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朝の来ない夜に抱かれて  作者: 南条仁
第2部:似た者同士は惹かれあう
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第14章:あの夜の真実

【SIDE:木村海斗】


 “この世界に優しさを求めて”。

 良くも悪くも、俺たちは子供だったのだろう。

 ……世界の急激な変化に耐えられず、同じ境遇の相手に依存していた。

 傷口を舐めあうように、寄り添う事で痛みを誤魔化していた。

 現実から目を背ける事しかできない自分。

 けれど、隣に紫苑がいる事が俺を救ってくれた。

 温もりを感じあい、愛の真似事をしているだけとしても。

 俺達は心のどこかで繋がってる、そんな幻想を信じていた……。

 優しい世界を望む俺達に待っていたのは、逃げられない現実。

 俺達の世界はいつになったら暗い夜が明けて朝が来るんだろうか?

 この世界に果たして希望はあるのか。

 それを知りたくて今を生きている。






 きっと、1年前の俺は1年後の俺を想像すらできなかったはずだ。

 真夏の太陽は煌く輝きと共に熱さを放つ。

 波しぶきをあげる海を眺めて、俺は熱せられた砂浜を歩く。

 

「何してるの。海斗、海に入ろうよ」

 

 水着姿の紫苑はそう言うと、冷たい青い海に飛び込んだ。


「きゃっ、冷たい。でも、気持ちいいわ。ほら、海斗も早く」

「そう急かすな。海は逃げやしないさ」


 夏休みを利用して俺達は海へと旅行にやってきた。

 俺と紫苑が関わりだして1年……色んなことがあった。

 紫苑と過ごす時間が何よりも楽しかった。

 この日は夏休み後半、最後の海を楽しもうと紫苑から1泊2日の旅行に誘われたのだ。


「それにしても……お前は相変わらずスタイルがいいな」

「あら、褒めてくれてありがとう。まだまだ成長途中なのよ、ふふんっ」


 胸の谷間を強調する水着、それが似合うのはさすがだな。

 紫苑は楽しそうに笑うと、綺麗なフォームで泳ぎだす。

 

