

 それが私と海斗の運命を変えた真実、あまりにも身勝手な事だ。


「……同じ女としては同情するわ。でもね、自分と向き合えないからってこんな事をするのはどうなの?姉さんは自分の幸せを犠牲にした。その犠牲の上にできたのは“誰も幸せになれない未来”じゃない!そんな未来に何一つ意味なんてないわ!」


 真実を明かされて、姉さんは愕然とした表情を浮かべている。

 私だって海斗にもし同じ立場なら言いづらいと思う。

 けれど、だからってこんな方法を選ぶのは間違っているわ。

 光里さんはそんな彼女に優しく言葉をかける。


「本当なのか、美咲?キミが僕と別れを告げたのはその理由のせいなのか?」

「……ええ、そうよ。私と光里が結婚しても、赤ちゃんができないから。白銀家は終わってしまう……だから、紫苑ちゃんと結婚して欲しかった。それしか、白銀家を守ることができないの!仕方ないじゃない!」

「絶対に産めないわけじゃないんだろ?今は医療もいい、治療すれば……」

「簡単に言わないでよ!光里、あの頃の私に何を言っていたか覚えてる?大学を卒業したら、私と結婚して、子供達に囲まれて幸せな家庭を築いて行きたい。そうやって理想的な幸せを求めていた。私には貴方の夢を簡単に叶えてあげられない」


 美咲姉さんは苦しんでいたのだと察した。


「私は貴方の赤ちゃんを産んであげられない……」


 女としての悲痛な叫びだった。

 光里さんからの期待、それに応えてあげたい本心。

 夢を叶えられない身体だと知った絶望はいかほどのものだったのか。


「こんな私では、光里の隣にいられないわ」


 すべてがこの人の中で破裂しそうなくらいに膨れて、押しつぶされてしまったんだ。

 姉さんの瞳から涙が溢れそうになる。


「ごめん、僕はキミの苦しみに気づいていなかった」

「全ては過去の事よ。状況は変わったわ。お祖父様の容態が悪化した以上、過去のことを言ってもしょうがないの」


 姉さんは弱々しく立ち上がり、私の方を厳しい視線で見つめる。


「まだ、これでも姉さんは白銀家を守ろうとするの?」

「……守るしかないじゃない。私に残されたのはこの家だけだもの」

「幸せは人によって違うのは当たり前でしょう。現実を見て、向き合えない自分の弱さ。そんなもので私の幸せまで奪う気なの?どんなに辛い運命でも戦う事をしないで、諦めて。それはただの逃避でしかない」

「そんなのは綺麗ごとよ。光里があの時に真実を知っていたら私を捨てていたわ」


 相手が好きだから、どうしても嫌われたくなくて。

 どんなに苦しくてもそれを打ち明ける勇気がなくて。

 それは本当に苦しくて、切なくて……。

 海斗に隠し事を続けて、その気持ちは理解できる。


「……光里さん。貴方の気持ちはどうなの?これでも、まだ……続けるつもり?」

「紫苑さん。僕は……」


 光里さんが何かを言おうとした瞬間に、執務室のドアを叩く音がした。


「板倉です、失礼します」


 ドアを開けると板倉が険しい顔つきで言う。


「美咲お嬢様、倉敷様。侵入者です、屋敷内に男がひとり入り込みました。現在、こちらの警備班が対応しています。どうしますか?」

「……侵入者?それって、もしかして?」

「はい、情報だと二十歳前後の若者。恐らく紫苑お嬢様の恋人、木村だと思われます」

「海斗!?嘘でしょう、海斗がここにきたの?」


 予想もしてなかった現実に私は驚愕して、身体が震えた。

 海斗が来てくれたんだ、本当に私の約束を守るために。

 嬉しい……本当に嬉しいよ、海斗。

 けれど、現実は甘くなくて、姉さんは板倉に残酷な言葉を告げる。


「……そう。板倉、彼を捕まえて。痛めつけてもかまわないわ」

「美咲姉さんっ!貴方って人はどうしてっ!!」

「私は白銀家を守るわ……例え、私の全てをなくしてもそれが私の使命だから」


 冷たくそう言い放つ姉さん、光里さんもその様子に小さく嘆息する。


「……板倉も警備班と共に行ってくれ。彼には致命的な弱点がある」

「情報は存じています。過去に怪我で右腕を負傷している。その後遺症で今でも右腕を満足に動かせない、でしたよね……私にお任せください」


 海斗の右腕の事をどうして光里さんが知ってるの?

 

「……なんて卑怯なんだ、この人たちは」


 板倉が行ってしまう、このままじゃ海斗が危ない。

 私は光里さんに向かって強く言葉を放った。


「光里さん!どうして、貴方までそんな事を言うのよ。姉さんが間違ってるのは分かったでしょう。私の幸せまで壊さないで!」

「……残念だけど、僕はどんな事をしても白銀家、美咲を支えるつもりだ。真実を知っても、その気持ちに偽りはない。……それでいいんだろう、美咲?」

「……っ……」


 美咲姉さんは光里さんの言葉に唇を噛み締めるだけで答えなかった。

 どうしても、運命は変えられなかった……やはり、私だけじゃ無理なの。

 海斗、貴方じゃなければこの運命は変えられない。


「それと紫苑さん、僕はこれでも木村さんを信頼しているんだ。彼との約束もあるから」

「……約束?」

「キミは君の愛する男を信じてあげればいい」


 含み笑いを見せる光里さんは私にそう言った。

 彼は何を考えているの?


「海斗、負けないで……私を助けて。お願いっ……」


 私にはただ彼の無事を祈る事しかできない。


「――信じているわ、海斗……私の運命を切り開いて!」

 

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