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朝の来ない夜に抱かれて  作者: 南条仁
第1部:再び現れた運命の女
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第1章:初めての女

【SIDE:木村海斗】


 “恋愛に冷めている”。

 俺はよく他人にそう言われる。

 それは別に恋愛に限った事ではない。

 今の俺は恋愛どころか他人にすらほとんど関心はない。

 どうせ俺が誰と関わろうが意味はないのだから。

 そんな俺にだって愛した女ぐらいはいる。

 “好き”や“恋”という感情を抱いた経験。

 その経験は悪夢として俺に残り続けている。

 なぜなら、俺はアイツに裏切られた。

 いや、違うな。

 裏切られたと思ってるのは俺だけだろうか。

 少なくとも相手はそうは思っていないに違いない。

 ただ、俺は自分でも思って以上に彼女に対して信頼を抱いていた。

 他人に対して心を許してしまった。

 その先に何が待っていたのか思い出したくもない。

 言いようのない寂しさだけが残った思い出なんて……。






 世界とは常に冷酷である。

 期待もしていないのに俺に悪夢の続きを見せようとしているのだから。

 

「おかえりなさい。意外に遅かったね、海斗」


 合コンを終えて自宅に帰った俺に待ち構えていた一人の女。

 白銀紫苑。

 肩にかかるぐらいの長さがある茶髪。

 強気な態度でいつも我が儘を言って俺を困らせる女の子。

 年は俺と同い年、高校が一緒だった。

 細かく言えば部活も一緒だった。

 

「どうして、ここにいるんだ?何でお前がここにいる?」

「まぁ、そんな事は置いといて。しばらく私をここに泊めてくれない?」


 あの頃と何も変わらない微笑みを見せる紫苑。

 俺の初恋の相手。

 初めて抱いた女、それが白銀紫苑だった。

 過去を思い出す自分に嫌気が差しながら、面倒な事になった事態に呆れて言う。


「紫苑。人の言う事を聞かない所は相変わらずだな」

「何よ、数年ぶりの再会にもっと喜びなさい」

「まずはなんでここにいるのか説明しろ。この部屋にいる理由は?鍵はどうした?」

「鍵?ああ、この部屋の前で待っていたら管理人さんが開けてくれたのよ。どうせアイツの女だろうって。……貴方、ずいぶんといろんな女の子と遊んでるみたいね」

「……余計なお世話だ。あの管理人めっ」


 確かに俺が女を部屋に連れ込んでいるのは珍しい事ではない。

 顔馴染みの管理人が勘違いして部屋の鍵を開けたのも理解した。

 あまりにも無用心だ、今度クレームとしてあの男には文句を言っておこう。

 問題はまだある、どうしてこの女がここにいるのか、だ。


「何しにここに来た?……どうして、俺の前に現れた?」

「はぁ、少しは感動の抱擁するとかないわけ?抱きしめてくれたら嬉しいわ」

「黙れ。俺はお前に会いたいと思ったことなんてなかった。……答えろ」

「もうっ、つれない人。いいわよ、答えてあげる。海斗、貴方に会いにきたの。だから、しばらくの間、ここに泊めてくれない?」


 俺に会いに来た?

 はっ、どの口でそれを言うんだか。

 俺は静かに怒りを押さえ込みながら、彼女をにらみつける。


「……出て行け」

「嫌よ」

「さっさと出て行け」

「やだ。やだ、やだー」


 紫苑は悪びれる事もなく堂々とそう言い放つ。

 

「子供か。紫苑。今さらなんだよ、何で俺の前に現れやがる」

「どうでもいいでしょ、そんな事。これが現実。貴方の前に私はいる。それ以外に理由は必要?……それとも、昔の事でも気にしてる?」

「……そんなワケないだろ。そんな昔の事なんて忘れたからな」


 理解できない事が多すぎて俺は頭を抱えながら、とりあえず開きっぱなしだった扉を閉める事にした。

 思い出したよ、こいつの性格。

 人のいう事を全然聞かない、我が侭な女だったということを。

 俺が何を言おうと自分の意思だけは押し通す。

 

