理科室の骸骨の怪
夕方。校舎の前まで来た幸樹はその全貌の不気味さにたじろいだ。昼とは打って変わって、校舎の壁の苔だのツタだのが夕日に照らされまるで廃墟のような演出をしていた。
この日は校舎も施錠してあったので、校舎に残っている先生はいない筈だった。ただし、この学校は私立なので、セキュリティはしっかりしている。人が入ったらわかるような仕組みになっているのだ。警備会社は呼ばれないまでも、次の日にはわかるはずなので、呼び出しは必須だろう。もっとも、幸樹はまだ小学校3年生なのでそこまでは気が回らなかったようだ。ただ、持ち前の運動神経で壁を上り、敷地内へ侵入した。
大胆にも、ずかずかと校庭を突っ切ってまっすぐ昇降口に向かう。が、しかし。途中で人影を見た。
一瞬、見つかったかと思ったが、よく見ると人ではなかった。
石像。二宮金次郎の像だった。二宮金次郎の像が泣きながら走っていたのだ。
花子の話を信じていなかったわけではないが、実際目にすると、少し恐怖を覚えた。
別に、金次郎の像は危害を加えるわけではないが(ただし、道を塞ごうとすると踏み潰される。要は邪魔するな、ということ)少し早足で歩いた。
幸樹は昇降口まで来ると取っ手を握り、手前に引いた。が、開かない。当たり前だった。が、しかし。次の瞬間。
がちゃり、と鍵のまわる音がした。幸樹はおずおず取っ手を引く。開いた。
「・・・花子さん?」
下駄箱の奥。時計がかかっている柱の下に寄りかかっている花子が見えた。
「やっほー。待ってたよ」
花子が手を振って笑顔で出迎えた。
「ごめん、お待たせ」
「ん。大丈夫。ぴったりだよ、ホラ」
花子が上を指差す。時計を見ると5時きっかりだった。
「それじゃ、いこっか。幸樹君。実は君が来る前に2つ片つけちゃったんだよね~」
花子がへらへらと笑いながら言うと、幸樹はきらきらとした目で見つめる。
「さすがだね!花子さんはすごいや!」
「ふふ。多分あとは幸樹君が知ってるものだと思うんだけど、全部言えるかな」
「えっと、理科室の骸骨に、二宮金次郎の像。音楽室のピアノに、夜中のコンピュータ授業、だよね!」
「そのとおり。今のところ、二宮金次郎を除いて全部危険だから今日中になんとかしよう」
「う、うん!」
緊張で声が裏返った幸樹は思わず顔を赤くする。花子はふっと微笑んで、しゃがんだ。幸樹の目を正面から見るために。
「幸樹君。これは私のわがままで一緒に来てもらってるんだから、絶対君を危険な目にはあわせない。私が必ず守るから」
その真剣な赤い瞳に、幸樹は吸い込まれそうになる。そして、幸樹もまた、花子を見返して、決意を固める。
「ここまで来たんだから、僕だって花子さんを助けられるようにするよ!だから花子さんは僕に気にせず頑張って!」
「!・・・ありがとう、幸樹君。___君に会えてよかった」
「うん!僕もだよ、花子さん!」
二人は笑いあった。
「よし。それじゃ、いこっか!まずは理科室の骸骨から。あの骸骨は人の骨を取るって話だから、幸樹君は理科室の外にいて。私だったら大丈夫だから」
「うん。わかった!・・・でも、どうやって七不思議を元に戻すの?」
「それはね。これだよ」
じゃーん、と言って花子が出したのは巨大な鎌だった。死神が持っているような黒い鎌ではなく真っ白な鎌。
「うわぁ!かっこいい~!」
「ふふふ・・・名づけて、[大体なんでもできちゃう鎌]だよ!」
自信満々に言う花子に、対する幸樹はげんなりする。
「えー、名前ダサい~!」
「ちょっ、ひっど~い!だって大体合ってるんだよ?なんでもできるしっ」
