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朝の来ない夜に抱かれて  作者: 南条仁
第3部:少女はなぜ姿を消したのか
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第15章:飛べない蝶々

【SIDE:白銀紫苑】


 “私の世界はどこにあるの?”。

 たった一度きりの人生だから、自分の道を自分の足で歩きたい。

 人間として当たり前のことが、私には奪われていた。

 決められた宿命……私の運命は変えられない。

 絶望はしなかった、でも、希望もしなかった。

 ……このまま、運命に流されていくんだと思っていた。

 誰かが望んだ、私の望まない世界。

 私は羽をもがれて飛べなくなった蝶々。

 地面に落ちた蝶々は朽ち果てるまでもがき苦しむだけ。

 羽をなくしたモノがこれからどうすればいいのかなんて考えもしなかった。

 高校生だった私は既に世界というものを諦めていた。

 つまらない世界に生きる事に意味なんてない、と……。






 私の両親が交通事故で亡くなったのは私が15歳の頃。

 高校帰りの私の携帯電話に姉からかかってきた連絡、それが全ての始まり。

 私の実家である白銀家は古くから地元で大きな力を持つ名家だった。

 数代前からは日本全体にさえ影響力を持つようになっていた。

 経済界で知らぬモノはないほどの白銀家の権力。

 私は子供の頃からそういうのは苦手だった。

 祖父の跡を継いだ父親は、私よりも将来性のある美咲姉さんにばかりかまっていたし、私も政治経済に興味もなく、ただのお金持ちのお嬢様として育てられてきた。

 他人よりもいい生活をさせてもらい、何不自由なく暮らしてきた私にとって、両 親の死はかなり衝撃的なものだった。

 すべては変わる、私の感情を無視して手のひらを返すように簡単に変わる。

 事故死だった、と聞かされているけれど真実は未だに分からない。

 車同士の衝突事故、相手側も亡くなり、本当の事実を知るものはいない。

 ……美咲姉さんがお酒に酔った勢いで話してくれた事がある。

 両親は誰かによって消されたのかもしれない、そうポツリと漏らしていた。

 当時、経済界でも名を馳せた父はかなり強引なやり方で白銀家を成長させていた。

 もちろん、それによって恨まれていることもあったに違いない。

 真実は分からないまま、両親亡き後、白銀家の権力を引き継いだのは美咲姉さんだった。

 私にとって彼女は優しい姉だと思っている。

 年の差は6歳離れた姉だけど、私は子供の頃から懐いていた。

 人格的に優れ、白銀の名を継ぐにふさわしい人だ。

 だけど、それはあの出来事は、姉妹の関係にも亀裂を生じさせていく。

 17歳になった私に彼女が告げたのは恐ろしくも、冷たい現実。


「……美咲姉さん、今、何て言ったの?」


 その日、私は彼女の書斎に呼ばれた。

 朝から降り続いている雨を窓越しに眺めた美咲姉さんは淡々とした口調で言う。


「紫苑ちゃんには結婚してもらうって言ったの」

「結婚って……でも、そんな事、これまでは言わなかったじゃない」

「えぇ。確かにこれまでその話はなかったけれど、お祖父様が決めた事だから。貴方も感じているでしょう、このままだと白銀家は崩壊する危機がある」


 白銀家はこの数十年で大きく変わってしまった。

 外部からの血も多く混じり、古くから続く白銀という“純粋な血”が薄れている。

 さらに私の両親が亡くなり、遠縁を含めた親族も次々と亡くなる出来事が続いた。

 血筋を重んじる白銀家の本家としてはここでどうしても血を途絶えさせたくない。

 そこで彼女が私に告げたのが祖父の提案した政略結婚だった。


「……白銀家に血の繋がりが深い分家、倉敷家の人間と結婚して欲しいの」

「ちょ、ちょっと待って。それって……もしかして?」

「そう。貴方の婚約者は倉敷光里(くらしき みつり)。光里と結婚して欲しい」


 光里さんは私も幼い頃から親しくしている幼馴染だ。

 穏やかな性格でありながら、若くして認められている優秀な人。


「どういう事なの?光里さんは……美咲姉さんの恋人じゃない」

「心配しなくても別れているわ。もう1年も前の話よ。私と光里は既に恋人じゃない」


 感情を見せないように視線を俯かせる美咲姉さん。

 彼女は同い年の幼馴染である光里さんとは交際していた過去がある。

 だけど、両親の死後、彼女が白銀家を引き継いでから別れてしまった。

 破局した理由は聞いても教えてくれないから分からない。

 

「……どうして、私なの?光里さんとは姉さんが結婚すればいいでしょう?」

「お祖父様が決めた事だもの。私にはどうする事もできないわ。大丈夫よ。あの人なら紫苑ちゃんを守ってくれるわ。貴方は幸せになれる」

「美咲姉さんはそれでいいの?私が光里さんと結婚しても本当にいいの!?」


 今でもきっと愛し合ってる仲だと思うのに、そんな事を言われてもどうしようもない。


「……ごめんなさいね、紫苑ちゃん。貴方までこんな事に巻き込んでしまうなんて」


 ただ、私に頭を下げる美咲姉さんは我慢するような悲痛な顔をしていた。

 直感的に理解する、この先に“幸せ”なんてない……。

 不条理な世界の始まり、それは逃れられない運命の始まりでもあった。

 絶対的な権力者、祖父の決めた事は白銀家では絶対的な力を持つ。

 表舞台では美咲姉さんが白銀を支配しているけど、まだ白銀家では実権を握っている。

 私は光里さんとも会って話をしてみることにした。

 僅かでも運命を変えられるならと思ったから。

 

