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六つめ 友達



 奇妙様には、御友人はいらっしゃいますか?


 共に遊び、共に笑い、おたがいの嬉しい気持ちを分かり合える、そんな人。



 きっと、私や奇妙様のような武家に生まれた者はたくさんの友人に恵まれるような機会は恵まれないと思います。


 事実、私は二十年も過ごしてきて純粋に『友人』と呼べるような人はいませんでした。



 もちろん、お百合や五郎兄様、菊姫、麟虎様・・・気心の知れた仲の良い方はたくさんいました。とても親しくしてもらい、私も愛おしく思う大切な方々です。


 お百合に至ってはもう友人というか、姉妹というか、腐れ縁・・・もう一人の私、とでも言うくらいの間柄でした。



 でもどれほど仲が良くても、私とお百合は姫と侍女です。


 五郎兄様や菊姫とは、兄妹の仲です。


 そういった意味では、市井で遊ぶ子供達が言うような『友人』は、私は存じ上げませんでした。




 初めて北の方様に『友』だと言われたとき、私は不思議な感覚を感じたことを覚えています。


 それから、毎日のように北の方様は私の下へやってきては


「一緒に遊びましょう、松さま」


 と私ににこやか笑いかけるのです。


 そんな北の方様に、私ははやり不思議な感覚を感じていました。



 私のほうが年上だからでしょうか。義姉であるはずなのに、そんな雰囲気は少しも感じなくて。


 形の上では、武田当主の妻と、先代庶子の姫君。北の方様は諏訪の兄様と並ぶ『女主君』と言ってもいいぐらいのお立場で、一門の中でも末端な私に対して横暴な態度をとっても構わないはずなのに・・・


 まるで、市井の子供達が当たり前のように友人を遊びに誘うような軽さで、私を貝合わせや連歌遊びに誘うのです。



 それを一度北の方様にお聞きすると、北の方様は可笑しなように笑って


「だって、私と松さまは友達ではないですか」


 主君と従者でもない。兄妹なのにそれを微塵も感じさせない。北の方様との仲は、私にとっては初めての関係性でした。


 ですが、その気軽な仲に私は居心地に良さを感じていたのです。



 初めて新府城で暮らす私が、肩身の狭い思いをしないようにと。


 兄妹を失った私が、寂しい思いをしないようにと。


 そんな北の方様の気遣いが、とても嬉しかったのです。







 その日も、夕餉後に、北の方様に突然のお誘いを受けて。


 手に竹筒を持った北の方様が、悪そうにニヤリと微笑みます。


「台所から少し拝借したの。貴重な京の清酒だそうです。今宵はこれをいただきながら歌詠みはいかがですか?」


 北の方様が竹筒の封を開けると、爽やかな香りが私の鼻まで漂ってきました。


 こんな美味しそうなお酒を飲みながら歌詠み・・・とても風流だと思いました。


「素敵ですね。でも、諏訪の兄様はよろしいのですか?」


「四郎さま、今夜も夜遅くまで当主の処務をしなければならないらしく・・・私がいるときっとお邪魔になるから・・・」


 少し寂しそうに北の方様は微笑みます。お綺麗な北の方様はそんな笑みですら絵になるほど美しいのですが、私はいたたまれなくなって


「わかりました。今宵は松がお付き合いします!!」


 力一杯、大きく笑って頷いたのでした。






 杯を手元に、私は北の方様の部屋で二人、連歌遊びを楽しんでおりました。

 