「もっとさ~、こう、[ホワイトソウル]とかかっこいいのできなかったの?」
「あはは~、ま、名前なんていいじゃない」
「もう・・・。ま、花子さんらしいや!花子さん、頑張ってきてね!」
「うん。行ってくるね」
理科室の前に行き、扉の前で幸樹を待たせ、花子は扉を開けて中へ入る。
理科室の中はしんと静まり返っていた。理科室特有のアルコールの匂いや、
実験で使ったであろうイカや生魚の匂いが充満している。夕日に照らされて、隅に置いてある人体模型がオレンジ色に染まっているのが、不気味に感じた。その中で、目的のものを見つけた。
「骸骨さん」
いつもは理科室の黒板の横にあるはずの骸骨が今は机の上に座っている。
骸骨に目があるはずは無いが、花子を確認するとちっ、と舌打ちした。
「なんだよ、人間かと思ったのに、花子じゃねぇか。何しに来たんだよ」
「そうやって人間の骨を集めようとするの、やめませんか?」
それを聞くと骸骨が鼻で笑う。
「は?何でお前にそんなこといわれなきゃなんねーんだよ」
「そりゃあ、私はここの守り神ですから。生徒たちが危ない目にあわないようにしないと」
きっぱりと言う花子に、骸骨は興味がなさそうに自分の骨を投げながら話し始める。
「ケッ、仕事かよ。ご苦労なこったな。つーか、こんな時間にうろついてる人間なんていやしないだろ。だったらいいじゃねぇか。大体、この七不思議を作ったのは、他でもない、ここの生徒なんだぜ?俺に説教するより先にすることあるだろうが」
「ええ。ですからお説教をしに来たのではありませんよ、骸骨さん」
花子は純白の鎌を構える。骸骨はそれで察したようだ。
「へぇ・・・力ずくでも、ってか。そんなに融通の利かないやつだとは思わなかったぜ、花子」
「考え方の違い、だと思いますよ。それにこちとら仕事なのでね。申し訳ありませんが・・・元に戻ってもらいますよッ!」
花子は骸骨に向かって鎌を振り下ろす。骸骨はそれを避けると、自分の足の軟骨を花子に向かって飛ばした。花子は机が邪魔で避けれないと判断すると鎌で叩き落す。叩き落した骨は元の骸骨の元に戻っていった。骸骨は骨を瞬時に継ぎ合わせて、両手に持った。そのまま花子へ突っ込んでいく。
しかし、花子も負けておらず、骸骨の攻撃を刃と柄を器用に使い、防ぎ続ける。合間に鎌で攻撃するも骸骨も骨で防ぎ続けた。
骨と鎌がぶつかる音が暗闇に響く。
カン、カン、カン、カン!
攻防は一分ほど続くと、一旦互いに距離を離した。
「花子、お前そんな強かったんだな・・・」
「あなたもね。夜だからって、力増しすぎですよ」
お互い、息を整える。
「骸骨さん・・・次で、決めさせてもらいます」
「奇遇だな。俺も同じ事思ってたぜ」
骸骨は、自分の体を保てるぎりぎりまで骨を宙に浮かべる。
花子は、鎌を大上段に構える。鎌からは白いオーラが滲み出ていた。
「行きますッ!」
「行くぞッ!」
無数の骨は花子へ向かって飛んで行き、同時に花子は鎌を振り下ろす。すると、鎌から放たれたオーラが、衝撃波となって骸骨へ襲い掛かった。
刹那。教室が白に染まる。
外から覗いていた幸樹はあまりの眩しさに目を細めた。
やがて光が収まり___
立っていたのは花子だった。骸骨の飛ばした骨たちは床に散らばっている。
骸骨も床に倒れていた。花子は骸骨の首に鎌をかけたまま見下ろしている。
「はは・・・負けちまったか・・・」
花子は悲しいとも、同情ともつかない顔で骸骨を見下ろした。
「骸骨さん。大丈夫です。動けなくなることはないんです。ただ、人の骨を求めて襲い掛かることがなくなるだけ」
