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朝の来ない夜に抱かれて  作者: 南条仁
第3部:少女はなぜ姿を消したのか
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第17章:貴方に会いたくて

【SIDE:白銀紫苑】


 “ひとつだけでいいの、この願いを叶えて”。

 別に多くは望まない、たったひとつだけの願いを叶えて欲しい。

 海斗と共に生きていきたい。

 私の人生は私のもの。

 誰かに決められるものじゃないから。

 どうして、そんな些細な願いも神様は叶えてくれないの。

 私が欲しいのは海斗と歩む一緒の未来……それが欲しいのに手に入らない。

 子供の頃からそうだった。

 私は白銀家のお嬢様、友達なんて数える程度しかいなくて、同じ学校の子に話かけてもどこか壁を作られるのが常だった。

 

『あの子はお嬢様だからね』

『さすがお嬢様。俺達とは違うんだな』


 確かに子供の頃の私もそれを鼻にかけるところもあったと思う。

 自分は他の子たちとは違うんだって。

 そうやって私は自分からも他人と距離を置いてきた。

 他人は上辺だけの付き合いばかり、親友と呼べる心を許せる相手もいない。

 でも、そういう生き方に寂しさはあったんだ。

 ずっとぬいぐるみだけに話しかける子供。

 人生を振り返れば寂しい生き方をしてきたと思う。

 それでも、そんな私を変えてくれたのはやっぱり海斗だ。

 あの人が私の人生に入り込んできて、私は変われた。

 会いたい……私の大好きな海斗に会いたいよ。

 この想いに僅かな期待を込めて、私はある行動を起こそうとしていた。






 3年前の私は海斗を裏切る行動をした。

 海外に留学する事を彼に告げずに姿を消したから。

 私が海斗の前から姿を消して3年の月日が経とうとしていた。

 私は留学先の外国から日本へと帰ってきた。

 久々の日本、懐かしい気分になりながら私はゲートを越える。

 

「紫苑お嬢様、お待ちしておりました。長旅、ご苦労様です」


 私に頭を下げる黒服の男、板倉いたくらは白銀家のボディーガードをまとめている立場にある男だ。

 厳つい顔に筋肉隆々な身体つき、ボディーガードとしては頼りになる。

 まさに怪しい黒服集団、他にも数人の部下を引き連れていた。

 空港に浮いた感じで人々の視線を集めてる……まぁ、いいけど。

 

「ただいま、と言っておくわ。板倉、この荷物を持ってちょうだい」


 私はキャリーケースの方の荷物を彼に渡す。

 

「そちらの鞄もお持ちしますが?」

「これは私物だからいいわよ。これくらいは持つわ」


 私の荷物は私物が入っているバッグのみ。

 さぁて……ここからどうしましょうか。


「それではお嬢様。車を用意しておりますのでそちらまでご案内します」

「……この後の予定はどうなっているの?」


 日本に帰ってきた私には結婚という運命が待っている。

 目先の問題をまず何とかしないといけない。

 

「美咲お嬢様からは会長の自宅に連れていくように指示されていますが?」

「そう、お祖父様のところへねぇ。その前に……トイレに行ってもいい?」

「はっ……どうぞ」


 私がそう言うと彼らはノーとは言えずにしばらくその場に待機。

 ふふっ、こういう時って男のボディーガードだとチャンスだ。

 私はトイレに行くフリをして全力で空港を駆け出した。

 誰が素直にこのまま結婚すると思う?

 私は3年前の白銀紫苑じゃない。

 この3年間、私の心は強く成長していた。

 あの祖父の手の上で踊るような事も、操り人形のように決められた運命も歩かない。

 私の人生は私のもの、どの道を歩くのかはこの私が決める。


「し、紫苑お嬢様!?まさか……おいっ、彼女を止めろ!くっ、油断した」


 板倉が私の行動に気づいた時には遅い。

 こういう時の私の行動力をなめてもらっては困る。

 だが、意外にも早く追いついて私の肩に手をかけようとした彼の脚をすくう。

 

