決戦の始まり
誰かが私を呼ぶ。誰?誰なの?
私は何?生きているの?死んでいるの?
わからない。わからない___。
誰か、助けて・・・。
幸樹は、屋上へ続く階段を上っていた。図書室は2階にあり、その近くの階段を上っていけば屋上へとたどり着く。
だが、上れば上るほどに、頭の中に花子の声が響いた。
呼ばれている。花子さんに。助けないと・・・。
幸樹は階段を駆け上がった。
屋上へとつながる扉はすんなりと開いた。普段は施錠されているはずだ。
(やっぱり、花子さんの力か・・・)
幸樹は、決戦の時が近づいていることを感じ、息を呑んだ。だが、後には引けない。
勢いよく屋上へ飛び込むと、そこには花子がいた。
噂どおり、屋上のフェンスのところから校庭を見下ろしている。
花子は幸樹に気がつくと幸樹の方に向きを変えた。そして、赤く輝いている目をこちらへ向ける。その瞬間、ふっと黒い靄が目から飛んできた。いや、正確に言えば靄ではない。怨念のようなものだった。
その光は幸樹に収束すると体に取り込もうとする。記憶を消そうとしているのだ。
だがしかし、鈴からもらった数珠が光り輝いて、黒い靄を打ち消した。
花子はわずかに目を細め、訝しむ様に聞いた。
「あなたは、誰?」
「花子さん・・・」
正直、ここまでひどいとは幸樹も思っていなかった。花子の記憶すら無くなっているとは。
「俺は、幸樹だよ。4年前、一緒に七不思議を元に戻したじゃない。覚えて、ない?」
そう、語りかけるが、一向に反応が無い。
「あなた、誰?知らない。わからない。私は、誰?わからない・・・!」
「大丈夫だよ・・・今、助けるから」
幸樹は鎌を構えた。鎌なんて構えたことないから、数年前の花子の姿を見よう見まねで構えただけであるが。
しかし、それを見た花子は明らかに警戒の色を見せた。
(防衛本能しか残ってないのか・・・)
幸樹は唇を噛んだ。
「あなたは、敵。排除、する」
花子は鎌を出現させた。しかし、懐かしい、暖かい白を放つ鎌ではなく、真っ黒な邪を放つ鎌だった。
(花子さん・・・絶対、助けるから)
こうして、幸樹の激闘が始まった。
この頃、図書室では。
(もう、始まっている頃だろうか・・・)
鈴が本を読みながら、そう考えた。
鈴は先刻来た少年のことを考える。彼は無事だろうか、と。
いくら花子の能力を封じたところで、生身の人間が敵うはず無かった。
(私がとった行動は正しかったんだろうか・・・それに)
そこまで考えて、鈴は頭を振った。やめよう。もう過ぎたことだ。
そのとき。
「おーい、鈴、いるか~?」
なんとも間が抜けた声がした。
「青蘭・・・」
鈴は読んでいた本を閉じて立ち上がる。
「あの小僧はここに来たか?」
「ああ。お前が差し向けたのか」
その目には咎めるような色もあった。
「・・・龍蘭の事は、関わるなとのお達しだったはずだ」
その言葉に、青蘭は肩をすくめた。
「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困る。俺は別に龍蘭のことに関して関わったわけじゃない。この学校の生徒が困っていたから助けた。それだけだ」
悪びれも無く言う青蘭に鈴は溜め息をついた。
「全く・・・お前もやり方がうまいな。自分自身が関わっていなければ、命令違反ではないと」
「ああ。そうだろう?俺はあの小僧がやろうとしている事は知らなかった。教えられたとしても3歩で忘れる。俺は物忘れが激しいからな」
妙に自信たっぷりと言う青蘭に鈴は怒りを通り越して呆れてしまった。
「お前が物忘れが激しいという事に関しては肯定しよう。まるで鶏のようだな。いや、そんなこと言ったら鶏に失礼か」
「おい、それどういう意味だよ!」
ツッコミを入れる青蘭を横目で見やりながら、鈴はふと考える。
「それにしても、神皇帝様はどういうおつもりだろう・・・関わるな、とは」
神皇帝とは、神の中の最高峰の人物だった。とてつもない能力と権力を持っている。
「確かに俺も気になってたんだ」
真面目な顔に戻った青蘭は言う。
「あいつが神じゃなくなったってだけで、見捨てろ、なんてあまりにも酷すぎだろ」
それを機に二人はまた沈黙した。