 障子の後ろでは、お百合と源次郎様が見張りに立って下さっています。


 諏訪の兄様の言いつけ通りに私の守役を果たそうとする源次郎様に、お百合は強い敵対心を抱いてるようで、先ほども


「松姫さまの侍女は私です!!私が松姫さまをお守り致します!!」


「それがしも、諏訪のお屋形様に松姫様の守役を仰せつかったのです!!これだけは譲れません!!」


 と、火花を散らしておりました。


 どうやら、お百合は源次郎様に自分の役目を盗られるかもしれないと警戒しているようで、それを側で見ている私は少し可笑しくも、お百合を可愛いと思っていました。




 一献、一献と杯を進めます。


 さすが京の清酒。その酒は(元々さほど酒を飲んだことはないのですが)今まで飲んだどの酒よりも美味しくて。


 酔いがほどよく回ると幽玄な言葉遣いの歌が次々と思い浮かんで、それは楽しい気分になってまいります。


 そんな折、北の方様がふと口に私に問いかけたのでした。


「奇妙さまというのは、どういうお方なのですか」


「えっ・・・」


 まさか、北の方様からそのようなことを尋ねられるなんて思っていなくて。


「菊さまからお聞きしていたの。松さまの、想い人のことを。それに、初めて松さまにお会いしたとき、思ったの。この人は、私と同じだって・・・」


「同じ・・・?」


「一途に想っている人がいる。今も、真っ直ぐに。何があってもその気持ちだけはぶれないから、どんなつらい目にあっても前を向いていられる、そんな強い人なんだと・・・」


 それは、私が北の方様に感じていた印象と同じでした。


 同じものを、北の方様も私に抱いていたなんて・・・


「私も、北の方様に同じことを思っていました。本当ですね・・・私達、似てますね」


「もし良かったら奇妙さまのこと、聞かせて」


 それはお酒のせいなのか、それとも私が奇妙様のことを乗り越えられたからなのか、それはわかりません。


 でも何故か私はそう言われて、素直に奇妙様のことをお話していたのでした。

 幼い頃の婚約のこと。それが潰えたときのこと。二人が交わした文通のこと。そして高遠で、敵味方に分かれて対峙してしまったこと。



 私は不思議だと思いました。


 奇妙様のことを、誰かに話している自分が。そのことに、嬉しいという感情を感じている自分が。


 もう、叶わない恋のはずなのに。奇妙様への恋路には、思い出したくもない苦しいことだってたくさんあったはずなのに。



 どうしてこんなに、楽しそうに奇妙様のお話をしているのでしょう・・・


 それぐらい、私は今でも奇妙様のことを好いて好いて仕方がないということなのでしょうか・・・


「今でも、奇妙さまのことを好いておられるのね」


 ですから、そのようにまっすぐ北の方様から言われたとき、私はすぐに言い返すことが出来ませんでした。


 ただ、北の方様の言葉をしっかりと受け止めて、飲み込んで


「詮無いことだとは理解しています。でも、それでも・・・」




  玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする



 北の方様をしっかり見つめて、私は歌を詠みました。


 この命よ、絶えるというなら絶えてしまえ。貴方への想いは忍ばなければいけないのに、その意志が弱ってしまうから。


 秘めた恋に苦しむ、内親王の有名な歌です。



 私も、同じでした。


 奇妙様。ずっと私は貴方様をお慕い申し上げておりました。


 その気持ちは今でも微塵も変わりません。


 決して届かない想いだとはわかっています。貴方様を忘れなければいけないことも。


 でも、隠そうとすればするほど、気づかないふりをすればするほど、その気持ちは鮮明に浮かんで私は嘘もつけないくらい弱くなってしまうのです・・・



「・・・私も、一緒」


 北の方様は少し寂しそうに呟きました。


「えっ・・・北の方様は、諏訪の兄様と一緒に・・・」


「・・・・・・松さまは、遠山の方さまのことはご存知?」


「っ・・・」


 その名前が北の方様の口からお聞きするなんて思ってもいなくて、私は声も出ませんでした。


「・・・北の方様も、遠山の方様のことをご存知だったのですね・・・」


「・・・私は、相模の北条から四郎さまに嫁いできました。所詮、政略結婚。まつりごとの道具としての輿入れだって、わかっていた・・・でもね、四郎さまの正室になれたことは私にとって幸せなことだったって思ってる」


