初めまして一日目です
作者が適当なので書ききれるかは謎です
誰かが言ったこの一週間は特別で僕の人生を左右する大事なものだと。
僕はどこにでもいる大学生で、特別なことなんて何一つ無いような人生だった。みんながそうであるように小学校を卒業してそのまま地元の公立中学校に入学して、普通に高校受験をしてそこでありふれた恋愛を体験して大学に入学する前には別れた。大学もレベルが高いわけでもなく底辺ってほどひどい場所でもない。
本当にどこにでも転がってそうなありふれた人生を送ってきた。僕の人生は絵にかいたように誰もが経験するようなことだけで埋め尽くされていた。僕は特別なことなんて何一つ経験したことなくて、また僕自身も特別なところなんて何一つなかった。
そんな僕の平凡な日々を打ち砕いてくれたのは一人の天使だった。
「呼ばれてないけどこんにちわー!みんなのアイドルプリティーエンジェルムツミちゃんだよ!」
ある日、トイレの便座に座って用を足しているときに現れたのは背中に翼をもった、やけにハイテンションな女の子だった。というか、登場するタイミングを考えてほしい。明らかに今じゃないでしょ。
「・・・あ。すみません。お取込み中ですか。外で待ってますね」
そういって少女は普通にドアを開けてトイレから出ていった。僕は突然の出来事で何もできなかったが、とにかくトイレのカギだけは閉めた。
トイレから出ると女の子は勝手にお茶を入れて待っていた。ご丁寧に僕の分も入れて。
「お。お帰りなさいです。いやーすみませんね。おトイレ中に勝手にお邪魔してしまいまして。別にわざととかじゃないんですよ?たまたま偶然にあそこ出てしまっただけでして、他意は全くないですよ?本当ですよ?」
僕はポケットから携帯電話を取り出して、110を押してコールする。
「警察ですか?家の中に不審者がいるんですけど・・・。」
一瞬光が僕の横をすり抜けて、気が付くと携帯電話は粉々に砕けてた。目の前には弓を持っている翼が生えた少女。
「ちょっと、いきなり警察に電話とかやめてくださいよ!捕まったらどうするんですか」
「いや知りませんよ。てか、あなた誰ですか?押し込み強盗ですか?お金はあるだけ持って行っていいのでどうか助けてくれませんか?もちろんあなたのことは誰にも言いませんから」
僕は恐怖で体が固まっていたが口だけはやけに流暢に動いてくれた。本当は土下座でもしたかったがどうにも体は動いてくれなかった。
「違います!私強盗じゃないですよ!さっきトイレでも言いましたけど私天使ですよ。ほら羽生えてるじゃないですか」
そういって僕に背中を向ける。背中がバックリと開いた服からは確かに翼が生えていた。
「え?天使?いやいや、そんなことあるわけない。天使なんてそんな非現実的なことが」
「目の前にいるのに信じられないんですか?強情な人ですね。では私が天使だとわかる三つの要素を上げましょう」
そういってこっちを向き直る自称天使。
「まず一つ目。さっきも見てもらった翼ですね。これは普通の人間には生えていません。言わずと知れた天使にのみ与えられた体の一部ですね。」
そんなの今じゃドンキホーテに売っていそうだ。これでは天使の証明なんてできない。怖いから口に出して言わないけど。
「二つ目に私の服装ですね。これは神様から支給される天使の仕事用の服なんです。天界のイメージを損なわないように神々しくかつ清純である必要があります。私は堅苦しいの嫌なので少し改造してしまってますけど」
自称天使の服装は白を基調にしたウエディングドレスのようなデザインだった。改造というのはおそらく足首まで隠れる長さであっただろうスカートの部分を強引に切り裂いてひざ上くらいにしているところだろう。これでは神々しさも清純さも感じられない。パンクと清楚の異色のコラボといった感じだ。これも単純に考えれば普通に買える代物だ。おそらくネットで適当にコスプレ用のものを買って自分で改造したのだろう。怖いから言わないけど。
「そして三つめは、私の顔です!」
「は?」
自称天使は左と右の人差し指で自分の両頬を差し自分の顔を強調している。
「天使というのは本質的にかわいいものです。よくかわいい女の子とか見ると○○ちゃんマジ天使!とか言うでしょ?これは天使に就職するときに最重要視される項目です。だから天使はみんなかわいいんです。だから私もかわいいでしょ?」
確かに目の前にいる少女はかわいかった。黒いショートカットの髪はよく手入れされているのか、こんなおんぼろアパートの電灯の下でもつやのあるやわらかい髪質だということは容易に想像することができる。目も大きな瞳の二重まぶたはこのあまりにハイテンションな少女によく似合っていた。鼻は高すぎず低すぎず、まさに神が作ったかのようなバランスだ。口も大きすぎず唇も潤いをたっぷりと閉じ込めたようにみずみずしいが決して厚いわけではない。そんな完璧なバランスのもとに成り立っている一つ一つの顔のパーツが離れすぎず、集まりすぎず、まさに神がかり的なバランスのもとに配置されている。まるで神様がオーダーメイドで作ったかのよう造形をしている。もはやこれを人として置いておくには勿体なほどであり、芸術品としてルーブル美術館に展示し、多くの人に見てもらうべきだと僕は感じた。いや何考えているんだ僕は。本当に。
しかし、それも生まれ持っての親の遺伝ということで説明がつく。つまり結論。
この少女は電波系変態コスプレ少女だ!