「……私たちが結婚するって話を聞いた、光里さん?」

「あぁ。美咲から直接聞かされたよ。不思議なものだね、紫苑さん。……兄妹のように過ごしてきたキミと僕がこういう形で一緒になるなんて」

「光里さんはそれでいいの?美咲姉さんにも言ったけど、これでいいの?」

「残念ながら、僕は分家である倉敷の人間だ。本家である白銀家の意向には逆らえない。本音で言えば違う。僕も美咲にそう告げたけれど、どうにもならないそうだ」


 光里さんは何もかも誤魔化すような大人な顔を私に見せた。

 その顔は美咲姉さんと同じ……我慢してるんだ、この運命を。

 

「どうして、こんな事をするの。誰も望んでない、誰も幸せになんてなれない。私の未来も勝手に決められて、こんな世界なんて……」

「紫苑さん……。世界って誰もが自分の思い通りに生きられるとは限らない。生まれた瞬間から決められた宿命があるんだ。そして、運命には抗えない」

「宿命とか運命とか、私はそんなの大嫌い。そんなのはただの言い訳だもの。こんなのおかしいよ。どうしようもないの?決められたらそれで終わりなの?」

「そうだね、おかしいと僕も思う。それでも、抗う事など僕らにはできない。何も力がない。それに美咲に言われてしまったら僕には何も出来ないから」


 微苦笑する光里さんは私の頭を優しく撫でた。

 私は彼のことは好きだ。

 それでも、それは兄のような存在で、恋人としてではない。

 彼も当然ながらこの結婚には不本意なはず。

 本当に彼と結ばれるべきなのは美咲姉さんなのに……。

 

「私の立場からはお祖父様に意見できない。ホントに諦めるしかないのかな」


 私の人生を誰かの意思で左右されるなんて嫌だ。

 自由が欲しいと願う私に世界は残酷な現実を見せつける。

 いつしか私は抗うのもやめて、諦めようとしていた……。

 この世界に期待しないようになっていく。

 光を失い闇が私を襲う、そんな日々が続いていた。






 それは夏休みが終わった秋の出来事。

 私は偶然、学校の屋上に足を運んで外の空気を吸おうとしていた。

 ふと気づいた視線の先、ひとりベンチに座っている男子生徒の姿が見える。

 ……彼の名前は木村海斗、クラスメイトの男の子。

 最近見かけないと思ったらこんなところにいたんだ。

 イケメンなルックスから人気のあった人だけど、夏前にトラブルを起こして部活を退部して以来、暴力などの不良的なイメージが付きまとっている。

 噂では聞いていたけれど、本当に変わってしまったんだ。

 私はそれでも彼に近づいて様子を見る事にした。

 

「……ん?白銀……紫苑?」


 彼がこちらに気づいて振り向くと、黙って私の様子を伺う。

 噂通りに怖かったら逃げよう、そんな安易な気持ち。

 別に何かあるわけでもない、彼に対して興味を少し持っただけ。

 意外に彼は大人しく空を見上げていた。

 特に会話もなく、同じ時間を過ごしていく。

 さぁと穏やかな風が私たちを包み込む。

 その時に見せた彼の瞳に私は目を奪われた。

 なんて冷たい瞳をしているんだろうって……私の身体は震えた。

 本当に凍りつくような冷たさを持つその瞳に映るのは希望でもなく、絶望のみ。

 ……不思議と私はその瞳に惹かれていた。

 だって、海斗はとても寂しそうにも見えたから。

 孤独な人間に見えるけども、彼はこの世界に対して寂しがっているようにも見えた。

 この人も寂しいんだ、と同じ痛みを持つ人間として理解する事ができた。

 彼もまた運命を狂わされ、望まない人生を生きる人間だった。

 私と似ている海斗に抱いた興味が大きく膨らんでいく……。

 彼の事をもっと知りたくなり、すぐに彼と親しくなろうとした。

 私は絶望の中からほんの僅かな希望を見つけた……。

 何度か接触すると意外にも彼は素直に心開いてくれた。

 そして、私も気がつけば彼のことを好きになっていたんだ。

 初めは似た物同士という同情的な感情がいつしか愛情へと変わる。

 私達はやがて恋人のような関係へと発展していく。

 彼とは何度もセックスをしたけど、それを嫌だと思ったことは一度もなかった。


「ねぇ、海斗。私達はきっと幸せになれない人間なんだよ」


 ふたりの関係に愛はあっても、私達は恋人になれない。

 

「それでもいいんだ。私は今、この瞬間が満たされているから」


 世界に見放された私達、希望なんてないと思っていたのに。

 

「もうっ。返事くらい返してよ。照れ屋なのね」


 自分の好きなように生きられない人生でも、未来に希望なんてなくても。

 大好きな人間の傍にいられる事に幸せを感じている。


「海斗……貴方に出会えてよかった」


 17歳の私、将来に希望を失いながらも、生まれて初めての愛情を知った。

 

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