「……少しは気がまぎれるといいんだけど」


 彼女の周囲で何かが起きているのを感じたのはつい先日の事だ。

 夏休みに入ってから、紫苑が家に帰りたくないという素振りを見せるようになった。

 具体的な事は分からないままだが、気持ちや感情、それから察する事はできる。

 この開放的な海が彼女の心を癒してくれればいいのに。


「ほら、ぼーっとしてない。隙あり!」

「うわっぷ!?」


 顔面に水をかけられた俺はむせる。


「あはは、海斗は名前に海が入ってるんだからもっと楽しんだらどう?」

「名前は関係ない。俺の名前の海斗には海のように広い心を持つ……」

「そんな事より、沖の方へ行きましょう」

「……俺の名前の由来を無視するなよ、ったく」


 俺は紫苑に手を引かれて沖の方へ泳ぎだす。

 こうして一緒にいる所はどうみても恋人だろう。

 俺達の関係は出会ってから1年経っても親しくなっただけで、関係自体は変わってない。


「不思議なもんだよな」

「ん、海斗、何か言った?」

「何でもない。紫苑、このまま沖に行ってどうするつもりだ?」


 紫苑が片手に持つ浮き輪を頼りに浮いた状態だ。

 人って言うのは残念ながら常に浮いていられない。


「ここから陸まで泳ぎで勝負よ、海斗」

「ほぅ、この俺に勝負を挑むとは……」

「さすが海の子……私も負けないけどね」


 大体、ここから陸までの距離は200メートル程度。

 普通に泳げばいい勝負になるだろう。

 俺達は合図と共に真剣勝負で海を泳ぐ。

 俺は自慢の泳ぎを見せつけようと思ったのだが、腕がちゃんと回らない。

 ……ちくしょう、分かっていたけどな。

 俺の腕は今でもろくに動いちゃくれないんだよ。

 得意だったはずの泳ぎすらも、未だに右腕の感覚が戻らず、実力を発揮できない。

 こういう現実を突きつけられるときが一番嫌なんだよな。

 だけど、俺は諦めずになんとか腕を動かして紫苑を追いかけた。

 アイツの笑顔がみたいから。





 試合終了。

 かろうじて泳ぎきり、砂浜に立ち尽くす俺。

 にんまりとスマイルの紫苑。


「……そ、そんなバカな。この俺が……負けた」

「ふふっ、私の勝ちっ!」


 勝負する前から勝負は決まっていたが。


「いい勝負だと思ったんだけどな。出遅れが響いたか、ちくしょう」


 俺はそれを悟らせることなく、わざとらしく悔しさをにじませた。


「……というわけで、海斗は罰ゲームをしてもらいます」

「は……?そんな事を聞いてないぞ?」

「敗者の言葉なんて知らないわ。勝利こそ全て、貴方は私に負けたのよ」


 勝利の余韻に浸る紫苑に俺の言葉は届かない。

 

「罰ゲームは……私にキスして欲しいな」

「ちょ、ちょっと待て。紫苑……この人の多い中でしろと?」

「だから、罰ゲームなの。ほら、早く……海斗のキスが欲しいの」


 恋人じゃない俺達は恋人の真似事をする。

 キスもした、セックスもした、愛の囁きだけをしたことがない。

 それでも、俺達はその真似事を続ける。

 ……いつか本物になる事を信じて。


「仕方ないな。目を瞑れ」


 俺は仕方なしに彼女にキスをしようとしていたその時、


「海斗……ちゅっ」


 先にキスを仕掛けてきたのは紫苑の方だった。

 まさに油断していた俺は唇が触れる事に驚かされる。


「ふふっ、油断大敵。残念でした。私は奪われるより奪う方が好きなんだ」

「この時点で罰ゲームじゃない気がする」

「そうでもないわよ。だって、私はすごく満たされたもの」


 紫苑の幸せそうな微笑みが印象的に残る。

 そんな顔された何も言えないじゃないか……。


「さて、まだまだ泳がないと。海斗も付き合ってくれわよね?」


 ……ダメだな、俺は紫苑の笑顔に弱いらしい。

 自分の弱点にすらなりかけている。

 紫苑と時間を俺は楽しんだ。






 夜になった浜辺に座り込む紫苑。

 昼間、海を存分に満喫した後、服に着替えた俺達はホテルに戻らずに打ち寄せる波が綺麗な夜景をゆっくりと眺めていた。


「……風が気持ちいいわ。夜景も綺麗だし、最高の眺めよ」

「そうだ、紫苑。さっき、ホテルでこれを買ってきたんだ」

「それって花火?」

「そう。せっかくだし、やってみないか?」


 花火セットを差し出すと紫苑は黙り込んでしまう。


「……どうした?花火は嫌いか?」

「いえ、そういうんじゃなくて……私はしたことがないから。こういうの、テレビで見た事はあるけれど実際に触れた事もないわ」


 不思議そうな顔で答える紫苑。

 そういや、この人はお嬢様だったな。

 確かに危険もあるのだろうが、それくらいは経験してもいいと思う。


「初体験か、何でもやってみるべきだぞ。大丈夫、子供だって出来るんだから」


 ホテルから借りてきたバケツに水を入れてくる。

 ろうそくに火をつけて、準備は終了。

 まるで子供のように紫苑は手に持った花火を見つめる。


「これって、いきなり火が出たりするのよね?大丈夫かしら」

「試しにやってみれば分かる。しっかり持っていれば危なくないから。先についてるひらひらした紙をちぎってから、ろうそくの火をつけるんだ。ほら、簡単だろ?」


 初めてだから怖がる気持ちも分かるけど、楽しんでもらわないと意味がない。

 俺が火をつけてやると彼女は驚いた様子をみせた。


「きゃっ。うわぁ、綺麗……」


 彩り変わるその花火の輝きを見入る紫苑。

 俺も自分の花火に火をつけて楽しむ。

 花火の燃える音と海の波音が砂浜に響き渡る。

 

「……私、花火がこんなに綺麗なモノだって知らなかった」

「経験してみないと分からない事なんてこの世界にいくらでもある」

「そうよね……。自分の目で見ないと本当のよさは分からないもの」


 紫苑は穏やかな笑顔を浮かべる。

 俺も花火なんて子供の頃以来だけど、普通に楽しめる物だ。

 ……やがて、ふたりの花火の火が消えて静寂が戻る。

 

