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朝の来ない夜に抱かれて  作者: 南条仁
第2部:似た者同士は惹かれあう
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第10章:日常の崩壊

【SIDE:木村海斗】


 “朝の来ない夜”。

 一度は手に入れたはずの温もり。

 俺は紫苑を守ると約束したのに……彼女は再び俺の前から姿を消した。

 どこにもいない、携帯電話に連絡をしても通じない。

 どうして……?

 その疑問と孤独だけが俺に残された。

 俺は過去を思い出す、思い出したくないと逃げていた俺自身の弱さ。

 あの記憶は俺に絶望しか与えない。

 幸せもなく、痛みしかないのは知っている。

 それでも、俺はその過去の記憶にすがるしかない。

 ……俺と紫苑の過ごした思い出。

 それはもう記憶にしか残されていないから。






 4年前、17歳だった俺の夏。

 まだ世界の闇を知らず、笑う事も生きる事にも希望を見出していた。

 俺は子供の時から親の趣味でもあったテニスをしていた。

 中学に入ってからは全国大会にも出場したりする選手だったのだ。

 腕前はそれなりのレベルで自信もあった。

 そんな俺は高校でも迷わずテニス部を選び、昨年では県大会準優勝。

 惜しい所で全国大会にはいけなかったが手ごたえは感じていた。


「さすがだな、木村。お前個人なら次の大会も県大会を突破できるんじゃないか?」

「今年は部員の皆、調子がいいですから。狙いますよ、全国大会」


 部活を終えた後に顧問の先生と会話する。


「うちの3年生も今年が最後だ。県大会突破はしてくれよ。お前たち、2年もチャンスをいかしてくれ。……特に木村、シングルスでは期待してるぞ」

「はいっ」


 実力は県内でも上位に入るくらいにあったので、顧問からも信頼されていた。

 後片付けをしていると女子テニス部の女の子たちがこちらに来るのが視界の端に見えた。


「……そういや、海斗は誰か気になる相手とかはいないのかよ」


 俺に声をかけてきた友人、村瀬むらせはそう言って女子たちに視線を向ける。

 そういえば先ほど、皆でそう言う話をしていたな。


「……いや、別に。まず同じ部活内で誰かと言われてもピンと来ない」

「お前はまたそれか。少しは異性に興味を持てよ。まさか……」

「くだらない事は言わなくていい。俺も正常な男だ。ただ、気になるほどの女がいないだけさ。……顔だけでどうこうっていうのもな」

「海斗ってホント冷めてるなぁ……テニスだけに情熱向けてもしょうがないだろ」


 村瀬はそう言って俺の肩を叩く。

 テンションの高い友人ながら、コイツのそういう所は苦手ではない。


「……恋愛、恋愛と騒ぐ気持ちも分かるけど、情熱を向けるのは目先の大会だろ?」

「甘いぜ、海斗。夏はもうすぐそこまで来ている。男なら恋愛のひとつやふたつしておかないと。お前だって興味あるだろう?」


 学生の本分は青春を謳歌する事なのかもしれないが、俺は未だに気になる相手はいない。

 初恋すらもしていない、実際テニスばかりで異性に興味がなかったのもあるが。

 綺麗だとか可愛いとか思う相手はいても、恋愛する気まではなかったのだ。

 

「……例えば南岡なんてどうだ?あのルックスの可愛さはグッとくるものがあるだろう?他にはスタイル抜群の新城とか……あ、白銀さんはどうだ?」

「白銀ってあのお嬢様か?」

「そう、そのお嬢様だ。高嶺の花である彼女と同じ部活というだけでも俺は嬉しいね」


 白銀……名前は確か、紫苑だったか。

 クラスメイトでもあり、同じ部活でもある彼女。

 家柄は地元だけでなく、全国でも有名な財閥グループのお金持ち。

 紫苑はいわゆるお嬢様というやつだった。

 美人な顔をしているが、いかにも強気なお嬢様という感じが俺は好きではない。


「……気が強い女はどうも苦手だ」

「そうか?あれはあれでいいんだが……おっ、おい。噂していたら白銀さんがこっちにくるぞ……。お前が文句言ったのが聞こえたんじゃないか?」

「そんなわけないだろ」


 ジロジロと見ていたわけでもないし、聞こえる距離でもない。

 紫苑はこちらに歩いてくると、にこっと微笑みを見せる。

 

「調子いいみたいね、木村君。噂は聞いてるわ。次の大会も頑張って」

「ありがとう。キミこそ、ダブルスのメンバーに選ばれたそうじゃないか」

「ええ。まぁ、私が選ばれるのは当然の結果だけどね」


 自信満々に言い放つが実力は確かに備わっている。

 

「……お互い、頑張ろうじゃないか」

「そうね。私は人に負けるのが大嫌いだもの、必ず勝つわよ」


 ふっと笑うと彼女は「失礼するわ」と言って立ち去る。

 生まれが上品なら振る舞いの上品、さすがお嬢様だ。


「……おいおい。あのお嬢様と会話するなんてすごいじゃないか」

「向こうから話しかけてきたんだろ。別に大したことじゃないさ」

「それは余裕か、この野郎。いいよなぁ、選手として試合で活躍できる奴は……。ああして、高嶺のお嬢様と自然に会話できるし。その立場を利用しないお前の欲のなさ。はぁ、どうしてそれを上手く活かさないんだ、海斗?」