「あれ?どうしたんですか急に黙ってしまって」
「いや疑って悪かった。とりあえず落ち着こう。おや?こんなところにちょうどお茶が二つあるじゃないか。ちょうどいい君もそこに座って一緒にお茶でも飲もうじゃないか」
「それ私が入れたお茶ですけどね。」
僕たちはお互いが正面に来るように座りお茶をひとすすりした。僕の家はさっきも言った通りおんぼろアパートなので間取りは1Kで、僕とこの電波少女が座るだけで狭く感じてしまうようなスペースしかない。
さて、僕は考えていた。どうやってこの電波少女を家から追い出そうか。年は中学生か高校生なり立てくらいか?こんな感じの頭のねじが飛んでしまっているような奴はたいてい正論が通じない。下手に説教して刺激でも与えれば逆上して襲い掛かってくるかもしれない。さっきも携帯粉々にされたしな。そういえばあれはどうやったのだろう?あの弓で僕の携帯を正確に射抜いて粉々にしたのか?そんな芸当ができるのか?こんな少女に。
「えっと、ねえ君。さっきの弓って何だったの?」
「私の名前はムツミです。さっきトイレで自己紹介したじゃないですか。さっきの弓は光の弓です。天使に就職するときに神様が支給してくれるいわば天使の初期装備ですね。これで私たち天使はいろいろなお仕事をするんです。キューピットの愛の矢もこれで打ちます。さっき打ったのは光の矢で、まあこれは天使にとっても護身用の武器ってことなんですよ。」
そういってお茶をひとすすりするムツミ。
つまりこの女の子は今凶器を所持している。やはり下手に刺激しないほうがいいな。とにかく今は話を伸ばしてできるだけ自然に外に出るように話を持っていこう。そしてこの子が出てていった瞬間に鍵を閉めてミッションコンプリートさ。
「そっか。ごめんごめん。で、ムツミちゃんはここに何しに来たの?」
「ああ!そうそう忘れてました」
そういうとムツミはあまりいい発育ではない胸のから一枚の紙を取り出した。
「とりあえずこれを見て下さい」
僕はムツミから紙を受け取り目を通す。
指令書
日ごと暑さが厳しくなる毎日ですが皆様いっそうご活躍のこととお喜び申し上げます。
さて、今回の依頼ですが人間界にて下記の人物に対するサポートおよび護衛を務めていただきたいと思います。詳細は後日大天使より通達があると思いますので確認をよろしくお願いします。
さいごに、これからも暑さが続きそうです。体にはくれぐれもお気を付けください。
※下記対象の人物には絶対に指令書を見せないでください。
対象 サカキコウセイ
期間 一週間
神協会代表 神
・・・なんだこれ。なんか人間の会社みたいな指令書だし、それに対象の人物に見せちゃダメって書いてあるのに見せてくるし。もういろいろなんだこれ。
「あの、これだと具体的なことが全然わからないんだけど。それにこれ対象の人物に見せちゃダメって書いてあるけどいいの?」
「いいんですよ。そんなの見てもあなたが言うように具体的なことなんて何ひとつわからないんですから。詳しい説明は私がすることになってます」
「じゃあ詳しい説明をお願いしてもいいかな?」
とにかく今この子の話に乗ってこう。そのうち隙ができるかもしれない。どう見てものこんな文書は家のパソコンでWordを使えば誰にだって作れる。
「では、改めまして。私は神協会から派遣されてきました天使ムツミです。これから一週間あなたの身辺警護、およびサポートをさせていただきます。」
「身辺警護って何かから僕を守るってこと?」
「まあ簡単に言えばそうですね」
「具体的に何から守ってくれるの?」
「何かですよ。名状しがたい何かです」
「ずいぶん適当な天使様だね」
「それは仕方ないですよ。私天使のお仕事始めて一週間ですし」
「その前は何やってたの?」
「地獄で鬼のお仕事してました」
ずいぶんな落差のある仕事だな。
「鬼はどんな仕事するの?」
「私は等活地獄の獄卒のお仕事でした。等活地獄って知ってます?」
「永遠と殺し合いをさせられる世界でしょ?」
「そうです。そうゆうところには時々殺し合いに参加しない人もいるんです。私のお仕事はそうゆう人たちを見つけてお仕置きすることでした。」