「なっ!?」


 ずっと素直なお嬢様を演じてた私がそんな事をすると思ってもいなかったんだろう。

 屈強な身体の彼が、ついバランスを崩してひっくり返るように倒れこんだ。


「お、お嬢様、どういうつもりですか」

「板倉、お祖父様に伝えなさい。私は自分の選んだ道を生きる、と」


 倒れて顔をしかめる板倉を見下ろしたままそう告げると、私は振り返る事もなく走る。

 騒ぎに気づいた周囲の人間が板倉達に近づく、その隙に外に出てタクシーに乗り込んだ。


「とりあえず、車を出して。早くっ!」


 運転手にそう告げると車は勢いよく発進する。

 これでいい、簡単には見つからないはずだ。

 車内で私は携帯電話を取り出して、友人に電話をかけた。

 知りたいのは海斗の情報。

 彼が今、どこで何をしているのか。

 今さらだとは思っているけれど、私は海斗に会いたい。

 会って話がしたい、その存在に触れていたい。

 この3年間、ずっと彼のことばかり考えて生きてきた。

 離れていた時間がより彼への想いをより強くしていた。

 でも……不安はたくさんあるんだ。

 彼が私を許してくれるかどうか。

 あの夜の裏切り、何も言わずに姿を消した私のことを……。

 恋人じゃなくても、お互いの間には絆のようなものはあったはず。

 それだけじゃない……今の彼は他に好きな人がいるかもしれない。

 不安はあげればきりがない、3年の月日は短くも長いから……。

 友人たちに連絡を取り続ける事、数人目、ようやく友人から情報を聞き出す事ができた。

 海斗は今、大学3年生として大学に通っているみたい。

 不良だった彼は私がいなくなってからずいぶんと変わったんだって、彼女は言っていた。

 大学生か……海斗、頑張って自分の未来を見つけたのかな?

 彼女が海斗の友人の男の子と知り合いだった事もあり、現住所まで知る事ができた。

 それなりに離れているけど、いけない距離じゃない。

 私はタクシーを駅に向かわせて、海斗に会いに行く事にした。

 まずは会わないと何も始まらないから……。






 電車に揺られて数時間、私は彼の住んでいる街にたどり着く。

 いかにも地方都市と言った雰囲気の街並み。


「……この街のどこかに海斗がいるんだ」


 早く彼に会いたい、期待と不安を胸に私は彼の住むアパートへとタクシーで向かう。

 たどり着いたのは5階建てくらいの洒落たマンションだった。


「ここにいるんだ。早く海斗に会いたいなぁ」


 私がマンション内に足を踏み込むと、すぐにレターボックスで彼の名前を確認できた。

 本当にここにいるんだ、ドキドキと心臓の鼓動が高まる。

 彼の部屋の前に着くと私は高揚する気持ちを抑えて、インターホンを鳴らした。

 

「……あれ?」


 だけど、どうやら彼は留守みたいで反応がない。

 時間は夕方前、まだ大学にいるのかもしれない。

 私はしばらく彼を待とうと彼の部屋の前に座り込んで待つ事にした。

 ここまで来るのにドタバタしたこともあり、疲れもあったから。

 

「3年かぁ。ホント……短かったような長かったような……」


 本当は彼と過ごしていたかもしれないその時間。

 せめて、彼が幸せであったならいいのに。

 もしも、今の海斗が幸せなら私はこのまま祖父の所へ行き、光里さんと結婚する。

 その前にどうしても彼に合っておきたかった。

 海斗を愛している気持ちに……真正面から向きあいたいから。

 未来がないと諦めて、彼に恋心を伝える事もしなかった。

 留学してからもその事に後悔しかしなかったから。

 誰もいない廊下にふと足音が響く、こちらに近づいてくる人影。


「……ん、誰だ、そこにいるのは?」


 雑巾とモップを持った男の人が私に気づいた。


「女の子……?なぁ、キミ、ここの住人じゃないな。ここに何か用か?あ、俺はここのマンションの管理人をしている吉原っていうんだけど」

「すみません、私は海斗……木村海斗を待っているんです」

「木村?……ああ、またアイツ絡みか。外で待ってるのも大変だな、アイツの女だろ?すぐに鍵を持ってきてあけてやる。中で待っていればいい」

「えっ、でも……勝手にいいんでしょうか?」

「防犯上、外で待たれるのも問題でね。それに木村が女を連れ込むなんて珍しくもない……あ、すまん。キミには余計な事を言ったか。聞かなかった事にしてくれ」


 彼は苦笑い気味にそう言葉を濁す。

 海斗が女を連れ込むのは珍しくない……それってつまり……。

 