「・・・ま、わかっちゃいるがな。・・・悔しかったんだよ」
「悔しかった?」
骸骨は諦めたように、離し始めた。
「俺は、やつらにとってはただの物でしかない。それに加え、がきんちょどもは俺にいたずらするわ、怖がるわで・・・復讐したくなったんだ」
「・・・それが、元に戻ることを拒んだ理由ですか」
「ああ。別に俺はあいつらがこんな七不思議を作る前は運命だと諦めていたんだ。だが、あいつらが作った七不思議は俺に復讐の機会を与えた。チャンスだと思ったんだ。___おい、がきんちょ」
花子は、はっと振り返る。そこには幸樹がいた。幸樹は目に涙を浮かべていた。
「幸樹君・・・」
「骸骨さん、ごめんなさい。僕たちが、そんな気持ちにさせてたなんて」
「別にお前が謝る事はないさ。お前は理科室来た時でも、物を大切に扱ってるし、俺のこと怖がったりしてなかったしな。それに、この七不思議作ったのもお前じゃないって知ってる」
「それでも・・・僕は骸骨さんがこんなに嫌な思いしてるの知らなかった。本当に、ごめんなさい!」
思わず泣きそうになる幸樹に花子は優しく語りかける。
「幸樹君、あなたのその気持ちがあれば、きっと骸骨さんは大丈夫。そうよね、骸骨さん」
「ああ。その気持ち忘れんなよ、がきんちょ」
「うん!」
「よく言ったな___おい、花子。とっとと戻してくれ。俺はもう疲れたぜ」
「ええ。わかりました」
花子は鎌を骸骨に向かい振り下ろす。すると、骸骨は白い光に包まれた。
とても、暖かい光だった。
やがて、光が収まり、骸骨が起き上がる。
「おー、花子、世話んなったな。まだ残ってる七不思議あんだろ、頑張れよ」
「ええ。ありがとうございます」
「骸骨さん、また理科室で会おうね!」
「おう。昼間はしゃべれねぇが、楽しみにしてるぜ」
二人は骸骨に別れを告げ、教室を後にした。
「それにしても、幸樹君、本当に優しいわね」
「だって、誰にも相手にしてもらえないなんて僕だったらそんなの耐えられない。骸骨さんはずぅっとそんな毎日を送ってたんだなって思うと、悲しくなってきて・・・」
また泣き出しそうになる幸樹に花子は優しく語り掛ける。
「大丈夫。これからは幸樹君がいるから、骸骨さんも寂しくないよ」
そう、笑いかける花子に、幸樹は純粋な疑問をぶつけた。
「花子さんは?」
「え?」
「花子さんは、人間の友達、いっぱい欲しくないの?」
「私は・・・」
「花子さん・・・?」
花子はうつむいた。幸樹は嫌味ではなく、心から心配して聞いてきているのは明白だった。花子は意を決したように幸樹を見つめる。
「これは、私がこの学校に降り立ってすぐのことだったんだけど、屋上に降り立ったの。でも、そこには生徒がいたの。そしたら、多分びっくりしての事だと思うけど、色んな物投げてきてね、逃げられ、本当に辛かった。人間の第一印象がそれだったから、人間とは友達にならない。友達になれないんだって、決めつけてたんだ。でも、幸樹君。あなたがいてくれたから、今私がいることができるの。こうやって使命を全うすることができる。本当に、ありがとう」
「そんなことが、あったなんて・・・僕、本当にごめ_」
「おっと!謝らないで」
花子は謝りかけた幸樹の言葉をさえぎった。
「私あなたに感謝してるんだから。私はね、あなた一人がいれば十分。一緒に戦ってくれて、ありがとう」
「花子さん・・・」
「じゃ、行こうか。次の七不思議、泣きながら走る二宮金次郎像の所へ」
二人は校庭へ出た。夕日に照らされた花子は妙に大人びて見えた。