「花火が消えてしまうと……寂しくなるのね」

「それが花火ってもんだろ。ほら、まだあるんだから次をすればいい」

「次はこの花火にしてみるわ」


 花火を楽しむ俺達はやがて、自然と核心をつく会話を始める。


「……海斗、もしも私が貴方の世界からいなくなったどうする?」

「世界からいなくなる?」

「世界は人そのものよ。自分の世界と他人の世界。人間っていうのは他人の世界と触れる事で、現実を初めて実感できる。ひとりだけの世界に意味はないの」


 ジッと線香花火を凝視する紫苑の表情からは真意を読み取れない。

 

「触れ合わせている世界が消えるだけ。私はその事に意味なんてないと思っていた。でも……いざその時が来ると思うと寂しいの」

「紫苑、教えてくれ。お前の悩みって何なんだ?」


 俺はこれまで一歩も踏み込まずにいた紫苑の心に踏み出す。


「……紫苑、俺はお前の力になりたいと思う」


 紫苑は黙って人差し指を俺の唇に触れさせた。


「ありがとう、海斗。でも……私は……」


 ふっと火が消えてしまった線香花火の火種が砂浜に落ちる。


「私は海斗に感謝してる。例え、それが定められた運命だとしても、抗う事で希望を見つけ出せるんじゃないかって……貴方からそう教わったから」


 紫苑が花火を手放して俺に抱きついてきた。

 そのまま俺達は今日、数度目のキスを交わした……。

 俺は紫苑の心の闇に僅かに触れた。

 それがあんなことになるなんて……。

 その夜、ホテルで俺達は一夜を共にした。

 何回も紫苑と関係を重ねていたが、泊まるのは初めてだった。

 その夜の紫苑はどこかいつもより感情を出していたように思った。

 ……何かが俺の中で警告しているようだった。






 俺は早朝にも関わらずに目が覚めた。

 

「……ん?」


 ふと、ベッドの隣を見ると紫苑の姿がない。

 

「紫苑……もう起きているのか?」


 不安がなかったわけじゃない、ただ、現実を理解できずにいたのかもしれない。

 俺はベッドから身体を起こすとカーテンと窓を開けて、朝陽を浴びる。

 

「ふわぁ。……あれ?」


 気づいたのはテーブルに置かれた1枚の紙。

 俺はそれを手にすると、紙には何かが書かれている。


『海斗……ごめんなさい』


 ハッと俺は辺りを見渡す、紫苑の荷物はどこにもなかった。

 

「ごめんなさい?どういう事なんだ?……紫苑ッ!」


 俺はホテルの室内を探すが彼女の姿はなく、嫌な気持ちが俺を突き刺してくる。

 急いでフロントに尋ねると数十分前に彼女が去った事が分かる。

 携帯電話に連絡してみるが通話できない。

 

「どういうことなんだ、紫苑?」


 世界からいなくなる、紫苑は前夜にそう俺に告げた。

 その通りだったんだ。

 彼女は突然、何も言わずに俺の前から消えた……。

 その後、紫苑の実家に連絡するも詳細は知ることができない。

 夏休みが終わった後、学校で俺が唯一知ることができた情報は紫苑が転校したという事だけ……それ以上、俺には何も知る事ができなかった。

 紫苑がいなくなった事実は俺に絶望を与えた。

 前向きに変わろうとしてた俺は完全に心が砕ける。

 その後の俺は再び、世界に興味を失い、怠惰な日常を送り続けた。

 俺は本当に紫苑が好きだったんだ……。

 人を好きになるという気持ちを初めて教えてくれた女、白銀紫苑を失った。

 それが3年前の過去……覆せない出来事が俺の記憶にはある。

 あれから3年……悪夢を忘れかけようとした頃に俺と紫苑は再会を果たす。

 アイツが抱えていたのは何だったのだろうか、その実態を正確に包めないまま、俺は2度目の愛する人間を失う体験をする。

 もし、神がいるなら問いたい。

 本当に俺達の世界にも希望はあるのか?

 

第2部終了。次回からは紫苑視点の第3部です。過去、現在、紫苑の悩みとは?そして彼女は今どこにいるのか?

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