「……とりあえず、おかえりなさい。お茶でも飲む?」

「勝手にお前の家のように振る舞うな」

「少し会わない間にずいぶんと細かな事を気にするようになったわね?」


 俺は彼女を無視してリビングに入る。

 持っていた鞄を適当に放り出すと、テーブルの上に料理が並べられているのに気づいた。

 普段、自炊しないせいか俺の部屋にしては珍しい光景だ。

 女に作らせたりした時期もあったので、食器や調理具くらいは揃っていたはずだが。


「夕食、作っておいたんだけどもう外で食べた?」

「……いや、友人と酒を飲んできただけだ」

「何だ、合コンか。だから、やけに女の香水の匂いするんだ。シャワーでも浴びてきたら?その間に温めておいてあげる」


 俺は無言でシャワールームに入る事にした。

 紫苑を相手にするには細かいことに突っ込んでいてもしょうがない。

 彼女との付き合い方を思い出して、あの頃のように自然に対応する。

 そんな自分が何だか苛立つくらいにまぬけに見えて、俺は唇をかみ締めた。


「何を流されてやがる、アイツが目の前にいるんだぞ?」


 勢いよくシャワーの蛇口をひねり、お湯を浴びる。


「どうしてお前がここにいる、俺の前にまた現れたんだよ」


 同じ言葉を繰り返すけれど、俺にはその言葉を告げるしかない。


「白銀紫苑……数年前の出来事を俺は未だに引きずっているというのか」


 自分自身に問いかけるがはっきりと答えは出ない。

 

「そんなワケがない、俺はもう忘れたはずだ」


 自分らしくない、これ以上、アイツを意識するな。

 

「もう終わったんだ、だから……」


 シャワーから流れる水音が耳に騒音のように残り続ける。

 俺がシャワーを終えて出ると、食事の用意は出来ていた。

 俺は黙ってその食事を食べることにした。






「どう、私もけっこうやるようになったでしょ?」


 後片付けをしながら、楽しそうにしている紫苑。

 彼女の作った料理は確かに美味かった。

 けれど、俺は今の状況を受け入れたわけでもない。

 しばらく泊めて欲しい、そんな事をしてやる義理はないはずだ。

 それなのに強気になれないのは俺自身の弱さか。

 

「……ふわぁ、今日は疲れたからもう寝ていい?」

「本気で泊まるつもりか?」

「当たり前でしょ。私は海斗に会いにきたの。帰るつもりなんてないわ」


 しれっと言い放つ彼女はそのまま俺のベッドを占領する。

 

「パジャマとか買わないとね。あっ、ちゃんと歯磨きは用意してるわ」

「おい、何を勝手にベッドで寝ようとしてる。お前はそこで寝とけ」

「女の子にソファーを勧める男って最低だと思うの。貴方はそっちです」

「……俺としては最大限の譲歩のつもりだが?」


 時間が時間だけに追い出す気はなくなったが、認めてやるつもりもない。

 堂々とベッドを占領しようとするその紫苑の態度がムカつく。

 

「私は別に一緒に寝てもいいわよ?」

「……やめろ、今さらそんな事言うな」

「あら、別にいいじゃない。昔みたいに。私達、お互いに愛し合って……」

「紫苑、黙れって言ってるだろ!」


 思わず大声で怒鳴りつけた俺に紫苑はつまらなそうに言う。


「何よ、私を抱いたくせに。セックスだって何度もしたじゃない」

「全部、過去のことだろ」

「そう、貴方にとっては過去なんだ?」

「ああ、過去さ。それ以外でもそれ以上でもない」


 ……どうしてこの女は俺にイラつかせる事ばかり言う。

 紫苑と俺の関係はそんなに甘いものじゃなかった。

 お互いに痛みを舐めあうだけの関係だったはずだ。


「俺達は恋人でもセックスフレンドでもない。ただの他人だった、違うか?」

「……他人、か」


 ふっと寂しげに目線を逸らす彼女。

 彼女が何を望んでいるのかが分からない。


「ふぅ……私、もう眠いから寝るね。その話はまた明日」

「おいっ、紫苑!」


 ぷいっと布団をかぶってしまう紫苑。


「こ、こいつ……ふて寝を決め込みやがった」

「おやすみ~」


 これ以上は会話しないとばかりの彼女の態度。

 

「何なんだよ、お前は……本当に調子が狂う」


 俺は占領されたベッドから離れて、リビングのソファーに寝転がった。

 ワケが分からない。

 アイツがここに来た理由も、俺の前に現れた理由すらも。


「……今さらなんだよ、ホントに」


 俺はゆっくりと目を閉じる、まだ耳に残るアイツの声を忘れるために。

 どうせ、俺と紫苑は同じ朝は迎えられない。

 今も昔も変わらないはずだ、俺達の関係が何も変わらなかったように。

 紫苑、初恋の相手でもあり、俺がこの世界で唯一嫌いな女でもある。

 俺は明日で全てを終わらせるつもりで意識を手放した。

 

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