「天使とじゃ雲泥の差じゃない?」
「そうなんですよ!重労働ですし、何よりお給料が安いんです。まあ一番下の地獄ですからしょうがないかもしれないんですけど、でも年下のキューピットより安いんですよ?私もうばからしくなっちゃってそのまま天使に転職したんです。」
僕が言ったのは労働環境の話じゃないんだけど。
「あ、ごめんなさい。話がずれてしまいましたね。とにかくこれから一週間私はあなたの周りで身辺警護、およびサポートさせていただきますのでよろしくお願いします。」
そういってムツミはきれいに三つ指をそろえて僕にお辞儀をしてきた。
これはあれだ。こいつ僕の家に居座る気だ。目が物語っている。無言ながらも貪欲にここに住まわせろという意思がムツミの目からは感じられた。なるほどただの電波系変態コスプレ少女ではなくプラス家出娘だったというわけか。だがしかしこの話の流れはチャンスだ。
「そうか。こちらこそよろしく。」
僕は今できうる限りの最大の笑顔で答えた。
「ところで一週間とはいえ一緒に住むとなると必要なものがあるだろう?一度取りに戻ったほうがいいんじゃないかな?見たところ何も持っていないようだし。あれ?ところでさっきの弓はどこにいったの?」
こうしてこの少女を一度家の外に出してしまえばミッションコンプリートさ。あとは鍵を閉めて気になっていた本の続きでも読むとしよう。
ムツミは顔を上げてこたえる。
「ああそれゆうのは心配いりません」
ムツミは右手を上にあげた。すると急に右手より上の空間?が光り始め、光の中から弓が出てきた。
「こんな感じで私は好きな時に好きなだけ天界から物資を取り出すことができるんです。ですから荷物の心配はいりませんよ」
・・・なんだそれ。今のはマジックか?トリックか?誰か山田直子と上田教授を連れてこい。お前のやったことはすべてお見通しだとか言って華麗にトリックを語らせてやってくれ。
とにかくこれでこのムツミ?とかいう少女の肩書にプラスマジシャンを加えなければいけないな。電波系変態コスプレ家出マジシャン少女。なんだこれ。設定盛りすぎだろ。
「・・・そうか。便利なんだね」
「あれどうしたんですか?なぜか落ち込んでいるようにみえますね。」
「いや別に落ち込んでなんかいないよ。大丈夫さ」
しかし僕はここで新しい作戦を思いついた。この娘が出ていかないつもりなら僕がいったん外に出ればいい。そこで僕は警察署に不審者がいることを伝え補導してもらおう。こんな年端もいかない子供を警察につきだすのは正直気が引けるがそれでもしょうがない。何より僕の命が危ない。奴はあんな見た目だが僕の携帯を粉々にするほどの射撃スキルがある。無理やり追い出そうとしても逆に僕がやられるかもしれない。ならば安全策を取って不安ではあるが一時的に僕が家の外に出て助けを呼ぶほうが賢いというものだろう。
「さて、ところでムツミちゃんお腹へってない?僕これから昼食を食べようと思っていたんだけど、一緒にどうかな」
「本当ですか?いやー実は朝から私何も食べていなくてお腹ペコペコなんです」
「そっかわかった。今から作るから少し待っててね」
よし!これで僕はごく自然に外に出ることができる。冷蔵庫の中には一週間前からろくな食材がないことは確認済み。僕は自然に冷蔵庫の中を見て材料がないから買いに行くことができる。あとは交番にたどり着けばミッションコンプリートさ。
僕は立ち上がりキッチンにある冷蔵庫を開く。予想通り中にはビールときゅうりと味噌しか入っていなかった。
「あ!しまった。食材が全然なかったんだ。今から買ってくるからちょっとご飯遅くなっちゃうかも。ムツミちゃんは何が食べたい?」
「いえいえそんな。居候の身で注文を付けるなんてさすがにそこまで図々しくできませんよ。でもできればハンバーグがいいです」
ちゃっかり注文してるじゃないか。
「わかったよ。じゃあ少し出かけてくるから待っててね」
「了解です!コウセイさんの家の留守は私がお守りします!」
そういってムツミは僕に向かって敬礼をした。僕は笑いながら靴を履いて外に出た。