「あ、あの……海斗のこと、教えて欲しいんです」


 私は吉原さんからいろいろと教えてもらう。

 話の中で気になるのは彼が女の子を次々に変えて交際しているという事実。

 

「……あの女の子に不慣れだった海斗が?」


 それがまず私の中に湧いた疑問だった。

 私の知らない3年間が海斗を変えたのだとしたら、私の存在なんてもう忘れてしまってるかもしれない。

 そう考えると胸が締め付けられるように痛む。

 

「……悪い奴じゃないし、ホントは女に節操がないわけでもない。ただ、何ていうのかな。端から見てると孤独に見えるんだよな。誰かと一緒にいても一人に見える」

「孤独……?寂しそうって事ですか?」

「そうだな。寂しい、その表現は当たってるかもしれない。アイツはきっと寂しいんだ。自分を満たす存在がいない事が……」


 私と出会った頃の海斗が寂しそうにしていたのを思い出す。

 世界に見捨てられて、孤独だったあの冷たい瞳。

 吉原さんに鍵を開けてもらって私は海斗の部屋に入る。

 男の子らしい部屋だけど綺麗に片付けられている。

 ふっと香るのは女物の香水の匂い。

 部屋を見渡すと女の人と暮らしていた痕跡がちらほらと見えていた。


「……本当に海斗は女の子と付き合ってるんだ」


 吉原さんの話だと数日前に恋人と別れたらしい。

 私じゃない誰かと彼が付き合うなんて……想像もしたくない現実。

 だけど、どこを探しても、写真とか思い出に残るようなモノはない。

 割り切ってるのかも、そう思うと余計に今の私がここに来て意味があるのかが怖くなる。


「あっ、これは……」


 私はようやく1枚だけ、女の人と写ってる写真を見つけた。

 テレビの横に無造作に置かれたフォトスタンド、海斗と一緒に写っていたのは……。


「嘘……?海斗……私のことを覚えてくれてたんだ」


 思わず嬉しくなる。

 フォトスタンドの中の写真は高校時代の私と海斗だった。

 彼とデートした時に撮った写真。

 それを捨てずに大事においてくれていたのは感激する。


「変わってないといいね。海斗があの頃の優しい海斗であって欲しい」


 私はその写真を眺めて、ひとつの期待を抱く。

 私達の関係に期待できる未来はない。

 あえて告白もしなかったし、好きだったのに一言も言えずにいた。

 例え、望んだ未来を求められなくても、自分から行動しなければ何も始まらない。

 運命に立ち向かうだけの行動力、何もせずに諦めたあの頃とは違う。

 私は海斗の恋人になりたい、彼に愛されたいからここまで会いに来た。

 

「……貴方に会いたい。早く、会いたいよ」


 冷蔵庫の中から適当にありあわせのもので料理を作り彼の帰宅を待ち続ける。

 しばらくすると、玄関の方からガタっという音が聞こえてきた。

 

「おかえりなさい。意外に遅かったね、海斗」


 海斗との3年越しの対面。

 少し大人になった顔つきをした彼が唖然とした顔をする。


「どうして、ここにいるんだ?何でお前がここにいる?」


 驚いてる、驚いてる……私は思わず笑みがこぼれた。

 久しぶりに会って、私の中の不安はほんの少し和らいだ。

 この運命に打ち勝つために、今の私ができる事。


「しばらく私をここに泊めてくれない?」


 私はにっこりと彼に微笑みながらそう言葉にした。

 大好きな男の子と私は再会して、3年越しに本当の恋を得ることになる。

 

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