音楽室の人食いピアノの怪
音楽室の人食いピアノ。
この噂が流れ出したのは比較的最近だったか、と幸樹は考える。
元は、どこにでもある、夜中に鳴り出すピアノの話だった。だが、ありきたりな話を嫌う女子グループにより、凶暴なピアノ像を作り出してしまった。
ほんとうに、身勝手だ。そう、幸樹は内心毒づく。
日本はもともと八百万の神といって、森羅万象なんにでも神が宿っているとされていたのは、幸樹は宮司の子だから知っていた。
だから、物は大切に扱うようにしていたし、敬意を表するようにもしていた。幼い頃から頭に入っていることだったからだ。
だから、みんなが物をぞんざいに扱ったり、そういう悪い噂を立てたりするのが幸樹はたまらなく嫌だった。
もちろん、同級生達はそんなこと考えたことも無いであろう事は明白なのだが、小学校3年生の頭ではそこまで考えがまわらない。
「花子さん・・・なんで、皆こんなひどい事するんだろう」
花子は、ふと足を止める。
「どうしたの?いきなり」
「僕ね、皆がこういう風にどんどん七不思議を変えてっちゃうの嫌だったんだ」
花子は、静かに頷いた。
「それに、花子さんみたいにみんなのことを考えてくれるような人のことなんて見向きもしない・・・。こんなの、ひどすぎるよ」
花子は、幸樹の前にしゃがんだ。
「皆には、さっきの骸骨さんの話とか、金次郎さんの話とかが聞こえないから、気が付いてないんだと思う。私もなかなか皆の前に姿を現さないし。だから、これは仕方の無いことだと思う。もちろん、骸骨さんが怒るのは無理も無いとは思うよ。でも、だからって、皆に伝える方法も無い。それだから、今私達はここにいる。私達がなんとかすれば、噂も立ち消える。皆のためにも、骸骨さんたちのためにもがんばろう?」
「・・・うん」
幸樹は別に皆のことが嫌いなのではなかった。皆のために何かをすることも嫌いではない。
幸樹はその使命感と、花子の存在が心の支えになって、今ここにいるのだった。
「さ、音楽室。着いたよ」
音楽室の前まで来た。すでに、ピアノの音が静かな廊下に反響している。
「ここは、どうすればいいの?」
「うん。人を食べちゃうのはピアノそのものってなってるから、そのピアノを何とかすればいいんだと思うよ。でも・・・知っての通り、近づいたら食べられちゃうんだよね~・・・」
花子は思案にふけった。花子はかなり不安だった。鎌は自分の体より大きいので、最初は普通に近づいて行って戦おうと思ったが、いきなり動き出すなどの不足の事態も考えられる。うかつには近づけない。すると、幸樹が何か思いついたように、ズボンのポケットを探り始めた。そして、何かを見つけると、花子に差し出す。
「花子さん、見て!これ使えるんじゃない?」
花子が幸樹の手のひらを見ると、そこにあったのは、一個のビー玉。
「?どうやって使うの・・・?」
未だピンときていない花子に、自慢げに幸樹が話す。
「これを、鍵盤の上に向かってここから投げる。そしたら、人だと思ってぱくって食べちゃうからその隙に花子さんが、その鎌でえいっと!」
「あ~、なるほど!だけど・・・」
どうやら幸樹のポケットに入っていたビー玉はただ一つだけだったようだ。この作戦は失敗が許されないものだった。これを逃すと攻略は厳しくなる。この作戦は二人の息を合わせること、隙を突くためのタイミングが重要だった。
高いリスクゆえに判断を決めかねている花子を、幸樹が励ます。
「大丈夫だよ!僕たちならできるよ。お互いのことを、信じてみようよ!」
「幸樹君・・・」
「僕たちは、知り合ってからもう三年立つんだよ?お互いのこともよくわかってるし、なにより、コンピュータ室のときみたいな絶体絶命も乗り越えてきたじゃない!失敗なんてするもんか!」
幸樹の自信に満ちた言葉に、花子の決意が固まった。
「そう、ね。私達ならできるわね!よし、行きましょう。幸樹君!」
「!・・・うん!!」
幸樹は嬉しかった。花子の気持ちを励ますことが出来て、目に見えて花子と一諸に戦っているという実感が湧いたのだった。
「それじゃ・・・行くよ」
幸樹は開け放たれている扉の外から、ビー玉を構える。まず、幸樹が、ビー玉を鍵盤の上に落とせなければその時点で失敗だ。また、そのビー玉を食べてくれるかも、わからない。この作戦の多くが推測で出来ていた。これほどまでに不安要素の多い作戦はない。
開け放たれたドアから見えるベートーベンやらショパンやらの肖像画が、二人の無謀な作戦を嘲笑うかのように見つめていて、幸樹の不安をより一層煽っていた。不安が募るにつれて、緊張も高まる。
だが、二人は信じていた。この作戦は、必ず成功することを。
幸樹が、ビー玉を投げた。
コン・・・
ビー玉は、鍵盤の上に落ちる。ここまでは、作戦通りだった。
問題は、次。ピアノがビー玉を『食糧』と判断するかだ。
静寂に包まれる。幸樹は自分の心臓の音だけが聞こえていた。
バン!!
ピアノはどうやら食糧と判断してくれたようだ。ピアノの蓋が勢いよくしまった。
「花子さん、今だよ!!」
花子は地を蹴る。
そのまま、鎌を振るった。白い光に包まれる。
まばゆい、しかし暖かい光だ。
しばらくして光が収まった。すると、そこには、ひとりでに綺麗な音楽を奏でているピアノがあるだけだった。見た感じは先ほどとほとんど変わらない。
「おわった・・・んだよね?」
おそるおそる、聞く幸樹に、花子はにこり、と笑う。空気も心なしか綺麗だった。
「ええ。ありがとう、幸樹君」
これで、二人の戦いは終わった。