 「本当よ」と北の方様は艶やかな笑みを浮かべます。


「四郎さまのお心に、まだ遠山の方さまがいるとしても・・・私は遠山の方さまの代わりでしかないとしても・・・私はやはり、四郎さまをお慕いせずにはいられない・・・」




  黒髪の みだれもしらず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき



 妖艶で恍惚とした表情で北の方様はそんな歌をうたうものですから、私は顔がかっと熱くなってしまいます。


 恋に想い乱れ、黒髪を乱したまま床に泣き伏せるこの宵は、この髪を撫でてくれたあの人が恋しくてたまらない・・・


 平安の女流歌人、和泉式部の恋の歌です。



 顔も合わせられず和歌で恋を語るしかなかった平安の世。触れ合う『黒髪』は強い恋心を意味していることを私は知っていました。


 そしてその『黒髪の乱れ』は、情事を指していることも。



 ですから急にそんな艶めいた歌を口にする北の方様に私はどきまぎしていたのです。


 私より年下のはずなのに。


 酔って高潮した綺麗なお顔が、妙に色っぽくて。お酒で濡れた唇が欲情的で。


 普段の凛とした北の方様とは思えないほど、違う一面を私に見せていました。



 そしてそのまま、ゆっくりと伏せられて・・・


「って・・・あれ・・・北の方様・・・?」


 その場で倒れたまま、北の方様は動かなくなってしまいました。


 すぅすぅと、可愛らしい寝息が小さく聞こえます。


「眠って・・・しまわれましたか・・・」


 北の方様は、あまりお酒に強くないのですね。


 側ですやすやと眠る北の方様の寝顔はとても可愛らしくて、眺めていると肩の力が抜けていく感じがしました。


 この方も、ただのおなごなのですね・・・


 隠しているだけで、凛と振舞われているだけで、本当はいろんなことに悩んでる・・・


 みんな、一緒なのですね・・・


「お百合、源次郎様。少しよろしいですか」


 とりあえず北の方様をこのままにしておけないと、私は外に侍っている二人に声をかけました。


 でも、障子が開かれて出てきたのは源次郎様お一人だけで。


「何でしょうか、松姫様?」


「あれ・・・お百合は?」


 私が訪ねると、何やら可笑しそうに苦笑なさる源次郎様。


 外を覗くと、縁側で横になって寝ているお百合がいて。


「寝ずの番をすると張り切っていたのですが、早々に・・・」


 退屈で、眠ってしまったという訳ですか・・・


 気持ち良さそうに眠るお百合に、私も源次郎様も苦笑いを浮かべずにはいられませんでした。


「蒲団を敷くので、手伝って下さい、源次郎様」






 私は源次郎様と一緒に部屋の隅に蒲団を並べると、そこに北の方様とお百合を寝かしつけました。


 そして散らかったままの杯や連歌会の後片付けをしながら、源次郎様にお声をかけたのでした。


「嬉しそうな顔をしていますね、北の方様。どのような夢を見ておられるのでしょう」


 私と源次郎様は二人、優しい笑みを浮かべながらその寝顔を眺めていました。

 

「きっと、良い夢だと思います。ずっと苦しいお立場でしたから。松姫様とお会いして、近頃の北の方様はとても楽しそうにしてらっしゃいます」


「苦しいお立場・・・?」


 武田当主の、正室が・・・?


「何故ですか・・・」


「相模の北条が、武田と敵対を表明しているからです」


「えっ・・・どういうことですか。北条は北の方様のご実家でしょう?」


「越後の上杉で起こった家督争いを、松姫様はご存知ですか?」


 どうして、上杉・・・?私は北条の話をしているというのに・・・


 首を振る私に、源次郎様は丁寧に教えて下さいました。



 それは後に『御館の乱』と呼ばれる、上杉家の家督争いでした。


 先代・謙信公が亡くなられたとき、上杉家には二人の後継者がいました。


 一人は謙信公の甥である、上杉景勝様。菊姫が嫁いだ殿方です。


 もう一人が北条家から上杉家の養子となった、上杉景虎様。


 北の方様、上杉景虎様、そして北条家の現当主である北条氏政様は、兄妹の間柄でした。


「北条氏政殿は、上杉家の跡目争いに介入し上杉景虎殿に手を貸しました。諏訪のお屋形様も、氏政殿にとっては妹婿に当たる方ですから、当然景虎殿に協力するはずでした」


 でも、諏訪の兄様が妹を嫁がせ手を結んだのは、景勝様だった・・・


 菊姫を守るためには、それしか手がなかった・・・


「北条家に対する裏切りに、北の方様は諏訪のお屋形様を糾弾しても良かったと思います。でも北の方様はただお屋形様に付き従い、北条家と縁を切っても、お屋形様の奥方であろうとしました」


 諏訪の兄様のことを、好いているから・・・



 その恋路に対する覚悟に、私は身体が震えるような思いでした。


 全てを捨てても、好いたお方に寄り添おうとするその決意。


『私はやはり、四郎さまをお慕いせずにはいられない』


 酔って零れた先ほどの言葉に、どれほどの業が秘められていたのか。


 ただ大きな波に流され、奇妙様を掴み取れなかった私とは比べ物にもならないくらい北の方様は偉大で、とても大きくて。


「本当に素敵なお方です、北の方様は・・・」


 でも、負けたくないです。


 強く、負けたくないと思いました。


 私もそれぐらい嘘偽り無く奇妙様を想っているのだと。


 妙な対抗心を、私は抱いていたのでした。

北の方様の、秘めた想い、苦悩・・・


想像するとホント、切なすぎて・・・

戦国の可哀想な姫ランキング、トップ10入りは必至です・・・




さて、ちょっとしたお知らせなのですが、

ほんの少し、この「恋文」の執筆をお休みさせていただきたいと思ってます。

理由は、自分の中で書きたいものが書けなくなっているからです。確実に文章レベルは下がっていて、それをずっと悩んでいました。


すこし期間を置いて、もう一度練り直してから再度続きに挑みたいと思ってます。

もちろん、最後まで書ききるつもりです。

でも、今のままじゃいけない。今のままダラダラと書いてって、それは松姫さまに失礼なだけだと思うので。


勝手とは思いますが、どうか長い目で見守っていただければ嬉しいです。

必ず、戻ってきますので!!

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