よし!ここまでくればもう安全圏だ。あとは交番に直行すればいいだけの簡単なお仕事さ。
僕は家のカギを閉めて全速力で交番まで走る。
僕のアパートは二階建てだ。僕は二階に住んでいる。全力で走る。階段を転げそうになりながらも走る。目の前の公園を横切り走る。僕の家から最寄りの交番までは記憶をたどるとおよそ二十分くらいだ。走れば十五分くらいで着くだろう。僕は走った。高校卒業以来まったく運動してこなかった体に鞭を打ちできる限り全力で僕は走った。
交番まであと十分くらいの距離に来たところで僕は不審なものを目にした。
数人の男に黒幕が張られたライトバン。その車に詰め込まれる中学生か女子高生くらいの女の子。明らかに不審な空気だ。間違いなく誘拐だと思う。どうする?今なら止められるかもしれない。いや、ここは冷静になれ。車のナンバーと車種。それに男が何人か。どっち方面に走って行ったかを記憶して警察に連絡する。きっとこれが正しいやり方だ。だが、もし男どもの目的が強姦目的だったら?あの子は生涯消えない心の傷を背負って生きることになる。ここで僕が現場を止めることができれば心の傷を作らずに済むかもしれない。どうする?
僕は悩んだ。しかし、心とは裏腹に足は勝手にライトバンに向かって走り始めていた。僕は基本的に親から正しいことをしなさいと教育されてきた。だからこんな場面ではよく頭より先に体が動いてしまうのだ。この性格のせいで今まで何回もひどい目にあってきた。それでも僕はいつだってばかみたいに同じことを繰り返す。
僕はライトバンの前に立って声を張り上げる。
「おい!あんたら何やってんだ!」
僕の存在に気が付いた男たちは慌てたように全員車に乗り込み急発進してきた。
僕はライトバンの目の前に立っているので必然的に跳ね飛ばされた。
そんなにスピードが出ていなかったとはいえ、車にはねられた衝撃は相当なもので、僕はコンクリートの地面に打ち付けられ、「エブォ!」と情けない声を出して倒れこんだ。
僕は結局女の子を助けることもできずに余計な正義感のせいで地面に突っ伏していた。
・・・まただ。僕はいつだってそうだった。頭より先に体が動いた結果いつもろくなことにはならない。このせいで高校時代の彼女とも別れたし、いつだって損な役回りを請け負っていた。なのに僕は今もまたこうして同じことを繰り返している。どうしてだ?僕はもうこんなことはしないって高校の冬に、あの時に誓ったはずなのに。
せめて車のナンバーは覚えておこうと顔を上げる。
すると頭上から白い羽が降ってきた。白くやわらかいきれいな羽。
「コウセイさん。お財布忘れてますよ」
上から声がして、見上げるとそこにはムツミがいた。空から舞い降りるその姿は本当に天使のようだった。
「・・・ムツミちゃん。あそこの・・・ライトバン」
くっそ痛みのせいでうまく声を出すことができなかった。おそらく助骨とかそこらへんが折れているのだろう。めっちゃいてー。
「大丈夫。わかってますよ。空から見ていましたから。」
ムツミは右手を上げ光りだした空間から例の弓を取り出す。
「あなたが、そうゆう人で良かったです」
ムツミは弓を構え光の矢が現れる。今まで話していた女の子とは思えないほど真剣な顔つきになり弓を放つ。
放たれた弓はライトバンを貫き、ライトバンは方向性を失ったかのように電柱に激突した。中から男たちが出てこないところを見るとおそらく気絶しているのだろう。今のうちに女の子を助けなくちゃ。
だが体は思うように動いてはくれなかった。痛みのせいで体を起こすことすらできない。なんて情けないんだ。
「大丈夫ですか?コウセイさん」
ムツミが僕の体を起こしてくれる。でも僕は体が動かされるたびに情けない声を上げた。痛いものは痛いし、何よりムツミの起こし方が乱暴だった。思いきり助骨をつかんでくるのだ。
「だい、大丈夫だから。とにかくあの車の中に女の子が」
「ああ、それは大丈夫だと思います。あの光の矢で乗っている人たちはみんな気絶しているはずですから。あ、ついでに苦しそうなので治療してしまいますね」