「お前も練習をして強くなれ。女を追いかけてるだけじゃ無理だな」


 彼は俺の言葉にさらに溜息をはきながら、


「そっちじゃないよ、恋愛しろ、恋愛。決めた、俺は今年の夏に恋愛する」

「……恋愛ねぇ、何がそんなに面白いんだか」

「てめぇは今、部活内のモテない男をすべて敵にした。ったく、イケてる顔しているのにもったいないぜ。神様っていうのは不公平なもんだな……」

「神様は不公平、か……そうかもしれないな」


 ……少なくとも俺は自分から誰かを好きになる事はないと思っていた。

 誰かを本気で愛する自分を想像すらできなかったから。






 夏を本格的に迎えて、俺はテニスの大会に向けて猛練習をしていた。

 大会を控えたある夜、公園でランニングをしていた。


「……アンタ、木村海斗だろ?」


 そんな俺の前に現れたのは4人の男、俺の周囲を取り囲んでいる。

 

「そういうお前らは誰だ?基本的に男の顔はよく覚えてなくてさ」

「……ちっ、覚えてないなら思い出させてやろうか?」

「その声、あぁ……この間の練習試合で無様に負けた西高の連中か?」


 数日前の練習試合、俺はひとりでこいつらと対戦して勝った。

 元々、うちの高校とは実力差もあったので遊び半分で相手をした。

 向こうは気合を入れてか、ずいぶんと女の子中心のギャラリーを用意していたの だが、彼らが恥をかくだけの結果に終わったのだ。


「……お前のせいで、俺達は赤っ恥をかかされたんだ」

「それは自分たちが悪いな。実力さも考えず、女にモテようとギャラリーを集めたはいいが、実際にそれに伴う実力がなかったわけだ」


 俺が淡々とそう言うと彼らは怒りを見せた。

 

「実力だ?ふざけんなよ、あんなプレーでよく言うぜ」

「1度も俺のボールにも触れなかったお前らこそ、俺を相手にする実力もないくせに調子に乗るな。テニスの基礎からやりなおせって言いたい。そんなのでよくレギュラーとかやれてるな。まぁ、その程度の実力しかないテニス部だって事だけど」


 俺もテニスに関しては強気な気持ちがあった。

 今にして思えばこの時から俺の運命は狂い始めたんだと思う。

 

「調子に乗りすぎなんだよ、木村」

「お前のテニス人生もここまでだ。今度の大会に出れなくしてやる……」


 ああ、そういうことか……。

 低脳、単細胞、そんな言葉の似合う彼ららしい行動。


「……カッコ悪くないか、そう言うことしてさ」

「いつまでもそんな口が叩けると思うなよ」

「そうそう、こっちは憂さ晴らしできればそれでいいんだからさッ」


 そんな叫ぶ声と共に一人の男が俺に殴りかかってきた。

 相手は4人……囲まれる前に片付けてしまうしかない。

 

「黙ってやられてやる義理もない。お前らみたいな雑魚にやられるかよ」

「なっ!?」


 殴りつけようとする男を俺は思い切り、蹴り飛ばす。


「あいにく、喧嘩は苦手じゃないんだ。こいよ、雑魚共!」

「ぐぅ、つ、強い……こいつ……」


 男のひとりが唸り声をあげて地面に倒れこんだ。

 勢いつけたワリには対した連中ではなかった。

 

「だから、力の差を考えろって言っただろ」


 俺は残る3人を鋭い視線で睨み付けた。


「や、やってやるぜ。後悔するなよ、木村っ!」


 次の瞬間、彼らは俺に襲い掛かってくる。


「憂さ晴らしね。……俺もさせてもらおうか」






 あれから……どれだけ時間が経ったろうか。


「……くっ……はぁっ……」


 俺はうめくような荒い息遣いで、公園を抜け出した。

 夜の繁華街の方へと歩いていた。

 押さえる右腕からは生々しく鮮血が流れ伝う。

 余裕をかまして彼らの相手をしていたが、ひとりがナイフのような物を持っていた。

 俺は僅かな隙を狙われて、避けきれず右腕を切り裂かれたのだ。

 その後は、どうなったのか覚えていない。

 無我夢中。

 気がつけば目の前には叩きのめした男たちが血まみれで倒れていた。


「お、おい……キミ、大丈夫か!?」


 繁華街に近づくと周囲の人間が俺の存在に気づいて近づいてくる。


「ちっ、あんな雑魚相手にしくじったな……最悪だ」


 俺はそれなりの血を失ったこともあり、そのまま地面に肩膝をついた。

 意識がゆっくりと消えていくように奪われていく。

 それは俺の日常の崩壊。

 俺はこの夜、全てを失うことになる――。

 

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