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一つめ 仁科

 奇妙様は、幼い日にやり取りした文の内容を覚えておいででしょうか?


 私は、覚えております。貴方様の言葉ひとつひとつに喜んで、どきまぎして、悔しかったり、腹が立ったり、全部、覚えております。


 あれは、地元のお祭りを誇らしげに綴られていた文でした。





   津島の祭りは、それはもう盛大で、楽しゅうございました。



 津島の町がどこにあるのか、どのような町なのか、私は何も知りませんでしたがそれはそれは楽しそうに、長々と、したためられているのです。

 祭りの時期は津島の町が一日中光を放ち、眠らなくなる。山車や神輿があちこち練り歩き、それを担ぐ殿方たち声と、露天商の売り文句でとても賑やかなのだと。

 出店の『こんぺいとう』なる飴が甘くて美味しいのだと。飾られた着物の柄が色鮮やかで綺麗なのだと。広場での催しは、奇妙様の父上が舞いを披露されて拍手喝采だったのだと。


 そして最後に



   松殿の住んでおられるつつじには、どのような祭りがあるのでしょう。



 と締められていました。


 楽しそう・・・


 羨望の気持ちと共に、奇妙様に自慢されたことが悔しくて、まるで私がつつじの館から出たことのない田舎者(確かにつつじから出たことはないのですが)みたいに言われている気がして、本当に悔しくてたまりませんでした。



 私だって・・・


 つつじだって、毎年盛大な祭りを・・・!!



 対抗意識だけは燃やしてみるのですが、思い返すとつつじのお祭りはとても津島の祭りには敵いませんでした。毎年、田植え終わりに豊年祭はあるのですが、豊作の祈願だって地味ですし、山車も、神輿も、こんぺいとうもありません・・・


 私の住んでいる甲斐の国は、森や山が多い国です。つつじの館も山に囲まれた場所にあります。


 やはり、私は田舎者なのでしょうか・・・


 そして、津島とはどんな町なのでしょうか・・・


 私は、気になって仕方が無かったのです。






「この文をどう思いますか、五郎兄様!つつじが馬鹿にされているようではありませんか!」


 私はその鬱憤を抱え切れなくて、五郎兄様の部屋に居座って、必死に訴え出たのです。

 五郎兄様は、仕方の無いような顔で苦笑なされて


「結局、松はどうしたいのだ?」


「山車や神輿で盛大に祭りがしたいです!松もこんぺいとうを食べたいです!」


「単に自慢されて悔しいだけではないか」


「だって・・・」


 頬を膨らませる私に、五郎兄様は私の髪を不器用に撫でられました。髪はくしゃくしゃになってしまいましたが、私は何だか落ち着いて。


 仁科にしな五郎ごろう盛信もりのぶ。それが五郎兄様の名前です。年は奇妙様と同じ十一。私や菊姫と母上が同じで、私は特に五郎兄様のことを慕っていたのです。


 幼きながらも、五郎兄様は名門と言われた「仁科」の家と名を継がれ、軍記、兵法、武芸に秀でたお方でした。将来は、父上の右腕として初陣が期待されておりました。


「それにしても良かった。松に許婚だなんてと心配していたが、仲良くやっているみたいではないか」


「はい。お百合は相変わらず口うるさいですが、奇妙様と楽しく文のやり取りをしています。・・・五郎兄様は、津島がどのような町か存じていますか?」


「伊勢湾に近い、尾張一の商人(あきんど)の町だ。行ったことはないがな」


「尾張・・・奇妙さまの、国・・・」


 五郎兄様は、私に気を利かせて、日本地図を持ってきてくれました。地図を広げて、閉じた扇で中央から少し東に反れた山国を指しました。


「ここが、我らの住んでいる甲斐の国」


 そこから扇の先を西へ動かして


「ここが尾張の国だ。甲斐と違って商いが盛んな国だな」


「商いの国?でも、どうして商いの国なのに、盛大な祭りをするのでしょう?祭りは、豊作を仏様に願うためのものです。お米を作らない商人がどうして・・・」


「祭りをするには、金がかかる。見に来た客も、金を使う。そうして金が動けば、商人が儲かる。だから、祭りは盛大にするのだろう」


 なるほど・・・と思いながら、五郎兄様の博学ぶりに尊敬してしまいました。

 豊作ではなく、儲けるためのお祭り。山の中にあり、米作りが盛んな甲斐では思いつかないような新しい考えだと思いました。


 奇妙様は、そんな新しい国に住んでいるのでしょうか。


 そのような、新しい物事をたくさん知っているのでしょうか。


「尾張は新しい考えを持つ国らしいからな。尾張の織田殿は、『海道一の弓取り』と言われた今川義元公を倒して、急速に力をつけてきたお方なんだ」


「今川・・・殿?」


 この地面が続く先というのは、こんなにも広いものだと私は初めて知りました。この世の中には、私の知らないことが山のようにあるのですね。

 気がつくと私は、五郎兄様の話に夢中になっていました。


「甲斐の南、駿河を治めたお方だ。その隣が関東八国を治める『相模の獅子』、北条氏。武田は、西の織田と東の北条に挟まれて、同盟を組んでいる。その織田方が、お前と奇妙殿の婚約な訳だ」


「この北の大きな国は?」


「越後だな。軍神『上杉輝虎』殿の治める国だ。父上とは何度も戦い、未だ決着がつかない最大の敵国だ」


「織田、今川、北条、上杉・・・私たちの、武田の甲斐という国は、こんなにも大きな国に囲まれていたのですね」


「そうだな。松も、父上の偉大さがわかるだろう」


 私が熱心に話を聞くものですから、五郎兄様も嬉しそうに話してくださいました。


 ですが、本当は少し寂しかったのです。


 外の世界は私の想像以上に大きくて、つつじの館から出ることの出来ない私にはまるで別世界のように聞こえました。


 いつか、元服して大人になられた五郎兄様は、私を置いて外の世界に行ってしまわれるのでしょうか。


 奇妙様も、実は私には届かない遠い所にいらっしゃるのでしょうか。


 そうなれば、私は一人になってしまいます・・・

 





 奇妙様へのお返事を書きながら、私は少し当惑してしまいました。

 色々な心情がぐるぐる頭を巡っては、筆の動きを止めるのです。


 奇妙様は、私が今まで知らなかったところにいらっしゃった・・・


 親しく文を書き続け、仲良くなったつもりでいたのですが、私は津島のことも、尾張のことも、奇妙様のことも、何もわかっていませんでした。

 せっかく仲良くなれたのに、奇妙様を遠くに感じてしまったのは、私にとってはとても嫌なことでした。


 もっと、奇妙様のことが知りたい。


 お顔を拝見してみたい。その声を聞いてみたい。


 いつか、お会いしてみたい。



 私は文の最後に一筆書くと、小さく呟きました。


「私も、こんぺいとうを食べたいだけです・・・」


 自らの心に、少しだけ嘘をついて。




   次の祭りには、松も連れて行ってください。


五郎兄様こと仁科盛信さんの登場です。松姫の頼れる優しいお兄さんです。

・・・でも、知名度低すぎですよね仁科盛信(笑)

味方が次々と離反していく中唯一武田家のため、兄妹のため、松姫さまのために玉砕覚悟で戦った格好いい武将だと思うのですけどね・・・


今回は、地方情勢を説明する感じの回でした。織田、上杉、今川、北条と囲まれた中で、武田兄妹がどう翻弄されるのかというのは今後の話で。


最後の「私も、こんぺいとうが食べたいだけです・・・」って所は松姫さまが物凄く可愛く書けたので個人的にはすっごく気に入ってます(笑)

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