そういってムツミは僕の顔あたりに手を掲げた。すると手が光だし、僕の体の痛みがすべてなくなった。
「なにこれ。どうゆうこと?」
「これはあれです。いたいのいたいのとんでゆけの天使バージョンみたいな感じです。詳しい説明は求めないでください。ご都合主義的なあれです
「君は、もしかして本当に天使なの?」
「えー?信じてなかったんですか?目の前で弓まで出したのに?」
「いや、何かの手品なんじゃないかと疑っていたよ」
だが、こうして瞬時に僕の傷まで治してしまうなんて、どうしても説明しきれない。天使だと信じてしまったほうが道理にかなっているようにも思える。
「いや、それより車の中の奴らが気絶しているなら今のうちにあの子を連れだしておこう。またいつ連中が起きだすかわからないからね」
「うーん。その必要はないんじゃないですか?」
「なんで?」
「あんな大きな音たてて車が事故ったんですからきっと近所の善良な市民様たちが警察に通報してくれているはずです。ほら耳を澄ませばサイレンの音が聞こえてきませんか?」
確かに。かすかにサイレンの音が聞こえた。
「たしかに聞こえるね」
「では、私たちはとっととずらかるとしましょう。事情聴取とか面倒ですし」
「そうだね。特に君の格好だと普通に職質とかされそうだね」
「やっぱりそう思います?神様ももっと人間界に馴染みやすい服装を考えて作ってほしものです」
「確かにすごい目立つよね。ああ、それと」
僕はムツミに向き直り頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。それと君を疑ってごめん」
「・・・顔を上げてください」
言われて顔を上げると、そこにはまるで天使のような優しい微笑みを浮かべたムツミがいた。
「いいんですよ。いきなり来てすんなり信じられても私のほうが困ってしまいます。それに私はあなたを守るために来たんですからお礼もいいんです。ですから安心して今回みたいな無茶をしてください。」
そういってムツミはにっこりと笑った。これは見た目相応のかわいらしい笑顔だった。
「おっと。もう一つ私言い忘れていたことがあったんです」
「なに?」
僕ら二人は事故現場から離れながら隣に並んで歩いた。
「この一週間は特別で、あなたにとって人生を左右する大事なものになります。だから、この一週間だけは決してあなたの後悔しない選択をしてください」
僕は一瞬言葉を失った。
昔に一度僕は同じことを言われたことがある。誰だったかは忘れてしまったが同じ言葉を僕は誰かに言われた。遠い昔。もう覚えていないけれど、その言葉だけは僕の心に深く残っている。
「わかったよ」
僕は笑顔で答えた。
ムツミも満足そうにうなずいた。
「よし!では昼食を取りに行きましょう!私さっきの騒動で俄然空腹に拍車がかかってしまいました。これではコウセイさんが材料を買ってきて作り終わるまで待てそうにありません。なので私はあそこのファミレスで昼食をとることを強く勧めます」
そういって走り出すムツミ。
「ちょっと待って。服装は百歩譲っていいけど、羽は何とかならない?目立ちすぎるよ」
「ああ、これ見えなくできるので大丈夫です。さー行きましょう!お代はもちろんコウセイさん持ちですよ。私お金持ってきてないので」
「はいはい。払いますとも。僕の怪我も治してもらったしね」
治療費と考えれば安すぎるぐらいだ。
僕はこれからの一週間の生活は騒がしくなりそうだとか考えながらムツミを追ってファミレスに入った。
こうして僕の天使との共同生活が始まった。不安は残るけど、というか不安しかないけれど、それでも僕は彼女のことをどこか懐かしく感じていた。だからどうかわからないけど、僕はこれからの生活にかすかな楽しみすら覚えていた。毎日平凡な人生を歩んでいた僕に降りてきた天使。僕の非日常は今日から始まるのだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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